第3話
翌朝、特にやることもなくぐっすりと眠った双弥はおかしな行動をしていた。
半歩踏み込んで体全体を捻る。また半歩踏み込んで捻る。それを十度、百度と繰り返す。
暫くやっていると入り口の辺りから物音がしたため、双弥は動くのをやめ音の方向を見た。
「……双弥様?」
「ん? ああリリパールか。おはよう」
「あっ、すみません。おはようございます」
深々と頭を下げるリリパール。この少女は身分が高いのに腰は低い。
民としてはある程度堂々としていてもらったほうが安心できるだろうなと、双弥は不安しか感じられないリリパールを見やる。
「何かなされてたのですか?」
「いや、別に。どうして?」
「双弥様のテントから妙な音がすると報告を受けまして、様子を伺いに来たのですが……」
そんなことは配下に任せればいいのだが、勇者とされている人物の部屋に入り込むような真似はそうできるものではない。
これで相手を怒らせてしまったら、へたをすると打ち首になってしまう。
「それは……た、体操してたんだ」
「体操、ですか?」
リリパールは不思議そうに双弥を見ている。
「俺が来た世界……というか、俺の国ではレイディオ体操っていうのが伝統的にあるんだ。みんな朝起きてやるんだよ」
子うさぎ部という財閥が発案したと言われるセクシャルな体操だ。
しかし実際にやっていたのは中国武術の套路だ。
昔は他人に知られぬようこっそりとやるものだったが、現代だとその限りではない。
隠しているのは、双弥の中二心がそっちのほうがかっこいいと判断したためだ。
「そうなのですか。ではそれが終わってから朝食で?」
「もう終わったからこのまま朝食にするよ。用意できてる?」
双弥は大きく伸びをしながら催促した。
本日は戦力調査──演習を行うということで屋外だ。辺りに顔を向け、日本では見られない風景だなと感じていたところで鷲峰がこちらへ向かってきた。
「おはよう鷲峰君」
「……おう」
鷲峰は斜に構え、顔を上げ髪をかきあげながら横目で双弥を見つつ気のない返事をした。
あまりの気取った態度に、やっぱこいつ中二だなと双弥は笑いを堪える。
「……何かおかしいか?」
「いや、別に。それよりもこの景色見てみろよ」
「ふ、ふん……悪くは、ないな」
そう言いつつも周りの風景に感動しているようだ。微かに震えてじっと見つめている。
延々と続く草原の遥か向こう、壁のように広がる山々の景色。まるでアルプスなどの山脈を眺めているようだ。
「おはようジャーヴィス」
「おーおはよう二人共。朝早く起きて仕事でもしていたのかい? さすが日本人だね」
朝から毒を吐くジャーヴィスに、鷲峰はムッとし、双弥はただ苦笑いで返すしかなかった。
「日本人だからって働いてばかりってわけじゃないよ」
「知ってるよ。絵の婚約者を探していたりもするんだよね。『ボクノヨメーボクノヨメー』って」
鷲峰と双弥は顔を背けた。何か思い当たるふしがあるのだろうか。
「はあ……」
「おはよう……って、どうしたんだムスタファ」
背後からため息が聞こえ、振り返ってみると暗い顔でムスタファが立っていた。その表情から何があったか伺えない。
「ああ、聞いてくれ双弥」
「何かあったのか?」
「ここは異世界で、つまり私たちの世界とは別の場所なんだ」
「それは昨日話しただろ。んで何かあったのか?」
「この世界には聖地がない」
「……ああ」
礼拝ができないことで悩んでいるようだ。
「ここは異世界だし、サボったところで神様だって気付かないよ」
「だが、しかし……」
「僕なんか10年もミサに行ってないけど毎日ハッピーだからね。神様は寛大なのさ」
落ち込むムスタファをジャーヴィスが慰める。
「あとはフィリッポか」
「彼はわざわざ僕らが集まってるからといって来たりしないよ。今ごろ女の子に囲まれて鼻の下を伸ばしているだろうからね」
その言葉の通りで、暫くしたら数人のメイドに囲まれ、双弥たちを見向きもせずやってきた。
5人が集まったところでそれぞれの姫、そして従える騎士も揃う。
国の方針であろうか、騎士の装備がそれぞれ異なっているためわかりやすい。
