第162話

「やぁソーヤ。今日もいい天気だねっ」

「あ、ああおはよう」


 アセットがとても上機嫌で双弥の屋敷へ訪れた。ジャーヴィスがまともに働こうとしているからだろうか。

 とはいえ、修行の身であるため無収だ。彼らの生活費は双弥が負担することになっている。せっかくやる気になっているため、双弥は快く引き受けた。

 問題といえば、彼が相手を怒らせて追い出させられるのではないかという点だけだ。


「ソーヤは買い物?」

「ああ、ちょっとね」

「そっかそっかぁ。エイカは家なんでしょ? お邪魔するね」

「アセットを待っているからな。じゃあごゆっくり」


 アセットは鼻歌を奏でながら双弥宅へ入っていく。よほど嬉しいのだろう。

 ここで双弥は少し顔をしかめた。アセットの鼻歌のせいだ。


 ひょっとして彼女は音痴……? いや、そう決めつけるのは早計だ。

 今更だが、双弥はこの世界でまともに音楽を聞いていない。どこかしらで聞こえてはいたかもしれないが、全く気にしていなかったため、気付かずに過ごしていた。


 これはアセットの名誉のためにも調べる必要がある。双弥は急ぎ足で用事を済ませることにした。




「あん? 歌だぁ?」

「ああ。それと音楽な」

「んなもん俺らが歌うわけねぇだろ」


 だよなぁと思いながら、双弥はホワイトナイト協会にいる荒くれたちを見回した。

 それでも一応収穫はある。歌は存在しているということだ。

 更に話を聞くと、双弥が普段行くところとは違う、少しオサレなレストランには吟遊詩人や旅芸人一座が演奏をしていたりするという情報を得ることができた。

 だが敵はオサレレストラン。双弥のような縁遠い男が敵うわけがない。なにか装備をしなくては、とてもじゃないが耐えられない。


 双弥は辺りを見回し、丁度よさげな装備を発見した。


「おーい、チャーチ! 俺とデートしてくれぬぶぁっ」


 チャーチストは鷲峰の盾を装備していた。全ての男は弾き飛ばされる。双弥の頬にも綺麗にフックがクリーンヒットした。


「面白い趣向だな、ク双弥」

「ま、待って! これには事情があるんだ!」


 双弥は手を挙げてこちらからはなにもしないという意思を見せる。それでも尚向かおうとする鷲峰をチャーチストが止めたため、仕方なく拳を下す。

 さすがチャーチストと思いつつ、双弥は鷲峰たちを誘導した。



「────で、俺たちをここへ連れて来て、一体どういうつもりだ?」

「まあ悪いとは思うが、少しの間付き合ってくれよ」

「フン。当然支払いはお前持ちだからな」


 わかっていると双弥が言った途端、鷲峰とチャーチストはウエイトレスを呼び、メニューの端から端までを注文しはじめた。最悪だ。

 次々に運ばれてくる料理を苦々しく見ながら、双弥は周囲に気を配っていた。


 するとやがて、店の奥から小さな拍手がまばらに聞こえだした。



「……なあ迅」

「なんだ」

「今流れている曲について、どう思う?」

「あ? …………ん? む……ぬ。……あ、ああ。これ歌なのか?」

「どうやらそうらしい」


 鷲峰も理解するのに少しかかった。この世界の音楽や歌はかなり独特のようで、アセット音痴疑惑は拭われた。


「なるほど。つまりお前はこれを確認しに来たかったというわけだな」

「そうだよ。だけどこの店に1人で入るのはちょっとな」

「エイカでも誘えばよかっただろ」

「アセットが遊びに来てて、俺は俺で用を済ませる必要があったんだよ」


 だったら最初からそう言えと、鷲峰は腕を組んで曲を聞く。やはり馴染まないようで顔をしかめる。



「でさ、俺は思ったんだ。この世界でアイドルとか売り出したら人気出るんじゃないかって」


 現代地球の音楽は理論でできている。

 例えばノリのいい曲を作ろうとする。その場合は重低音のバスドラムを心拍よりも早いリズムで刻めばいい。そのリズムは早い心拍、つまり興奮状態を人に与えることができる。

 バラードなら高音で歌い、頭の中で響かせる。そういったものが既にテンプレートとして存在している。

