第169話 寂しがりヒロインとこれからもずっと一緒に

「……ああ、きんっっっちょうした」


 一世一代……といって、いいかは分からないけど、一生のうち二度と同じことはないであろうプロポーズが無事に終わった。


「断られると思っていたんですか?」


 断るつもりが絶対になかったと思わせてくれるような聞き方だ。


「そんなことは思ってなかったけどさ……緊張しないでいられるわけないだろ」


 これまで、当たり前のようにこれからもずっと一緒にいるようなやり取りをしてきた。けど、結婚という単語を面と向かってはっきりと告げたのは初めてで緊張しないわけがないのだ。


 隣から真理音が指を絡ませながらするりと手を繋いでくる。

 震えているのがバレてしまう、という恥ずかしさはあるもののそれをしっかりと握り返した。


「私、とても嬉しいです……いつか、言ってほしかった言葉を言ってほしい人から言われたいってずっと思ってましたから」


「真理音……」


「ただ、急なのは反則です。びっくりしちゃいました」


「悪い。どうしても今日じゃないとダメだったんだ。ケジメをつけるためにも」


「ケジメ?」


「明日から大学始まるけどさ、俺の考えは変わらない。でも、真理音とこうなれたように何が起こるかは分からないから、ちゃんと気を引きしめろって自分に言いたかったんだ」


「……そうですね。明日から始まるってことは今日で終わりってことですもんね」


「だから、どうしても今日じゃないとダメだったんだ」


 真理音と過ごしてきた日々が進級という一つの節目で今日終わる。

 そして、また明日から真理音と過ごす日々が始まる。


「まあ、日付のことばっか考えてて場所とか雰囲気とかすっかり抜けてたけど」


 ほんと、こういうところはこれからも真理音を不満にさせてしまいそうで気を付けたいところだ。


「そんなことないですよ。真人くんと一番過ごしてきた場所で言われて……こんな、素敵なものまで頂けて……これ以上のものなんて考えられないです」


「……実はな、指輪も用意してるんだ」


 胸ポケットから箱を取り出し、開けて見せる。

 大富豪がするようなとびきり豪華な指輪ではない。

 小さなダイヤモンドがついているだけの指輪だ。


「……邪魔になったり、つけたりしたくないならつけなくていいよ。でも、贈るだけは贈らせてもらっていい?」


 学生の分際でおしゃれ要素ではなく指輪をつけているのは恥ずかしいかもしれない。だから、つけたくないならそれでいい。気持ちを贈りたいだけだから。


「真理音?」


 真理音は指輪を見つめたまま、身体を硬直させていた。


「……も、もしかして、ですけど。春休み中のバイトって」


「うん、これのため。だから、理由を言えなかったし見せられなかったんだ」


「ど、どうして……どうして、真人くんは」


 何かを言いたかったのだろう。

 だが、言葉が見つからなかったのか、押し黙り俯いてしまった。


「……やっぱり、嫌だった?」


「ち、違いますっ!」


「じゃあ、怒ってる? 相談しなかったから」


「ち、違います……相談はしてほしかったです。でも、そうじゃないんです。私だけ幸せにしてもらい過ぎてるような気がして……」


「そんなことねーよ。俺も真理音に沢山幸せにしてもらってるから。春休みの間だけでもどれだけ幸せにしてもらったか数え切れないほどだ」


 真理音だけが幸せだなんてそんなことあるはずない。

 他の誰でもない、俺自身の幸せは俺が一番分かってるから。

 真理音を含む、この世の誰からもお前は幸せじゃないと言われても胸を張って言える。

 俺は幸せだと。


「真理音が俺で幸せになってくれるように、俺だって真理音で幸せになってる。だから、真理音だけなんて言わないように」


 ぴん、と白い額を指で弾くと不貞腐れたようにじとっと見つめられた。

 しかし、それも束の間。

 真理音の目から涙が流れた。


「今日はよく泣くな」


 からかうように言うと拗ねたように頬を膨らませられる。クッションを抱きしめながら視線をさ迷わせたかと思うと目を見つめられる。


「真人くんのせいなんですからね……真人くんはどれだけ私を幸せにすれば気が済むんですか?」


「そんなの、いつまでもだよ……俺に何が出来るのかってのは分からない。でも、真理音を幸せにし続けることはここで誓うよ」


「もう……また、そうやって」


「真理音にはいつも笑顔でいてほしいから」


 真理音が言ってくれたんだ。

 俺は真理音の星なんだと。光なんだと。


 だから、俺はこれからも真理音を笑顔にするんだ。


「真人くんにはめてもらってもいいですか?」


「仰せのままに」


 指輪を取り出して、先ほど唇で触れた指にそっと通す。

 サイズは調べていたけど最後まで不安だったため無事に通せたことにホッと胸を撫で下ろした。


「うん、似合ってるよ」


 白い手に銀色に輝く小さな輪っか。

 真理音には派手な種類でなく、控え目な方が似合うと決めて正解だった。店員さん、何も分からない不審者だった俺にご教授くださりありがとうございました。


「指輪なんて初めてでどうしたらいいのか分かりません……」


「じゃあ、繋いでおこうか」


 指を絡めると確かにそこに輝くものがあるのだと実感させられる。


「真人くんの気持ちは嬉しいです……けど、普段はつけていなくてもいいですか?」


「うん、真理音の好きなようにしてくれ」


「なくしたくありませんし、大切に保管しておきます。真人くんとふたりの時はつけますから」


「別に、無理する必要はないからな。いちいち、拗ねたりもしないから」


「分かってます。私がつけたいからそうするだけです。それより、よくぴったりのサイズを買えましたね。真人くんの性格上……何でもないです」


「おい、そこで切られるとすごく気になるんだが」


「す、すいません……真人くんの場合、どこか抜けてるので用意はしたけどサイズが合わない展開になるのではないかと」


 抜けてる、なんて真理音にだけは言われたくない。事実だけども!


