第16話 寂しがりはひとりで帰るのも寂しいらしい
「それでは、また明日」と言い残し、頭を下げて帰っていった二条さんのことを現在進行形で店長に根掘り葉掘り聞かれていた。「彼女とは本当に友達なの?」とか「彼女とはどういう関係なの?」とか。この人は自分の恋愛に対しては無関心なくせに他人の恋愛事情には興味を示すようだ。二条さんとは全然そんな関係でもなんでもないのだが。
「ほんとに友達ですよ。いや、友達だって言ったけど友達ですら怪しいですよ」
二条さんといて楽しくない訳でもないし嫌だという訳でもない。でも、友達とはどうしても思えない。二条さんが一方的に絡んでくる時は動物を相手しているような気になり、俺が面倒を見られている時は二条さんが飼い主のような気になる。
だから、俺と二条さんの関係は一言で言うならばご主人様とペット(両者共が)が一番しっくりくる。
おっと。怪しい関係ではないので悪しからず。
「で、彼女はどういった用件だったの? こっちの世界に入るって?」
「どういう世界か説明したら赤面してたので多分無理かと。ありゃ、手繋ぐだけでもいちいち恥じらってそうな反応でした」
「そっかー、残念。新しい同志を増やせると思ったんだけどな」
「残念ですけど彼女のことは諦めてください。さもないと俺が消されるんで」
BL本を読んでる二条さんを斑目が目撃する。二条さんのことだからどういうことか事情を説明する。怒った斑目が俺のところに来る。俺は誤解だと説明するが言い訳も効かず、俺は消される。と、こうなる。
BLを否定する気はないが俺の命は奪わないでほしい。
「顔色悪いけど大丈夫?」
「大丈夫です」
「そう。しかし、星宮くんも隅に置けないな。あんな可愛い子と友達なんて」
「ほんと、自分でもそう思いますよ。なんで、俺に近づいてくるんだろうって」
「え、星宮くんからアタックしたんじゃないの?」
「俺がするわけないじゃないですか。俺ですよ?」
「うーん、ま、自分より他人の恋愛の方が興味あるもんね。……星宮くん、洗脳でもしたの? 俺のこと、好きになれ~って」
「人の話聞いてました?」
「あははは、冗談だよ冗談。さぁーて、残りの仕事も頑張ろう!」
陽気に笑ってどこかに行く店長。しかし、俺は見逃していなかった。店長が途中まで俺から距離を取り出して話していたことを。
労働時間を終え、店を出る。俺が働いている本屋のすぐ隣接にはカフェがある。買った本をコーヒーでも飲みながらのんびりと読めるように、というコンセプトで作られたらしい。
歩いていると見覚えのある姿が目に入った。首をロボットのように向けると二条さんがいた。さっき買ったばかりの少女マンガに夢中になっているようだ。
カバーもつけず、よくもまぁ恥ずかしくないものだと思いながら見ていると二条さんがばっと顔を上げてこちらを向いた。きっと、視線を感じたのだろう。邪魔してすまない。
見られていたことに気づいた二条さんはおろおろしながらも顔の下半分をマンガで隠し、透明なガラス越しにも関わらず上目遣いで見てきた。
そんな目で見なくても大丈夫だ。二条さんが少女マンガに夢中だったことは誰にも言わない。そもそも言う相手がいないからな。
安心させるために親指を立てて合図を送り、とっとと帰ろうと向きを変えるとドンドンとガラスを叩いてきた。その姿はさながら、犯罪者が出してくれー、と叫んでいるようでちょっと面白い。
いったい、何を言いたいのだろうと考えていると二条さんは急いで頼んでいたコーヒーのカップに口をつける。が、熱かったのだろう。ビクッとして離して、ふーふーして飲んでいた。涙目になりながら。
それから、急いで俺の元へとやって来た。
「ほ、星宮くん。お仕事、終わりですか?」
「終わったよ」
「そうですか。でしたら、一緒に帰りましょう!」
「いいけど……なんでだ?」
「ひとりで帰るのは寂しいので」
「もしかして、待ってたのか?」
「はい。本を読みながら待ってようかなと。夢中になっちゃってましたけど」
あはは、と頭をかきながら二条さんは申し訳なさそうに言う。
「俺がもっと遅くまで働いてた場合どうしてたんだよ」
「待ってました。幸い、食事も出来るので」
「それなら、いつ終わるのか聞いてくれよ。その方が二条さんも待ちやすいだろ?」
「でも、それだと星宮くんがお仕事に集中出来ないかと思って」
「こうやって待たれてる方が悪いことした気分になるんだよ。それに、今回だって俺が気づかなかったら二条さんただの待ちぼうけで終わってたんだぞ」
「そうですね。私の集中力の問題でした」
「いや、そうじゃなくてだな」
「でも、星宮くんなら気づいてくれると思ってましたので」
「……高評価過ぎるだろ。俺はそんなに出来た人間じゃない」
「ですが、現に気づいてくれてます」
「それは、目に入ったから……」
「ふふ、私のこと見つけてくれたんですね」
「見つけたもなにも目に入っただけで」
「私、嬉しいです。星宮くんが関心を持ってくれて」
「……言われたからな」
「ふふ、それでも嬉しいです。星宮くんと仲良くなれていってる気がして」
そんなこと言われても俺にはどうすることも出来ない。仲良くなれてる度が目に見える訳じゃない。今、パーセンテージはどれくらいなんだろうか。
「あれ、どこへ行くんですか?」
心臓の動きが早くなり、脳から早く動けと命令があった。だから、歩いて足を止めた。振り返りはしない。振り返れば、多分クスリとされるから。
「どこへって……一緒に帰るんだろ?」
「はい!」
元気よく返事をした二条さんが隣にまでやって来る。そして、下から見上げるように俺のことを見ると予想通りクスリと笑った。
「星宮くん。少し、赤いような気がします」
「……うるせー。気のせいだ」
「ふふ、そういうことにしておきますね」
二条さんに向かって可愛いと言えば、二条さんも赤くなりふたり揃って赤面することになる。そうなると周りから初々しいカップル認定されてしまうかもしれない。特に、店長に。ここは、まだ本屋のすぐ近くなのだからそれだけは避けないといけない。
だから、俺は笑われていることにした。二条さんの笑いは馬鹿にしているようなものじゃなく、可愛いものを見て笑顔になるやつに近いと感じたからだ。
でも、ずっと笑われているのもしゃくだ、と俺は拗ねたようにそっぽを向いた。
すると、二条さんがまたクスリと笑った。
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