第163話

「迅、どうだ?」

「ふん。首都なだけあって人は多いが……」


 双弥と鷲峰は、新時代のアイドルを求めてオウラ共和国の首都へとやってきていた。もちろんチャーチストには内緒だ。

 当然内緒なんかチャーチストには通用しない。帰ったら鷲峰は土下座コース確定である。


「おっ、あの子どうだ? 胸大きいし」

「お前、まだそれ抜けてないのか。胸なんて必要ないだろ」

「胸が膨らんでいてこその女の子だろ」

「くっ。だが太った男だって膨らんでいるぞ」


 それぞれの趣向なんてどうでもいい。女性の容姿に万能なんてないのだ。他人の好みを否定するということは、自分の好みが否定されているということになる。


「そういやさ、男のアイドルはどうするか?」

「そんなものはいらん」

「いやいや、そういうわけにはいかないだろ。性差別的とか思われるのも嫌だし、女性のファンも必要じゃないか?」

「ふむ。しかしそれらは事業拡大の際だな」


 あれもこれもとやっていたら浮いてしまう。まずは土台作りをしっかり始め、実績を作る。

 そして事務所員を増やし、女性プロデューサーを獲得してから男性アイドルだ。女性が好む男なんて言われて、双弥たちがイメージできるのはフィリッポくらいしかいないし、そもそも彼がそんな面倒なことをするはずもない。



「おおっ、あの子かわいい!」

「ぬぅ、お前に見つけられたのはしゃくだが、認めざるを得ない」


 鷲峰ですらお墨付きの美少女が現れた。歳はエイカやリリパールくらいだろう。つまり二人ロリコンの好みド直球である。

 そしてこけしの姿をした金髪狂なら飛びついているであろう、目の覚めるくらい鮮やかな金髪。スラッとした体に、ひっそりと主張している膨らみ。鷲峰も思わず前のめりだ。

 これほどの逸材を見逃すことはできない。双弥たちはすぐさま動き出した。



「きみ、ちょっといいかな」

「えっ? あの、はい」


 突然声をかけられ、驚く少女。双弥は意外と行動派であり、鷲峰もそこは関心している。

 だが双弥にはトラウマがある。声をかけることができてもそれから先が鈍る。何故ならばスカウトなんてある意味告白に近いからだ。

 彼にとって断られるのと振られるのは似ているのかもしれない。今にも吐きそうなほど胸が締め付けられている。


 それでもこのままではただの不審者だ。双弥は思い切って話を続ける。


「えっとその、あー……、きみ、アイド……芸能に興味ない?」

「へっ?」


 少女はキョトンとしている。それはそうだろう。


「えっとね、みんなの前で歌って踊るんだ」

「え……そんなみっともないことできないよ」


 時代や国にもよるが、地球でも芸能というものは身分の低いものがやるという認識が確かにあった。オサレなレストランなどでは演奏と歌だけで、踊ったりパフォーマンスを行うことはない。

 踊りにはもちろん貴族が行うようなものもあるし、祈祷などの宗教的なものもある。だが一般的に踊りとされるものは、どうやら低くみられるようだ。


「俺たちがやるのは時代を先取りしたものなんだ。大丈夫、決して笑いものになるようなことはさせない」

「私、そういうのもちょっと……」

「ほんの少し、騙されたと思って! 先っちょだけでもいいから!」

「意味わかりません! 誰か、助けてください!!」


 とうとう叫ばれてしまい、双弥と鷲峰は慌てて逃げて行った。




「お前に任せたのがそもそもの間違いだった」

「俺だって精一杯だったんだよ!」


 実際双弥はかなりテンパッており、トラウマと戦いながらのためいっぱいいっぱいだったのだ。これでまた悪化するのではないかと懸念されるほどに。


「まあ過ぎたものは仕方あるまい。それより双弥、足りないものがあるのはわかるな?」

「金はあるし、知識もある。そうなると……?」

「わからないか? 足りないのは俺たちじゃない。この世界の人間のほうだ」

「おう?」


 つまり、この世界の人々には当然の話だがアイドルというものの知識がない。だからまず見本を見せることにより興味を持たせることから始めるべきだ。


「ああ、それは必要だ。じゃあまずエイカに教え込まないとな」


 鷲峰のシンボリックでテレビやBDなどを出し、エイカに覚えさせる。進化したシンボリックは音声翻訳まで行ってくれるため、なんとかなるだろう。

 丸パクリになってしまうが、ここは異世界。JA◯RACに来れるものなら来てみろと挑発するのも可能だ。




 双弥たちは家に戻り、早速エイカに見てもらったのだが、感想を聞くまでもなく猛反対されてしまった。


「嫌だよ! こんな恰好、変態じゃん!」

「変……っ! おい、Pillowピロゥエースをバカにするな!」

「だってこんな短いスカート、お尻見えちゃうよ! 足だってこんなに出してこれじゃ露出狂だよ!」


 この世界の女性は膝下スカートが普通だ。太ももを見せるなんて破廉恥ではしたない女と思われてしまう。

 双弥の好みに合わせて仕方なくエイカはミニスカゴスロリを着るものの、膝上5センチでも恥ずかしいのだ。それでも双弥のためがんばって着ているということを忘れてはならない。


