第75話
「おい! なんで魔王なんてやってるんだ!」
ジャーヴィスが怒鳴る。
同じ地球から来た人間として恥ずべきことであると思っているのだろう。一応英国紳士らしいところもあるようだ。
これに関しては双弥も同意で、何故こんなところで他世界とはいえ他人に迷惑をかけているのか。
「クソッ。オレだって好きでやってんじゃねえよ。ああクソ。魔物たちは勝手に暴れるしよ、居城に戻らねぇと魔力は回復しねえから滅多に出られねぇクッソ」
片手で頭を抱えながらハリーは悪態をつく。勇者たちと同じで彼も進んで魔王なんぞをやっているわけではないようだ。
だからといって『じゃあ自分たちのために死んでください』と言ったところで命を捧げてくれることはないだろう。どうしたらいいか双弥は頭を悩ませる。
「なら僕に倒させてくれないかな。きみを倒せば地球に帰れるんだよ」
双弥が言えないようなことをジャーヴィスはさらっと言ってしまう。鬼のような男だ。
「あぁん? そりゃこっちも同じなんだよ。お前らを殺さねぇと地球に帰れねぇんだとさ。クソッ」
最悪の展開だ。お互いが帰りたいと思っている以上殺しあわなくてはいけない状態である。
だがそれにしてはこの惨状がおかしい。必要があるとは思えない。
「それはそれとして、この町を潰したのはお前じゃないのか? 何故そんなことをする必要があった」
疑問をそのまま投げかけてみると、ハリーはギロッと双弥を睨んだ。表情でコミュニケーションを取る彼らの睨みはなかなかに鋭く、双弥は一瞬後退る。
「だから好きでやってんじゃねぇっての。クッソ。こっちはノルマがあんだよ。俺ら全員で年間最低10万人を殺さねぇと俺らが殺されちまう。おめーらだって自分が死なねぇといけねぇんだったら殺すだろ?」
想像以上に酷い話だ。彼らは殺人を強要されているのだ。
命の重さを天秤にかけろ。自分1人と大勢の人間、どちらを犠牲にすべきか考えるべきである。などと綺麗ごとは言えない。自己犠牲の強い双弥でも自分の身が一番だという気持ちはよく理解できている。
それにしても年間10万もの人間を殺さねばならないとはかなり厳しい話だ。だからこうやって大きな町を襲撃したというのなら理由としては成り立つ。手っ取り早いし遠くから一気にやってしまえば罪悪感も薄れる。
「まあこんなところで話し合っても無駄ってことだね。つまり僕らは戦わないといけないだけさ」
「そういうこった。せめておめーらも名乗っとけ。名前くらいなら地球に持って帰ってやらぁ」
「死ぬ気はないけどここは紳士的に行こうじゃないか。僕はジャーヴィス・ヴィーケッチ。イングランド人だよ」
「俺は天塩双弥。知っての通り日本人だ」
「OK。んじゃ一足お先に地球へ帰らせてもらうか!」
3人は互いに距離を置き、武器を構えた。
「崩! マイフェアレディ!」
最初に仕掛けたのはジャーヴィスだ。ハリーの頭上に巨大な橋がかかる。
「架! ナローズシー!」
ジャーヴィスの出現させた橋の下に縮小させた橋がかかりハリーの頭上を守る。崩壊した橋の破片は周囲に落ちるだけであった。
「ふんっ、ハンバー橋より短いくせに!」
「今なら日本の橋のがなげぇだろ。なあ日本人」
何故か橋勝負になってしまっている。
現在世界で一番長い吊橋は確かに日本の明石海峡大橋だが、シンボリックの使えない双弥には当然出すことができない。
それより今、とんでもなく厄介なことを理解した。
軍事関係はアメリカが最先端であり、そんなものを使われてしまうと双弥は手も足も出せなくなってしまう。全く勝てる気がしない。
「突! モニュメントタワー!」
「突! ガーキンタワー!」
同時に打ち出される5メートルほどのミニチュア版タワー。互いにぶつかり合い、砕ける。
飛び散る破片をものともせず、互いが睨む。
「なかなかやるじゃねぇか勇者。じゃあこれはどうだ?」
「何!?」
「刺! ビッグアップル!」
「ぬっぐぁ!」
ハリーが地面に手を叩きつけると、地面から巨大なビル郡が剣山のように勢いよく生える。双弥とジャーヴィスはかわしきれずガードするが打ち上げられてしまう。