 つまりそれらを利用すれば、この世界の人も基本的に同じ人間であるため同様な効果が得られ、売れるものを作ることができるはずなのだ。


「やりたければやればいいんじゃないか? 俺はどうでもいい」

「そう言うなよ。少しは興味あるんじゃないか?」

「俺はアイドル否定派だ。あいつらは音楽をなめている」

「でもほら、アイドルマスタードとか見てただろ?」

「あ、あれは断じて違う!」

「クラブライブは?」

「だからアニメとアイドルを一緒にするな! やめろ! Pillowピロゥエースが穢れる!」

「デモクラシアは?」

「そんなものはなかったんだよ!」


 どうやら鷲峰は、アニメアイドルなら肯定派らしい。

 つまり彼は、ぼちぼちいるタイプのアニメオタクで、OPやEDで流れるアイドルの歌などが売名だの下手くそだのと拒絶する系統らしい。そのためアイドルを嫌っているようだ。

 世界観に合わない、◯◯ちゃんはこんなんじゃない。理由など色々ある。とにかくリアルアイドルは嫌なのだろう。


「じゃあ折角の異世界なんだからさ、ここで俺たちのアイドルマスタードやろうぜ! なっ、鷲峰P」

「Pを付けるな。しかしリアルアイドルマスタードか……」


 鷲峰がぶつぶつと言いだしている。案外乗り気なのかもしれない。


 アイドル計画。これはアホなようでかなり意味がある。

 ファンが増えたところでセィルインメイの名前を出し、宗教的な興味を持たせる。まるで某新興宗教のようだが、この世界ならば画期的であろう。

 それにグッズ展開などをすればかなり儲かる。目指すはドーム満席だ。


 夢だけは無限に広がる。双弥は勘定を払い、急いで店から出て行った。




「アイ、ドル? なにそれ」

「アイドルっていうのはなぁ」


 双弥はエイカにアイドルというものがどういったものかを説明し始めた。元となっている偶像崇拝の話から、現代アイドルについてまで。


「よくわからないけど、凄いんだ?」

「そう、凄いんだよ。それでエイカには是非センターに立って欲しい」

「え……ええーっ!? 無理だよ、無理無理!」

「無理じゃない。エイカはほら、顔も見た目も声もかわいいんだから、絶対売れるって!」

「えっ!? そ、そう?」

「そうだよ。エイカ超絶かわいい。アイドルやったらもっとかわいい」


 双弥にかわいいと言われ、かなりまんざらでもないエイカさんマジチョロイン。

 いずれはプロデューサーとアイドルという、教師と生徒みたいな間柄から禁断の愛へ。オータム先生みたいに。オータム先生みたいに。


「でも他にもメンバーいるんだよね?」

「そうだな。流行りとしては9人かな。シャンシャンしやすいし」

「シャンシャン? よくわかんないけど、じゃあ暫くは私だけ?」

「いいや、スタートは3人だ。これは譲れない」


 妙なこだわりを見せる双弥。彼の脳内ビジョンには一体なにが描かれているのだろうか。


「あとグループ名だけど、ドラゴンバスターである俺プロデュースだからそうだな……竜頭リューズにしよう」

「えっ、やだ」


 あっさりと却下される。そもそも竜頭は腕時計の時間を合わせたりする部品の名前だ。しかしそれくらいで双弥はへこたれない。


「チャーチは迅に取られているだろうし……あとはアセットかな。アルピナは歌ってくれないだろうから他に……」

「リティちゃんは?」

「猫キャラは2期メンだ」


 妙なこだわりは気持ち悪いだけだと理解できていない双弥は、まだまだ注文をつけていく。


「他にそうだな……はんなり系な人が欲しい」

「果物屋のおばちゃん?」

「それはハンナさんだ。……ぬぅ、こっちの世界にははんなりという意味の言葉がないのか」


 言語的に存在しないものは変換不可なため、そのまま伝わる。だからエイカに翻訳なしで言わせれば新幹線は「シンカンセェン」である。


「じゃあどうするの?」

「やっぱ地道にスカウトするしかないか。ちょっと首都行ってくる」



 こうして双弥は異世界アイドル育成という芸能の荒波に足を踏み入れた。

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