第189話

「じゃあとりあえず折角の異世界なんだからある程度満喫してから帰るという手筈でいいんだな?」


 皆それに同意する。異国であれば行くことは可能だが、異世界は無理だ。だったらできる限り楽しんでから帰ろうという話である。

 しかも勇者という、もし危険な目に会うとしたら他の勇者からでしかないくらい安全な状態だ。もはやスー〇ーマン状態。


 懸念していた少女も、初めて自分の住んでいる町と異なる場所へ行けることに多少の興味はあるようだ。


「決まり! とりあえずきみのお名前教えてくれるかな?」


 双弥は少しかがみ、少女と目線を合わせて聞いた。何故彼女だけに聞いたのかはさておき、名前を知るのはコミュニケーションをとる上で重要だ。


「えっとね、バルキスだよ」

「ほぉ、シバの女王か」


 ジークフリートが会話に割って入ったため、双弥は若干むっとするが、名前の意味がわかったことで少し感心する。まずシバの女王がわかっていないのだが。

 そこへ更に割り込む男がいた。ロリコン鷲峰だ。


「そういえばバルキスの定理というものがあったな」

「なんか難しそうだな」

「至極単純だ。この言葉を使えば賢そうに聞こえるというだけの代物だ。実際にそんな定理は存在しない。まあバカの使う言葉だと思っておけばいい」

「わ、わたしバカにされてるの?」


 悲しそうな顔をするバルキスに鷲峰は平謝りから土下座へと流麗な動きで移行する。そして双弥たちは思う。バカはおまえだと。


 だがバカとはいえ鷲峰は同志だ。双弥は助け舟を出す。


「で、シバの女王ってなんだ?」

「おれっちもそこらへんよく知らんが、確か旧約聖書でソロモン王に会ったとかそんな記載があった気がする」

「じゃあ僕が説明するよ!」

「お前そういうの好きそうだもんな。でもいいや」

「ホワィ!?」

「どうせ解かないと思い出せないーとか言うつもりだろ? 駄目だ、暫く縛られていろ」


 ジャーヴィスの吐く呪いの言葉はとどまることを知らない。再びぶつぶつと怪しげなことを言い出す。もちろんなんの効力もないため無視する。


「そんなわけでバルキス。俺が町を案内するよ」

「おれっちとしてはお前に任せたくねえな。そうだ、お前んとこの嬢ちゃんたちに任せるのはどうだ? 歳もそんな変わらねえだろうし」


 双弥は呪いの言葉を口から溢れさせた。内容を柔らかく翻訳すると、この野郎、余計なことを言いやがって。俺が案内したかったんだ。できればお兄ちゃんとか呼んで欲しかった。こいつさえ居なければ。こんな内容である。


 とはいえ双弥はつい先日、少女絡みのことで大失敗をしているため、若干のトラウマを抱えている。だから代理としてエイカやりりっぺを使うのは仕方がない。

 だがあのふたりは今や町のスーパーアイドルなのだ。いや、もはや町だけでは済まず、領内の、国の人気者となっている。商売の匂いを嗅ぎつけ近付く商人までもが虜になる始末。変装でもしなければまともに家から出ることもできない。


「うーん、エイカたちは普通に町を歩けない立場だからなぁ。うちのゴスロリ少女隊もまだ町をよく知らないだろうし……」


 こういったことを考えるのは下手な奏弥は、とりあえず家に戻ってエイカたちに相談した方がいいと提案。他の新勇者たちもお屋敷である双弥の家で休めるのと、現代日本と異世界の融合したアーキ・ヴァルハラに興味津々のようで、町の中心へ向かうことになった。



 そしてようやく町での暴動に気付くことができた。



「おいどうなってんだ双弥!」

「俺だってわかんないよ!」


 アーキ・ヴァルハラの一角にあるセリエミニのステージがある広場。ここを中心に人々が暴れまわっている。周囲には守衛などを配備していたが、それでも抑えきれるか微妙なほどだった。


「なにがあった!」

「しょ、所長! 大変です!」


 なんとか潜り込み、守衛のひとりに双弥は訊ねた。そしてこうなった原因を聞いて頭を抱えることになった。



 リリが行方不明になった。


 セリエミニの顔とも言える一番人気、ご存じリリパールがいない。これは一大事である。しかもメインがひとり欠けるという想定をしていないで練習をしていたエイカたちも舞台に立つことができず、かといってこの混乱を鎮めさせる手段を持ち合わせていないため避難するしかできなかった。


「一体なにがあった!?」

「お、お兄さん! 大変だよ!」


 楽屋へ入るなり、エイカが双弥へ駆け寄ってきた。


「りりっぱさんがいなくなったんだろ? わかってる」

「ううん、居場所はわかるんだけど……」

「あれっ?」


 話が違う。だがエイカの説明で納得せざるを得なかった。


 キルミットが再びファルイから攻められているという情報が早馬により入った。しかも以前とは違いかなり深くまで入り込んでいる。ルートから判断するに、狙いはキルミット公邸のある首都。早馬とはいえそれなりに日数がかかっているため、現在はかなり深刻な事態に陥っている可能性が高い。これを聞かされて大人しくしていられるリリパールではない。


「なんで俺のとこに来なかったんだ……」

「お兄さんはお兄さんじゃないとできないことがあるからだよ。そしてそれをやっていたんだから、リリパール様が自国のことで割り込むことはできないよ」


 双弥は今や新旧勇者連合のまとめ役、正しく役割を言うならば責任の行き所なのだ。単独で好き勝手に動き回れる立場ではない。

 それでもやはり、リリポンヌのことは放っておけない。エイカほどではないが一緒に旅をし苦楽を共にした仲間だ。よく暴走するが可愛いし、いい匂いがするし、なにより自分を慕ってくれている。そんな少女を双弥が放っておけるはずがない。


「迅、悪いが──」

「わかっている。行ってこい。こっちは俺がなんとかしておく」

「いや、そうじゃなくて乗り物を……」

「ああ」


 まさか足で追いかけるわけにはいかない。双弥なら走れば馬程度のスピードであればすぐに追い付くだろうが、追い付いたあとどうにもできない。リリパールを背負って走れというのか。


「なになにー? なんの話ー?」

「戦争が起こってるらしいから、ちょっと行ってくる」

「せんそーなんて危ないよ。へーわにいこーよ、へーわに」


 ギャル勇者に言われなくとも大抵の人はそう思っている。だが利権を求めるものは現状で満足などできないのだ。

 ただ、だからといって戦場で平和を叫ぶほど双弥は間抜けじゃない。非道にはなれなくとも、武器を持って戦うことくらいはする。


 実際のところ、双弥が出てきてしまえばファルイ軍は怯え逃走してしまうだろう。アルピナの速度は人が認識できるものではなかったため、双弥がひとりであれだけの殺戮を行ったと思われているのだ。逆に彼がいるだけでキルミット軍の士気は向上し、期待以上の戦果をあげることができる。


「てかいきなり襲ってきたのに平和を唱えるのか」

「敵を倒せばへーわになるじゃん」


 なんという性格。自分が納得できればダブルスタンダードも厭わない。むしろなにも考えていないのではとすら思える。

 しかし双弥らは彼女に多大な恩義を感じている。だからこれ以上余計なことを言わずそっとしておくことにした。


「とにかく迅には来てもらいたいんだ。DDNPを使わせて欲しい」

「うぬぅ、そういう理由では仕方あるまい。ではジークフリート、この場を頼む」

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