第87話 雷が怖い寂しがりを強がりは一緒に寝ようとベッドに連れ込む

「あー、やっぱ、降ってきたかぁ……」


 母さんから足りない食材の買い出しに行ってきてと言われ、真理音とスーパーまでやって来ていた。

 家を出る際、既に天候が怪しく心配ではあったがやはり買い物をしている間に降ってきたようだ。


「大丈夫ですよ、真人くん。私が傘を持ってきているので」


「うーん、どや顔のところ悪いけど一本だけだろ? 俺は濡れて帰るから、真理音が使えよ」


「どうしてふたりで入ろうって考えにならないんですか!」


「だってさ、俺と真理音の身長を考えると俺が傘をさすことになるだろ?」


「はい」


「でも、俺の両手は荷物で塞がってる。結構、重たいやつ」


「そこで、私の出番だということですね!」


「そうなる。でもな、真理音が傘をさすと身長のせいで多分ずっと腕を伸ばしっぱなしになると思うんだよ。結構、キツいぞ?」


「し、身長が憎いです……ですが、私は頑張れますよ。それに、真人くんと相合傘したいです」


「……そこまで言うなら。でも、疲れたら俺のことは気にせず帰っていいから。小雨だし大丈夫だから」


 と言っても、真理音のことだから絶対にないんだろうけど。「私も残ります」って、聞かないんだろうな。


 と言うことで、人生初相合傘を真理音と経験している。

 のだが、やはり、心配したように真理音には少々無茶なようだ。


「しんどいなら無理するなよ」


「だ、大丈夫です。腕力には自信があるので」


 細い腕をぷるぷるさせながら言う姿には思わず胸がきゅんとなる。そこまでして、相合傘をしたいのだと考えると俄然、無茶をしてでもいいかっこをみせたいと思ってしまう。


 荷物を片手に全部任せ、空いた方の手で傘を持ち上げた。


「ま、真人くんは荷物に集中してください」


「いいからいいから。こういう時はいいかっこさせてくれ」


「では、荷物を一つ」


「それも、いいから。真理音は水溜まりでもないか見ててくれるだけでいい」


「……もう、真人くんはズルいです」


「こういう時くらいしか頑張れないからさ」


「そんなことないのに……」


 静かになった真理音を横目に俺も何も言わないようにした。機嫌を損ねたかと不安になったが口がにやけているのでそんなことはなさそうだ。



 ◆◆◆◆


 真理音は不安であった。

 夕方頃から降りだした雨は夜になるに連れて酷くなっていく一方だった。今では、雷まで鳴るようになっている。


「雷、怖いのか?」


 びくっと身体を震わせたことで真人に見抜かれたようだ。


「す、少しだけ……」


「そっか」


「任せて、まりねちゃん。私が傍にいるから!」


 小さな身体を精一杯大きく見せながら愛奈が言った。


「ふふ、ありがとうございます」


「なんかあったら呼んでくれよ。向かいにいるから。じゃ、おやすみ」


 あくびをこぼしながら自室に入っていく真人を見送り、真理音は愛奈と共に愛奈の部屋に入った。


 ううっ……怖いです!


 真理音は布団にくるまりながら身体を猫みたいに丸め、目を閉じた。大きな音が苦手で昔から雷が鳴る日はいつも母親に抱きしめられながら眠っていた。


「……お母さん……」


 どうしても、こんな日はあの頃のことを思い出して寂しくなってしまう。


 また、忌々しい音が鳴り響いた。


「あ、愛奈ちゃん……」


 愛奈に助けを求めたが愛奈は既にいびきをかきながら爆睡中。やはり、何も任せておけないことを真理音は悟った。


「ま、真人くん……」


 自然と真人に会いたいと思い、部屋を越えて会いに向かう。生まれたての小鹿のようにままならない足取りで真人の部屋の扉を開けた。


「ま、真人くーん……」


 すっかり、寝入っている真人を見下ろしながら小声で呼ぶが反応はない。


「ま、真人くん……!」


 少しだけ、大きな声で呼ぶと真人は虚ろげな眼差しで真理音を見た。


「寝れ、ない、のか……?」


 真理音は声を出さないまま、コクコクと頷いた。


「じゃあ、ん……」


 真人は布団をぽんぽんと叩き、真理音に横になるよう促した。流石に、それは予想していなかった真理音は驚き一歩後退りそうになる。だが、真人に腕を掴まれ阻まれてしまった。


