第14話 寂しがりは言う。もっと。もっともっと仲良くなりたいと
「あ、おはようございます、星宮くん」
「おはよう、二条さん」
朝、ごみ捨て場で二条さんと遭遇した。
のだが、いきなり珍しいものでも発見したかのように驚いていた。
「どうした?」
「いえ、星宮くんが挨拶を返してくれたのでびっくりして」
「なんだ。そんなことか」
「そんなことじゃないですよ。あの星宮くんが挨拶を……感涙です」
「大袈裟過ぎるだろ……俺のことなんだと思ってんだ」
「優しくて意地悪でひねくれ屋さんです」
「なんだそりゃ……」
よく分からない俺の評価を聞いてごみを捨てた。悪い評価をされてなくて、少し安心だと思ってしまったのはごみと一緒に捨てた。
ふぅ、今日は午後からだしこれから暇だな。二度寝でもするか。
そんなことを考えているとクイクイっと二条さんに腕を引っ張られた。
「あの、星宮くん」
「なんだ?」
「星宮くんのごみ……」
「酷いな。俺はごみじゃないぞ」
「違います。星宮くんが捨てたごみです」
「あー、そのごみがどうした? 変な物は入ってないぞ」
「変な物はないですけど……カップラーメンやお菓子、お弁当のごみばかりじゃないですか」
「まぁ、主なごみがそれだからな。で、それがどうした?」
「あの、食材とかは?」
「ないな。料理出来ないし、俺のご飯つったらそこに入ってるやつばっかだし」
だからと言って体調を悪くしたりとかはないから料理が出来なくて困った、ってことがないんだよ。
「あの、今朝は何か食べましたか?」
「食べてない。俺、朝は基本食べないスタイルだから」
「えっと、星宮くんの食事スタイルを教えてもらっていいですか?」
「そうだな。朝は抜きで昼は食堂、夜は買ってくるか外食かのどっちかだな」
「そ、そんな……」
二条さんは何やら凄いショックを受けたようで顔からさっと血の気が引いている。そんなに不味いことを言っただろうか。男の一人暮らしなんてそんなもんだと思うんだが。
「星宮くん。今からの予定は?」
「二度寝だ」
「つまり、暇だってことですね」
「いや、二度寝」
「暇ですね!」
「……はい、暇です」
二条さんの凄い剣幕にやられて負けてしまった。
「なら、家に戻って待っていてください。すぐに伺うので」
「え、なんでだ?」
「なんでもです。くれぐれも寝たりしないでくださいね。出てくれなかったら家の前で泣きわめきます」
「それは、二条さんが変な目で見られるだけなんじゃ……」
「九々瑠ちゃんに無視されたって連絡します。因みに、九々瑠ちゃんはこの近くに住んでいるのでとんできてくれます」
「卑怯だぞ。脅しじゃねーか」
「だから、起きててくださいね」
「わーったよ」
ふたりで上まで行き、一旦分かれた。
そして、三十分程経ってからチャイムが鳴った。
相手は確認するまでもないので扉を開ける。やはり、二条さんだ。手には弁当箱が持たれている。
「星宮くん。相手を確認しないで扉を開けるのは不用心ですよ」
「二条さんだって分かってたからな」
「ですが、もし不審者だったら」
「その時はこの腕で撃退するよ」
俺は握り拳を作ってみせる。
「細い腕で何を言ってるんですか」
「細いって二条さんには言われたくない。それに、力こぶだってちょっとはあるんだぞ」
一応、バイトで本を持ち上げたりしているからな。ふふん、と二条さんにはないであろう力こぶを作りながら自慢気に笑う。
「それでも、です。星宮くんにはもう少し力をつけてもらいたいのでこれ、食べてください」
そう言って二条さんは俺に弁当箱を渡してきた。
「いいのか?」
「はい。お昼に食べようと思っていたものを入れただけですので」
「そっか」
「朝はお腹が空かないという方もいるので少なくしています。ですので、足りなかった場合は言いにきてください。追加しますので」
「至れり尽くせりだな。ありがたいけど。これ、いつ返せばいい?」
「今日の夜が良いんですけど大丈夫ですか?」
「今日は大丈夫だ」
「では、取りに来ます」
「いや。それは悪いから俺が持ってくよ」
「そうですか。では、この前と同じ時間に来てください。それでは、私は用があるのでこれで」
「分かった。弁当、ありがとな」
「はい。ちゃんと食べてくださいね」
「二条さんの作るご飯は美味いからな。ちゃんと食うよ」
「ふふ、腕がなりますよ」
