第191話

「家に戻らなくていいのか?」

「ええ。それよりも早く戦況を確認したいのです」


 現在、首都を越えファルイ方面へ50キロほど進んだ位置の上空にいる。キルミット軍の最終防衛ラインと思われるテント群をも通り過ぎ、まずは敵の姿を確認しようというのだ。

 大体、家に戻ったところでどうにかなるわけではない。そんなことよりも先に戦力である双弥たちを送り込むほうが優先だ。


「迅、もうちょっと上空へ行けないか? もっと先を見たい」

「これより上がると人の姿なんて確認……待て! あれはなんだ!?」

「え? ……うぉええええぇぇ!?」


 遥か先に蠢くなにかが見える。勇者として強化された視力でも、本来ならば微かに人が見えるかな程度の距離なのだが、なにやら異質なものがそこにある。

 更に接近してみると、それがおぞましいほどの人の群れであることがわかった。


「なにがあったのですか!?」

「あれは人の波……いや、軍の津波だ」

「ど、どれほどいるのですか!?」

「わからん……迅は?」

「ぬぅ……チャーチ」

「180万」

「…………だそうだ」


 もはや絶句しかできない。


「だだだ大丈夫だよみんな! ペルシア軍は200万もの軍勢を率いたことがあったらしいからね! それに比べれば些細なものさ!」

「ほとんど変わらねえじゃねえかよ!」


 しかも専門家の調査によると数十万だったのではないかとも言われている。実際に200万もの軍勢が動いたとは思えない。


「ですがおかしいです。ファルイにはそれほどの軍はいないはず。前回の戦争でかなりの大打撃を受けたとの報告もありますし……」

「連合じゃないのか?」

「情報が全くないのでなんとも……。他にわかるものはありませんか?」

「徽章が聖貴軍」

「はぁ!?」


 チャーチストの言葉でリリパールの声が裏返った。


「りりっぱさん、聖貴軍ってなに?」

「……神の名のもとに粛清を与える軍のことです。これは国と別です」

「だけど話だとファルイって……」

「ファルイの神殿が主体で行っているということでしょう。であればあの数は納得いきます」

「それで一体どこの神……聞かなくてもわかるか。創造神だな」


 双弥の解答にリリパールは無言で頷く。聖貴軍、それはこの大陸で最も信仰されている創造神のための軍であり、それには国の軍や騎士団シルバーナイト、ホワイトナイトと様々な戦闘職がいる。一騎当千と呼ばれたあの人や、最下層到達者ダンジョンマスターと呼ばれたその人も含まれていたりする。


 それにしても嫌なタイミングでやって来たものだ。というよりも最初から新勇者は捨て駒で、こちらが本命だった可能性がある。セィルインメイの多いキルミットと、タォクォを跨いだその先にあるアーキ・ヴァルハラ。聖貴軍の進軍は神の進軍であり、国境など関係なく通過してくる。双弥たちがアーキ・ヴァルハラで待ち構えていたとしても、キルミットを潰すことで力を減らされた破壊神ではこの行軍に勝てないと見ているのだろう。


「……創造神の軍勢か。嫌な予感がする。──突! シューティングタワー!」


 突然鷲峰がミニチュア東〇タワーを敵軍へ向けて打ち出した。だがそれは数キロ離れた程度の位置で掻き消えてしまった。


「まずい! 急速減速!」


 鷲峰の予感は当たっていた。あちらにはシンボリックが効かない。そうなると鷲峰では完全にお手上げだ。強くなったとはいえ彼ひとりで1万や2万も倒せるとは思えないし、もしその数を倒せたとしても焼け石に水である。


「かなりまずい事態だな。どうするか?」

「タービュラントで……だがそれでも難しいかもしれん……」

「そもそも目標がないのに撃っちゃ駄目って破壊神様が言ってただろ!」


 鷲峰の出せるタービュラント・シンボリックは地震と台風だ。最大の問題としては、ここがキルミット領内の、しかも公邸にほど近い場所であるということだ。どちらでも大被害間違いなし。被害規模が甚大過ぎて使えない魔法である。


