第161話

「────い、おい、起きろっ」

「…………ぐおっ」


 腹部の激痛と共に双弥は目を覚ました。寝起きではあるが、痛みにより早く覚醒する。

 とにかく起き上がらねば。そう思い体を動かそうとしたものの、なにかがおかしい。


「……なんだこれ」


 両手が枷により繋がれていた。どうやらなにものかに捕まったようだ。


「やっと起きたかクソガキめ」


 片目のでっぷりとした男は、床につばを吐きながら言う。

 双弥は一体なにが起きたか思い出そうとする。


 突然倒れたジャーヴィス。そして急に意識が飛ぶ。そのとき見た、幌の外の紫色の景色。催眠ガスの類だったのだろう。

 双弥は枷のついた手を腰に当てる。


 (ちっ。やっぱ妖刀は奪われてるか)


 捕まえた相手から武器を奪うのは常識だ。暗器でもない限りは手元にないと思ったほうがいい。


 となると、色々問題がある。

 まず破気を取り入れなければ双弥は一般人だ。それに刃喰も使えない。

 地中に流れる破気があれば自力で動くことも可能だろうが、生憎この辺りにはそういった力を感じない。


 どうしたものかと考え、なにかを思い出し周りを見回す。どこかの小屋なのだろうか、木製の床や壁だ。窓がないところを考えると、地下倉庫であるという考えもできる。


「おい、ジャー……俺と一緒にいた奴はどこにやった」

「んなもん答える必要はねぇな!」

「ぐっ」


 双弥にでっぷりとした男の蹴りが飛ぶ。双弥は悶えるように床へ転がった。


「ふんっ、軟弱な奴だ。てめぇらホワイトナイトなんだろ?」


 てめぇらということは複数形、つまりジャーヴィスもどこかへ捕らえられている可能性があることがわかった。

 だけど今なにかできるわけではない。大人しく従っていたほうがいいだろう。


「……そうだ」

「はっ。こんな雑魚、せいぜいFかGランクってとこだろうな。それじゃ大した情報はねえか」


 男は腹をぼりぼりとかきながら出て行った。それを見届けたあと、双弥は仰向けから足を上げ、体をバネのようにして立ち上がった。先ほど痛がっていたのはただの演技で、強化していない状態の双弥でもあの程度の攻撃でダメージと呼べるほどのものは受けない。


「さてどうするか……虎撲子の練習でもするかな」


 双弥は結構余裕がありそうだ。虎撲子は投獄された武術家が手枷のついた状態で練習したと言われる技なのだが、別につけていなければできないというわけではない。そんなことを考えられる辺り、精神的にも落ち着いているのだろう。

 だけど双弥はまだしも、問題はジャーヴィスだ。聖剣を持たない彼は本当に一般人レベルであり、ちょっとつつかれただけでなんでもかんでも吐いてしまいそうだ。


 双弥はまず壁に耳を当てた。隣の部屋に誰かがいるかどうかではなく、外の音を確認するために。

 自然の音がしない。つまりここは地下なのであろうとわかる。次に他の壁にも耳を寄せる。最後に先ほどの男が出て行った扉のある壁だ。

 そこからはようやく音が聞こえる。話し声もしているが、いまいち何を言っているのかわからない。


 だがなにか大きなことをしようとしているのはわかる。先ほども双弥からなにか情報を引き出そうとしていたし、わざわざ催眠ガスを使ってまで連れてきたのだ。人質に使う可能性もある。

 まずはジャーヴィスの所在を確かめ、共に脱出する。プランと言えるほどのものはないが、とにかく最優先は妖刀の奪取だ。あれさえあればいくらでもどうにかできる。


 そのためにはどうにかしてこの部屋から出なくてはならない。扉を軽く叩いて確認する。

 木製だが肉厚であり、結構丈夫そうだ。破ることはできないだろう。

 だがここに人を閉じ込めた奴はわかっていない。先ほど男が出たときに鍵をかけた音はしたが、それ以外の音がしていない。そしてこの扉は外開き。つまり、これだけ頑丈な扉にも関わらず、たった一点でしか止めていないのだ。

 この程度であれば、双弥の一撃で破壊できる。それだけの練功は積んでいるのだから。


 さて、これでこの部屋から出られることがわかった。あとは出た後にどうするかを考えるだけだ。

 地下だと仮定すると、どこかに階段があるはずだ。他の部屋を確認しつつ、そこを目指すのが先決だ。

 あとは早いところジャーヴィスを探す。彼は人を怒らせる天才だ。急がなければ逆上した犯人たちに殺されてしまう。それと同時に妖刀を見つける。刃喰は妖刀があれば呼び出せるし、そもそも破気がなくては使えない。


 本来ならば夜動きたいのだが、今が何時なのかわからない。だったら今動くべきだ。


「うらぁ!」


 双弥の貼山靠が鍵を破壊する。かなりの音を出したが、おかまいなしに双弥は外へ出る。

 まずは周囲の確認。正面に扉、右側に階段があり、そこから上の階が見える。

 今の音でも正面から誰も来ないため、敵はいないと判断する。だがもし妖刀があったらと考え、一応扉を開けようと試みる。しかし鍵がかかっている。双弥がいた部屋と同じと考えると外開きなため、無理やり開けることができない。

