第150話

「そんなわけで来週、ドラゴン退治に行くことにしよう」

「どういうわけか説明しろク双弥」


 先ほど受けた依頼だし、すぐにでも出ればいい。だというのに出発は来週という。鷲峰には意味がわからなかった。

 だがこれにはちゃんと理由がある。

 メイルドラゴンが確認された地域は、ここから1週間ほどかかる山だ。今戦って倒し、帰ってくるのは容易いが、あまりにも早すぎて怪しい。

 だから無駄に怪しまれぬため時間調整をする。だから帰るのもそれから更に1週間後だ。


「いいか迅、この世界でうまくやっていくには少しでも怪しまれる行動を避けることだ」

「ふん、その言い分は最もだが、そもそもメイルドラゴンとやらを2人で倒すと言っている時点で怪しいのではないか?」


 鷲峰の言い分も最もだ。ドラゴン退治なんて大隊で行うのが通常だ。特にメイルドラゴンやファイアドラゴンといった、普通のドラゴンを上回る力を持つ相手ならば尚更だ。

 パーフェクトドラゴンは災害の一種であり、できるだけ刺激せず通り過ぎるのを待つべきトンガリ頭である。


「それはまあ……。だけど俺たちがやらないと余計な犠牲が出るし」

「ふむ」


 クロアリがどれだけ集まろうと、人を倒すことはできない。もし仮に倒せたとしても、一体どれだけ仲間に犠牲がでることか。

 人とパーフェクトドラゴンにはそれだけの差がある。人がグンタイアリに例えられるのはせいぜいメイルドラゴンまでだ。


「だから俺たちはドラゴンバスターってことでいいんじゃないか?」

「まあ報酬も高いから、なりたいという人物はそれなりにいそうだしな」


 そして双弥たちのドラゴンバスター部隊に一攫千金を夢見て志願してくるものも増えてくるだろう。そこで破壊神信仰を勧める。完璧だ。

 これは決して怪しい新興宗教のようなものではない。この世界では神は普通に地上へ影響を与えてくるため、皆が神の力を知っている。地球と異なり信じる信じないという次元ではないのだ。


 やがて双弥と鷲峰率いるドラゴンバスターは世間の憧れとなり、チャーチストもその妻として少女たちからの憧れになる。そんなチャーチストがゴスロリを着ていたらどうだろうか。きっと皆真似をするだろう。その結果は語らずともわかる。

 という冗談は置いておき、世間から疎まれ、ロクに人前へ出してもらえなかったチャーチストが、誰もが憧れるような人並み以上の幸せを得ることができるのだ。そんな未来のために鷲峰は頑張る。





 協会を出ておよそ1週間ほど経ち、双弥と鷲峰、それにリリパールはメイルドラゴンのいると言われる山へ来ていた。

 DDNPを用いた上空からの捜索だ。巨大なドラゴンなんてすぐ発見できる。双弥たちは10分とかからず発見することができた。


 だがそこには先客がメイルドラゴンをもてなしている最中であった。




「くっ、シールドアンカー、用意!」


 リーダーらしき大型の両手剣を持った男が叫ぶ。すると大型の盾を持った重装鎧の男が3人前へ出て盾を構え、地面へアンカーを打ち込む。しかしドラゴンの尻尾ビンタがその程度で防げるはずもなく、地面ごと文字通り根こそぎ吹っ飛ばした。


「回復班!」

「はい!」


 呼ばれて走り出した2人の少女。吹き飛ばされた重装鎧のもとへ行き、回復魔法を唱える。しかし腕の骨は砕け、すぐには治せない。それも3人いるため、2人では厳しい。


「魔法カウント! 3、2、1、ゼロ!」


 後方で控えていた魔法使い3人から一斉に火炎が放たれる。だが効いている様子はない。煩わしそうにメイルドラゴンはズシンと踏み出し、魔法使いへ向かって四つ足で突撃していく。

