第12話 その笑顔は絶やしてほしくないもの
「お手伝いありがとうございます」
「いや、いいよ。手伝いって程でもないし」
ふたりのイチャイチャも終わり、そろそろおいとまする前に食器をキッチンまで運んだのだ。
そして、斑目と一緒に二条さんの家を出た。
二条さんの家で腹も満たせたしコンビニに行く気はもうなかった。
のだが。
「わ、私も行きます」
と、家の中から二条さんが慌てて出てきて、言い出せなかった。
エレベーターで下に降り、マンションを出た所で斑目がポケットを漁り出した。
「ごめん、真理音。部屋にスマホ忘れちゃったみたい。悪いんだけど、取ってきてくれる? 星宮とここで待ってるから」
「それは、大変です。分かりました。ちょっと、待っててください」
二条さんは急いで戻っていってしまった。
「さてと、星宮。スマホ、出しなさい」
「は、なんで――って、お前、スマホ。え?」
どういう訳か、二条さんの家に忘れたという斑目のスマホが彼女の手に握られていた。
「嘘ついたのか?」
「そうよ」
「なんでだよ。二条さんが可哀想だろ」
あの子は純粋で信じやすい。きっと、今も斑目のスマホを早く見つけてあげないとってエレベーターの中でふんすと意気込んでいるだろう。
「あんたに真理音のことを話しておきたかったからよ」
「二条さんのこと?」
「そ。真理音とはね中学からの友達なの。今でこそ、真理音はあの見た目で誰もが心を奪われるような女の子だけど昔はそうじゃなかったのよ」
「昔の二条さん……」
「今よりもっと暗くてね、いつもひとりで絵を描いてた。そのせいでよく男子からからかわれたりいじめられたりしていたのよ。ブスだのキモいだの根暗だのってね」
確かに、初めて二条さんを見た時の印象は暗いだった。今のように可愛いとは思えなかった。
でも、それでいじめるのは間違ってる。いや、いじめに理由なんてない。いじめというそのものが悪いことなんだ。
「酷い話だな」
「そうよ。真理音と友達になってからは私が守ってきたけどいじめてた男子なんて滅べばいいって思ってたわ。ううん、今も思ってるわ」
重い口調から、どれだけ本気でそう思っているのかが伝わってくる。
「去年までもね、私と真理音が一緒にいるとクスクス陰で笑ってる同じゼミの男子がいたのよ。レベルが違うだの、私が真理音を私の見た目をよくするために側に置いてるとか好き勝手言ってね」
「大学生にもなって幼稚過ぎるだろ、そいつら」
「でしょ。だから、真理音に言ってあげたのよ。オシャレでもしてみないかって。元々、素質がいいのは分かってたから髪を伸ばして整えるだけでも化けるって思ってね。でも、あの子はいいって断ってたの。今さら、自分を変えたいとは思わないってね」
その時の二条さんが初めて見た時の二条さんなのだろう。今よりも髪が随分と短かく、何かを諦めているように俯いていた姿が頭をよぎった。
「じゃあ、どうして二条さんは変わったんだ?」
「それは、自分で考えなさい。ほんと、鈍感なんだから。あの時に何を学んだのよ」
あの時、と言われ嫌な思い出したくない記憶が浮かんでくる。忘れたいのに忘れられない記憶だ。
「可愛い子の言うことは嘘だってことだ」
「ま、そうなるわよね。でも、真理音のことは信じてあげなさい。あの子は純粋で良い子だから」
「……それは、分かってるよ」
「珍しいこともあるのね。あんたがそんなこと言うなんて。もしかして、真理音のこと好きになったのかしら?」
「ちげーよ。俺はもう恋愛なんてこりごりなんだ。誰も好きになったりしない」
「どうでしょうね。人はひとりじゃ寂しくて生きていけないものよ。私も真理音もあんたも。いつか、それが分かる時がくるわ」
お前もひとりは寂しい理論かよ……。
「ほんとにそんな時がくるのかね。少なくとも今はひとりが寂しいなんてこれっぽっちも思わない。てか、どうして俺に二条さんの話なんてしたんだ?」
「ほんと、鈍感なんだから。どうしようもないわね」
呆れたように息を吐く斑目。今にもご自慢のツインテールを武器にして殴りかかってきそうだ。
「真理音にとってあんたが特別だからよ」
「特別? 俺が?」
「そうよ。昔のこともあってね、真理音は男子が苦手なの。あの姿になってからは特に苦手になったわ。散々、酷いこと言ってたくせに今度は手のひら翻して媚びいるように近づいてくるんだもの。そりゃ、苦手になるに決まってるでしょ?」
「確かにな……」
親睦会のことを思い返せばすぐにそういう場面は想像できた。あの時、緊張してたってのは仲良くなれるか、じゃなくてそういうことがあったからなのか。
「でもね、あんただけには真理音は普通に接してられるのよ。それが、どれだけ幸運なことか分かってる?」