「さて本日は勇者殿方にその力を皆に見せて差し上げて欲しいのですが」
縦ロール姫の国の騎士、全身甲冑の髭男が5人の前に来てそう言った。
「実力? なんのだ?」
双弥以外の4人が首をひねる。
そしてまた男5人で円陣を組む。
「一体彼は何を言っているんだ?」
「今日勇者の力を見るために戦力調査をするって昨日言っていただろ」
「「「「そんな話はない」」」」
4人は言い切った。
「いやいやいや、そういった重要な話、なんで聞いてないんだよ」
「逆に聞くが、双弥は僕らと別れた後何をしていたんだ?」
「この世界と俺たちの世界……基本お互いの誤差を埋める感じだったかな。みんなは?」
「宴」
「宴会」
「歓迎式」
「酒池肉林」
つまり全員気分よくもてなされており、ロクに話をしていないようだ。
姫側としても、リリパールと同様で創造神から既に話が通っていたと思っていたのだろう。
「お前らなかなか気楽だな……」
「そんなことないよ。ただ双弥が話を聞く係で僕らは歓待を受ける係だっただけさ」
「そういうことだな。さて詳しい話を聞こうじゃないか」
完全に使いっぱしりになってしまい、双弥はかなりイラッとした。なにせ双弥は話が終わった後した食事といえば、硬いパンに具の少ないスープだけ。大事な話を忘れるほどもてはやされてはいなかった。
これだけの草原を遊ばせておける辺り、キルミットは小国でも豊かなのだと推測される。にも拘わらずこの扱い。
考えられることは1つ。持ってきた食材などがことごとく他の姫君に奪われているのだ。
そのことでも更に腹立ったが、なんとか苛立つ気持ちを飲み込み、話していく。
「俺たちと騎士が戦い、勇者がどれくらい強いのかを見たいらしいんだよ」
それを聞いて4人は絶句した。
魔王を倒す勇者として呼ばれたのだ。当然戦えると思われていることだろう。
で、その実力がどの程度のものが見てみたいと言われてもおかしくないわけだ。
「そんなこと急に言われても!」
「いやいや、勇者だと言われた時点で戦うことくらい察することができただろ」
「なんで? どうして勇者だからって戦わないといけないんだ!?」
「魔王を倒すためだよ。勇者ってそういうものだろ……ああ、ちょっと待ってくれ。なんとなくわかった」
勇者という言葉で一括りにされていて気付かなかったようだ。
勇者、英雄、ヒーロー。
日本でファンタジーにどっぷり浸かっていた双弥にとって、勇者とは剣を持って魔王などと戦うものとなっていた。
しかしイングランド人にとってヒーローといえば、主にサッカー選手やロックミュージシャン、そしてスティグである。
ジャーヴィスがアーサー王の話を好んでいるとはいえ、自らが戦いたいというわけではないのだ。
これが自動翻訳の弊害なのかと双弥は額に手を当てた。
「そういえば鷲峰君は? 少しは予測できたんじゃないのかな」
「まあ……な。だが実際に言われると何も言い返せないな」
黙りこくっていたのはそのせいなのだろう。苦々しい顔をしている。
「とにかくだ。俺たちは剣と魔法を使い魔王を倒すためにここへ呼ばれた。OK?」
「NOだ。僕は帰りたい」
「オレとしてはもうちょっとこっちの女の子を楽しみたいが、帰れるなら帰りたい。どうすれば帰れるんだ?」
「多分、魔王を倒すことで帰ることができる。確実じゃないけどな」
「仕方ない。手荒だが姫を人質にとってでも──」
「俺たちを召喚したのは創造神とやらで、彼女らに罪はないし、帰す術も知らない。諦めるしかないんだよ」
4人は返事もできず黙ってしまった。
「勇者殿、いかがなされたのですかな」
甲冑騎士の問いかけにフィリッポが見下したような、なめた態度で前に出る。
「オレたちは平和な世界から連れてこられたんだよ。剣で戦うなんて有り得ないな。パス」
その態度に甲冑騎士の目の下がぴくりと痙攣し、引き下がらず食い下がる。
「ほう、ならば勇者殿の世界だと戦争はないというのですかな」
人が集まり国家が形成されていれば国同士が争うのは当たり前だ。全てが丸くおさまるなんて有り得ない。
宗教戦争であったり侵略戦争であったりと内容は異なれど、様々な思想がぶつかれば争うし、青い芝も欲しい。
