第18話 俺達はふーふじゃない

 二条さんにご飯を作ってもらうようになったとはいえ週に半分以上は自分でどうにかしないといけない。

 俺としてはこれまで通り、カップラーメンや弁当ばかりでいいのだが。それを知ると二条さんが「やっぱり、毎日作ります」と言い出しそうなのでこれまで通りとはいかない。


 その為、決して二条さんのためだとかそういうわけではないが料理をしようと思う。元々、一人暮らしを始めた時は挑戦していた。だが、それが何度やっても無謀だと分かり諦めたのだ。


 という訳で近くのスーパーまでやって来た。物を焼くだけなら出来るので肉を見ていると鉢合わすように二条さんと遭遇した。


「最近、よく外でも会いますね」


「そうだな」


「ふふ、段々気が合うようになってきましたね」


「ただの、近場にあるスーパーが同じなだけだろ」


 そうだ。二条さんと俺が気が合い出したことなどないのだ。同じマンションだから近場のここに来ただけ。それだけだ。


「もう。ひねくれ屋さんですね」


「俺はロマンを求めない男だからな」


「ぶー」


「ぶーって言う人初めて見た。豚の物真似か?」


「星宮くんはここに並べられている豚肉が私の肉だとしてどう思うんですか」


「食欲失せる話だな」


「でしょう? 怒ってるだけですよ。ぶーぶー。ぶーぶー」


 幼稚な二条さんの精神年齢が心配になりつつ、目の前の豚肉を買い物かごに入れる。おい、二条さん。いつまでぶーぶー言ってるんだ。小さい子どもが見ているぞ。


「ぶー――あれ、星宮くん。豚肉買うんですか?」


「ああ。焼くだけなら出来るはずだから」


「リクエストがあれば私が作りますよ」


「いや、いつかは一人立ちしないとなんだし未来を見据えて努力しないとだからな」


 この先、永遠に死ぬまで一生二条さんにご飯を作ってもらうわけにもいかない。結婚して奥さんにご飯を作ってもらってる未来もない。ひとりで孤独に生きていくためにも料理を出来るようにはなっておかないといけないのだ。早死にしたくないし。


「星宮くんの見据える未来はとんだ思い込みだと思いますけどね」


「どうして二条さんに分かるんだ?」


「さぁ、考えてみたらどうですか?」


 今までの食生活からして長生きなんて出来ません、とでも言いたいのだろうか? 見据えるほど未来は残っていません、と言ってきているのだろうか?

 でも、二条さんがそんな酷いこと言うわけ……いや、可愛い子は嘘をつくと知っているだろ。今までの優しい姿は仮初めで本当は――いや、やっぱり、違うな。二条さんは良い人なんだから。


「だーめだ、分からん。教えてくれ」


「今はまだ教えてあげません。いつか、気づいてほしいので」


「そうか? なら、ま、頑張ってみるか」


「はい。それはそうとして、出来ないことに挑戦するのは良い心掛けだと思います」


「でも、結局焼くだけなんだよ」


「誰でも最初はそこからですよ。失敗して上手になるんです」


「二条さんも?」


「私もですよ。最初は失敗の連続で……でも、料理は絶対必要なことですので頑張りました」


「だから、あんなに美味いもんばっか作れんだな。料理が趣味だってのも納得出来る。誰に教えてもらったんだ?」


「そうですね……」


 それまで笑顔だった二条さんの表情が一瞬にして曇る。


 何か聞いてはいけないことでも聞いてしまったのだろうか?


「独自です。特殊だったので」


 ぎこちない笑みを浮かべながら答える二条さん。何故だか、その笑顔は酷く悲しいものに見えた。


「ところでさ、明日はご飯作ってくれる日だけど何作ってくれるんだ?」


 それ以上、詳しく踏み込んではいけないような気がして話題を逸らした。すると、二条さんは元の笑顔を取り戻し買い物かごを隠すようにした。


「内緒です。明日までの楽しみにしていてください。では、他にも買うものがありますので」


 ペコッと頭を下げて去っていく二条さん。


 普段の二条さんなら「ひとりは寂しいので一緒に見て回りましょう」って言いそうなのに……。

 やっぱり、何かやらかしてしまったのだろうか……。



 必要なものを買い揃え、袋に荷物を詰めようと移動した所でこれまたばったり二条さんと出会した。


「わ。タイミングまで一緒だなんて――て、星宮くん。お菓子、多くないですか?」


 買い物かごの中を見て、注意するように見てくる二条さん。あんたはおかんか、とツッコミたくなる気持ちを抑えて買い物かごを見せないようにした。


「見ないでよ、えっち!」


「え、えええええ、えっ……」


「いや、すまん。ほんの冗談だ。だから、赤くならないでくれ。俺が変な目で見られてる」


 周囲の奥様方からの突き刺さるような冷たい目。「最近の若い子はふしだらよ」、とか言わないでください。頼みます。余計に二条さんが惨めになるから。


「もう、星宮くんは最低です……」


「悪かったって……」


 文句を言いながらリンゴを袋に詰める二条さん。その頬はリンゴと同じくらい赤くなっている。


「それで、だ。悪かったお詫びに荷物持つよ」


「いいですよ。そこまで怒っていませんので」


「いいから。俺の分の食材も入ってんだから」


 半ば強引に二条さんの分の荷物を持ち歩き出した。


「ま、待ってください」


「早くしないと置いてくぞ」


「置いていかれると迷子センターまで行って星宮くんを呼び出します」


「なんともまぁ自滅行為を……その年になって迷子なんて恥ずかしくないのか?」


「何を勘違いしてるんですか? 迷子の星宮真人くん、保護者の二条真理音がお待ちです、って呼び出してもらうんですよ?」


「俺が迷子なのかよ!」


「そうです。私が保護者です」


 ドヤッとしたままぴーんと人差し指を立てる二条さん。


「あんま調子乗るとママって呼ぶぞ」


「マッ……そ、それなら、私だってパパって呼びます」


「ママ」


「パパ」


「ママ」


「パパ」


「ふーふ!」


 二条さんと謎のママパパ言い合っていると横から聞いたことのない声が参加してきた。驚きながら声のした方を一緒に向くと男の子がいた。

 俺達のことを指差しながら「ふーふ、ふーふ」と言っている。


「ふーふじゃない!」

「ふーふじゃありません!」


 一緒になって訂正すると男の子の母親が来て、頭を下げて急いでどこかへ連れていった。その際、「若い新婚さんをからかっちゃダメよ。色々あるんだから!」と、注意していた。


「しん……こん……さん」


 ぷしゅーと買った炭酸ジュースのペットボトルが開くような音が聞こえたと思うと二条さんが蒸発していた。


「えっと……なんか、悪かった」


「い、いえ、その……ふたりの時にすれば良かったですね」


「いや、もう禁止にしよう。心に受ける傷が大きすぎる」


「ですね」


 気まずい。気まずい。気まずい。


「か、帰るか。その、ひとりで帰るのは寂しいんだろ?」


「は、はい」


 って、あれ? このやり取り、事情を知らない人が聞いたら夫婦だって勘違いするんじゃ――って、余計なこと考えるのはやめよ。疲れるし意識してるって思われる。


 二条さんと無言のままマンションを目指す。その間、二条さんはさっきのことを思い返してか口を手で隠しながら楽しそうに笑っていた。


 良かった。ちょっとは元気でたようで。


 そんな二条さんをチラッと盗み見て、少しほっとした。

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