第20話 末長い指切り
「あれ、真理音と星宮」
「わ、九々瑠ちゃんじゃないですか。どうしたんですか?」
「今日、家に親いなくて。だから、早めに来てご飯食べようと思ったの」
という理由で斑目は食堂に来たらしい。
「ふたりこそどうしたの? 珍しいじゃない」
「えっと、そうですね……星宮くんとふたりでランチタイムなんです」
「ふふ、そう。良かったわね、真理音」
「はい」
二条さんに向ける超絶優しい眼差しから一変し、斑目は俺をぎろりと睨んできた。なんだよ、俺は何もしてないぞ。
「星宮。頬っぺた赤いけどどうしたのよ」
「なんでもねぇよ」
そこには触れるな。せっかく、落ち着きを取り戻してきたところなんだから。
「ふふ、九々瑠ちゃん。星宮くん、可愛いところがあると思いませんか?」
「まぁーーーったく思わないわね。真理音の方が数億倍可愛いわ。月とすっぽん……いいえ、泥水と神水くらい違うわ」
「神水ってなんだよ。てか、相変わらず俺の扱いひでぇ」
「水扱いしてあげただけありがたいと思いなさい」
「へいへい。どうせ、俺は地面に吸い込まれて跡形も残らない人間だよ」
「ふたりは本当に仲が良いですね」
「二条さん。眼科行って治療してもらってこい」
「ちょっと、真理音の目が腐ってるとでも言うつもり? 真理音が言うことは全て正しいの。だから、私とあんたは仲が良いのよ」
二条さん信者マジ怖い。てか、お前こそさっきおもいきり否定してたじゃねーか。
「ああ、でも、メガネをかけた真理音も見たいわ。ちょっと大きめのメガネのせいで上手く見えないからって袖を掴まれたい!」
「二条さん信者マジ怖い」
「そういうのは心の中で思っても言うものじゃないわよ」
「大丈夫だ。心の中でも思ったから」
二条さん信者マジ怖い。恐らく、信者ひとりきりだと思うけど勢力としては尋常じゃないだろう。
「えっと、私は今度九々瑠ちゃんとメガネを見に行けばいいんですね!」
「うん、そう。一緒に行こーね。私が真理音に似合うの選んであげるから」
メガネ姿の二条さんか……。
『ど、どうですか、星宮くん。似合ってますか……? うう~視界がぼやけて上手く見えませ――あたっ』
うん、悪くはないな。ただ、すぐに事故に巻き込まれそうで怖いからちゃんと目の届く範囲限定にしてもらわないと。
「星宮。何を想像してるのか知らないけど気持ち悪い笑みはやめなさい。見てて食欲失せるわ」
「べ、別に想像なんてしてないんだからね! 勘違いしないでよね!」
「きっも」
光がない目を向けながらのガチトーンはやめてくれ。ちょっとしたジョークのつもりなのに傷つくだろ。
「じゃあ、私は行くわね。真理音、また明日ね」
「え、九々瑠ちゃん行っちゃうんですか? 一緒に食べないんですか?」
「うん。せっかく、ふたりきりなのに邪魔者の私がいても迷惑でしょ」
「そんな。九々瑠ちゃんが邪魔者なはずありません。私は九々瑠ちゃんがいて迷惑だと思ったことありません」
「真理音……」
あーはいはい、おふたり特有の世界ね。もう慣れたよ、俺。だから、斑目もうるーんと感動してないでとっとと飯買ってこい。
「星宮くんもいいですよね?」
「二条さんが言うなら俺は何も言わないよ。だから、とっとと行ってこい。昼休み、終わっちまうぞ」
「ふん。星宮に言われなくてもそうするわよ! 待っててねー、真理音」
斑目は二条さんの頭を撫でてから、脱兎の如く食券機まで行った。そこまで大きくない身長を活かしながら他の人を避けていく姿は少し忍者っぽかった。
「アイツはツンデレなのか?」
「九々瑠ちゃんは可愛いですよね」
ツンデレが何か分かっていないのか的外れな解答が返ってくる。もういい、もういい。こういうのにも慣れてきた。俺はうどんをすすった。
その後、戻ってきた斑目も含めさんにんでランチタイムを過ごした。こうして、ふたりでという約束をした二条さんとのランチタイムは終わった。
「星宮くん。急にどうしたんですか?」
「あー、いや、ちょっとな」
その日の夜、二条さんが作ってくれたご飯を取りに行った俺を見て二条さんは首を傾げた。
きっと、俺が何かを言いたそうにしている風に見えているのだろう。勘の良いことだ。
「二条さん。俺ん家で一緒にご飯食べないか?」
「えっ……ど、どうしてですか?」
「その、昼休みは結局ふたりじゃなかったからさ……本当はふたりの方が良かったんじゃないかと思って」
