第164話
「リリパール様、私をキルミプロへ入れて下さい!」
「は? え? ええぇ?」
真剣な眼差しで訴えるエイカに、一体なにがあったのかとオロオロするリリパール。キルミプロとは一体なんのことなのか。
「ちくしょう、キルミプロめ! エイカの才能に気付いて引き抜きに来たな!」
「あ、あの、なんの話でしょう……」
まるで仇を見るような目で双弥から睨まれ、リリパールは涙目になる。彼女はなにも悪いことをしていないというのになんという仕打ちだ。
「そろそろ目を覚ませバカどもが」
鷲峰が双弥を殴りつける。いち早く現実へ戻ってこれたようだ。
「なっ、てめぇ迅! さてはキルミプロのスパイ!?」
「それはさっきの説明のための設定だ。いい加減現実に戻って来い」
「……ああっ!」
ようやく我に返った双弥とエイカはリリパールに平謝り。いまいち状況が呑み込めないリリパールは、よくわからないが先ほどの態度は誤解によるものだったと理解した。
双弥から嫌われていたわけではないことがわかりひと安心。さすがはチョロインBといった感じだ。
「それでリリパール姫。今日はどうしたんだ」
「あっ、鷲峰様。ええっとですね、先ほどジークフリート様がいらっしゃいまして……」
「そっから先はおれっちが話すわ」
後ろで控えていたジークフリートが入れ替わる。
「ジーク、今日はどうしたんだ?」
「ああ。まずちょっと聞いてくれ。おれっちたちはこの世界で芸能を興そうと思うんだが、どうだ?」
「えっ!?」
双弥たちも丁度同じことを考えていたところだ。これがシンクロニシティ、POL◯CEのラストアルバムではなく、共時性というやつである。
聞けばあちらの大陸の音楽もなかなか独特であり、あまりの奇妙さにハリーが吐いたほどだそうだ。
「どこも同じなわけか」
「そっちもかよ。そんでどういったことをするつもりだ?」
「俺たちはエイカにアイドルとはなんたるかを教え込み、こちらの世界でジャパニーズアニメーションアイドルドリームプロジェクトを発足させようと思ってたんだ」
「ヤー、日本の声優アイドルは素晴らしいよな! 俺も応援するぜ!」
翻訳のせいか、少々話がずれている。
アイドル声優は普通のアイドルよりも甘ロリ系っぽい衣装をよく着るからジークフリートの琴線に触れるのだろう。だけど双弥たちが目指しているのは中の人ではなく、2次元アイドル3次元化なのだ。
だけど訂正するのも面倒だし、大体の場合、該当するアニメの衣装を着ていたりするものだから似たようなものだと考えられるため、放っておくことにする。
「とりあえず俺たちはスタートをクラブライブで始め、アイドルマスタードへステップアップする予定だ。エイカにもそう教育している」
「おう、日本のアニメか。よくわからねぇけどがんばれよ!」
「ああ、お互いにな。てかそんなことを言いにわざわざ来たのかよ」
まさかこれだけのために来たとは思えない。シンボリックにより脱出速度ほどで移動できるとはいえ、きついものはきついのだ。それに耐えるだけの成果は持ち帰る必要があるだろう。
「おっとそうだった。一応おれっちも連絡係だからな。ある程度足並みを揃える必要はあるだろ」
「そうだな。一斉に始めてどちらがより巨大レーベルになるか勝負するのも面白いし」
「えっ?」
「えっ?」
また話が食い違っている。ジークフリートが言っているのは、今後新しく出現される予定の勇者の話で、双弥は盛大な勘違いをしていたことにすぐ気がついた。
「お前まさかおれっちがそんなことのためだけに来たとか思っていたのか? 今日は定例会だろ」
「ままままさか、そんなわけないだろ。奴らが来るのもあと数か月。それまでに破壊神信者を増やして残りのみんなに聖剣を渡す。芸能活動はそのために役立てるのに必要。この認識でいいな?」
「なんか腑に落ちねぇが、そんな感じでいいんじゃないかな。あとリリパール姫、新しい情報は?」
「ええと、とりあえず確定している聖剣の巫女姫のいる国へは使者を出しております。ですがやはり返事は思わしくありませんね」
