第89話 月明かりに照らされる寂しがりは神秘的
最終日の夜というのはどうしても名残惜しくなる。
それが、一段と強く感じるのは楽しかったからだろう。久しぶりに家族と会えたこと。そして、場所が変わっても真理音とは何も変わらずに過ごせたからこそ明日には帰ることを思うと寂しくなる。
「次、にーにの番だよ」
愛奈に言われて、真理音の手からトランプを一枚引いた。ジョーカーだった。真理音のしてやったりという顔が少し憎たらしい。
ジョーカーをじっと見ていると馬鹿にされているように思える。つい、この前まではひとりでいることを寂しいと思わなかった奴が何を浸っているんだよ、と。
実際にその通りだ。真理音の言うひとりが寂しいということを俺は馬鹿にしていた。そんな俺が今ではすんなりと寂しいと思うようになっている。信じがたいことだが。
きっと、真理音といることで変えられているんだ。ひとりは寂しいものなのだと脳に埋めつけられ、そう思うように改造されているんだ。
でも、それを嫌だとは思えない。それよりも、嬉しいとさえ思っている。俺の本音を引き出してくれているようでそう思えるんだ。
だから、ジョーカーなんかとはとっとと別れよう。
「あーん、ババー! にーに、ずるーい。目で誘導したー!」
「ふっ、愛奈。これが、勝負の世界だ。覚えておきなさい」
「あーん、もう一回もう一回ー!」
トランプで遊び、その後は何故か真理音が言い出した卒業アルバムを見たいですという願いを叶えて中学校までの分を一緒に眺めた。何度も「可愛い」と言われ、自分に対しての考えを改めさせられそうになる。
可愛いってのは真理音や愛奈に言うもんなんだけどな。
写真を写真に納めるという謎行動を繰り返す真理音を見てそう思った。
「愛奈。そろそろ、部屋にお戻り」
「んー、最後なんだからここでねるー」
「しょうがないな……真理音は――」
「わ、私も。ここで寝たいと立候補します」
「じゃあ、布団持ってくるから愛奈を見ててくれ」
「はい!」
元気よく敬礼した真理音を残して布団を取りに向かう。
二日連続真理音と同じ部屋で寝ることになってしまったが、今日は何も起こらないだろう。愛奈もいるし、同じ布団で寝る訳でもない。うん、何も問題ない!
愛奈を真ん中に川の字になって横になる。
何も問題はなくても、勝手に意識はしてしまう。
背中を向けていても、そこに存在している空気を感じて目が冴えてしまう。
「……真人くん、もう寝ちゃいましたか?」
「……まだだけど」
「では、少しだけお話しませんか?」
「いいよ」
真理音との幾つかの会話を交わす。気持ちよく眠っている愛奈を起こさないように気をつけながら。
「ここに来て、改めて真人くんと真人くんの家族の温かさを知りました。他人の私を受け入れてくれる優しさに感動しました」
「まあ、受け入れる広い心がないと民泊なんてやってられないだろ」
「ふふ、そうですね。真人くんは将来、ここを継ぐんですか?」
「どうなんだろ。母さん達にはやりたいことをすればいいって言われてるから分からん」
「真人くんのやりたいこと……作家さんですね!」
「……そりゃ、なれたらいいなとは思うけどそう簡単にはいかないんだよ。それに、趣味を仕事にするってのも疲れるって聞くし」
「確かに、それは聞きますね。お母さんは専業主婦でしたけど、絵を描けるだけで楽しいと言っていましたし」
「だろ。まだまだ、将来なんて想像も出来ないガキのままなんだ」
進学か就職かの判断をする時もどうしてもやりたいことや夢などはなかった。だいたい、若干十八歳で自分だけの立派な将来を見据えて選択する人間なんて数少ないだろう。大概が家庭の事情やなんとなくで決めるものだ。
家は幸いにもお金に余裕があったし大学を卒業すれば必ず将来役に立つものが身につくと思い進学した。俺には必ずといった目標なんてないつまらない人間なのだ。
「……私には、将来の一部分はもう見えてますよ」
そう言う真理音は射し込んでくる月明かりに照らされていつもよりも美しく見えた。それを見ているだけで何故か頬が熱くなる。そういう場面ではないはずなのに。
「流石、しっかりしてるな」
「……まあ、私だけでは到達できないので誰かさんにも協力してもらわないといけないんですけどね。誰かさんにも」
その誰かさん、とやらが誰なのかはなんとなく想像出来た。間違っているとそれはもう恥ずかしいので詳しくは言えないが。
「……そうなるといいな」