 こうなったら後回しだ。とにかく脱出し、鷲峰かムスタファと合流。それから奪還という感じでもいい。


 双弥は妖刀の優先順位を下げ、ジャーヴィスを見つけることにする。

 と、ここで数人が地下へ向かってくる気配がした。逃げ場はない。とりあえず元の部屋へ戻って様子を伺う。



「おい、鍵が壊されてんぞ!」

「ちっ、雑魚だと思って油断したぜ」

「上にゃぁ来てなかったな。まだ中にいるだろ」


 そんな会話が行われているところで、突然扉が吹き飛ぶように開く。再び双弥の貼山靠だ。まさかそう来ると思っていなかった犯人たちは、向かいの壁に叩きつけられる。


「ドアの前は危険なんだよ、バカめ」


 双弥は扉から出つつ、意識が朦朧としている男の首を絞める。枷を使い上手く腕を絞って血流を止め、あっという間に動けなくさせた。

 3人の男たちの服から鍵を探す。だがあるのはこの部屋の鍵だけで、向かいの鍵と枷の鍵は見つからなかった。

 暫くこのままなのは仕方ないとし、双弥は階段を登る。


 登り切ったところで、正面通路に扉、後ろの通路にも扉。どうやら廊下らしい。壁にも扉がひとつあり、逆の壁には窓がある。建物の構造上、正面を行けば外へ出られるだろう。そうなると、なにかがいるのは後ろか壁の扉だ。

 壁の扉は階段に近い。だから先ほどの騒ぎには気付いているはずだ。しかし誰かが出てくる気配はない。ということは、後ろの通路にある扉が怪しい。


 先手必勝、双弥は扉を開け、中へ飛び込む。


「うぐっ」


 部屋の中にはクロスボウを双弥へ向けて構える数名の男と、椅子に腰かけにやにやと笑う大男。そして────


「……やあ双弥……」

「ジャーヴィス……」


 はりつけにされ、ボコボコにされ血でまみれているジャーヴィスの姿があった。


「はっはー。下でなにかやっているから来るだろうと思って待っていてやったぜ!」


 大男が全てお見通しと言わんばかりに嬉しそうな声を上げる。

 双弥は自分の浅はかさを苦々しく思い、嫌な汗を滲ませる。計8つのクロスボウだ。生身の双弥では回避できない。


 全て読み通り。完全に相手を追い詰めたボスらしき大男は、ヘラヘラと笑みをこぼしながら双弥へ近付いていく。


「残念だったなおい。テメェひとりなら逃げられたかもしれねぇのによ、お友達ごっこか? 泣かせるねぇ」

「……ちっ」

「おっ、いいねぇその顔。思わず嬲り殺したくなっちまうわ」


 そう言って大男は背中に隠し持っていた武器を取り出す。


「せめて最後くらい、自分自身の武器で死なせてやるぜ」


 にやつきの最高潮で、大男は妖刀を鞘から抜く。


 双弥は予期せぬ幸運に、口角が上がる。


「ぬおっ!?」


 妖刀を抜こうとした瞬間、隙間から溢れ出す破気に一瞬怯む大男。

 その一瞬が全てだった。


 時間にして1秒もなかった。それだけの時間で双弥は妖刀からできる限りの破気を吸収。枷を破壊すると同時に妖刀を奪い、大男を吹き飛ばす。向かう先はもちろんクロスボウを構えている連中だ。

 これでは流石に撃てない。パニックを起こしているところ、双弥が叫ぶ。


「刃喰!」


 床を切り裂き、荒れ狂う風のように敵を切り刻む刃喰。

 妖刀を奪還後、4秒あれば全てが終わる。双弥は刃喰によってバラバラになった犯人たちを見向きもせずジャーヴィスを救った。




「────いててっ。双弥、もう少しやさしく運んでよ」

「あん? こんなにされるまでお前はなにをやらかしたんだ」


 双弥はジャーヴィスを背負いながら町までの道を進んでいく。

 鉄の棒で殴られたであろう、体のあちこちの肉が潰れ骨が折れている。かなり酷い拷問を受けていたようだ。


「特にはなにもしてないさ」

「ほんとかよ。余計なこと言ったんじゃないのか?」


 ジャーヴィスはこれといったことをやっていない。やったことといえば、できうる限り双弥へ被害が及ばないようにしていただけだ。

 例えその結果、自らの身が危険に曝されていても。


 これでもジャーヴィスは誇り高き英国イングランド紳士ジェントルマンだ。笑い話になるようないたずらはしても、冗談にならないことはしない。気を失っている双弥ともだちを守れるのだったら、体の傷くらい大したことはない。

 まあその線引きがどこにあるのかは彼次第なのだが。


「全く。またりりっぱさん呼ばないといけないじゃないか」

「そうだ、僕が回復魔法を覚えるっていうのはどうかな」

「なんか嫌な予感しかしないんだけど……。まあ習ってみてもいいんじゃないか?」

「イエス! じゃあ空っぽの壺から小麦粉を溢れ出させるところから始めてみるよ!」

「お前じゃ手から灰を出すのが精いっぱいじゃないか?」


 そんなバカ話をしながら、2人は笑い合った。




 町に着き傷を癒したジャーヴィスは、リリパールのつてでキルミットの治癒魔法団へ弟子入りすることにした。

 そのため後日、調査に赴いたホワイトナイトたちからようやく助け出された御者には双弥だけが謝るはめになった。

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