「いやこれはキュロットっていって、ズボンみたいになっていてだな……」

「それでも足見せちゃうんだよ! 好きでもない人に! 絶対おかしいよ!」


 エイカは年ごろの女の子。好きな人にしか見せたくないのだ。

 そして世界観の違いを今更痛感した双弥と鷲峰は、それでもやはりエイカにアニメを見せ続ける。


 スカートは長くていい。だけどこれがアイドルというものを見せたかった。Pillow-Aなんていう薬用石鹸みたいな名前をグループ名にした理由から始まり、みんなが音楽や歌、ダンスを愛していることなど双弥と鷲峰は懇切丁寧に説明した。なんでそこまで知っているのかとエイカがドン引きしそうなくらいに。

 だが数話見たところで変化が現れる。エイカが黙って画面に集中し出したのだ。これはだいぶのめり込んでいる。



 そして1期が見終わったというのに、エイカは涙を流しながらテレビの前から動こうとしなかった。


「……お、お兄さん……」

「どうした?」

「アイドル、凄かった……」


 エイカが涙ながらに訴える。双弥と鷲峰はその姿を見て涙ぐみながら頷く。


「だがまだだ。2期こそがこの物語の神髄だ!」

「そうだ。1期は確かに重要だが、これはプロローグに過ぎない! 見るよな? エイカ」


 エイカは力強く頷いた。再び6時間コースである。



 そして物語が終わると、そこには号泣する純真な少女と阿呆な男2人がいた。


「お、おでぃざあぁぁん! ぴ、ぴろええしゅが、ぴろえぇしゅがああぁぁ」

「泣くなエイカ! 解散は悲しいことじゃない! こうして彼女らは永遠になったんだ!」

「そうだ! あの子たちは伝説となり、いつまでも語り継がれることになるんだ!」


 チョロイン属性のエイカさんは、完全に双弥と鷲峰によって洗脳されてしまった。こうして2人は異世界にアニメオタクを増やすことに成功した。エイカは初の犠牲者だ。


 しかしこれは高校の部活という素人少女のアイドル。いわばイロハのイであり、本命はこの後に流すプロフェッショナルなアイドル事務所の物語、「アイドルマスタード」なのだ。

 これを見終わったエイカは、一体どんな反応をするのだろうか。


 今回はプロフェッショナルな話のため、エイカも知らない用語などが多い。双弥たちはエイカにわかるよう色々な比喩を使うことで説明した。主人公の事務所を自分たちに例え、大手プロダクションをキルミット公国、そして現在アイドル的なリリパールをライバルのように教えた。




「…………お兄さん、私やっぱりやめるよ」

「「えっ!?」」


 双弥と鷲峰は狼狽える。12時間前はやる気だったのに、一体どういう風の吹き回しか。


「な、なんでだよエイカ!」

「お兄さん。世の中は事務所の力と権力だよ。お兄さんには両方あるの?」

「え……ええぇ……」


 事務所の力と言われても、この世界にはそもそも事務所がないため力などない。そして双弥は金を持っていても権力があるわけではない。つまり全くの無力とも言える。


「そ、そんなものはこれから作っていけば……」

「だめだよ! そんなんじゃキルミプロに勝てないんだから!」

「ぐぐっ。おのれキルミプロ……」


 これには双弥も黙ってしまう。

 だが2人とも勘違いしているが、キルミットは国であって事務所ではなく、リリパールは国民のアイドル的存在なだけでアイドルではない。彼女は歌えも踊れもしないのだ。例えと現実を混同してはいけない。


「そこはほら、彼女たちみたいに結束してだな……」

「それに大手事務所は自由にできないし、下積みで終わってしまう可能性がある。小さくても出させてもらえることから始めたほうがいい」


 双弥と鷲峰が必死に説得する。

 物語というものは、受け取る側の印象でその性質が変わってしまう。エイカにはどうも力を持った事務所のアイドルからいじめられたりするところや、その事務所も権力がある人物にプレッシャーをかけられるところが気になったようだ。

 最初から大手に入ってしまえばそんな心配いらなくなる。恐らくそんな結論が出たのだろう。



 どうしたものかと悩んでいるところに、ひとりの訪問者が現れた。


「双弥様、おられますか? 少々お話が……」


 キルミプロから来た宿敵リリパールであった。

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