第165話
「待てやごるぁ!」
双弥は叫んだ。理不尽なこの世に対して、そしてエイカを奪ったリリパールに対して。色々と納得がいかないのだろう。
「なんでしょう双弥様」
「なんでしょうじゃねえよ! エイカは俺が育てるんだ! 大手だからってずるいぞ!」
「いいえ双弥様。エイカさんは自ら考え選んだのです。双弥様の我儘で振り回してはいけないと思いますよ」
「ぬ、ぐぬぬ……」
エイカはキルミプロ移籍を望んでいたのだ。というよりもまだ双弥プロと正式に契約を結んでいたわけではないため、どこで活動しようがエイカの勝手なのだ。
だが甘い。彼女らは大切なことを忘れているようで、それに気付いた双弥はにやりと笑う。
「じゃあいいよ、2人でがんばってくれ。なにをどうするのかは知らないけど」
「……ああっ」
リリパールは大事なことを忘れていた。曲や踊りなど、どうすればいいのかわからないからだ。
いくら記憶力がよくても24時間もの間に聞いた数十曲の歌や踊りなど覚えられるはずがない。もし仮に覚えていたとしても、この世界の楽器や演奏者では再現するのは無理だ。
それに何十回、何百回も見直しつつ歌と踊りを体に刻み込まねばならない。だがそれは鷲峰のシンボリックがなければ成り立たない。
こうして大手事務所キルミプロは双弥プロに飲み込まれていった。
「あの、双弥様」
「口はいいんで体を動かしてください」
「私はいつ練習できるのでしょうか」
「りりっぱさんはまだ柔軟しか駄目です。ダンスで人を感動させるためにはまず柔軟からとアニメで教わったはずです」
「ううぅ……」
アニメを真に受けてなにが悪い。
リリパールは恨めしそうな顔でエイカを見ている。
エイカは普段から武術の練功を行っており、それには柔軟体操も含まれているため、体は体操の選手並みに柔らかい。180度開脚を横でも前後でもできるのだ。
そのためエイカはもう既にリズム感を養う練習を行っている。それが楽しそうに見えてリリパールは羨んでいた。
ちなみにジャーヴィスと一緒に旅をしている間ブリティッシュロックに染まっていたアセットは、双弥たちが驚くほどリズム感がよかった。即戦力どころかエイカに教えられるレベルだ。
「エイカ、恥ずかしがっちゃダメ。曲を聞きながら手を叩くだけなんだから」
「う、うん……」
「基本的に同じ曲なら強弱や抑揚があるだけでリズムは一定。覚えちゃえば簡単でしょ」
「ととたとととたとととたと……」
「ほらまだ恥ずかしがってる。とっとったぁとぉとっとったぁとぉ、だよ」
曲を聞きながら手を叩き、声を出す。これはリズムの基本であり、決して恥ずかしいことではない。それにこれからたくさんの人の前でやると考えたら恥ずかしがっていられない。
「ところで双弥様。私、いつも基礎しか教わっていない気がするのですが……」
「そりゃ基礎が全くできてないから仕方ないよ」
基礎ができていないのに応用を求めても意味がない。特にダンスは体の柔軟性とバランス感覚をしっかり鍛えないとできない。
特にアイドルはスニーカーではなくヒールの高い靴で踊るため、バランス感覚は必要だ。ヒールの高い靴を履くだけで難度は上がるのだが、悠◯碧はそれでも走り回り飛び跳ねる。
「ですが、もう少しくらい……」
「わかってるよ。勇者召喚のことを踏まえるとデビューは1カ月以内にしたい。かなりハードスケジュールになるけど全部やってもらわないとな」
双弥の言葉にリリパールは若干顔をひきつらせる。双弥のトレーニングは普段からでもなかなか大変だというのに、ハードであるというのだ。生きていられるかわからない。
「お兄さん、それはよくないよ。リーダーだってがんばりすぎて倒れちゃったんだから!」
「お、う……。それを言われるときつい」
双弥、アニメに屈する。
彼女らが見ていたアニメでは、グループのリーダーが頑張り過ぎ、熱を出してライブ中に倒れてしまうというのがあった。努力は必要だが、過剰にやると台無しになってしまうこともある。
「柔軟もやり過ぎると筋を伸ばしてしまうからな。りりっぱさん、じゃあエイカと一緒にリズムをとる練習して」
「はいっ」
やっと少しは楽しそうなことができる。リリパールは合流しつつ嬉しそうに手を叩く。恥ずかしそうにやっていたエイカもリリパールには負けたくないらしく、しっかりと声を出し始めた。
これが結束の相乗効果だと双弥は嬉しそうにうんうんと頷く。
双弥たちが苦労している間、鷲峰は別働隊として動いていた。今彼が行っているのはアニメの上映会である。
アイドルとは本来、努力を見せないものだ。笑顔で歌い、キラキラしている夢のような存在。だがそれでは感動が薄いのもまた事実。だからまずアニメでアイドルとはなんたるかを世間に広め、アイドル知識を植え付けたうえでエイカたちをデビューさせる作戦だ。