「知らねーよ。てか、二条さんは普通じゃないだろ。ちょっと、強引な女の子だろ」
「頑張ってるのよ。可愛いものじゃない。とにかく、真理音にそんなことがあったって知っておいてもらいたかったの」
「ちゃんと、頭に入れとくよ。そろそろ、二条さんに嘘だったって言ってやれよ。騙されたって知らずに一生懸命探してるだろ」
「その前に連絡先教えなさい」
「なんでだよ」
「今後のためによ。いいからさっさと教えなさい。早く、真理音に嘘だったって言わないとなんだから」
よく分からなかったが二条さんのためにも斑目の言う通りにした。スマホを互いに振りながら連絡先を交換する。こうやって、誰かの連絡先が登録されるのは随分と久し振りのことだった。
「あ、真理音。ごめん、スマホ逆のポケットにあったの。うん、手間かけさせてごめん。うん、待ってるね」
「二条さん、心配してたんじゃないか?」
「してたわ。嘘だって知らずにね。本当にあの子は良い子なのよ。だから――」
斑目は俺の正面に立つとビシッと指を向けてくる。そして、念を押すように言った。
「もし、真理音のことを泣かせたり、笑えなくなるようなことしたら容赦しないから」
ここで、泣かせたりしない、とか言えたらカッコいいのだろう。でも、俺にはそれを言える勇気がなかった。だから、話題を逸らした。
「二条さんのこと、ほんとに好きなんだな。そっち系とかなしで」
「当たり前でしょ。大好きな友達なんだから」
それから少しして息を切らした二条さんがやって来た。その様子から本気で探していたのであろうことが読み取れる。
「ごめんね、真理音。私がもっと確認したら良かったのに」
「いいえ、いいんです。九々瑠ちゃんのスマートフォンが無事で良かったです」
「真理音……本当に良い子。好き。お嫁さんにしたい」
「く、苦しいですよ九々瑠ちゃん。その、お気持ちは嬉しいですけどお嫁さんとかは、その」
「いいの。結婚できなくても私達はずっと友達だから」
なら、二条さんを困らせるようなこと言うなよ。
二条さんのことをぎゅっと抱きしめる斑目を見てなんとも言えない気持ちだった。
コンビニ前まで三人で向かったにも関わらず斑目は中には入らずそのまま帰ってしまった。何やら、真理音がいれば私はいらないでしょ、とのことだった。
ということで二条さんとふたりでコンビニを散策している。
「二条さんはコンビニまで何を買いに来たんだ?」
「何も買うつもりはないですけど?」
「は?」
「星宮くんがひとりだと寂しいと思って」
「思わな――」
「あと、星宮くんについて行きたかったので」
「そういうのはズルいだろ……」
「それより、星宮くんはコンビニまで何を買いに行こうとしてたんですか?」
「あー、ちょっとお菓子とかカップラーメンとか買おうと思って。腹、減ってたんだよ」
「そうだったんですね。そうだと知らずに呼び止めてしまってすいませんでした。お腹、大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ。二条さん家でクッキー恵んでもらったし。あんな美味いクッキー初めてだった」
出来れば、自分でも買ってもう一度食べたいほどには美味かったんだよな。あれになら、多少お高くても払う気になる。
「二条さん?」
「あ、な、なんですか?」
「いや、ぼーっとしてたから大丈夫かなと思って」
「だ、大丈夫です。不意打ちにやられた訳ではありません」
「不意打ち? よく分からないけど大丈夫ならいいや。で、どこのクッキーなんだ?」
「はい?」
「だから、あのクッキーを買った店だよ。教えてくれ」
「ふん。分からず屋の星宮くんには教えてあげません」
「なんでだよ」
「ふん。ふん」
何がいけなかったのか皆目検討もつかないが二条さんの機嫌を損ねてしまったらしい。
「食べたくなったら言ってください。私が届けますから」
「面倒だし悪い」
「そんな気遣い結構です。あの距離ですから」
「そうか? なら、頼む」
「はい。任せてください」
一瞬で機嫌が直った二条さんから目を逸らし、お菓子コーナーを見ていると隣から二条さんの楽しそうに笑う声が聞こえてきた。
「どうした?」
「いえ、星宮くんと九々瑠ちゃんと楽しい休日を過ごせてラッキーカラーの結果は本当だったなと思いまして」
「そう言えばそんなこと言ってたな」
「はい。大切な友達と寂しくない休日を過ごせて幸せです」
満面の笑みを浮かべる二条さん。
そんな彼女の笑顔を見て俺は、確かにその笑顔を絶やしてほしくはないな、と斑目が言っていたことが少し理解できたような気がした。
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