「戦争くらい僕らの世界にもあるよ。でも剣や弓なんて使っていたのは何百年も昔の野蛮な時代さ。今は銃の時代だよ」
ジャーヴィスが答えると、甲冑騎士は顔を真赤にさせた。
この世界では王や貴族、騎士こそが文明人であり、野蛮であるわけがない。
剣技は文化であり、戦も進化していった。それを罵られて怒るのは当然だ。
「剣くらい私は扱えるぞ」
そんな空気を無視し、ムスタファはしれっと答えた。
「あっ、お、俺も使えるんだけど」
先を越された感じで、双弥も慌てて答えた。
まいったな、と双弥は思った。武器を扱えるのは自分だけだと思っていたのに、まさか他にいるとは。
「ほう、使える方々もおられる様子。勇者殿は我々を野蛮と罵るために嘘をついた、ということですかな」
「まさか。ムスタファの出身は砂漠なんだ。銃はきっと砂が詰まって使えないからだろうね。双弥は日本だろ? まだポルトガルから届いてないんだよ」
「ああそうだ。時代遅れのことは原始人にまかせときゃいいんだ。オレらを巻き込むな」
「2人とも、悪足掻きが過ぎるぞ」
ムスタファはあからさまに嫌そうな顔を向けながら窘める。
「お前だってムカついてんだろ? この状況に。なんで物わかりよくなってんだよ」
「別に腹は立っていない。これは神が我々に課した試練だ。ならば素直に受け入れるべきだろう」
「うちらの神様は平和主義なの。武装を経典で推奨しているような宗教と一緒にするな」
「なんだと? 軍を率いて襲ってきたのは貴様らじゃないか!」
だんだん関係ない方向へヒートアップしてきている。このままでは収拾がつかなくなってしまう。
「まあまあ3人とも、そう熱くならず」
「うるさい! ち○こでも崇めてろ無神論者め!」
「なんだ? 日本はち○こが神なのか?」
「ネットで見たぜ。でっかいち○こ像に女が群がってるんだ。男のが小さいから仕方ないな」
「それは一部の地域だけだ! へし折んぞ!」
双弥までも熱くなってしまった。
「いい加減にしろバカどもが」
ここで止めたのは意外なことにクール鷲峰だった。
「へっ、日本人ちゃんは優等生でおりこうちゃんでちゅねー」
「お前は日本男児としてあんなこと言われて悔しくないのか!」
「双弥。俺が加担したとして、現状が打破できるのか?」
「うっぐ……」
「そしてお前らもだ。宗教をくだらないとは言わない。だがそれは今することか? してどうなる?」
「じゃ、じゃあどうしろってんだよ!」
「覚悟を決めろ。魔王とやらを倒さねば帰れぬなら倒せばいい。戦いたくないならば帰れぬことに文句言うな。俺だって納得いかないしムカついている。だがそれ以上になんとかしなくてはと思っているんだ。そして最善である行いは、くだをまくことではない」
双弥は、やっちまったと頭を抱えた。熱くなってしまったことへの後悔もそうだが、今の鷲峰の言葉。あれはまるで主人公格の台詞ではないか。
(鷲峰、恐ろしい子……っ)
ここで初めて双弥は鷲峰に戦慄した。
素で言ったのか、主人公らしい台詞を考えて放ったのかはわからない。それでもこの状況下で冷静にそれを言えるというのは並の中二病患者にはできない。
中二度ではそれなりに自信があった双弥だが、上には上がいることを思い知らされる。
「……ちっ、仕方ねえな。剣くらい使えないとこの世界の女の子にモテねえかもしれないからな」
「田舎で生活するには鍬の使い方くらい学ばないと飯は食えないってね」
2人も渋々納得してくれたようだ。
だがその言葉に納得いかないような甲冑騎士は、実際のところどうなのかを剣の扱えるらしき双弥とムスタファに尋ねた。
「確かに弓や剣で戦うことなんてないよ。俺がやっているのは体や心を鍛えるためだ」
「私も概ねそんな感じだ」
ジャーヴィスとフィリッポに比べ、真面目だと感じられる2人がそう言うのだから本当だろうと甲冑騎士は理解する。
「ということは、実用として使えないわけですか」
「さあね。そればかりはやってみないとわからないよ。実戦を見据えて鍛錬したからといって、実際に通用するかは別だから」
双弥の答えに甲冑騎士は納得し、それでは試してはいかがかと部下に剣を2振り用意させた。