「守! ラッキーバウンド!」
咄嗟にジャーヴィスが巨大なラグビーボールを出現させ、落下による衝撃を吸収させた。双弥は刃喰を使いその上まで行き落ちる。
「くっ、まさか小さいとはいえ街を丸々出現させられるとは」
「まずいよ双弥! 僕の魔力じゃあそこまで出せない!」
「なんだと!?」
小さいとはいっても先ほど出したエンパイアステートビルが10メートル近くある。ハリーのほうがジャーヴィスよりも魔力が高いことはわかった。双弥とジャーヴィスの背中に粘っこい嫌な汗が浮かぶ。
「だけどあれだけの大技を出したんだ。きっともう魔力が残っていないよ!」
「だったらいいんだけどな……」
「何喋ってんだよクソっ。まだ終わっちゃいねぇぞ! 砕! イロージョングラウンド!」
突如周囲の地面が裂けたように崩れ、底深い峡谷のような形状を成した。双弥は慌てて妖刀を岸壁に刺し、ジャーヴィスを掴む。
「大丈夫か!?」
「双弥が掴んでくれているうちはね。それにしても──」
なんてバカでかい魔力なのだろうか。先ほどのビッグアップルでさえジャーヴィスの魔力量を凌駕していたというのに、この
だが無尽蔵というわけではないだろう、ハリーは言った。居城に戻らねば魔力が回復しないと。ならばそのうち尽きるはずである。
「おーい、まだ生きてんだろー? 早く登ってこいよ!」
ハリーの声が響く。
だが今登っていってもやられるだけだ。何か策を練らねばならない。
「双弥、考えがあるんだ」
「なんだ?」
「ヘリを出してここから上がるんだ。それで僕が援護をするから双弥は突っ込んでくれ。あんなの相手に先も後もない」
「……それしかなさそうだな」
とどめは刺させてくれなんて言っていられる余裕はないほど強い。共闘するしかないようだ。
双弥はジャーヴィスを放り投げた。空中でエクスカリバーを構え、ジャーヴィスが叫ぶ。
「翔! モーリス・マリーナ!」
ジャーヴィスのシンボリック──グランドピアノをぶら下げたヘリが出現し、それが上昇してきたところで双弥はピアノへ飛び乗る。
「行けジャーヴィス!」
「了解!」
2人を乗せたヘリは一気に急上昇し、ハリーの頭上まできた。
「射! シーザシティ!」
少し離れたところに観覧車が出現し、高速回転をはじめる。そこから客席であるカプセルがハリーに向かい射出されていく。
「防! ペンタゴン!」
ハリーの周りを囲うように五角形の建築物が現れ、カプセルから身を守る。だが上がガラ空きだ。
「今だ双弥!」
「おう!」
双弥はピアノから飛び降り、ハリーへ向かい落下していく。シンボリックを出している余裕などないはずだ。これで一気に決められる。
「クソッ」
ハリーは言葉を吐き捨て。上から来る双弥に向かい担いでいた筒状のものを投げつけた。落下しているため軌道が変えられない双弥はそれを妖刀で受ける。
と、その筒状のものは爆発。双弥は吹き飛ばされてしまった。
「双弥ぁ!」
ジャーヴィスが叫ぶ。だがどうにもできない。
「終わりだな。投! フィッシングスパイク!」
ハリーの手には再び先ほどの筒状──ミサイルが現れ、それをジャーヴィスのヘリ目掛けて飛ばす。回避もできず、シンボリックも間に合わず直撃し、ジャーヴィスも吹っ飛ばされてしまう。
「ああクッソ、あともう帰るくらいの魔力しか残ってねえか。クソ、勝負は預けておいてやる! 乗! ジャイアント!」
本当にギリギリなのか、ハリーはトドメも刺さず焦ってICBMを出現させ、飛び乗るとすぐさま発射させる。どれだけの距離を飛ぶかわからぬが、これ1発だけでもジャーヴィスの魔力総量を軽く上回っている。
逃げ帰るようだが、誰がどう見てもハリーの圧勝だ。魔力切れを気にしていなければ確実に息の根を止められていた。
だが結果はこのように生きている。死ななければ勝ちであるとすれば引き分けだが、魔王との初戦は双弥たちの完敗であった。
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