勇者がいれば戦争で勝つなんて簡単だ。そのため諦めてくれと言われてわかりましたと言うほうが難しい。もちろん攻めるだけでなく、守るためにもあったほうが牽制になるため欲しいものだ。まるで戦術核みたいな扱いである。
「聖剣の巫女……今更思ったのだが、聖剣の巫女とは一体なんなんだ?」
「そりゃ聖剣を呼び出す……って、そうだ、おかしいんだよな」
「なにがおかしいのですか?」
鷲峰と双弥の疑問にリリパールが首を傾げる。
そう、おかしいのだ。
本来召喚されるべきなのは双弥を除く4人だし、双弥の妖刀を召喚させたのはリリパールではなくマリ姫だ。これはどういうことなのか。
そのような話をしてみたところ、リリパールからとんでもない発言を聞く。
「それは聖剣の巫女は誰でも聖剣を呼び出せるからです」
「えっ」
創造神から選ばれる聖剣の巫女は、ただ単に創造神が特定の聖剣の巫女に『勇者召喚するからあなたが聖剣召喚をやってくれ』と頼んでいるだけに過ぎない。実際のところ聖剣の巫女自体はこの大陸に100人はおり、本人とすり替わっても召喚できるのだ。ただいつどこでという情報が選ばれた巫女にしかないため、動けないというのが実情である。
「じゃあもし聖剣が折れたらもう一度召喚してもらえれば……」
「それはできません。聖剣は1人につき1回しか召喚できないのですから」
そこまで聞いて、色々と問題があることに気付く。マリ姫は破壊神により割り込まれ、正しく聖剣を召喚していない。つまり彼女はまだ召喚できるのだ。
ファルイもそれに気付いていると思われるため、次の勇者が現れるとき、彼女が入り込んでくる可能性は高い。
「……まあ難しい話は考えるのも面倒だから後だ。そんなことよりエイカアイドル化計画進めようぜ」
「そうだな」
「えっ!?」
今とても重要な話をしていたような気がするのだが、双弥と鷲峰は後回しにした。彼らにとってはエイカをアイドルにすることのほうが先決らしい。
だがこれはある意味正しい。今悩んだところでどうなるかなんてわからないのだし、ならば破壊神信者獲得のためプロジェクトを推し進めたほうが建設的と言える。
「ところで双弥様。アイドルというのはどのようなものでしょうか」
「歌って踊って人々に夢や希望を与える職業だよ」
「はあ……詩人や道化の類でしょうか。エイカさんを笑いものにでもするつもりですか?」
沸点の低い双弥と鷲峰は、リリパールを拉致監禁。再びクラブライブからアイドルマスタードという24時間コースへと叩き込んだ。
最初はやはりエイカと同じ反応で、彼女たちを痴女だと罵るところから始まり、1期で涙し、2期で号泣。それからアイドルマスタードへ突入。紆余曲折を繰り返しつつも皆が協力する結束の素晴らしさで感動を覚えた。
「どうだった?」
「……双弥様! アイドルとはあれほど素晴らしいものなのですね!」
ここにこの世界2人目のアニメオタクが生まれた。
「わかったかリリパール。歌って踊るのは決して道化じゃない。人を感動させることができるんだ」
「私は間違っていました! 申し訳ありません! 歌と踊り、なんて素晴らしいのでしょう!」
リリパールは
「わかってくれればいいよ。じゃあ早速エイカを……」
「私、プロダクションを作ります!」
「はぁっ!?」
「我が国でプロダクションを作り、この世界をアイドルで埋め尽くしたいと思います!」
「いやいやいや!」
嘘から出た真というわけではないが、例えで使っていたキルミプロが実在してしまうことになった。
「そして私自身もアイドルとして立ち、それでいてプロデュース活動もしたいと思います!」
「ちょちょちょちょちょっ」
アイドルマスタードの舞台となっているプロダクションにはプロデューサー兼アイドルというのがおり、どうやらリリパールはそのキャラクターへ興味を持ったようだ。野球で言うところのプレイングコーチである。
「リリパール様! 私も入れて下さい!」
「ええ。エイカさんがいれば私も心強いです!」
2人はしっかりと手を取り合い、力強く無言で頷く。
双弥はエイカを奪われた。
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