第190話

 鷲峰はDDNPを出現させ、乗り込もうとすると何故かぞろぞろと後ろの席が埋まっていく。


「エイカ!?」

「お兄さん。今度こそついて行くからね」

「いや、しかし……」

「大丈夫。私には破壊神様がついてるんだから」


 今の破壊神はかなりの力を秘めている。刀からは語り掛けることしかできないが、戦力として増えるのであればかなり心強い。鍛えられた彼女の体であれば破壊神も力を充分に使えるはず。


「僕も行くよ!」

「てめ、どうやって抜け出した!」

「ははっ。あの程度で僕をどうにかできると思わないことだね。僕だってシンボリックが使えるんだよ」

「そういやそうだったな。でもなんで一緒に来るんだ?」

「決まってるじゃないか。あの場にいたらSMの世界の住人であるジークがまた僕を縛ろうとするからね。ほとぼりが冷めるまで──」

「おい迅、ちょっと待っててくれ。ジーク呼んでくる」

「待って! ジョークだよ! キルミットには恩があるんだ! 僕程度の回復魔法でも役に立てられればと思って行きたいんだ!」


 ジャーヴィスはキルミットで回復魔法を学んでおり、双弥もそのおかげで助かったこともある。この申し立てを告げられては断ることができない。

 しかしあのジャーヴィスだ。一緒に行くのはかなりの不安がある。


「ソーヤが不安に思うのはわかってるよ。だからワタシも行くんだ」


 手綱アセットがあるなら安心だ。双弥はジャーヴィスを快く迎えたのだが、何故か彼は憤慨している。もっと自分を信用してくれと。

 そしてもうひとり不満そうな顔をしている人物がいる。エイカだ。


「なんでアセットさんはそのまま乗せるの?」

「アセットはジャーヴィスの保護者だし、あいつは回復班として後方支援をしてもらうから危険じゃない。でもエイカは前線に赴くつもりだろ?」


 回復魔法が使えるといってもリリパールだけが常識外れなだけで、通常ならば治すのに結構な時間がかかる。アセットはその間、止血を手伝ったりジャーヴィスの頭をひっぱたいたりしてもらうつもりだ。前線が圧し潰されない限り後方は問題ない。


 そして今回アルピナさんはお休みである。前回の結果を見たらそうせざるを得ない。


「迅」


 そしてまた引き留めるように言葉を発したものがいた。新妻チャーチストである。


「……いや」

「迅」

「駄目だ」

「迅!」

「……それだけは……」


 傍から聞いていたら全くわけのわからぬ会話だが、鷲峰は項垂れ、チャーチストは満足そうな顔で鷲峰の隣の席へ座った。ちなみに今の会話を訳すとこうだ。


「迅、私も連れて行って」

「いや、危険だから連れていけない」

「どうしても駄目なの?」

「駄目だ。もしものことがあったらどうするんだ」

「じゃあ迅が毎晩私にアニメの衣装を無理やり着せて困っていることをみんなにバラすから」

「わかった、連れて行くからそれだけは勘弁してくれ」


 鷲峰は着せたうえでいやらしいことをしている。最悪だ。これを世間に公表されたらきっと表を歩けないだろう。それどころか双弥に殺される可能性が高い。やっぱり無理やりじゃないかと。しかも着せた後の行為が大問題だ。双弥からの99パーセント嫉妬による殺意のこもった攻撃が始まってしまう。秘密にするしかない。


 そんな感じで3組はDDNPへ乗り込み空を駆けた。




「りりっぱさぁん!」

「そ、双弥様!?」


 急いで着かないといけないため、馬車ではなく騎乗の人となっていたリリパールに追い付いた双弥たちは、話をしようと馬を止めさせた。


「りりっぱさん、それは無茶だよ。馬で何日かかると思ってるの?」

「ですがこうでもしないと間に合わないと思い……」

「もっと俺を頼ってよ。確かに俺がさっき対応していたことも問題だったけどさ、戦争とかに比べたら些細なこと──なんだよ迅」

「お前に頼ってどうする。移動手段はないだろ。背負って行くつもりか?」

「そうだけどさ、こういうときそういう茶々を入れないでくれよ!」


 とりあえずリリパールには馬を降りてもらい、DDNPへ乗り換えさせる。大体、貴族だから騎乗経験くらいはあるとはいえ長時間乗るのは別の話で、両親兄姉から大事に育てられたリリパールの真珠のような尻──便宜上尻パールと呼ぶ──が耐えられるはずない。たちまち砕けてしまう。


 リリパールもそれくらいはわかっていたが、最悪の場合は回復魔法で鞍擦れを治しながら進むつもりであった。だがそんなことを繰り返していると丈夫になってしまい、折角の美しい尻パールが象の皮膚のようになる。

 双弥は眉間にしわを寄せた。尻の皮が丈夫なアイドルなんて誰が崇めるというのか。アイドルの尻はホットミルクの表面にできる膜よりも繊細でなければいけない。そう考えている。

 だが現代のアイドルと異なり、この世界のアイドルは露出が少ない。誰も見れないのだからいいではないか。それでも彼は拘る。


「りりっぱさんの体はもう自分だけのものじゃないんだから、手荒に扱ったら駄目だよ。もっとプロ意識を持たないと」

「いいえ、私はアイドルよりもキルミットを選びます」

「じゃじゃじゃじゃあ俺とキルミットだったら?」

「キルミットです」


 双弥は唖然とした。ひょっとしてこいつ俺に気があんじゃねえの的な妄想を抱いていた相手が、まさか即答で断って来るとは思ってもみなかったのだ。なに勘違いで自惚れてんだみっともねー的な状況である。


「リリパール様はキルミット大好きだもんね。じゃあお兄さんは私──」

「なので双弥様が婿養子へ入れば全て解決します。ソウヤ・キルミット。いいじゃないですか」


 エイカは戦慄した。断ったかと思ったところにまさかのプロポーズ。下げて上げる作戦。リリパズス、なんて恐ろしい子。


 彼女は公爵家という家柄でありながら継承権はないため余計な争いに巻き込まれず、それでも安泰な生活を送れる。双弥も相当な資産を持っているが、放っておいても金の入るリリパールとは違い、使えば減ってしまう。

 それも国が安泰であればという前提だが、これでまたファルイを撃退したら他の国はもう手を出そうと思わないんだろう。少なくとも双弥がいる限りは。

 つまり双弥を手に入れれば国も自分も嬉しい。一挙両得なのだ。


「でもなんつーか、入り婿って立場弱そうじゃん? 家庭内ヒエラルキーで言えば最下層みたいな」

「公邸から離れて暮らせばいいんです」


 あっけらかんと返される。

 実際のところ、影響力のある人間があまり離れて暮らすのは宜しくない。気付かれぬようこっそりと国家転覆を企んでいるのではないかと勘繰られる可能性があるからだ。特に自分たちのことをよく思っていない上層部が、ありもしないことを吹き込んだりするかもしれない。火のないところに煙は立たぬと言うが、離れて暮らすということ自体が火なのである。


「そんな話をしていられる余裕あるのか?」

「あっ」


 それどころではないのだ。今はまさにそのキルミットが存亡の危機である。

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