「真理音が寝てる間に調べたからな」


 気持ち良さそうに眠る真理音の手をとれば求めるように繋がれた。その手をどうにかして引き剥がし、指だけを掴んでメジャーを巻いたのは真理音と何度目かのお泊まり会をしていた夜のことだ。


「いつの間にそんな……」


「疲れてたのかぐっすりだったからな……簡単だったよ」


「……真人くんの腕の中だと気持ちよすぎて起きれないんですよ。ばか」


「バカとは心外だなぁ……」


 本気でないことくらい分かっているので嫌な気一つせずに膨れた頬を指でつつく。


「……今度、葉月さんにも挨拶しに行くよ」


「ゆっくりでいいですよ。お父さんも断るはずがありませんし。むしろ、早く早くと急かされるかもしれないですから」


「母さんだったら間違いなくそうしてくるな……」


 式場はどうするとか、新婚旅行はどこにするとか。決めてないことをその場で決めさせられそうだ。


「私達、まだ学生ですからね。真人くんと早く結婚したくても卒業までは待ちたいです」


「そうだな……あ、じゃあ同棲でもするか。毎日、ずっと一緒にいられる!」


「ど、同棲は……すごく良いですね。真人くんと今まで以上に一緒にいられるなんて素敵すぎます」


 ……まあ、今もほとんど同棲しているようなものなんだけどな。真理音と離れるのは寝る時くらいだけだし。


 同棲、という言葉に目を輝かせている真理音を眺めながらそんなことを考えていた。


「ですが、真人くん。楽しいことばかりを考えて普段の生活がダメダメになってはいけませんよ」


 あれ、楽しい雰囲気はどこへやら。いきなり、真理音がお母さんモードに。いや、もうこの場合は新妻モードの方がいいのだろうか。それとも、奥さんモード? ま、どれでもいいや。人差し指を立てている仕草が可愛いに越したことはないし。


「三年生になるんですし、気合いを入れて頑張らないとですよ。ちゃんと、一緒に卒業したいですから留年なんてしないでください」


「……勉強、難しくなるのかなぁ」


「私がついていますから大丈夫です。真人くんとは片時も離れませんから」


「……迷惑かけると思うけどお願いします」


「迷惑なんて思いませんよ。それに、迷惑でもいいじゃないですか。沢山、迷惑かけあってもっともっと仲を深めていきましょう」


「そうだな。ゼミだってまた一緒だし、楽しいことがこれからも沢山あるもんな」


 全てが全て、完璧に役割りをこなせる人間なんてどこにもいない。

 だから、真理音の言う通りだ。


「しかも、三年生と四年生はもうメンバーが変わることはありませんからね。楽しみでしょうがないです。九々瑠ちゃんとも同じですし!」


「……一応、翔もいること覚えておいてやってくれよ」


「ちゃんと、頭に入れてますよ。お世話になったこともありますし」


「しかし、希望したところが同じだったとはいえ、よくもまあ全員で一緒になれたよな」


「寂しくならないように神様がプレゼントをくれたんですよ」


「そっか。正月の時とは違って良い働きをしたと褒めとかないとな」


 そうは言ったけど俺は思うんだ。きっと、これは神様なんかのおかげじゃないと。

 ひとりは寂しい、という真理音のことを考えて真理華さんがプレゼントしてくれたものなんだと。


「これから先も楽しいことばかりではないと思います」


「でも、真理音と一緒だと何でも楽しくなるよ」


「はい。だから、これからもずっと一緒にいてくださいね。ひとりでいるのは寂しいですから」


 久しぶりに聞いたそのセリフに思わず口角が上がる。


「絶対、ひとりになんてしないよ……好きだよ、真理音」


 なくしたくない温もりを腕の中に抱き寄せる。

 そして、優しく微笑んでいる真理音にそっと唇を重ねた。


 いつか、斑目に言われたことがある。

 人は誰もが寂しがりでひとりでは生きていけないんだと。


 強がって、ひとりでいる方が好きだと言ってた俺はそんなことないと思ってた。

 でも、今なら分かる。間違ってたのは俺の方だったんだって。


 だって、寂しがりの真理音が一緒にいようと俺にだけグイグイきてくれた結果、こんなにもずっと一緒にいたいと思える相手に出会えたんだから。


 唇を離すと何故だかふたりして照れ合ってしまった。まるで、初めてキスをした夜のように。


 それでも、互いを感じたくて手を取り合い微笑み合った。


 それから、俺達はこれからのことを面白おかしく笑い合いながら何時間も幸せに語り合った。


 寂しさなんて感じないように。





 最終章完

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