寂しがりヒロインが一緒にいようと俺にだけグイグイくる

クソニート

1章

第1話 寂しがりはひとりでいることが寂しいらしい

 あの日、君と出会った。

 寂しがりの君と――。



「あの。ここ、いいですか?」


 そう声をかけられたのはある春の日のことだった。いつも通り、三人が座れる席の左端に座り、教室でイチャイチャしているカップルを眺めていた時のこと。聞き慣れない声が耳に届き、視線を向けると一人の女の子が立っていた。


 普段、声をかけられることなんてないので俺はよく分からずに黙っていた。本当に俺なのか。返事はしたけど相手は俺じゃなかったパターンじゃないのか。そんなことが頭に浮かんだのだ。


「あの」


 しかし、彼女は真っ直ぐに俺の方を向いてもう一度声をかけてきた。


 俺は後ろを向いてみる。しかし、そこには誰もいない。周りを見ても、俺がいるのが最後列だから誰もいない。そこで、ようやく気づけた。ああ、俺に言ったのか、と。


 俺はひとりでいるのが好きだ。大学に入ってまでわざわざ友達を作ろうとも思わないし一年間ぼっちスタイルを通してきた。


 だから、ここは「無理」と答える場面だ。


 場面、なんだけど……困ったことに断れそうにない。


 初めに無視したからなのか、今も何も言わないでいるから気まずくなったからなのかは知らないが彼女はぷるぷると震えていた。


「いいけど」


 あーくそ。どうして無理にでも断らなかったんだ。別にこの子にどう思われようとどうでもいいのに。


 無駄な良心に流される自分に呆れながら前を向くと隣から小さく声が聞こえた。「ありがとうございます」という声が。


 横目で椅子に座る彼女を見ながら頬杖をつく。


 なんで、わざわざここに座ったんだろ。まだまだ空席はいっぱいあるのに。


 講義開始までまだ時間があるからなのか生徒はそんなに多くない。誰も使っていない場所は沢山残っている。


 ま、いっか。どうでも。後ろに座ればスマホを弄りやすいとかそういう理由だろう。それに、害はないんだし無視していれば。


「あの」


 そんな俺の考えも知らずまた声をかけられた。無視すればいいけど、この状況であからさまに出来ない。せめて、講義中だったらなぁ。


 右に視線を向けると彼女が真っ直ぐに俺のことを見ていた。


「私のこと覚えてますか?」


 知らんがな! むしろ、誰だよ!


 いきなりの意味の分からない質問にそうツッコミつつ、彼女のことをちゃんと見てみる。


 真っ白な肌に腰まで伸びた艶やかな黒髪。大きな瞳にはりのありそうな唇。一目見るだけで可愛いという印象を受け、一度見ると忘れることはなさそうだ。


 けど、俺は彼女を知らない。全然、記憶にございません。


「人違いじゃないか?」


 俺には再会や結婚を約束し合った女の子なんていないんだ。


「覚えてませんか……」


「どこかで会ったことあったっけ?」


 どうして、残念そうに目を伏せたのかは知らないが今度はこちらから質問を投げかけてみる。


「ありますよ。ゼミですゼミ。先週の顔合わせの時にいました」


 ゼミ……ゼミ……。


「あ、あー」


 そう言われればいたような気もする。って、一度見たら忘れることはなさそうって思っておきながら俺ってやつは……女の子に興味なさすぎだろ。


「思い出してくれましたかっ?」


 心なしか、嬉しそうに顔を上げた彼女。声も弾んでいるように聞こえた。


「名前は分かりますか?」


 名前なんて知らん。自己紹介したけど、聞く気も知りたい気もなかったから誰も覚えてない。


山田やまだ花子はなこさん、だっけ?」


「違います! 誰ですか、その方!」


「全国的にも知られてる有名人だけど」


 誰もが一度は目にしたことあると思うんだけどな。この大学で配られるプリントにも記入例の所に書かれてるし。


「二条です。二条にじょう真理音まりねです」


「あー、そう言えばそうだったな。二条さん二条さん。ちゃんと覚えてたよ」


「嘘ですよね」


 じいっと俺のことをジト目で見てくる。


「俺を含めて二十人もいるんだ。把握なんて出来ない」


 誰一人……先生の名前ですらうろ覚えなんだから。


「私は覚えてますよ」


「へー。じゃあ、俺のことも?」


「はい。星宮くんですよね? 星宮ほしみや真人まなとくん」


「違うけど。俺、田中たなか太郎たろうだから」


「えっ……」


 もちろん、偽名だ。俺は言われた通り星宮真人であってる。でも、彼女が同じゼミだけで俺の名前を覚えてるって方が不自然だから嘘をついた。

 のだが、困ったことに罪悪感に襲われ始めていた。


 理由は簡単。よっぽど自分の記憶力に自信があったのか二条さんが凄いショックを受けていたからだ。俺が見ても分かる程に。


「な、なーんてな。あってる。あってるよ。俺は正真正銘星宮真人だよ」


 居たたまれなくなり、正直に言うと二条さんはぽけーっとしてから、からかわれたと勘違いしたのか頬を膨らませた。


「どうして嘘なんてついたんですか」


「信じられなかったんだよ」


「信じられなかった?」


「先週、町を歩いてると声をかけられて道案内してほしいって頼まれたんだ。そしたら、何やら危なそうな店に連れて行かれそうになって急いで逃げたんだよ」


「それは、災難でしたね……でも、それでどうして私まで信じられなかったんですか?」


「その人も二条さんみたいに――」


 可愛いかったから、と言いかけて急いで口を閉じた。そんなことを言う間柄でもないのにそれは気持ち悪い。というか、そんなセリフ俺の口から言いたくない。


「私みたいに……なんですか?」


「な、なんでもない。とにかく、俺は女の人の話はそう簡単に信じないんだ」


 まぁ、可愛い人の言うことを信じなくなったのは先週の件が原因って訳じゃないけど。可愛い人の言うことは大半が嘘だからな。


「俺は星宮真人であってるからそれでいいだろ?」


 答えを濁されたことに少々不満だったようだが二条さんは口角を少し上げた。


「ふふ、良かったです」


「てか、俺なんかの名前まで覚えてるなんて凄いな」


「私、記憶力には少し自信があるので」


「へぇー」


「興味なしですか……」


 そこは、予想通りだったなーと思いながら先生も来たので前を向いた。



 講義も終わり、昼食をどうしようかと悩んでいるとまた声をかけられた。相手は当然、二条さんだ。


「今日はありがとうございました。友達が遊園地に行っていてひとりだったので……助かりました」


「って言われても俺は何もしてないけど」


「いえ。ひとりなのは寂しいので……誰かといられて嬉しかったです」


 すると、二条さんは静かに立ち上がり頭を下げてきた。


「それでは。また」


 なんか、ちょっと変わった子だったな。


 去っていく二条さんの背中を見送りながらそんなことを思っていた。


 あんなにもいっぱい席は空いてたのにわざわざ隣に座ってお礼も言って……そもそも、どうして俺の隣だったんだ? それこそ、俺以外のゼミ生の隣に座れば良かったものを。

 ま、なんだっていいか。どうせ、これからはゼミでしか関わらないんだし。友達でもなんでもないし。


 俺はそういい聞かせて席を立った。この日の関わりをその程度にしか考えないまま。

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