「ほら、一緒に寝るから早く……」


 真人に引っ張られる形でベッドに横になる。


 こ、これは……もう、死にそうです。


 真人の顔がすぐ傍にある。

 真人の安らかな寝息が聞こえる。

 ばっくんばっくんと弾けそうな自分の心臓の音が部屋中に伝わるんじゃないかと思ってしまう。


 耐えきれないと察した真理音はベッドから逃げようとした。しかし、また忌々しい音が鳴り、身体が勝手に反応してしまった。


 その直後だった。

 真理音は真人に抱きしめられていた。


「ま、まなっ――」


「だいじょう……だいじょう……」


 優しく言われながら、背中をぽんぽんと叩かれる。

 真人の行動は真理音の母親と同じだった。

 もう、絶対に味わうことのないと思っていた安心感にいつしか恐怖は消えていた。


 真人の胸に両手を添えて、すっぽりと埋もれるように近づいていく。温かい真人の心を感じながら、真理音はいつしか眠っていた。



 ◆◆◆◆


 ……え、な、なんで!?


 朝、目を覚まして心臓が止まった。真理音の顔がすぐ傍にあったのだ。しかも、どういう訳か俺は彼女を抱きしめながら眠っていたらしい。


 夢の中で雷を怖がってここまで来た真理音と出会った。夢の中なら、何をしても許されるし何をしても誰にも知られないからと大胆にも自分から一緒に寝ようと言った。

 のだが――


「あれ、現実だったのか……」


 背中に冷たい汗が流れる。


 と、とにかく、どうにかしないとこの状況を誰かに見られたら確実にアウト。捕まりたくない。

 ごそごそと身体を動かすと真理音が小さく反応する。


「まなと、くん……」


 寝言を呟くと再び安心しきった無防備で幸せそうな寝顔をさらけ出す。


 ほんと、俺のこと信頼しすぎ……。


 一昨日のことを思い出す。あれは、絶対に真理音はキスしようと迫ってきていた。会話の内容からもそうだと信じたい。


 真理音の箱入り娘としての部分は知識だけであり、本人に至っては驚くくらい積極的な女の子。無知でありながら、思いつく限りの行動を精一杯行う姿は尊敬さえも覚えてしまうほどだ。


 俺にはそんな積極性はない。あるのは興味と関心で増えた知識だけ。


 俺がもっと積極的なら何かが変わったりするのだろうか?


 真理音はまだ眠ったまま。今なら、何でも出来る。大きな唾を飲み込んで、震える手で彼女の前髪を払い除けた。

 知られないなら。気づかれないなら――


「真理音。一昨日はごめんな……」


 そのまま、真理音の額に唇を当てた。


 あまりの恥ずかしさに顔が熱くなる。寝てる時でさえ、こんなに恥ずかしいの起きてる時だとどうなってしま……ん?


 何故か、寝ているはずの真理音の目が何度も瞬きを繰り返していた。まるで、見てはいけないものを見てしまったかのように。同じように、俺も高速で瞬きを繰り返していた。見られてはいけないものを見られてしまった時のように……。


「ま、まりっ……起きて……」


 焦ってまともに頭が回せないでいると真理音が額を胸に当てながらすりすりとこすってきた。


「な、何して……」


「……今は、こうさせてください。後悔することは分かってるんです。でも、真人くんにも罪があると思うんです……だから、責任、とってくれますよね?」


 確かに、そうだ。この場合の責任者は俺と雷が怖い真理音にある。いや、無謀な勇気でチャレンジした俺にしかない。


「わ、分かった……」


「では、存分に。後悔するなら全力でいかないと損ですからね」


「……つーか、起きてたなら言ってくれよ」


「あれで、起きちゃったんですよ……真人くんのお馬鹿さん」


 耳を赤くして、拗ねたような口調。


 どうしようもないくすぐったい気持ちと恥ずかしい思い。それでいて、どこか嬉しくも感じながら真理音のすりすり攻撃を受け続けた。

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