第92話 限りなくそれに近い関係
学園祭まではあっという間だった。
ゼミの時間だけでは準備が足りず、前日の今日は午後からの講義は全て休講となり、どこもかしこも準備にとりかかっていた。
食材の買い出しを済ませた後、準備組と調理組に別れた。主に男子組と女子組だ。男子が調理を手伝わない方が何かとスムーズにいくとお互い分かっているのだろう。誰も文句はなかった。
俺はひとりで看板の作成中だった。といっても難しいことはしていない。ダンボールを色々とアレンジするだけでいい楽な仕事だ。
個人的にこういうことをするのは好きだ。時間はかかったとしても決して疲れることじゃない。黙々と集中すれば終わるのだ。
「なーなー、星宮くん」
ダンボールにマーカーで色を塗っていこうとしていると声をかけられた。振り返ると一人の同じゼミ生。
「何?」
「星宮くんと二条さんって付き合ってるって噂があるんだけど本当?」
思わずマーカーを落としそうになった。
俺って、本当に真理音関連じゃないと話しかけられないよな。別に、いいけど。
「嘘だ嘘。今は付き合っていない……限りなくそれに近い関係にはあるけど」
「そっかー。よかったー」
よかった?
「実は俺、学園祭で二条さんに一緒に回ろうって誘おうと思ってるんだ」
そうか。真理音があまりにも近くにいてくれたせいですっかりそれが当たり前のように思ってたけど……真理音ってモテるんだ。そりゃ、そうだよな。見た目が良くて性格も良いときたら、男なら誰もが心を奪われる。奪われて当然ともいえる。しかも、本人はそれを狙っていない。素でモテるのだから本当にモテるのだ。
真理音の隣に俺以外……例えば、目の前の男が並んでいてどうだろう。人の恋路を邪魔していいような立派な権力なんて俺にはない。……でも、モヤッとして嫌だ。
「……それは、止めといた方が自分のためだと思うぞ。真理音とは一緒に回ろうって約束してるし」
これを言ったら真理音がどう思われるか心配になる。でも、そうしないと真理音にこれからも近づく奴がいるかもしれない。だったら――
「そ、それに、真理音は俺のことだ、大好きだからな……望みは捨てた方がいい」
……って、これは、流石に馬鹿馬鹿しかったか。ほら、めっちゃ、キモいナルシスト野郎でも見るかのような目になってるし。何より、言ってて自分で馬鹿だと思う。
真理音に近づいてほしくないと思うなら、早く付き合ってちゃんと彼氏だから、って言えばそれだけでいいのに……真理音が勝手に惚れてるみたいな言い方をして本当に嫌になる。
「いや、星宮くん何言って――」
恐らく、否定的な意見を言われかけたのだろう。
だが、それは真理音の登場で遮られた。
「真人くん。焼きそば、試食してくれませんか?」
背中を冷たい汗が流れた。ついさっきの馬鹿げた発言を聞かれたのではないかと思うと恥ずかしくてたまらない。
「に、二条さん。俺の分は?」
「あちらに用意してあるのでみなさん食べに向かわれていますよ」
「星宮くんの分だけ持ってきたの?」
「作業頑張っていますので移動してもらうのは手間かと思いまして。いけませんか?」
「う、ううん。じゃ、じゃあ、行ってくるよ」
そう言うと、さっさと去っていった。
「真理音。今のは嫌われるかもだぞ」
「どうしてですか?」
「……いや、明らかに俺だけ特別扱いだしアイツにとってはいい印象じゃない」
「あの人にどう思われようと関係ないです。それに、真人くんはちゃんと作業しているじゃないですか。ですが、あの人はしゃべってばっかでした。それよりも、焼きそば食べて感想ください。女子のみんなでどうしようかと話しているんです」
割り箸と少量の焼きそばが乗った皿を差し出される。
「分かった。でも、ちょっと今手が放せないからそこに置いといてくれ。食べたら感想言いに行くから」
「確かに、手が汚れてますね……では」
真理音は割り箸で焼きそばを掴むと口近くにまで持ち上げてくる。
「口を開けてください」
「……いや、流石にここだと恥ずかしい……誰に見られてるかも分からないし」
「だ、大丈夫です。今はみなさん隣の部屋ですから。だ、誰か戻ってくる前に早くしてください」
ずいっと押しつけられるような形になり口を開ける。口に含んだところで真理音はわざとなのか、それとも狙ってなのかは知らないが、
「な、なんだか、いけないことをしているみたいですね……」
と、言った。
俺は咳き込んで焼きそばがとび出てしまいそうになるのを必死に堪えながら顔が熱くなるのを感じた。
「ど、どうですか?」
「……美味い。でも、ちょっとだけ薄い気がする」
味の感想を述べると真理音も焼きそばを口にした。もちろん、割り箸は一組しか用意されていないので同じやつを口につける。
ごっくんと飲み込む姿を馬鹿みたいに呆けて見ていると真理音は顎に手を当てて唸り始めた。
「うーん、やっぱり、真人くんもそう思いますよね。うん、もう少しだけ味を濃くしてみようと提案してきます。ありがとうございました」
「あ、ああ。また、味見が必要だったら呼んでくれ。今度は行くから」
「はい。真人くんも作業頑張ってくださいね」
よかった。さっきの発言は聞かれてなかったっぽい。
真理音の背中を見送りながら一安心していると急に立ち止まる。そして、こっちを見ないまま名前を呼ばれた。
「ありがとうございました」
「味見くらいで何言ってんだ。何回だって味見するぞ」
「そうではなくて……その、学園祭のことや私のこととか……嬉しかったです」
身体の震えが止まらなかった。全身から汗が漏れ、背中が冷たくなっていく。さっきの比ではないくらいに。
「……もしかして、さっきの聞いてた?」
それに、真理音が詳しく答えることはなかったが耳まで真っ赤にさせてパタパタと逃げていく姿を見ればどうであったかくらい判断できた。
もう、やだ。死にたい。
全身を熱くさせながら心の底からそう思った。作業も集中することが出来なかった。
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