第160話

「はあぁー? ジャーヴィスが魔王うぅ!?」


 双弥がその話を聞いて吹き出したのは、町の食堂で昼食をとっているときだった。


 (あの野郎、最近見ないと思ったらなにしてやがんだっ)


 注文したフライドクラブをギリギリと噛みしめながら双弥は虚空を睨みつける。

 今のジャーヴィスにはそもそもシンボリックは使えなく、戦闘能力はホワイトナイトの中でも下の下。大したことなんてできるはずがなかった。

 だというのに魔王などと呼ばれている。いや、彼が勝手に名乗っているだけなのかもしれない。仲間を失ったジャーヴィスは闇墜ちしてしまったのだろう。


「そ、それでその魔王はなにをしてやがるんだ?」


 双弥は情報源である店の親父に詳しい話を聞くことにした。



 魔王ジャーヴィスは呪いの言葉を吐きながら魔法を使い、子供たちを洗脳していく。そんな感じの内容だった。全くもって酷い話である。

 それと同時に双弥は大事なことを思い出した。


 シンボリックは魔力を使う。そして勇者たちはその魔力容量を上げる修行を行っていた。つまりジャーヴィスにもそれなりに魔法が使えるだけの条件が揃っているのだ。

 ジャーヴィスとはいえ元勇者のはしくれ。魔法であれば一般人を上回ることくらいできる。双弥、痛恨のミス。


 双弥は勘定をテーブルに叩きつけるようにして店を飛び出した。早くなんとかしないと。




「あんにゃろ、どこへ行き……いてっ」


 急に頭へなにかをぶつけられ、痛みが走る。振り返ると両手に石を持った小さな少年少女たちがいた。

 そして振り向いた双弥に向かい、手に持った石を投げつける。


「お、おい。危ないだろっ」

「うっせー! この偽勇者!」

「わるもの、わるものーっ」


 子供たちは一斉に石を投げてきた。これはきつい。双弥は泣きながら一目散に逃げていった。



 双弥は石を投げられる辛さを知った。まさかこれほど精神的にくるものだとは思いもしていなかっただろう。

 だから双弥はジャーヴィスを発見したら石を投げてやろうと思っている。当たってもぎりぎり死なない程度のものを。



 ジャーヴィスを捜索してかれこれ1時間後、突然女性の悲鳴が聞こえた。事件の匂いを嗅ぎつけ、双弥はそちらへ急行する。

 そこで双弥が見たものは、おかしな角の生えたフルフェイスの兜を被り、真っ黒なマントを纏った怪しげな人物が女性の前に立っているところだった。


「レ、レディ。驚かせて申し訳ない」

「嫌! 来ないで変態!」


 そんな怪しい男に双弥は後ろから蹴りを入れた。


「いっ!? なにするんだ!」

「なにするんだはこっちの台詞だジャーヴィス」

「えっ!? ジャ、ジャーヴィス? だだだだれだいそれは」


 慌てて怪しい男は知らぬそぶりを見せる。だが双弥はこの男がジャーヴィスだと決めつけていた。


「こんなところで遊んでいやがって……。ちょっと来い、SEKKYOUしてやる」

「待って! 僕はジャーヴィスなんかじゃないよ! 魔王なんだ!」

「ほーう。んじゃ退治しないとな」 

「だから待ってよ! 僕は悪い魔王じゃないんだ!」

「そんなもんはいねぇよ!」


 双弥が妖刀に手をかけると魔王と名乗る人物は必死に逃げる。しかし破気を取り込んでいる双弥から逃げ切るなんて無理だ。あっという間に距離を詰められる。

 もうちょっとで捕まえられる。そんなとき、2人の間になにかが割り込んできた。その影に双弥は慌てて足を止める。小さな少年少女だ。


「おい偽勇者! 魔王をいじめるな!」


 ひとりの少年がそう言い放つと、周囲からはそうだそうだと囃し立てる。


「み、みんなはそいつに騙されているんだ。本当に悪いのはあの男なんだよ」

「嘘だ! 魔王はいつも僕らにお菓子をくれてやさしいんだ!」

「魔法を教えてくれるの!」

「呪いの言葉だって教えてくれるんだ!」


 まさか小さな子らを餌付けして自分の味方に引き入れているとは。

 一時は巨乳道へと迷い込んでしまったが、双弥はやはり小さな女の子が好きであり、これは相当に堪える。


「ジャーヴィス、てめぇ……」

「だから僕はジャーヴィスなんかじゃ……」

「あらジャーヴィスちゃん。いつもうちの子と遊んでくれてありがとうね」


 通りかかったおばちゃんに声を掛けられ、驚く怪しげな男。フルフェイスのせいで表情はわからぬが、かなり挙動不審な感じである。


