第151話
双弥たちは今、鷲峰の車で山を下っている。ドラゴンの頭は屋根にくくりつけてあるため、必要以上に目立ちそうだ。
「双弥、前から言っているが、お前はいつまで日本人気分を続けるつもりだ?」
「なんの話だ?」
「さっきのことだ」
鷲峰は先ほどのメイルドラゴンの一件のことで双弥に説教を始めた。これも何度目のことだろうか。
「でもああいうのは持ちつ持たれつっていうか……」
「だからそれが甘いと言っているんだ。この世界では力こそ正義……までは言わないが、力のないものがなにかをできるほどぬるくない。さっきのあいつらだって本当のことを喋っていたとは限らないだろ」
確かに本当のことを言っているとは限らない。それでも彼らは命がけで戦っていたのだ。そのことは紛れもなく事実であり、金も必要としていたこともわかる。盗賊などだったらあんな無茶はせず普通に人を襲っているはずだ。
「言いたいことはわかってるけどさ、迅は逆に冷たすぎないか?」
「現実的と言え。お前が目の前だけ気にしているところで、それがきっかけで不幸になる人間もいるんだ。ならば自分に利益がある方を選んだほうがまだ後腐れないだろ」
世の中には様々な繋がりがある。それが良しでも悪しでも繋がっていることには変わりはない。
「それもひとつの考えだということはわかる。だけど知らない人間の心配までするほど俺だって善人じゃないからな。俺の目の届かない場所にいる人間が被害にあったとしても知らん」
「……それが例えゴスロリ少女だったとしてもか?」
「ああ? ゴスロリ少女ってだけで俺の保護対象だろ。ふざけんな」
双弥にとってゴスロリ少女以上に大切なものはない。つまり少女ならゴスロリさえ着れば双弥が守ってくれる。相当にチョロい男だ。
「ならばゴスロリ少女同士が争っていたらどうするつもりだ」
「んー、まあいいんじゃないか? チェスだし」
「いいのかよ……ん、チェス?」
ゴスロリ同士の争いとはチェスで行う義務がある。殴り合いなどもってのほかだ。というのが双弥の偏った意見である。
何故チェスかはわからぬが、どうせ白と黒でゴスロリっぽいとか、ヨーロッパの雰囲気とマッチしているとか、そんな程度だろう。
「ま、まあどちらにせよ、いずれお前の考えは修正したほうがいいと思うぞ」
「つってもなぁ。俺をどうにかできるような人がこの世界にいるとは思えないから別にいい気がするんだ」
「確かにそうだろうが……」
双弥はひとりでも国軍を相手に戦えるのは実証済みだ。更にオプションで刃喰とアルピナがいれば完璧だ。毒でも盛られない限りは大丈夫のはず。
「そういう話はなにかあったときにでも考えればいいだろ。それよりこのドラゴンの頭どうするか?」
「フン、まあお前の人生だ。お前が決めろ。それでドラゴンの頭か……。牙や角は高く売れるのだろ?」
「ああ。以前倒した奴のは俺やエイカの槍先にも使ってるくらい硬くて丈夫だからな」
「
「それは知らないなぁ」
ドラゴンの牙を地面に蒔くと、ドラゴンの牙で作られた骸骨戦士がにょきにょきと生えてくるのだ。しかしこの世界では対応していないと思われる。
「双弥様、私にひとつ考えがあります」
ここでリリパールが口を挟んできた。
リリパールの話は、剥製にして売ってしまうのはどうかという内容だった。
ほぼ無傷なメイルドラゴンの頭だ。欲しがる物好きな王侯貴族はいくらでもいる。オークションにでもかければとんでもない金額が手に入るだろう。
そしてリリパールによる凡その金額を聞き、双弥は頭を抱えた。以前パーフェクトドラゴンを倒したとき、頭をかち割ってしまったことに対する後悔だ。
パーフェクトドラゴンの頭であれば、その金額の5……いや、10倍でも売れるだろう。実にもったいないことをした。
「フン、それもいいだろう。金が手元に入るのは遅くなるだろうが、金額的にはとても魅力だ」
