第17話 寂しがりは嫉妬を覚える。そして、また一歩距離が縮まる
「星宮くんがバイトしている間、びーえるというのを調べてみたんです」
「これまた余計なことを」
「余計なことではありません。気になったことは調べて知識に変えることが賢くなるための方法です」
「はいはい、それで?」
「はい、は一回ですよ。調べた結果ですね、びーえる好きの方を腐男子腐女子と呼ぶのだということが分かりました!」
えっへん、と腰に手を当てて威張る二条さん。少し、ドヤッとしている表情からして、俺が子ども扱いしたからそれの反抗なのだろう。
「威張ってるとこ悪いけどそれ誰でも知ってることだから」
「い、威張ってなどいませんよ。報告をしたくて」
「その割には腰に手を当てて仰け反ってたけどな」
「こ、腰が痛くなったので運動しようと思っただけです」
「ふーん」
「な、なんですか、その目は?」
「別に」
珍しく、二条さんが俺と目を合わせようとしないのはきっと嘘をついているからだろう。視線をあっちへこっちへ動かしながら苦しそうにしている。
なんで、そうなるのに嘘つくんだよ。
「で、他に報告ってないのか?」
「はい。そのですね、腐男子腐女子と呼ぶのは分かりました。でも、どうして腐ると書くのかは分かりませんでした。腐ってもいないのにどうしてなんでしょう?」
「んなこと俺だって知らねーよ」
「そうですか……私も腐女子というものになって確認するしかなさそうです」
「待て待て待て。二条さんはそんなことしなくていい。俺が今度店長に聞いとくから」
「それは、迷惑じゃないですか?」
「二条さん。お試しには試していいやつと試したらダメなやつがあるんだ。もし、二条さんのふふが腐腐になってみろ。どうしたらいいか分からず、二条さんを避けることになるぞ」
「それは、いけませんね。絶対にダメです」
「だろ? だから、二条さんはそのままで何にも染まらないでくれ」
BL本を読んでヨダレ垂らしてる二条さんなんてギャップがあっていいと思うけど見たくはないからな。斑目だって卒倒するだろうし。うん、絶対にダメだ。
「ときに星宮くん。星宮くんは店長さんみたいな年上の方が好みなんですか?」
「どこからそんな話になった?」
「いいから。答えてください」
何故か、問い詰められるように二条さんがにじり寄ってくる。
「好きじゃない」
「本当ですか? 店長さんとは随分と仲良さそうに見えましたけど」
じとーっと不服そうに見てくる。
「まぁ、仲は良い方だろうな」
「店長さん、ズルいです。私はまだ星宮くんとあそこまで仲良くなれていないのに」
「そりゃ、出会ってからの日数が違うんだから仕方ないだろ。店長とはかれこれ一年近く。対して、二条さんとはまだ一ヶ月くらいなんだから」
それでも、この短期間の間に随分と仲良くなったんじゃないかと俺は思っている。他人との繋がりを望まない俺が二条さんとはこうして肩を並べて歩いているんだ。それが、何よりもの証拠だ。
「どうすれば星宮くんともっと仲良くなれるんでしょう?」
「んなこと本人の前で言うなよ」
「いえ、これはふたりの問題だと思うので相談したつもりなんですが」
「だからって、それには答えたくない。俺としてはこのままでいいと思ってるからな」
「でも、それだと」
「あーもう。二条さんが落ち込むことないって。俺としては、このままでも二条さんと仲良くなれるって思ってるから」
どうして、こうも恥ずかしくてくさいことを言わなければならないのか。
自分でもいまいち分からない。でも、二条さんに落ち込まれると何故だか嫌だと感じてしまう。出来れば、元気でいてほしいと思ってしまうのだ。
「それって、今後も私と一緒にいてくれるってことですか?」
「……遠回しだとそうなるな」
どうせ、俺が離れようとしても二条さんは近づいてくるんだろう。それならば、相手をして少しでも仲良くなって楽しい時間を共有したい……って、やめやめ。そんなことは考えるな。二条さんに読まれるぞ。すまし顔で気にしてない風にしろ。
「だ、だから、二条さんとも今すぐ急激に仲良くならなくても……時間が経てば、もっと仲良くなれてると思うから――」
これは、ただの思い込みかもしれない。的外れなことかもしれない。でも、もし二条さんが悩んだり落ち込んだりするのなら……阻止したい。
「店長に嫉妬なんてしなくていい。俺はどっちかってーと同い年の方が好きだから」
って、俺は馬鹿か。何を勝手に二条さんが嫉妬してるってことで言ってんだよ。思い込み激しいナルシスト野郎で気持ち悪すぎるだろ。二条さんだって、俯いてもぞもぞ身体を揺らしてるし……あー、穴があったら入りたい。
「あのさ、黙ってられると心が痛いんだけど」
「す、すいません。まさか、星宮くんに言い当てられるとは思ってなくて」
「何をだよ……」
「私が店長さんに嫉妬していたことをです。私、星宮くんと別れた後、店長さんと仲良くしている姿を見てずっともやもやしていたんです。でも、それがなんなのか分かりませんでした。それで、気を紛らわせるためにびーえるを調べたりマンガを読んで勉強しようと思ったんです」
二条さんは顔を上げた。その頬は僅かに赤く色づいており、夜の町を照らす光に混ざって魅力的だった。
「これが、嫉妬というものだったんですね」
「二条さん……今までに嫉妬したことないの?」
「分かりません。もやもやしたことあったんでしょうか?」
「俺が知るわけないだろ」
「ですよね。でも、良かったです。私も嫉妬することがあるんだと知れて」
「人間、誰しも嫉妬するよ。毎日毎日、どんなささいなことにもな」
「星宮くんもですか?」
俺だって、嫉妬する。あの日から、毎日、ずっと。無意味だと分かっていても嫉妬し続けている。
「まぁな……」
ただ、それを誰かに言うことはない。踏み込んでほしくもない。ずっと、ひとりでもやもやし続けて、思い出しては忘れるを繰り返す。俺はそれでいい。
勘のいい二条さんは何かを察したようにそれ以上言ってくることはなかった。無言の空気が暑くも寒くもない微妙な風と共に流れていく。
「帰るか」
「そうですね」
少しばかり気まずくなった俺と二条さん。元々、人二人分空いていた距離が余計に遠ざかった気がした。
余計なこと言わなければ良かった。
二条さんとはそういう気まずさなしにしたい俺は後悔した。だが、そんなこと気にしないでいいよ、という風に二条さんが一歩歩み寄ってきた。
何も言わず、俯いたままの二条さん。
気まずさは残っている。けど、俺と二条さんの距離がまた少し近づいた気がした。
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