さっきの俺に対抗してだろうか。細くて真っ白い腕で力こぶを作って見せてくるがびっくりするくらい平らだった。服の上からでも分かるくらいに平らだった。
二条さんから貰った弁当を開けると中にはおにぎり三個と玉子焼き、ウインナー、プチトマト、とまるで子どもの弁当みたいなメニューが入っていた。
「ほんと、俺のこと何歳だと思ってんだか」
メニューは子どもっぽくても味は舌が唸るほどに美味かった。
「弁当、美味かったよ。あんがとな」
「いえ、少しお待ちください」
弁当箱を返すと待ってろと言われたので忠犬のように扉の前で待っていた。忠犬は見たことないから分からないが舌を出す必要はなさそうだ。
「お待たせしました。これ、どうぞ」
「これは?」
二条さんから渡されたのはまたも弁当箱だ。しかも、昼間の弁当箱よりもサイズが大きくなっている。
「星宮くんの晩ご飯です」
「流石に貰えねぇよ」
「いいんです。受け取ってください」
「いや、でも……」
「これから、星宮くんのご飯は私が作ります」
「なんでだよ」
「星宮くんに倒れてほしくないからです。心配なんですよ。私、心配性なので」
「待て。それは、初耳だぞ」
「だって、言ってませんから」
してやったりと二条さんはまたどや顔だ。
「……あのさ、二条さん。その、二条さんの気持ちは嬉しいよ。でもさ、そこまでしてくれる必要ないから」
「どうしてですか?」
「どうしてって……俺と二条さんはただのお向かいさんだろ?」
「ただの、じゃありません。ゼミが一緒で私が仲良くなりたいお友達、その上でお向かいさんです」
「じゃあ、仮に友達だと仮定して友達だったら対等な関係でいないとダメだろ? 二条さんだって、斑目にご飯作るって言われたら嬉しいけど断るだろ?」
「それは、そうですね」
「だろ。友達なら対等な関係でいないとダメだからな。もし、俺が二条さんにご飯を作ってもらうことになっても俺が二条さんに返せるものがないんだよ」
「そんなの必要ないんですが」
「二条さんは良心からそうしようとしてくれてるんだろうけど受ける側は恩が重なって申し訳ないんだよ。だから、俺のご飯は自分でどうにかするから。それに、今までだって一度も倒れたことないから心配ご無用だ」
「では、星宮くんが私を専属の料理人として雇うというのはどうでしょう?」
「なんでそうなった?」
「私は星宮くんにご飯を作って提供する。星宮くんは私に食材費と人件費を提供する。これで、対等な関係です」
「確かに、対等っちゃ対等だけど」
「星宮くん。本当は、そんなの必要ないんですよ。私がやりたくてやることですので。あと、本当に星宮くんのことが心配なだけなんです」
「俺は見た目より健康だぞ?」
「それでも、です。もし、星宮くんが倒れたら私が一日中つきっきりで看病しますよ? それでも、いいんですか?」
その姿が容易く想像できた。タオルを変えて着替えを手伝っておかゆをあーんして食べさせてくる二条さんの姿が。
「ちょっと、困るな」
「そう言うと思いました」
「……二条さんはさ、どうしてそこまでしてくれるんだ? 俺、二条さんに何かした記憶がないんだけど」
「仲良くなりたいからです」
「出会った頃よりは仲良くなったと思うんだが」
「もっと。もっともっと仲良くなりたいからです。それだけじゃ、ダメですか?」
二条さんの目が譲りませんと訴えてくる。
この目が俺は苦手だ。真っ直ぐで本当にその気持ちだけを率直に伝えてくる。
「分かった。頼むよ。二条さん」
そして、俺は負けてしまうのだ。二条さんのことなら信じていいんじゃないかと思って。
「はい、任されました。腕によりをかけて作ります。あ、そうだ。後で契約書書きましょうか?」
「必要ないだろ」
「そうですか? 星宮くんのことなので明日になれば忘れたーとか言いそうで不安なんですけど」
「確かに、言いそうだな。でも、二条さん相手には言わねーよ」
「本当ですか?」
「ほんとほんと。二条さんとの約束は忘れない」
「ふふ、信じてますからね」
「あいよ」
俺が照れていることを知っているかのようにクスクス笑う二条さん。その笑顔を見せられたら忘れたくても忘れられないだろ、と文句を言ってやりたくなった。言わないけど。
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