「だな。報酬だけでもう一生遊んで暮らせるだけはあるし、その上乗せなんだから少しぐらい待つさ」
元々双弥には一生遊んで暮らせるだけの金があるのだが、彼は一体どのような遊びをするつもりだろうか。
ともあれこれでドラゴンの頭をどうするかの心配はなくなった。
もちろん他のトラブルはあるのだが。
「お客様、困ります」
「そう言われても俺だって困ってるんだ……」
時間をかけて移動するため、本日は宿に泊まることとなった。だがドラゴンの首を持ったままでは泊めさせてくれないという。当然の話なのだが。
「あのー、外に置いていただくわけには……」
「それで盗まれたら責任取れるのか?」
飲むと暴力的になる酔っ払いくらいにたちの悪い2人がいる。なにせメイルドラゴンを倒せるだけの力を持っていると見ただけでわかるのだ。力ずくで退去願うこともできない。宿の主人は頭を下げる以外に選択肢はないのだ。
「ですが、そのようなものを持ち込まれるのは少々問題がありますので……」
「だからその分は払うと言って────」
「もういいよ迅。さすがに可哀そうだ」
交渉をする鷲峰を双弥が止める。これ以上話をしたところで平行線になるか、最終的には主人が土下座してしまう。そうなったらトゥイッターで炎上間違いなしだ。
「おーう、邪魔すんぞー……って、なんじゃこりゃあああ!」
飲み屋を兼ねている宿のため、飲むのを目的に来る客もいる。今入ってきた筋肉質のハゲヒゲ男もここの常連だ。
そしてカウンターの前にある、馬鹿でかいドラゴンの頭を見て驚き慄いている。
「お、おうトピック。ちょっとな……」
主人からトピックと呼ばれたその男は、店の外へ飛び出してしまった。それを見た主人は溜息をつく。
「……こういったわけなので、できればお引き取りを願いたいのですが……」
扉を開けたらドラゴンの頭がこちらを見ていたら誰だってびびるだろう。しかしごつい見た目とは裏腹に、なかなかビビりな男だ。
「なっ、これ以上は営業妨害になっちまう。だから行こうぜ」
「流石に営業にきたすようなら出たほうがいいだろう」
やっと鷲峰が納得したようだ。そこでドラゴンの頭を持ち上げ外へ出ようとしたとき、入口の辺りが騒がしいのに気付いた。
「おう親父、今大丈夫か?」
「さ、さっきはどうしたよ急に出ていきやがって」
「いやさ、ドラゴンの首を拝みながら酒が飲めるってんで辺りの奴ら全員かき集めてきたんだ」
「へっ?」
ドラゴン────それも滅多に見れないようなメイルドラゴンの頭を見ながらの酒なんて、普通では考えられない。しかもこれほど間近でなんて特に。
そして待ちきれぬとばかりに、外で待機していた野郎どもがどやどやと入り込んできた。
「うおおお、すげえ!」
「こりゃああれだろ、最近向こうの山に出たっていうメイルドラゴンだろ!?」
「なんだ、兄ちゃんたちが倒したのか!?」
大盛況である。
こうしてこの店の売り上げは過去最高記録を塗り替えた。
あまり時間をかけると精神的に疲れるため、それから2日後には首都までやってきていた。ドラゴンの首はリヤカーに乗せ、2人で引っ張り歩く。
もちろん周囲の注目を全て浴びる。ちょっとしたパレード気分だ。双弥は気恥ずかしさの中にも気分よく感じていた。
「すげぇ盛り上がりだなこりゃ」
「フン、メイルドラゴンを倒したのだからこんなものだろう」
突然来たのにこれだ。前もって知らせていたらもっと凄いことになっていたはずだ。
それにこれほどの立派な首を綺麗に持ち帰れば、王国であったなら王ですらすっ飛んで来ただろう。
「すみませーん、通してくださーい」
双弥たちが向かったのはもちろんホワイトナイト協会だ。騒ぎを聞きつけて外に出ていた職員は建物内へ飛び込み、支部長を慌てて呼び出していた。