抜き身で見なくともわかる両刃直刀。所謂ロングソードやバスタードソードと呼ばれる代物だ。
ムスタファは剣を鞘から抜き刃を見ているが、双弥は渡された剣を返した。やらねばわからぬと言うから渡したのにと、甲冑騎士は少し嫌そうな顔をする。
「悪いけど俺が使えるのはこれじゃないんだ。日本刀……はないだろうな。サーベルはある? 反りの浅いやつ」
「そういうことですか。失礼いたしました」
騎士は赤髪姫の軽装騎士のもとへ行き、数本のサーベルを用意させた。
双弥はそれらを見比べ、これがいいと柄が長く反り具合が日本刀に近い一振りを選んだ。
「私もあるならば片刃曲刀を所望したい」
「ではお相手も吾輩がいたそう」
妖艶な姫の厚着の騎士が剣を持ちつつそう言った。
一見野盗のようなだぼっとした服装だが、背に描かれた紋章と佇まいから階級が上位のものであるとわかる。
ムスタファはそれを受け取り鞘から抜き、軽く振って小さく頷く。
「双弥、まず私から行ってもいいか?」
「ああ、任せるよ」
厚着騎士とムスタファはそのまま剣先をお互いに向け、構えた。
「私はムスタファ・ヘサームだ」
「吾輩はアイドマ・リーロン。いざ参る」
瞬間、交わった刀身から火花が散った。
突きを中心としたアイドマの攻撃を、ムスタファは軸を移動させつつ手首を回転させるように捌く。
「へぇー、やっぱ片手剣の戦い方だな」
「わかるのか?」
「一応ね」
関心している双弥に、鷲峰が訊ねた。中二病とはいえ所詮は素人。違いがよくわからないのだろう。
片刃曲刀といえば日本刀に近いが、日本刀は両手で持つ戦いが基本だ。
そのため片手で持つ二刀流になろうが居合だろうが大きな違いが出ない。根本から違うのだ。
最初はムスタファの独特な動きに惑わされていたアイドマだが、武で生きているだけのことはあり地力で優っている。
ムスタファの突きをことごとく跳ね除け、ついには弾き飛ばした。
「申し訳ない。私の力ではこれが限度だ」
ムスタファは負けを認めた。
「なかなかに面白い剣であった。もう少し精進していればかわせなかったであろうな」
ムスタファの潔い態度に少し気をよくしたアイドマが、満足そうに頷いた。
「お疲れ」
「昔やっていたから動けると思ったのだが、みっともないところを見られたな」
「昔って、いくつのときまでやってたんだ?」
「13だ。家の方針で半ば強制だったんだがな」
ということは6年ほどやっていなかったということになる。だというのにそれなりの動きをしていたことに双弥は感心した。
現代社会というものは魅力の宝庫であり、練習を阻害するようなものがたくさんある。
双弥もその例に漏れず、常に練習ばかりしていたわけではない。大抵ゲームをしたり、本(ラノベ)を読んだりだ。
それでも普段から動いていないと鈍るといって、道場に行かぬ日でも部屋の中でひとりシュッシュとやっていたものだ。
「では折角ですので、あなたのお相手は私めが」
双弥の前に出たのは、サーベルを持っていた赤髪姫の軽装騎士だった。
鎧を着ない代わりに素早さを重視しており、俊敏そうな引き締まった筋肉をしている。
「よろしく。俺は天塩双弥。双弥と呼んでくれ」
「心得ました双弥殿。私はエンゲル・ケースー。エンゲルで結構ですぞ」
エンゲルは抜刀し、体を斜に構えた。対して双弥は剣を抜かず、腰を落とす。
「双弥殿、勝負は始まっておりますぞ。剣を抜いたらいかがですかな」
「俺はこのままでいいよ。そっちこそ遠慮せずかかってきな」
それを聞いてエンゲルは顔を赤くした。相当憤慨しているようだ。
お前なんか剣を抜くまでもない。そう判断されたと感じたからだろう。
騎士というのは誰にでもなれるわけではない。故に相応のプライドがある。
ならば徹底的に叩きのめし、考えを改めさせるべきだ。
「では遠慮なく!」
エンゲルは踏み込み、躊躇なく真っ直ぐに剣を振り下ろしてきた。
双弥はそれを見てにやりと笑う。
ピイィィィン
澄んだ金属音が辺りに響く。
暫しの静寂の後、地面に何かが突き刺さった。
エンゲルは驚愕の表情をしている。その手にある半分になった己の剣を見つめながら。