 突撃の際、下げたメイルドラゴンの頭へ向けてリーダー含む剣士が斬りかかる。しかし剣など全く効かないかのように、全員が首の一振りで弾き飛ばされる。


 これで終わりかと思われた瞬間、魔法使いたちは水魔法を一気にぶつける。するとメイルドラゴンの鱗からビキビキとヒビの入る音がしはじめた。

 急激な熱変化により強固な鱗が耐えられず、悲鳴を上げているのだ。それに気付いたメイルドラゴンは一瞬動きを止め、その間に魔法使いたちは一目散に避難する。


 そしてメイルドラゴンが、ぶるっと体を震わすと砕けた鱗が飛び散った。


「よしっ」


 吹き飛ばされダメージを負った体を回復してもらいつつ、リーダーが立ち上がる。


 そしてすぐ絶望の顔を見せた。


 メイルドラゴンの鱗は年輪のように、1年毎に厚くなる。100年生きればその層は100枚。彼らが砕いたのは、その薄皮一枚だけであった。

 このメイルドラゴンがどれだけ生きているかわからない。100年か、200年か。たった1枚剥ぐだけで大ダメージを負ってしまうのでは、もはや勝ち目はない。


 無謀すぎるのだ。本来だったら数千という軍で倒すはずのメイルドラゴンをたった12人で挑むということは。

 どうだ人間、満足したかと言っているように、メイルドラゴンは立ち上がる。

 ここにはもう絶望しかない。未だ動けない仲間は5人。見捨てて逃げるか、全滅するか。どちらにせよ選択は死だけだ。




「迅、そろそろ行ったほうがいいんじゃないか?」

「そうだな。これで力の差がわかっただろうし」


 双弥と鷲峰はその様子をこっそりと見ていた。

 恐怖と絶望の最高潮に颯爽と現れ救う。それにより助けられた相手は双弥たちを救世主の如く扱う……といった作戦ではない。


 ホワイトナイトという連中はなかなかにしたたかだ。中途半端なところで現れ助けたら、共闘だから分け前をよこせと言われかねない。だから実力差を思い知らせ、全く歯が立たないことがわかったところで交代する。

 そんなことを考えていた辺り、鷲峰は意外とセコいのかもしれない。


「よし行くか。リリパールは他の連中を治してやってくれ」

「待て双弥。治すのはドラゴンを倒してからだ!」


 治ったところで加勢なんてされたらたまったものではないし、そもそもこんな人数でメイルドラゴンに挑むのが悪い。大体、この依頼を請け負ったのは双弥たちであり、このパーティーは横取りをしていることになる。功を焦った報いは厳しいのだ。




 メイルドラゴンが大きな口を開け、今にも食いつこうとしていたとき、突然首の辺りへガガガンッとなにかがぶつかってきた。

 大した威力ではないため、投擲の一種だろうと無視しようとしたところ、再び今度は腕の当たりに3発受けた。

 下らない人間が行う最後の抵抗だろうと思い当たった部分を見ると、その鱗が大きく切り裂かれていることにようやく気が付く。

 そんなわけがない。ドラゴンの鱗は鉄程度でそこまで傷がつくようなものではない。ではこれは一体なんだというのか。

 メイルドラゴンは下にいる人間のことなどすっかり忘れたかのように、見えない何かへ注意を向けた。



『ちいっ。ドラゴンの鱗はさすがにかてぇな。でも俺のほうがかてぇぜ!』

「よし、うまく気を引いたぞ。走れ!」


 双弥は刃喰を飛ばし先制攻撃。注意を別に向けることに成功する。そして鷲峰と共に駆け出し、ホワイトナイト隊のリーダーらしき男とドラゴンの間に入り込んだ。


「フン、弱いやつがでしゃばるな。邪魔だから退いていろ」

「なっ!? お前らなんなんだ!」

協会から依頼を受けたパーティーだ」

「くっ……。だが2人だけで何ができるってんだ!」

メイルドラゴンそいつを倒すことくらいはできる。貴様らは負けを認めてとっとと逃げろ」


 鷲峰がリーダーの男に威嚇するように冷たい目で語る。

 たった2人で倒せるわけがない。どれだけやるか見てやろう。そんな感じでホワイトナイト隊たちは下がり、顛末を見守ろうとする。そして距離を置こうとしている途中、双弥を見て驚愕した。



「うるおあぁぁぁ!」


 妖刀に刃喰を纏わせ、攻撃力を上げた双弥はメイルドラゴンの足を激しく乱れ斬りする。鱗はどんどん切り裂かれ、辺りへ飛び散っている。あれほど苦労して薄皮一枚剥いただけのパーティーとはえらい違いだ。

 これは流石にやばいと感じたメイルドラゴンは激しく暴れる。双弥はその動きに合わせ、どんどん鱗を剥ぐ。


「突! シューティングタワー!」


 肌が露出した部分に東京タワーが深々と突き刺さる。小型とはいえ網目鉄骨形状のそれは傷口を塞ぐことはなく、メイルドラゴンの足から血が噴き出す。恐らく生まれて初めての激痛だろう。メイルドラゴンは狂ったように悶える。