「お……おおお、早かったですな」
「ちょっと急いで持ってきた。これで依頼は終了でいいよな?」
「も、もちろんです! ええっと、報酬は少しお時間がかかりますが……」
ここは共和国であり王はいない。そして依頼は税金から支払われ、その額が大きい場合は面倒な手続きが発生する。
その際、誰に対して支払われるかの記録もしなくてはならないため、依頼を終えた後でなくては協会も金を受け取れないのだ。
「まあそりゃあ仕方ない。どれくらいかかるんだ?」
「3……いや、2日でやらせます。それで、その頭はどうするので?」
「剥製にしてオークションかな。それが一番金になるって聞いたし」
「そうですか。少々残念ですが、それもいいかもしれませんな」
支部長はもの欲しそうな顔で首を見る。だがこれの剥製であれば、小さな城なら建てられるほどの金額になるだろう。流石にこの支部では買えない。
だがここで手に入らなくてよかったかもしれない。なにせ数カ月後、この首を巡っての争いが拡大し、国家間戦争まで発展するのだから。
「さて、金も手に入ったし、首も職人に預けたし────」
双弥たちの竜頭凱旋騒動から2日後、報酬を受け取った双弥たちはホワイトナイト協会支部から出てきた。これから屋敷へ戻り、少しの間休日を満喫しよう。そんなことを話していたところ、目の前に武装した男女……少年2人とひとりの少女が待ち構えていた。
支部に用があるような感じではない。昼間の往来、しかもホワイトナイト協会の出入り口で追い剥ぎだろうか。確かに双弥たちは今、とんでもないほどの金を持ち合わせているが、ホワイトナイト協会からそれだけの大金を持って出てくるということは、相応の強さを持ち合わせている相手であるということだ。たかだ盗賊風情にどうにかできるものではない。
だが彼らの目は明らかに双弥たちへ向いている。ギラギラした目は今にも殺ってしまいそうだ。
「なにか用か?」
面倒くさそうな冷たい目で鷲峰がまず牽制する。それに対し一瞬怯むが、再び睨みつけるように顔を向ける少年たち。
そして彼らは武器に手をかける。双弥は頭の後ろで手を組みぼーっとしているように見せているが、いつでもいける臨戦態勢だ。
わずかな空白の時間の後、彼らは武器を鞘ごと抜き、膝をつき武器を地面に置き、
「お願いします! 僕たちをあなた方のパーティーに加えてください!」
そう叫んだ。
これは双弥たちが想定していたことだ。ドラゴン退治を生業としていれば、弟子入りとかそういったものが必ずあると。そしてこれが餌であると誰も知らない。
だから答えは決まっている。
「断る」
「な、何故ですか!?」
「俺と双弥は同程度の力を持っている。パーティーを組むということは、同じくらいの力を持っていないと成り立たない。お前らは自分が同等だと思っているのか?」
「いや、あの……その……」
「そのままではただのお荷物、寄生して甘い汁を吸おうとしているだけにしか見えない。違うか?」
「うくっ……その通り、です……」
「というわけだ。ではまず破壊神信仰を始めろ」
「……へ?」
「へ? ではない。破壊神信仰だ」
「な、何故ですか?」
「破壊神信仰をするとドラゴンを倒せるようになるからだ。俺も
「ほ、本当ですか!?」
「ああ。俺は少し前破壊神信者になり、今回初めてドラゴンを倒せたのだからな」
嘘と本当が入り混じっている。一番たちの悪い嘘のつき方だ。
破壊神信仰をするまでドラゴンを倒せたことがない。これは嘘ではない。但しドラゴンと戦う機会がなかっただけなのだが。
そして破壊神によって強くなったことにも間違いはない。なにせ双弥は破壊神の勇者なのだから。
そんなわけで本日3人の破壊神信者が誕生した。
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