第74話
その話は誰も信じてくれなかった。
あまりにも荒唐無稽な話だったからだ。
では首都が一晩により消失することに現実味があるかと問われたらNOとしか答えられない。それでも皆信じなく、彼女自身も嘘つき呼ばわりされることを嫌がり話さなくなった。
だが彼女は本当に見たのだ。あの日の晩、何があったのかを。
「──それでどうだったんですか?」
「……言ったところであなたも信じてくれないのでしょう?」
嫌そうな顔で双弥を見る。
彼女は飲み屋で働いている女性だ。首都が消えたあの晩はマスターが病のせいで不在だったため、店が閉まっても1人遅くまで残っていた。
皆が寝静まっているような時刻。首都ならば起きている人はそれなりにいるだろうが、こんな半端な町だと静まるのが早い。
それゆえ目撃者が他にいなかった。だから不可解な事件が起こったにも関わらず誰も信じてくれなかった。
「これでも色々見てきたからなんでも頭ごなしに否定はしないよ」
「そう? なら言わせてもらうけど……」
彼女の話ではこうだ。
半年前、彼女はマスターの代わりに売上と在庫残量を確認し、帳簿をつけていた。
マスターは店の上に住んでいるが、高熱でうなされておりそういった作業もできなかったため彼女が全てやったそうだ。
いつも翌日の早い時間にそれらの作業をマスターはやっていたらしく、ある程度記憶が曖昧な点があり雑な帳簿だなと苦笑しながらわかる範囲で修正していた。
そのせいもありかなり遅い時間までかかり、帰る頃には真っ暗であった。
月明かりだけを頼りになんとか家に帰ろうとするが、ふとおかしなことに気付く。
人工的な明かりが全くないのだ。
見回りの守衛の明かりや、町の入口に普段なら灯っている松明も。
それどころか人の気配がしない。そんなことは有り得ないのだ。
キョロキョロと辺りを見回していると、山よりも巨大な何かが空から降ってくるのが見えた。
あまりにも遠くにあるのだが、その異様な大きさのため暗がりの中でも充分に確認できた。
それを例えるならば塔である。
突然首都の方角に天を突き抜けるほど巨大な塔が現れ、忽然とその姿を消したのだ。
あれは幻だったのか。そう思い家へ帰り、数日後首都へ向かったものが慌てて戻ってきて首都で起こっていたことを話した。
彼女はきっとあれのせいだと思い皆に伝えたのだが全く取り合ってくれなかった。
それが彼女の見た全てであった。
「塔……ねぇ」
「どう? 信じられないでしょ」
「とにかく見てくるよ。あなたが見たものの証明になる何かが残っているかもしれないし」
「何かわかったら教えてね。私もあれが何だったのか気になってるのよ」
「わかった。成果があったら伝えるよ」
そんな話をして双弥は礼をし、その場を去った。
2日後、双弥たちはジャーヴィスより一足早く首都のあった場所へ来ていた。大穴の横まで馬車に乗り、周囲を徒歩で確認している。
「一応底まで見えるけど、こりゃとんでもないな……」
「本当ですね。何をどうすればこのようになるのでしょう」
穴の直径に対し、深さは大したことない。せいぜい200メートルくらいだ。それでも下まで気軽に行けるものではない。
普通の崖みたいにゴツゴツしていれば楽というほどでもないが降りやすいだろうが、綺麗に切り取られているためそうもできないのだ。
ロープを使い降りるというのにも距離がありすぎる。戻るのも大変だ。
刃喰で降りることは可能だが、魔王が出るかもしれない場所に皆で行くのもどうかと思う。
だからといって置いていくのも問題だ。
とりあえず今日のところは周辺を観察し、明日ジャーヴィスが来たら下へ行こうと考える。
するとエイカが不審な顔で穴の中央辺りを見ているのに気付く。
「どうしたエイカ」
「えっとね、あの辺りに家みたいなのがあるんだよ」
そんな馬鹿なと思いつつもエイカが指す方向へ目を向ける。よく見ればエイカの言うように家らしきものが確かに見える。
とはいえあくまでも家らしきものだ。まるで粘土をこねて作ったようなもののため、ぱっと見ではわからなかった。