今回、参謀にチャーチストを迎えている。完璧だ。彼女もまた鷲峰と共にアニメを見て感動し、号泣。その晩はとても激……いや、そうではなく、チャーチストもこの世界でのアニメオタク4号となったのだ。ちなみに3号はアセットである。
そしてこの世界の人に違和感を与えないため、キャラクターをそのままに衣装と世界観を変更させた物語にしてある。
本来シンボリックは最初に固定させたものを変えないほうがよい。イメージがぶれると出現させられなくなるからだ。だがそれを可能にする人物がいる。王だ。
王の新たなるシンボリックはチート中のチートである。その能力とはコピー。しかもいくらでも改変可能である。彼自身がこれは我が国のものだと言ってしまえばいくらでも他国のものを取り入れられる。
そんなわけで完成した異世界版クラブライブ──監修:双弥・鷲峰・アセット──を持ち、鷲峰は奔走する。
最初まばらだった客足も、口コミによりだんだん観覧者も増え、今では大盛況だ。毎日通うほど熱心なファンも手に入れている。とはいえたくさんの人に見てもらうため安価で流しているから収益はほとんどない。
あとは町長まで見に来ている。それも毎日。彼はこの町の名前をアニメの舞台である、秋葉原的なものへ変えようと思っているといううわさまである。やりすぎだ。
そんな感じで4週間はあっという間に過ぎ、エイカたちのデビュー日となった。
「だ、誰もいなかったらどうしよう……」
「それはそれでおいしいんだが、さっき見てきたんだけど客が外まで溢れてたぞ」
「ソーヤ、バラさないでよ。舞台に立ったときの楽しみだったんだから!」
「まあ何人いても関係ないですよ。私たちは頑張ったことをやればいいのですから」
「リリパール様は普段からたくさんの人前に出てるからそう言えるんだよ。私はかなりきつい……」
舞台裏ではみんなそわそわしている。この世界初のアイドルライブだ。緊張しないほうがおかしい。エイカなんかもう頭の中が真っ白だ。
そんな中、双弥がエイカの肩をがっしり掴み顔を見つめる。
「エイカ、ちょっと失敗してみようか」
「えっ!? は? えっ?」
挙動不審にキョロキョロと辺りを見回すエイカ。双弥は言葉を続ける。
「派手にすっころんでみなよ。エイカだったらかわいい失敗で済ませてくれるさ。むしろパンツ見えてラッキーくらいに思われるから」
「みっ、見せないよ!」
エイカはスカートを下へ引っ張るようにおさえる。様々な議論の末、スカート丈は膝が見えるかどうかという長さに落ち着いたようだ。
「2人も上手くやろうなんて思わなくていいよ。むしろ失敗していこう」
「ワタシの下着も見たいのか。ソーヤって見境なしの変態だね」
「双弥様、そういうのは2人だけのときにしてください」
双弥は苦笑いしながら3人を見ている。
失敗をしていいと言ったのは、きちんとやらないといけないと思って固くなっているみんなの気持ちをほぐすためではない。
失敗してもがんばる少女たちの姿に庇護欲をかられる性質を利用したいのと、回数を重ねる度に上手くなっていく、成長するアイドルというものを見せたいためだ。
娘の成長を見守るような、親心的なものを刺激するという算段でもある。
そうと知らないエイカたちは、どうせ素人が付け焼刃でやってるだけなんだから失敗して当然みたいな感じで受け取り、対抗心を燃やした。結果緊張は解け、震えも止まった。
3人は力強く、大歓声のステージへと降り立った。
「────まだアンコール鳴り止まないぞ」
「もう無理……。同じ曲3回も歌ってるんだよ」
「私もこれ以上は……」
今回のために練習したのは3曲。振り付けは簡易化させているとはいえ、覚えるのは苦労したはずだ。それをアンコールで3曲ずつ、計9曲やっている。リリパールでなくともへばって当然。精神的疲労は肉体にも影響を及ぼす。
あまり引っ張っても来客に失礼なため、終了を告げるため双弥が舞台へ向かおうとすると、町長がやってきた。楽屋だから関係者以外立ち入り禁止が通用しない相手なため、双弥はとりあえず要件を聞く。
「あの、なにかご用でしょうか」
「おお、きみが主催者か! いやとても素晴らしかった! ワシは決めたぞ、今日からこの町の名は『アーキ・ヴァルハラ』だ!」
「……マジっすか?」
思わず素で答えてしまう。うわさには聞いていたが、まさか本当に変えるとは思いもしなかった。
この世界初の『アニメとアイドルの町』が生まれた瞬間の話だ。
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