第73話

「うっわ、ひでぇなこりゃ」

「確かに……。想像以上でした……」


 双弥たちは今、峠にある首都跡が見下ろせる場所にて馬車を降り眺めている。そこから見えるのは巨大なクレーター。直径4キロはあるだろう。町を丸ごとえぐっていた。

 海のほうが遥かに広範囲でえぐられていたのだが、海にできた穴はすぐ海水で埋められたため実感はなかった。でもこうやって大穴を見てしまうとその凄まじさに驚きを隠せない。


 今日はここを下ってすぐのところにある町で情報収集しつつ1泊。明日は首都跡まで行き、街道に沿って他の町へ行く。


 真上から見れればまた違うのであろうが、離れた場所から眺めるのには得られる情報が少なすぎる。やはり近くからあの穴を見ておきたいのだ。




『おうご主人。面白いモンが来てるぜ』


 刃喰の言葉に辺りを見渡すと、双弥たちが来た方向から凄まじい砂埃が立ち上っているのが見える。

 魔物の群れだと厄介だなと警戒しつつ目を凝らすとその正体がわかった。


 ランド○ーバーだ。アクセル全開でドリフトしながらこちらへ向かって走ってきている。あれは間違いなくジャーヴィスだ。

 双弥は慌てて道の横にある木を妖刀で切り倒し道を塞ぐ。それを見てランド○ーバーは急ブレーキをかけ停止した。


「よお」


 双弥はその木に片足をかけ、車内のジャーヴィスに顔を向ける。するとジャーヴィスは車からいそいそと出てきた。


「双弥じゃないか! 久しぶり! まだ生きていたんだね!」


 前回あれだけ酷い別れ方をしたというのに彼はにこやかな顔で手を差し伸べてきた。双弥は一瞬ためらったがその手を握る。


「お前もな。それより遅かったじゃないか」

「仕方ないじゃないか。僕はランボルギーニと同じで3日に1日しか動けないんだから」


 双弥にはピンとこなかったが、昔のランボルギーニは3ヶ月所有していたら2ヶ月は修理に出していると言われるくらい故障が多かったのだ。

 だがジャーヴィスにはそんな双弥が不可解そうな顔をしていることなんてどうでもいいらしく、双弥を引っ張り助手席の方へ連れて行く。


「見てよ双弥! 僕の旅仲間さ!」


 うれしそうに紹介するジャーヴィスの向けた顔の先を見ると1人の少女がむくれた顔でそっぽを向いていた。

 UVカットの色ガラスのせいで正確な色はわからないが、ウエーブのかかった金色らしき長髪のお嬢さんといった感じの少女がそこにいた。


「へえ、どこから攫ってきたんだ?」

「人聞きの悪いこと言うなよ。ちゃんと正規の手続きをしてきたんだから」


 一体何をもって正規であるとしているのかよくわからないが、誘拐の類ではないらしい。

 だが少女の態度に引っかかるものがある。どう見ても嫌々だ。


「どういう手続したんだ?」

「彼女の親が商人でね。馬車がスタックしたところを助けたら気に入られたんだよ。それで末娘の彼女を是非連れて行って欲しいってさ」


 親の公認とあらば問題はないのだろう。複雑な思いもあるが、ここはジャーヴィスを信用することにした。


「どうかしましたか? 双弥様」


 突然木を倒したことと、その先で戦闘以外の何かをしている双弥に疑問を持ったリリパールとエイカが様子を見に来た。


「おっと久しぶりだね素敵なレディたち」

「あっ……ジャーヴィス様……」


 リリパールはスカートを摘まみ軽く会釈をし、ジャーヴィスも紳士的な礼をした。


「2人も見てよ! 僕のパートナーだよ!」


 そう言ってジャーヴィスが助手席のドアを開けると中の少女はジャーヴィスを睨み、渋々出てきた。

 むすっとしているから素の顔がいまいちわからないが、予想通り金髪のお嬢様風であった。高そうなピンクのワンピースに熊っぽいぬいぐるみを抱いている。

 歳はエイカと同じくらい……12歳ほどだろうか。胸は歳不相応にあるためエイカと比較するのは申し訳ない。そんな彼女は睨むように双弥たちを一瞥した。


「彼女はアセット・アロケーション。まだ一緒になってから1週間でこれから打ち解けるつもりさ」

「ちょっと、勝手に名前教えないでよ」


 アセットはジャーヴィスに嫌そうな顔を向ける。これは打ち解けるにはまだまだ時間がかかりそうだ。


「いいじゃないか。名前を教えるのは礼儀だよ」

「こんな小汚い庶民に必要ないわ!」