「誰かが降りて下に建てたのかな。あれくらいならがんばれば作れそうだし。どちらにせよ明日かな」
「じゃあ今日はここで野営?」
一度戻る時間もないだろう。馬車でここまで片道6時間ほどかかったのだ。更にまた12時間を移動に費やす気にはなれない。
ならばとどうせ遅くまで寝ているだろうジャーヴィスを叩き起こし、ここまで引っ張ってきてくれと戻る御者に頼み、双弥たちは野営をすることにした。
「酷いよ双弥。僕は眠くてだるかったんだから」
馬車から降りてきたジャーヴィスは早速抗議してきた。現在が丁度昼なため、朝6時くらいには町を出たのだろう。
だが双弥は悪びれもしない。いつもやられていることを逆にやっただけだ。だから当然ジャーヴィスも反省しない。
そしてアセットは馬車から出てこようとしない。リリパールは特別気にしていないのだから謝ってしまえばいいのに、末ッ子として甘やかされて育てられたせいなのか折れることを知らないようだ。
「そんなことよりここを降りるぞ。何かいい手段ないか?」
「あるよ。ケアレス航空のヘリを使おう」
ピアノ専門の運送会社で、ある特定の車の上によく落下させてしまうらしい。大丈夫なのかと不安になるが、その車さえなければ落ちないため双弥たちはグランドピアノに乗り、穴の下に降りた。
「ふむぅ、近くで見てもよくわからないな」
穴の底に着いた双弥は地面を調べる。だがこれといった収穫はなさそうである。
「そりゃそうだよ。地面は地面さ」
そう言われてしまえば身も蓋もない。だが何をどうしたらこのようになるのか痕跡くらいあるのではと考えていた。
しかしさすがに半年も経ってしまうとそれすら残っていない。日照の問題もあるが、中央付近の草はかなり長くなっている。
「お兄さん、昨日の家に行ってみない?」
「ん、そうだな。まだ残ってるっぽいし見てみるかな」
エイカとリリパールを万が一を考えこの場に残し、双弥はジャーヴィスと共にその家へ近付いた。
「おぉ双弥。僕はこれを見たことがあるよ!」
間近まで来たところ、ジャーヴィスが思い出したように言った。
どこで見たのかは知らないが、それによってここに誰がいるか見当がつけられる。
「知っているのか月光」
「月明かりはよくわからないけど、あれは教会だよ。ネットで見たんだ」
ジャーヴィスの言葉で更にわけがわからなくなった。
ネットで見たことがあるということはひょっとしたら地球の建築物なのかもしれない。これを誰かが作ったというわけではないのならシンボリックの可能性がある。
するとここに勇者の誰かがつい最近来た、または現在いるということになる。
「どこの国の教会か覚えてないか?」
「んー……どこだっけなぁ……」
「これはアメリカのサンミゲル教会さ」
双弥たちが悩んでいると、どこからともなく声が聞こえた。
2人はその声の主を探したがわからない。隠れているわけでなければ恐らくいるのは建物の中。
そしてこの声は聞き覚えがない。更にアメリカの教会ということがどういうことなのか。
「誰だ!」
混乱もあり、双弥はつい声を荒らげてしまう。
「そう急かすなよ。今出るから」
やがて出てきた男は、フィリッポくらいの背で太めの大男だった。武器らしい筒状のものを肩に担いでいたため双弥たちは警戒する。
そしてその後男が発した台詞に、双弥たちは一層体に力が入る。
「お前ら勇者だろ? 最近の地球の様子はどうだ?」
「……なんでそんなこと知ってるんだ」
「まあそんなこといいじゃねぇか。それより少し話そうぜ。オレはハリー・ゴードン。アメリカ人だ」
「「アメリカ人!?」」
双弥とジャーヴィスは同時に驚いた。
地球から来たのは4人の勇者と双弥の5人だと思っていた。それ以外に召喚されたという話は聞かないし、召喚理由も思い浮かばない。
いや、ひとつ可能性はある。最も考えたくはないことだ。
顔を青ざめる双弥を見てハリーは嫌な予想通りの答えをした。
「そこの──日本人か? お察しの通り、オレは魔王の1人だ」
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