第192話

「迅……」


 そう言ってもらえるのは嬉しいが、実のところ鷲峰がこの状況で役に立てるとは思っていないのもまた事実。双弥がそう思っていることも鷲峰は想定済み。それでも彼は不敵に笑う。


「お前は東京の地下鉄がどれだけ入り組んでいるか知っているか?」

「えっ? ああ。いろんな線が並走していたりあちこちへ向かってとんでもないことになってるよな」

「それをここに出したらどうなると思う?」

「出したところで意味ないだろ。それに向こうはシンボリックを消す……あああ!」

「どうやら理解できたみたいだな」


 双弥もわかったようだ。

 地下道が張り巡らされているのに地上が崩壊しないのは、コンクリートの壁と柱によってしっかりと支えられているからだ。それが消えたらどうなるか。

 しかもそれを浅い位置で、そのうえ範囲を縮小して行えば……。


 向こうが大軍で押し寄せるのならば、その大軍があだとなるようにすればいい。大勢の行進は地面へ相当な振動をもたらす。支えのない穴があれば容易く崩落するだろう。しかも一か所崩落が始まれば、その周囲は途端に強度が落ちる。連鎖的に崩れれば大量に巻き込める。

 それに東京の地下鉄は入り組んでいるだけでなく、交差しないようかなり高低差がある。最下層まで落ちれば自力で戻るのは難しい。


「よく思いついたな」

「以前ジャーヴィスとフィリッポが生き埋めになりそうだったという話を思い出したんだ。設置するならまだシンボリックの使える今しかないだろ」

「シンボリックが消されることを逆手に取れるのはいいな。創造神の悔しがる顔が目に浮かぶ」


 全滅は無理でも、できれば半数は削りたい。それだけ減らせれば相手の士気はだだ下がりになるし、相当数の怪我人がいれば救助のために人を割かなければならず、実際に戦える兵の数は2割いればいいくらいになるだろう。


「双弥、迅、僕は凄いことを閃いたよ!」

「……さて、そうなるとどこへ設置するか考えないとな」

「あと傾斜を付けようと思う。こちら側が浅く、向こうが深くだ。そうすることで巻き込める範囲が広がる。ああ、あと実際には使われていないが存在する線もあるのを知っているか?」

「え? 都市伝説っぽいやつか? 旧日本軍が使っていたみたいな」

「聞いてよ! 僕の天才的なアイデアを!」


 ジャーヴィスは無視されたことで怒りを露にしているが、鷲峰以上の策があるとは思えず双弥は迷惑そうな顔を向ける。


「おい、治癒はどうしたんだよ」

「リリパール姫が今ノリノリだからね。僕が加わっても大差ないんだ」

「ああそうだな。んで、なにが閃いたんだ?」


「きみらの国にあるH〇Aってミサイルを──」

「ロケットだふざけんな!!」


 双弥は激怒した。あまりの勢いにジャーヴィスの腰が引ける。言ってはいけないことをもっと学ぶべきである。


「ソ、ソーリィ。それで、ロケットに石をいっぱい積んで飛ばすんだ」

「……なるほど。シンボリックが消えた時点で石が超音速で繰り出されるわけか」

「イエス! 時速数万キロのクラスター爆撃だね!」


 通常のミサイルや銃弾の数十倍の速度で繰り出されるのだ。壊滅的な打撃を与えられる可能性は高い。


「でもそれって超大量殺戮だよな」

「双弥、これは戦争なんだよ。しかも大昔の戦争だと敗北したら国民全員殺されるかもしれないんだ。この野蛮な世界ならありえるよ。それにこの世界には怪我をしても治せる魔法があるんだから、中途半端な打撃を与えてもまたすぐに復帰できるんだ。そんなことを繰り返していても長引くだけだし、数の少ない僕らのほうが疲弊しやすいから時間が経つほど不利になるんだ」