 ワガママ娘といった印象である。双弥とジャーヴィスは苦笑いをする。


「アロケーション……。聞いたことがあります」

「知っているのか雷電」

「あ、いえ、雷電とかいうのは知りませんが、アロケーションといえば数国に支店をもつぼちぼち大きな商会ですよ。キルミットにもあります」


 さすが自国のことになると詳しいリリパール。だがこの言葉にアセットは殺意ある目でリリパールを睨む。


「なぁにがぼちぼちよ。あんたどっかの小貴族? その程度だったらパパがあっという間に潰しちゃうんだから!」

「そうですか。私の名はリリパールと申します。キルミットという小貴族の娘です」


 リリパールが笑顔でアセットに会釈した。

 アセットは一瞬にして顔を真っ青にし、腰を抜かした。キルミットでも商いをしている商会の娘が国内で最も有名なリリパールを見たことがなくても名を知らぬわけがない。


「うっ、嘘よ! リリパール様がこんなところにいるはずがない!」

「本当だよ。僕が召喚されたときにもいたからね」


 アセットはもう涙目である。キルミット最大の禁忌と言われるリリパールへの暴言を行ってしまったのだ。国民ならまだしも他国の人間がやってはいけない。キルミット支店が潰されても文句は言えないのだ。

 しかしリリパールはどうこうするつもりはない。自分が悪く言われることには慣れているし、そんなことは歯牙にもかけない大人なレディなのだ。


 そしてアセットは逃げ出した。助手席に籠城し、リリパールをビクビクしながら見ている。


「そんなことより双弥。僕は急いでるんだよ。今日中に首都に着きたいからね」

「首都って……あそこへ?」


 双弥は大穴を指した。





「へえ、大変なことになってるんだね」

「だったらもっと慌てたような顔しろよ」


 双弥が経緯を説明すると、ジャーヴィスは軽く肩をすくめた。他人ごとでしかないものにはこれといった感想を持てないようだ。

 それでも魔王の情報は欲しいらしく、一緒に穴を調査することとなった。


「それじゃあ僕らは麓の町にでも行って暫く休むことにするよ」

「おい、穴の調査は?」

「そういうのは双弥の仕事だからね。僕は他人から仕事を奪うようなことはしないよ」


 ジャーヴィスはやはりいつものジャーヴィスであった。双弥は両拳でジャーヴィスのこめかみをぐりぐりとなじった。


「痛いな双弥。仕方ないじゃないか、僕は休まないといけないんだから」

「ん、まあ仕方ないか……。じゃあ3日後にでも来てくれ。先に行ってる」

「OK! もし魔王がいたら捕まえておいてくれよ。僕が倒すから」


 相変わらず無茶を言うため蹴っ飛ばし、倒した木をどかして先へ行かせて双弥たちも後へ続いた。





「遅いよ双弥。もう夕方だよ」

「仕方ないだろこっちは馬車なんだから」


 麓の町で悪態をつくジャーヴィスを小突く。だが先に宿を確保しておいたのは成長したと言えるだろう。

 正しくはアセットがリリパールに会いたくないらしくせかした結果なのだが、それでも以前ならきっと双弥たちの分の部屋など取っていなかっただろう。


「じゃあ荷物を置いたら情報収集に行くぞ」

「何を言っているんだよ。これから僕は部屋で潰れる予定なんだよ。はい」


 そう言ってジャーヴィスはエクスカリバーを双弥へ渡す。ついでに置いてこいというわけだ。

 この野郎と思いつつも、双弥は剣を受け取る。実際別に怒っているわけではなく、むしろ少し嬉しいと思っているのだ。

 聖剣を渡す以上ジャーヴィスはどこへも逃げられない。そのうえ双弥が持ち逃げしないという信頼がなければできないのである。


 前に別れたとき、双弥は事情を知っていたうえで先へ進まず世話をしてくれていたのだが、一方的に疑ってしまったことでジャーヴィスは罪悪感を持っていたのだ。

 だけど安々と謝れない性格なため、こんな風にしかできないのだ。


「仕方ねぇな。もう飯は食ったのか? 置いてきたら動けないだろ」

「僕はもうこれを何回もやっているんだよ。食ったあとにやると吐くって学んだのさ」


 軽く言っているが、それだけきついということだ。双弥は聖剣を担ぐように持ち、寝てろと一言残して町から出た。

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