「ならばどうすればいいんだ!」

「とりあえず最終防衛ラインへ行こう。そこにりりっぱさんたちを置いて行かないと……」

「そ、そうだね! あー、僕も戦いたかったところだけど、倒れたみんなを治してあげないといけないからね! それにアセットのことも守らないといけないし!」


 ジャーヴィスは喜色を浮かべた顔で残念そうに言う。当然全員がイラついた。


「迅、アセットを守ってやってくれ。よしジャー公、行くぞ」

「なんで!? 待ってよ! 僕がいないと回復が──」

「なんのためにりりっぱさんがいると思ってんだよ! アセットも大丈夫だから心置きなく戦ってこい!」

「できないよ! もしアセットになにかあったらどうするんだ!」

「なんだお前、迅じゃ力不足だとでも言いたいのか?」

「当たり前じゃないか! もし進軍が止まらなかったら迅は自分の妻だけ連れて逃げるに決まっている! 彼にはそういう血が流れているんだ!」


 鷲峰は無慈悲で冷たい血が流れているのだ。その証拠に上空5000メートルで待機しているDDNPからジャーヴィスを無常にも蹴り落した。


「さて面倒ごとは片付いたし、行こう」


 双弥たちは進路を戻し、最終防衛ラインであろう場所へ向かった。




「お兄様! お姉様!」

「リリ! リリじゃないか! おお、それに双弥殿まで!」


 最終防衛ラインは総力戦の構えであり、指揮官としてリリパールの兄たちがいた。そして双弥の姿を見て喜びを隠せずにいる。

 前回の戦争の功績を見れば納得だ。たったひとりでファルイ軍を打ち破り敗退させることをやってのけたのだ。彼がいれば士気も上がるしとても心強い。


 とはいえ度重なる攻撃に、キルミットの軍はもう2万ほどしか残っていない。死者数も相当だが、それ以上に怪我人が多い。

 今はケアレス航空のヘリで着いて来たジャーヴィスが救護に回っている。一応は役に立っているようだ。


「私は早速救護の支援へ回ります。それで……あれ? エイカさんたちは?」


 一緒に来たと思っていた双弥は戸惑った。彼女が迷子になるとは思っていなかったのだが、一体どこへ行ってしまったのだろうか。

 とりあえず会議用テントから出ると、いなかった理由がすぐに判明した。



「エッカ! エッカ!」

「こっちにアーセもいるぞ!」

「うおおぉぉ! リリ様! リリ様まで来られた!」


 あ~まぁ・すりぃぶの3人が揃っているのだ。セリエミニに変わった今でもこの3人を特別視しているものは多く、まさかこんなところで拝めるとは夢にも思っていなかっただろう。

 チャーチストもここにはいるのだが、全員揃ってセリエミニ。ひとり欠けるだけでライブに支障が出ることはわかっているため、空気を読みこっそり隠れている。


「お、お兄さん。どうしよう……」

「エッカ、元気よく!」


 双弥にそう言われ、エイカは深呼吸をして落ち着き、くるりと回ると右手を大きく突き上げ、叫ぶ。


「みんなぁー! 今回だけの、みんなだけのあ~まぁ・すりぃぶだよぉー!」


 大地を砕くかと思うほどの大歓声が響く。よくわかっていないものも、リリパールに手を振られると熱狂的に叫んだ。昔も今もリリパールはキルミットのアイドルなのだ。あ~まぁ・すりぃぶを知らなくともファンは国民の数だけいる。


 そしてライブが始まる。リリがメインに来るキミへのLIFEは回復魔法込みの歌だ。怪我を負ったものだけでなく、精神的に辛くなっていたものまで癒す。


 初めて聞いたものも、現代理論によって作られた音楽はとても体に心地よく、従来のファンと一緒になって騒ぐ。士気は最高潮にまで上がる。


 とはいえ数は圧倒的にあちらが上。とても勝てるとは思えない。今癒えたといってもまた傷つき倒れることは確定している。双弥は必死に頭を回転させるが、起死回生の一手が浮かばない。まだ距離があるとはいえ、あと1日もしたら到達してしまう。


 そのとき、双弥の前に背を向けた男が立っていた。鷲峰だ。


「双弥、ここは俺に任せてもらおうか」

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