 ジャーヴィスの言うことは尤もで、補給さえしっかり行えれば、数の多いほうが圧倒的に楽なのだ。瞬殺するのもいたぶるのも。


「大体、お前がやるわけではないだろ。ひとが汚れ仕事してやろうというのにお前が苦情を入れられる立場ではないことくらい理解しておけ」


 シンボリックを使うため、どうあっても双弥はできない。口を出すのは筋違いだ。


「そうだよな。俺の考えが甘過ぎた。頼んだぞ、迅。せめて石積みくらいは手伝わせてくれ」

「ああ。石は実物でないと意味ないからな。任せるぞ」


 こうして空と地下からの攻撃方法が決まった。


 ちなみにこの戦争に双弥が参戦した時点で、戦闘の主役が双弥になる。ということはつまり、これから先なにが起ころうと双弥の功績になる。この後、世界で最も多くの殺戮を行ったものとして双弥の名が語り継がれることを理解していないのは、この場にいる勇者3人のうちでは双弥だけであった。




 翌早朝、双弥たちがせっせと戦闘準備を行っていると、敵軍側から数頭の騎馬が三色旗を掲げてやってきた。


「……フランス?」

「フランスは青白赤だろ。あれは赤青白だ」

「りりっぱさん、あれはどういう旗?」

「あれは使者の旗です。恐らくは降伏勧告と思われます」


 数十倍の軍の差があるのだから、当然受け入れるだろうということが前提でやって来ているはずだ。まさかこちらに双弥たちが来ているとも知らずに。


「おっ、あれマリ姫じゃないか?」

「うむ、そうだな」


 前回酷い目にあっているはずだが、よく顔を出せたとふたりは感心している。


「リリパール! おられるのでしょ!?」

「なんでしょうゴミ姫」

「ゴ……!? こ、この状況でよくもまあそのような口を叩けますわね」


 本来ならば逆のはずなのに、余裕がありそうなリリパールに対し、怒りを堪えぷるぷると震えるマリ姫。しかしマリ姫も余裕がありそうな表情を繕う。


「ふ、ふん。そんな顔をしていられるのも今のうちですわ。圧倒的戦力により、こちらの方が断然有利。後で泣きついても──」

「ハエがいくらたかったところでハエはハエです。ブンブンとうるさいのでさっさと消えてもらえませんか? 神聖なるキルミットの土地が穢れます」


 リリパールのこの台詞でマリ姫のなにかが切れた。怒りの形相で他の騎馬へ手を挙げ合図すると、武器を構えて前へ出てきた。


「なにが神聖よ! こちらは聖貴軍よ! 今ここで思い知らせてあげるわ!」

「使者のふりして攻撃ですか。どこまで落ちぶれているのでしょうねこのボウフラ姫は」

「きいぃぃぃっ! こ、この小娘を捕らえ──」

「おっとそこまでにしてもらおうか」


 リリパールの前に双弥が立つ。すると真っ赤になっていたマリ姫の顔が真っ青になる。


「あ……あなた、何故ここに!? 他国の町でトラブルに巻き込まれているはずでは……」

「何故もなにも、キルミットのピンチに駆けつけないわけないだろ」


 いるはずがないと思っていた双弥がここにいる。これは相当焦っている。だが深呼吸をし落ち着くと、無理に勝ち誇ったような笑顔を見せる。


「ま、まあいいですわ。段取りが変わっただけのこと。今の状態でも問題ないはずですわ!」

「なんの話だ?」

「これであなたの最期よ! 聖剣の儀!」

「なっ!?」


 マリ姫が天へと手をかざすと、空も地も、全てのものが渦のように回り出した。


「くっ……双弥!」

「わかってる! だけど動けないんだ!」


 今まで感じたことのないほどのプレッシャーが双弥たちを襲う。精神が委縮してしまい、体が思うように動けない。


 そして渦が消え、そこに現れたのは全てを集めたかのような一振りの剛剣。それをいつの間にか現れた男によって掴まれた。

 歳のころなら70から80の老人。無限の如く後退した額。いや、もう既に髪はない。そして以前見かけた土塊にそっくりな容姿。


「……創造神か!」

「貴様だけは許さん! 儂自ら地獄へ永遠に葬ってやる!」


 双弥の手は震え、刀の柄をまともに握れないでいた。

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