そしていつの間にか抜かれた双弥の剣を見る。
双弥はいつ剣を抜いた? どうやって自分の剣を折った? エンゲルは混乱した。
彼には理解できないであろう。双弥は剣を折ったのではなく、斬ったのだということを。
「こんなとこかな」
双弥はそう言って、リリパールに向かって笑いかけた。
いつも俯き加減だったリリパールの顔は、混乱から喜びへと変わっていった。
まさに瓢箪から駒。残り物には福があったわけだ。
「双弥! 凄い! 凄いじゃないか! 今のケンドーだろ!」
ジャーヴィスが飛びつきそうな勢いでやって来て、目を子犬のように輝かせていた。
「いや、これは居合道だよ」
「イアイドー? ケンドーだよ! ブシの必殺技だ!」
何かとてつもなく間違った知識を興奮気味に披露するジャーヴィス。
「ふん、居合使いか」
鷹峰は腕を組み、面白くなさそうに呟いた。
しかし彼の奥に潜んでいる中二心は踊るように疼いていた。
「双弥! それを僕にも教えてくれないか!?」
ジャーヴィスは子供のようにはしゃぎ、双弥に願い出る。
「まあ、知っていると知らないでは違うからな。教えるというなら俺も付き合ってやろう」
ジャーヴィスとは逆に感情を表に出さない鷹峰。だが居合をやりたくて仕方ないのだろう。苛立つように組んだ腕の指先が疼いている。
「んー、悪いけどちょっと無理かなぁ」
「なんでだよ! 鎖国のせいか? そうやってすぐ隠すのは日本人の悪い癖だ!」
「そうだぞ。俺たちは戦わねばならないんだ。ならば戦う術を持つものが増えたほうがお前にとってもいいはずだ」
ジャーヴィスの意味不明な文句に何故か便乗する鷲峰。まだ彼らは共に戦う仲間だと思っているようだ。
「そう言ってもなぁ。まず居合ってのは使える武器が極端に限られるんだ。しかも1回やっただけでサーベルは使い物にならなくなった。そしてまともに扱えるようになるためには何年も修行しないといけないし」
サーベルは所詮サーベル。日本刀の代わりにはならない。
今の一閃で、もはや使い物にならないほど刃が潰れてしまった。
それにどれほど才能があっても、1年やそこら努力した程度では使えることのないものだ。
双弥は早熟な心を持った少年だった。
所謂中二病──中学生頃、心に生じる妄想の病。
双弥はこれを小学5年生で発症させた。
しかし悲しいかな、未熟すぎる知識では彼の心を満たすことができなかった。
そしてそれは小学生特有の無駄な行動力へと変換された。
実際に習ってしまおうと。
双弥が選んだのは2つ。居合道と柳生新陰流だ。
だがいかに小学生の行動力が無謀だといえども、行動範囲は大人と比べて矮小でしかない。
結果、近所にある居合道場へ通うことにした。
その1年後、更に中国武術も習うことにし、現代社会で役立たなくともこの世界で戦える術を手に入れていた。
「だったら双弥だけで戦いに行けばいいよ。僕らは国王より低い立場でいることを城内で耐えてがんばるからさ」
あまりにも理不尽なことを言うジャーヴィスの頭を軽く殴りつける。彼らはそれでいいかもしれないが、姫たちはそうもいかないだろう。
さて、といった感じに双弥は姫のもとへ戻ろうとしたが、その間を塞ぐように縦ロール姫が立った。
「まあなんて素晴らしい技なのでしょうか、双弥様。さあこちらへ。ささこちらへ」
縦ロール姫が半ば強引に双弥を自分たちの場所へ誘おうとする。
「い、いや、俺が戻るのはあっちなんだけど……」
「何をおっしゃいます双弥様。あなたのような素晴らしい剣士をあんなみずぼらしい場所へ置いておくわけにはいきませんわ」
「だ、だけどね」
「双弥様、冴えないのはお顔だけにしていただけませんか」
笑顔で刺を放つ縦ロール姫。見えない威圧感に、双弥は一瞬言いよどんでしまう。
「ねえリリパール。双弥様はうちが責任をもって預かることにいたしますわ。何か文句がありまして?」
「あの……い、いえ……。お願いします……」
そこは引き留めて欲しかったと、双弥は少しがっかりしつつもリリパールの性格を考えれば仕方なしと諦めた。
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