食堂に着くまでに二条さんは「ほっしみやくんとご飯、ほっしみやくんとご飯」と小さく歌っていたのだ。
それを聞いていなかったらこんな誘いしない。家に誘って、ご飯という名目で私を食べてしまうんじゃ、とか思われたら二条さんの美味しいご飯が食べられなくなってしまう。絶対に嫌だ。
でも、聞いてしまった。見てしまった。本当に嬉しそうにしていた表情を。あれを見て、曖昧なまま約束を終わらせることは嫌だったのだ。
「あ、もちろん二条さんに変なことしないし、二条さんが斑目のことを邪魔だと思ってるとかは考えてない。ただ、二条さんはあのままで良かったのかって思っただけ……二条さん?」
二条さんは呆然としたまま立ち尽くしている。返事はなく、沈黙が次に何を言われるのか想像できなくて怖い。
「おーい、二条さん?」
目の前で手をぷらぷらさせると弾かれたように反応する。
「あ、び、びっくりしちゃいました……」
「まぁ、急に言われたら驚くわな。悪かった」
「い、いえ……その、良いんですか?」
「俺はうぇるかむだ」
「じゃあ、その……お邪魔させ――うう~出来ません~」
え、この流れで断られた!?
「あ、そ、そうか。二条さんが嫌なら仕方ないな……」
驚いた。てっきり、二条さんなら喜んでほいほいついてきてくれると思ってた。でも、何よりも驚いたのは断られたことに意外とショックを受けていることだ。
「勘違いしないでください。星宮くんの家に行きたくない訳ではありません。行きたいです。中、見てみたいですし興味津々です」
「中は二条さん家とそんな変わらないと思うけど……どうしてだ?」
「タッパーがないんです。私の分を入れるタッパーが」
「タッパーがないのか」
「タッパーが足りません」
そうか。タッパーが足りないのか。なら、仕方ないな。うん、俺がタッパーに負けたとかじゃないんだ。しつこく誘っても気味悪がられるだろうしさっさと去ろう。
「よし、じゃあ俺は帰るわ。またな」
「待ってください」
片手を上げて振り返ると二条さんに止められる。今日二度目の腕掴みだった。
「あの、明日じゃダメですか? 明日、星宮くんのお家で一緒にご飯食べたいです」
「でも、明日は作ってもらう日じゃないし」
「そこで、提案があります。星宮くん、これからは毎日ご飯作ります」
「いや、流石にそれは悪い。二条さんに負担もかかるだろうし」
「一人分作るのも二人分作るのもそう変わりません。現に私は元気です」
「でも、いつ体調を崩すか分からないだろ」
「もし、そうなったとしても星宮くんが気にすることないです。私、気づいたんです。今までは自分のためだけにご飯を作ってました。でも、誰かのためにご飯を作る方がよっぽど作りがいがあるということに」
二条さんはそれに、とつけ加えて目を真っ直ぐに見てきた。
「私、言われましたから。星宮くんにこれからもご飯を作ってほしいって」
「言った。確かに、言った。でも、毎日って意味でじゃ――」
不意に二条さんの人差し指が唇に当てられる。柔らかな肌に自然と身体が熱くなるのを感じた。
「その先は聞きたくないです」
声を出せば、二条さんの指に息がかかる。だから、出さないでゆっくりと頷いた。すると、二条さんはそっと指を遠ざける。
俺には二条さんがここまでしてくれる理由が未だに分からない。俺は二条さんに何もしてあげられてない。ただ、一緒にいることしかしていない。なのに、どうしてなのか。
「なぁ、二条さん。俺には――」
「星宮くんは私が仲良くなりたい人です。今からはそれに加えて私が側にいないと心配になる人です」
遮るようにして言う二条さん。
「長い付き合いになりますから倒れないように見てないと不安になるんです」
長い付き合い。それが、一体どれくらいなのか。
一週間? 一ヶ月? 一年?
俺には分からなかった。でも、ここまで言ってくれているのだから素直に甘えよう。甘えて、いいんじゃないか。
「じゃあ、頼んでもいいか。その、末長く……」
「はい。もちろんです。末長く、私が側にいます」
二条さんが小指を突き出してくる。
「指切りしましょう」
言われたように小指を絡ますと二条さんが指切りの歌を歌い出す。カラオケが苦手と言っていたのが頷けるような音痴。
けど、それがくすぐったくて二条さんの一生懸命な姿を見ているだけであったかい気持ちになれた気がした。
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