 双弥は少し距離をとり、動きが鈍るのを待つ。


「縛! サンダーゲート!」


 そこへ鷲峰は雷門を召喚。そこから放たれる雷撃がメイルドラゴンを感電させる。


「おい迅、あまり派手なことするなよ」

「ああ。久々だったんで使ってみたくなっただけだ」


 これほどの大魔法など使う機会は滅多にない。鷲峰はここぞとばかりに放っていた。

 雷撃により収縮した筋肉は血管を圧迫し、絞り出すように足から噴き出す。このまま放っておいてもメイルドラゴンは絶命するだろうが、そうはさせない。

 体の自由を奪われたメイルドラゴンは沈むように倒れる。そこへ双弥は全力を持ってその首を跳ね飛ばす。するとメイルドラゴンは少しの間痙攣し、すぐに動かなくなった。


「呆気ないな」

「遊びじゃないからな」


 個人的に恨みはないし、これは仕事だ。無駄に嬲る必要はない。首を落としたのは、必死に抗おうとしている相手にせめてもの気持ちだ。


「フン、それにしても言うほどの相手ではなかったな。お前を呼ぶまでもなかったか」

「なんだ、びびって俺を保険に使ったのかよ」

「そ、そうではない。ただ知らぬ相手だから慎重になっただけのことだ」

「まあパーフェクトドラゴンだったらこうはいかなかったけどな」

「ふむ……。そのときはまあ使ってやらなくもない」


 上から目線の鷲峰に苦笑しつつ、このメイルドラゴンをどうしようかと考えた。

 ドラゴンは基本的に素材の塊だ。牙も、角も、皮、そしてメイルドラゴンであれば鱗も高く売れる。依頼によりドラゴンの死体を引き渡すことも含んでいる場合もあるが、今回は別計算になっているため、報酬は更に上がる。



「お、おい」

「ん? ……フン、まだいたのか」


 先ほどのホワイトナイトたちだ。ドラゴンを倒したところでリリパールが回復をさせたようで全員がピンピンしている。


「いやまさか本当に2人だけで倒すとは……」

「そりゃまあ俺たちはドラゴンバスターだからな。ドラゴン相手はお手のものさ」


 双弥が取ってつけたような話をし出す。ちなみにドラゴンバスターなどという称号も仕事もない。


「てかそんなことより、この依頼は俺たちが受けたのになんで割って入ったんだ? しかも見た感じ倒せそうもないくらいの実力で」

「それは…………金が欲しかったんだ」

「他にも稼ぎようはあるだろ。それにドラゴンだったらルーメイーのほうが多いんだし」

「ルーメイーではシルバーナイトの仕事だろ」


 双弥の場合は完全にイレギュラーだ。本来ならばシルバーナイトの仕事なのだが、最初のドラゴンの群れは襲ってきたから倒しただけだし、パーフェクトドラゴンはその腕を買われてのことだ。


「だけどこんな危険なことをしてまで欲しがる金ってなんなんだ? 生きてこそのものだろ」

「……俺たちはアンドル共和国が故郷なんだが、あの国がどうなっているか知っているか?」

「アンドル共和国? そこがどうなっているかなんて……あっ!」


 アンドル共和国の首都は、魔王ハリーにより壊滅させられたのだ。その後なんてわかりきったことだ。それを知った周辺国が残された土地を食い荒らし、奪い合い戦場と化しているのだ。

 彼らは国の復興、それが叶わなくともせめて元国民が安心して暮らせるように使いたいと思っていた。生きて金を得るのも大切だろうが、それ以上に大切なものもある。


 双弥と鷲峰は唸った。強制されていたからといってもハリーがやらかしたことには変わりない。そしてそれは他人ごとではないのだ。


「事情はわかった。だがこれは俺たちの仕事だ」

「……わかっている。それでも……」

「俺たちの依頼である以上、報酬も俺たちだけで分ける。悪いがその金は一銭もやるつもりはない」


 なんの役にも立ってないうえ、金を分けてもらおうなどと虫のいい話はない。それは彼らだってよくわかっているはずだ。


 それが双弥という甘ちゃん相手でなければだが。


「まあ、そんなわけで倒した証拠として頭だけ持っていく。残った死体は……でかすぎてどうにもならないな。悪いけどこれの処分、頼んでいいか?」

「おい双弥、お前……」

「いいじゃないか。俺たちは充分稼いだ。それでいいだろ」

「……フン、これを解体するのも労力に合わないか」


「ほ、本当にいいのか!?」

「いいも悪いも、捨てたものだ。好きにするといいさ」



 後でハリーからふんだくればいいのだ。なにも問題はなかった。

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