第186話
「……素晴らしかった。なにもかもが……」
「……ああ。これこそ至宝ってやつだよな」
「でしょでしょー?」
鷲峰と双弥は泣いていた。号泣だ。漢泣きとも言う。
そしてふたりはギャル勇者の手をしっかり掴み、ありがとうありがとうと連呼する。ギャル勇者はどういたしましてと言って手を洗いに行った。
一頻り泣いたところで鷲峰が立ち上がる。
「よし、早速これを世間に公表しよう」
「それは駄目だ」
鷲峰の案を双弥は即座に止める。鷲峰は苛立つような表情で双弥を睨む。
「またそれか。貴様はいい加減隠匿する癖をどうにかしろ。なんでいつもいつもそうやって周りに伝えるのを拒むんだ。自分だけ知っていれば満足か? 周りの迷惑も考えろ!」
「そうじゃねえよ!」
「ではなんだというんだ!」
「……最後の歌、お前どうするつもりなんだ? 翻訳して満足か?」
鷲峰は崩れ落ちた。日本語だからできる表現、日本語でないと伝わらない表現というものがあるのだ。ただ訳せばいいほど言葉というのは単純ではない。だがこれをなんとかしなくては感動は半減、いや九割減になってしまう。
「……すまん。興奮が冷めやらぬばかりに」
「まあその話は時間をかけて考えよう。それとついでに話しておきたいことがあるんだ」
ついでに話すような内容ではないのだが、双弥は鷲峰に創造神と戦うことを伝えた。
すると鷲峰は双弥に詰め寄る。
「なんで今まで黙っていた!」
「今までもなにも、ついさっきの話だ」
「聞いたその場で言えばよかっただろ!」
「あの状況で聞いたとして、お前どうしてたんだよ!」
鷲峰は顔をしかめる。あの場で聞いていたとしても、とりあえず一旦なかったことにして映画に集中していただろう。それどころか映画に集中できなくなるような話を先に言ったことに対して責めていた可能性もある。理不尽極まりない男だ。
「と、とにかくお前は創造神と戦うということだな。言っておくが、俺はなにもする気はないからな」
「わかってるって。とりあえず注意くらいはしておいてくれ」
なにもしないというよりもなにもできないし、来られても困るのだ。
地球の神の力を借りているため、以前よりも格段に強くはなっている。だが所詮力の一部を借りているだけで、この世界の最高神である創造神と戦えるほどの力はない。そしてあちらはシンボリックをキャンセルすることができる。つまり一緒にいても足手まといにしかならない。
「それくらいならしてやらんこともない。しかしお前の力……というより破壊神の力で創造神に勝てるとは思えないのだが」
「そこは大丈夫。ミナカたんが力を貸してくれるから」
「ミナカ……たん……?」
鷲峰は再び双弥へ詰め寄った。
「貴様がそう呼ぶということは、つまりそういうことなんだな!?」
「そ、そうだよ。超美少女風だ」
「うん……? 風? ……ということはまさか!?」
「いや違うんだ! 決してオスガキではない!」
男でもなく、女でもない。ではなにかと聞かれたら、神であるとしか答えられない。破壊神のような人に近い神と異なり、そもそも繁殖という概念すらない。両性具無とでも言うべきだろうか。
「純神だから性別がないらしい。ただしとんでもなくかわいい」
「くっ……だが……いや、ついてないのなら問題ないとしておこう」
鷲峰も自らの中で落としどころを作り納得してくれたようだ。
「なになにー? なんの話ー?」
手を洗い終えたギャル勇者が、真剣な顔で話し合うふたりに混ざりこんできた。双弥と鷲峰は、先ほどの内容を彼女に伝えようか悩む。
新勇者たちは詳しい事情を全く知らない。それならば知らぬまま関わらせないほうがいいのではないか。
彼女らも創造神によってこの世界へ拉致されたのだから、関係ない話ではないのは確かだ。とはいえ話すことで余計な面倒が引き起こされる可能性もあり、その都度説明などをしたくないほど創造神との不和は深い。
「えっとその……」
双弥が言いかけたそのとき、外から爆音が響く。なにかが破壊された音だ。双弥たちは慌てて外へ出る。
「なっ……!」
町の防壁が破壊され、
「どうやらあいつらは負けたようだな」
「うーん。ジャーヴィスはともかく、王とかもいたのになぁ」
実力では師に敵わなくとも、神の力とシンボリックを合わせれば負けないと踏んでいたのだが、やはり地力の差は埋まらなかったようだ。
「しかし何故ふたりだけ磔にされているんだ」
「どうせ余計なこと言って怒らせたんだろ」
なにせあのジャーヴィスとハリーである。これで王やムスタファが磔になっていたのならば完全に敵対宣言と受け取れたのだが、そうでないのならば責任はあのふたりにある。
「よぉジャーヴィス。今度はなにやからしたんだ?」
「やらかしたのはきみらのほうじゃないか! おかげで僕らは負けたんだよ!」
憤慨しているジャーヴィスでは話にならない。まだ多少話のできるハリーから聞くほうが賢明だろう。
「なあハリー……」
「クソッ! この野郎! 裏切りやがって! ああクソ! クソ! クソ!」
こちらもまた話にならない。双弥はため息をつく。
「あのな、たかだか裏切られた程度でギャーギャー騒ぐなよ」
「いや騒ぐ事案だろ。お前がメイン戦力だったんだからな」
双弥の逆ギレを鷲峰が窘める。まるで第三者の立ち位置を振舞っているが、あくまでも鷲峰は双弥側の人間だ。
「まあそれはいいや。んで他のみんなも乗ってるんだろ? 全員で俺たちと戦おうっていうのか?」
「ぬぐっ」
双弥の言葉にハリーは黙る。全員でかかったところで双弥に敵うとは思えないのだ。今の双弥は破壊神に近い存在であり、攻撃──破壊行為をしたで逆に力を与えてしまうのだ。つまり勝ち目がない。
「好戦的なのはそこの2匹だけだ。おれっちたちは和解に来た」
列車の中からジークフリートが降りてきて双弥たちの前へ立った。
「和解?」
「ああそうだ。新勇者たちとも話は済んでいる。おれっちたちが戦う理由はない」
「それはあちらの総意なのか?」
新勇者たちは好戦的な奴らとそうでないものとで分裂していたのだ。
「そういうことだ。ほれ」
そう言ってジークフリートが列車の中から呼び出し、降りてきたのはアジア系の少女だった。双弥と鷲峰は身を乗り出す。
彼女は新勇者側の友好的派閥の人間だ。それが先ほどまで戦っていた武闘派のシンボリックに乗っていたということは、先方の話が纏まっていると思っていいだろう。
泣いているのか、手の甲で目元をこする姿に双弥たちの顔が渋く歪む。
「……おうちかえりたいの」
「よし帰そう! 今すぐ帰そう!」
「わかってるな双弥! 成すべきことはひとつだぞ!」
涙ぐむ少女を見た
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