第82話

「──で、あの狐のレディはどこへ向かってるんだい?」

「さあ……。俺に聞かれても」


 双弥とジャーヴィス、それに女性陣はアルピナの進む道を辿っていった。

 正確には辿っているわけではなく、ついて行っているだけなのだが。


 なにせアルピナは長い尻尾でピシッピシッと地面を叩き足跡を消しているのだ。後に残るのは双弥たちの足跡だけである。

 そして砂漠に適したアルピナの歩みは速く、一番遅いアセットは徐々に離されている。


 ジャーヴィスは紳士らしく気にしながら進んでいるが、彼もアルピナを見失うわけにはいかないため行ったり来たりを繰り返している。


 リリパールは双弥たちと共に体を鍛え始めていたためまだなんとかなっているが、甘やかされて育ったうえにずっと車で移動をしていたアセットには厳しすぎる状況のようだ。


「なんで……ワタシがっ……こんな、目にっ」


 皆にとってはなんてことのない距離でも彼女はついていけていない。今まで怠けていた成果がここに現れたのだ。

 これは完全に育ちの違いである。同じ末っ子同士であり、リリパールのほうが比べ物にならぬほど家の格は上であるが、国のため尽力し、耐え続けたリリパールとただ我侭なままに育てられたアセット。

 彼女はこんな目に合うのをジャーヴィスのせいだと彼の背中を睨みつけている。


 なんて誰も興味のない我儘娘の話はさておき、後ろをものともせずひたすら歩き続けるアルピナ。砂漠を歩き少し気分が良さげだ。

 ちなみにアルピナは我儘を通り越しもはや暴君であり、全てが許される世界の王なのだ。異論は双弥が認めない。



「それで彼女はどこへ行くのかな」

「多分砂漠から出られる……はずなんだけど」


 なにせあのアルピナである。余程のことがない限り双弥を助けるとは思えないのだ。

 あとはエイカやリリパールにどの程度懐いているかによる。きっと大丈夫だよねと目を向ける。


「あとどれくらい歩けばいいのか聞いてみてくれないか?」

「自分で聞けよ」


 どちらにせよ双弥が聞いたところでアルピナが答えてくれるわけではないし、そもそも聞いたところでアルピナには距離という概念がない。刃喰よりもわかりづらいのだ。


「じゃあそろそろ休憩してもらえるよう伝えてくれないかな。僕はもう疲れたよ」

「何言ってるんだ。お前は聖剣の力で……」


 最後まで口に出さずともジャーヴィスの意図が理解できた。

 彼は紳士であり、さりげなく女性に気を使う。自分が周りに迷惑をかけるふりをしてアセットを休ませてやりたいのだ。


「わかった。エイカーっ、ちょっと今後のことを話し合いたいからアルピナを止めてくれないかーっ」


 双弥もまたジャーヴィスに気を使った。男の友情である。




「それで今後のことというのはどういうものでしょうか」

「うん。今こうやって歩いていた限り魔物とかは出なかったけど、そろそろ用心したほうがいいと思うんだ。アルピナも砂漠に出る魔物とか知らないだろ?」

「知らないきゃ」


 砂漠に適する進化をしたくらいアルピナの種族は長いこと砂漠で暮らしていた。だがアルピナ自身は砂漠の育ちではないため姿すら知らない。

 そしてここは異世界だ。ひょっとしたらモンゴリアンデスワームくらいいてもおかしくはない。

 そもそも地球に火や毒を吐き電撃まで発する生物なんていてたまるか。UMAは永遠にUMAのまま終わって欲しい。


「確かによくわからない生物に襲われるのは危険だよね」


 エイカもぼちぼち戦闘を重ねているためわかってきているようだ。一番厄介なのは攻撃力が高い敵よりも何をしてくるのかわからない相手である。


「簡単きゃ。逃げればいいのきゃ」


 エイカとリリパール、そして双弥がため息をつく。アルピナだったら新幹線からでも逃げられるかもしれないが、人間はそうもいかない。

 ただでさえ砂のせいで足を取られるのだ。そしてここに棲む魔物といったら当然特化しているはずである。

 たまに何か言ったと思えば自分基準で、しかもハイエンドなスペックを要求してくる。さすがにそろそろかわいいだけでは済まされない状況だ。


「でも許す!」


 突然双弥は立ち上がり脈絡もない言葉を出し、皆頭の上に「?」が浮かんでいる。

 そこでジャーヴィスは何かを思い出したように手を叩いた。


「双弥、それ知ってるよ! ジョジョだよね! 日本のコミックスだ!」

「ぜんっぜんちげぇ!」


 相変わらず的外れな知識を披露するジャーヴィスに、双弥は呆れつつも笑みが溢れる。


「双弥様。そろそろどうするか決めていただかないと時間ばかりが経過してしまいますよ」


 リリパールの突っ込みに双弥は慌てた。彼女の言う通りあまりのんびりしていられないのだ。

 あまり休憩を長く取り過ぎても体が動かなくなってしまう。動けるうちに動いたほうがいい。


「じゃあそろそろ動くか……。なあジャーヴィス」

「なんだい?」

「地球だと砂漠の生き物ってどんなのがいるっけ?」

「そんなことも知らないのか。いいかい双弥。砂漠ってのは水もなければとても熱いんだ。ということは水分が極小で済み、体面積が小さくないと生きられないんだよ」

「ん? じゃあライオンやゾウは?」

「双弥はナショナルジオグラフィックをよく見るべきだね。彼らが住んでいるのはサバンナで草木が生えている場所さ」


 ということは今までの話が無駄ということになる。

 地球の砂漠は大抵片手より小さい生き物ばかりで、大きくてもサイドワインダーくらいだ。ラクダは砂漠でも耐えられるだけであり生息しているわけではない。

 アルピナも砂漠に生息している種族といえど、必ず水などが近くにある場所で暮らしているのだ。こんな砂しかないところで暮らすほど間抜けではない。


 早くそれを言えとばかりにヘッドロックをジャーヴィスにかます。必死にタップしてギブアップを伝えるが、双弥はノーと言える日本人なのだ。まだ許さない。


「とにかく休憩はここまでにしよう。もしもう動けないというのならばアセットは俺が背負っていくから」

「そんなこと双弥にさせられるわけないじゃないか。彼女はあくまでも僕の仲間だからね」

「本音は?」

「決まってるじゃないか。それで彼女が双弥を気に入って僕のもとから離れるのはごめんだからだよ」


 双弥は脇に抱えたジャーヴィスの頭に力を加えた。



 ごきりという音がした数分後、双弥はジャーヴィスを背負って歩くはめになってしまった。

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