「あの、僕は……」

「だけどねジャーヴィスちゃん。あまり変なこと教えないでね。子供たちが真似しちゃうから」

「イ、イエス……」


 男はフルフェイスを外し頭を下げる。なんと、この男の正体はジャーヴィスだったのだ。双弥の勘、冴える。




「────で、どういうつもりだったんだ?」


 双弥によってワイルドな顔に整形させられたジャーヴィスは、子供たちが見守るなか正座させられていた。


「どうもこうもないよ! 双弥たちが僕を除け者にしたんじゃないか!」

「なんだ寂しかったのかよ」

「さ、寂しくなんてないよ! 僕にはアセットがいるんだ!」

「最近愛想尽かされたって聞いたぞ」


 ジャービスは俯き地面に手を着き「バカな……」とつぶやく。もちろん双弥のフェイクだ。相手の弱点を突くのは戦いの基本である。


「それでお前は子供たちになにを吹き込みやがったんだ?」

「吹き込んでなんかないよ! ちょっとした物語を聞かせてやったんだ!」

「魔王のふりをして? だけどなんで魔王なんだよ」

「そ、それは……」


 なかなか言わないジャーヴィスに、双弥は業を煮やしチョップを食らわす。耐えきれなくなったジャーヴィスはようやく本当のことを話し始めた。



 魔王っぽい恰好をしていたのは、自分が魔王であるとするためだ。

 魔王である理由としては、話に信憑性を持たせるためである。


 自分は勇者で、魔王を倒したと言う。これはかなり胡散臭い。だが自分は魔王で勇者に倒されたと言われれば、まだ信じられる。

 そして魔王の格好をしたジャーヴィスは、自分が勇者ジャーヴィスに倒され改心したということを話す。もちろんそんなことに騙されるのは子供くらいなものだ。


 そのうえで髪の黒い偽勇者たちに騙されるなということも話す。最悪だ。

 大体の話を聞いたところで、双弥は盛大な溜息をついた。


「お前、そういうことやっていると本気でアセットに嫌われるぞ」

「ええっ! そんな! 嫌だよ。双弥、僕はどうしたらいいんだ?」


 今まで気付いていなかったのか。双弥は頭を抱えた。


 だけどいい機会だ。ジャーヴィスをまともにさせることは、アセットだけではなくみんなにもいい影響を与えるはずだから。


「よし、じゃあ今後はお前の仕事を手伝ってやる。しっかり働けよ」

「それでアセットは僕を好きになってくれるのかい?」

「お前の努力次第だろうな。一生懸命働いている男ってモテると思うぞ」


 手持ちの金はまだまだ余裕があるため、双弥は暫くジャーヴィスの仕事を手伝ってやることにした。




 そんな感じで現在、ジャーヴィスは仕事のため双弥と共に荷馬車へ乗り込んでいた。今回の任務は街道の安全確認だ。


「ねえ双弥。僕は騙されていると思うんだけど、どうかな?」


 荷馬車のため車輪からの衝撃を直接尻に感じながら、思い出したようにジャーヴィスが話し出した。


「そんなことねえよ。なんでそう思ったんだ?」

「だっていつも遊んでいるフィリッポは働いている双弥よりモテるじゃないか」


 双弥は泣きそうになるのをぐっとこらえた。世の中とは理不尽なのだ。なにもせずにモテる人もいれば、努力してもモテない人もいる。双弥が後者だとは言わない。だが少なくともフィリッポは前者である。


「あのなジャーヴィス……」

「どうせだったら僕はフィリッポみたいになりたいよ。双弥は双弥で努力すればいいさ」

「いいや。お前は勘違いをしている」


 ジャーヴィスはモテモテになりたいわけではない。アセットに振り向いて欲しいのだ。

 そしてここに問題がある。アセットはフィリッポに気がないということだ。つまり遊び人に興味はないということになる。

 だからアセットと付き合いたいのならば真面目に働くべきだ。これにはジャーヴィスも納得した。


「双弥、僕は真面目に働くよ!」

「よく言った。俺たちも手伝ってやるからやれるだけやってみろ」

「任せて……よ……」


 威勢よく言おうとしたとき、ジャーヴィスは突然倒れた。


「おいジャーヴィス。言ったそばから……そ……れ……」 


 双弥も急に意識を失い、倒れてしまった。


 馬も御者も倒れている。そして周囲には紫色の霧がたちこめていた。

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