「ふふ、そうですね。あの、真人くん。改めて、ありがとうございました。夏休み中……特に花火の件からは随分と助かりました」
「それを言うなら俺だって。琴夏のことで助けられたし迷惑だってかけてるからおあいこだ」
「いえ、私の方が良くしてもらっています。だって、家庭のことは真人くんは関係のないことなのに動物園に連れていって元気づけてくれたじゃないですか。あの日、本当に嬉しかったんですよ?」
「そりゃ、落ち込んでる真理音を見たくないっていう俺の都合だ。だから、そこまで感謝されることは――」
「――もう、分かってますよ。真人くんは中々素直じゃないですから言えないだけで、ちゃんと私のことを考えてくれたんですよね?」
そう言われるとなんだか本当に全てを見透かされているような気がしてしまう。俺が真理音に元気になってほしいと考えていたと。
「……あの、無言だと心配になるんですが私のこと考えてくれたんですよね? ね?」
「……考えてたよ。真理音に元気になって笑ってほしいって」
「ふふ、そうだと思いました」
「つーか、こういうのはあんま言わせないでくれ。俺は真理音みたいにグイグイとはいけないし恥ずかしいんだ」
「ですが、言ってくれないと伝わりませんし不安です」
「でも、俺のことは分かってるんだろ?」
「……一本とられました。今の返しは反論できないです」
潔く負けを認めてくれたところで俺はずっと気になっていたことを聞くことにした。
「答えたくないならいいんだけどさ、真理音はお父さんのことどう思ってるんだ?」
ずっと、真理音の父親が見せたあの表情が忘れられないでいる。だからといって、何かを出来る訳ではないが少しでも力になれるならなりたいと考えているのだ。
「好きですよ。ビンタされたことは初めてだったので傷つきましたがあれは私がいけなかったのだと思いますし」
「だからって、いきなり叩いたりはしないだろ」
「するんじゃないですか? だって、自分の家に見ず知らずの人を勝手に上げたんです。怒られて当然です」
「そうだとしても、真理音を叩くのは酷いだろ。せめて、俺にしとけって話だよ」
「私は真人くんがビンタされていた方がお父さんのことを嫌いになっていたと思いますけどね。とまあ、お父さんのことは今でもずっと好きです。色々とお世話になっていることもありますし。ただ、分からないんです。どうやって接すればいいのか」
「そこは、お得意のグイグイでいけば」
「無理ですよ。あれは、真人くんに振り向いてほしいから出来ているだけでお父さんには絶対に無理です」
しっかりしているようで不器用な真理音。らしいと言えばらしいが。
「それに、一度嫌われた相手にグイグイいけるほど私は強くありません。だから、真人くんは私を嫌いにならないでください」
「そこんとこは安心しとけ」
浮気した元カノでさえも、嫌いにはなっていないのだから。
「お父さんとも昔のように仲良くしたいですけど、難しいならもういいのかなって」
そう口にした真理音は酷く寂しそうに見えた。父親が見せた時のように。
「俺に何が出来るか分からないけど……支えていくからさ、時間をかけてちょっとずつ歩み寄っていったらいいんじゃないか? 真理音の得意分野なんだし」
「……私に、出来ますかね?」
「真理音だから大丈夫だろ。今こうしてることが何よりも証拠なんだしさ」
ひねくれて強がってた俺が今こうして同じ部屋で真理音と過ごすようになったのは紛れもない彼女が歩み寄ってくれたから。血の繋がりがない俺でさえそうなったんだ。父娘なんだし、きっと大丈夫だろう。
「真人くんに言われると身体の底から勇気がわいてきます」
「くくっ。そうやって、意気込んでる方が真理音らしくていいな」
「もう、笑うなんて酷いです」
身体を起こした真理音はぷくーっと頬を膨らませていた。そんな姿でさえ月明かり効果によって神秘的に瞳に映る。
「……ほんと、綺麗だよ」
つい、心の中だけに留めておこうと思っていたことを呟いてしまった。
みるみるうちに真理音の顔が朱に染まる。
「な、何を言い出すんですか。真人くんなんて知りません!」
どうしてか怒られた。普段は、可愛いと言えば喜んだりするくせに意味が分からない。
「もう寝ます。おやすみなさい!」
そのまま、背中を向けられてしまった。
俺も同じようにして目を閉じる。今度はすっきりと眠りにつけた。
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