第83話
「────あれ? ここは?」
双弥の背中で目覚めたジャーヴィスは辺りを見渡した。だが砂ばかりで、他に見えるのは松明を持ったエイカといつもの面々。
何かおかしな気もするが、先ほどから大して変わったわけではなさそうだ。
「おぅ起きたか」
双弥の声に寝ていた、あるいは気を失っていたのだと気付く。
ジャーヴィスは自らの身に何が起こっていたのか思い出そうとする。
あのとき双弥からヘッドロックをされ、嫌な音が聞こえたところまでは記憶にあった。ということはあれが原因で今こうなっているのだ。
「なんてことをしたんだ! 危ないじゃないか!」
突然暴れだすジャーヴィスを鬱陶しがり、双弥は放り出した。大概な男である。
「暴れるなよ」
「暴れるよ! ひょっとしたら死んでたかもしれないんだぞ!」
今更暴れたところで後の祭であるが、ジャーヴィスはそれでも暴れることを選んだ。人生の選択のひとつである。
「まあそんなことよりさ……」
「そんなことだって!? 僕の命をそんなことで済まそうというのか!?」
やかまし英国人である。双弥は面倒くさそうにしつつもジャーヴィスの肩を掴んだ。
「今そんな言い争いをしている場合じゃない。本当に死ぬかもしれないぞ」
「何を言ってるんだ! 僕は──」
と、そのとき最初に気付いた違和感の正体がジャーヴィスにもわかった。
周りの風景が本当に砂しかなかったのだ。空すらも見えない。
松明の明かりで照らされている部分だけだが少なくとも空が見えない以上、ここが外ではないことがわかる。
こんなことになったのはジャーヴィスが気を失っていた10分前の出来ごとである。
「ごめんなエイカ。俺の荷物持たせちゃって」
「ほんとだよ。もう少し加減してあげなきゃ」
流石にエイカだって文句も言いたくなるだろう。
双弥が持っていた荷物には水が25リッターが含まれている。鍛えているからといってエイカが持てる重量ではないため、双弥はメインのリュックを前にかけサブの荷物を預けている。
それにはいざというとき用の水が5リッターに干し肉などの保存食が入っており、重量的には8キロほどある。エイカはエイカで荷物があるため邪魔なのだ。
リリパールも謎の封印された荷物を背負っており、エクイティも様々な食材や調味料、それと本も運んでいる。何も持たず歩いているのはアルピナとアセットだけである。
「ん」
そんなアルピナの方耳がピシッピシッと動いた。何かを感じたようだ。
「どうしたアルピナ」
「地面が湿ってるきゃ」
双弥はかがめないため、エイカが代わって地面の砂を掴む。するとどう見ても乾燥しており手からさらさらと抜け落ちている。
水分は全く感じられない。しかしアルピナがあると言えばあるのだ。それがアルピナと珍妙な仲間たちの掟。
すると突然アルピナが大きく跳躍した。不審に思った双弥が声をかけようとしたとき、突然足元がゴバァっと音を立て底が抜けた。
「ちょっ」
「えっ……えええええ!」
「いやああぁぁぁ!」
こうして滑り落ち、双弥たちは謎の空洞に到着したのだ。
「で、この穴は一体なんなんだい?」
「さあ? 少なくとも……」
少なくとも、なんだろうか。双弥も何がいいたかったのかその先の言葉が出ない。
壁面となっている砂に手をつけてみると湿っており、これのおかげで崩れず形成されていることが伺える。
早く上に戻りたいところであるが、状況は最悪とも言い切れない。
この穴がどこまで続いているかわからないが、砂漠の端まで届いていれば僥倖だ。このまま崩れなければ日中でも太陽を避けて歩くことができる。
「もうやだ! ワタシ帰る!」
ずっとぶつぶつ言っていたアセットが突然叫びだした。車での移動は暇だが徒歩とは比べものにならぬほど体力の消耗はない。彼女はもう限界を迎えていたのだろう。
それでもこんな場所で言ったところでそれが叶うことはない。少なくとも脱出してからでなくば何も始まらない。
「帰りたいのはわかりましたが、ここで立ち止まってもどうにもなりませんよ」
声をかけたのはリリパールであった。彼女もアセットに対して色々と思うところがあるのだ。
地位はあまりにも違うが、何不自由なく甘やかされて育った2人。性格の根本は似通っているにも拘わらず、実際の行動は間逆だ。
耐えるリリパールと耐えることを知らぬアセット。この違いは覚悟の差だ。それは地位の差でもあった。
立場というものを考えると自分勝手なことはできないし、全てに責任がつきまとう。
幼くしてそれを理解していたリリパールのほうがあまり子供らしくなかったわけだが、アセットは年齢より幼稚な印象を受ける。
「り、リリパール様はこんな目にあっているのにくやしくないんですか!」
「あなたは何をくやしがっているのですか?」
自分のような富豪の娘がこんなことをしていることに、ということなのだがそれ以上の存在であるリリパールにそんな言葉が通用するわけがない。
「だっておかしいですよ! 納得がいきません! 何故ワタシたちのような人間がこんな惨めなことをしないといけないんですか!」
「……これだから下賤は」
双弥以外の相手にリリパールの口が悪くなっている。どれだけ怒っているのだろうか。
アセットはチッと舌打ちをし、それと同時にリリパールの目が据わった。
「何ですかそれは」
「下賤で悪かったですね! ご領主様はそうやって下々の人間を馬鹿にできていいご身分ですね!」
それを聞いてまたリリパールの目が変わった。失望を通り越してもはや人に向けていい目ではなくなっている。
「馬鹿にされるのはそういう態度をしている己のせいです。周囲の反応はあなた自身を映す鏡です。あなたがみっともないのを私のせいにしないでください」
感情の篭らぬ声で淡々とアセットに伝えた。言い返せずくやしそうに歯を食いしばる少女は黙りこくった。
誤解のないようにしたいのは、リリパールは決して庶民を馬鹿にしているわけではない。
人間、特に国民はひとりひとり全て特別なものであり、一括りにするつもりはないのだ。そんなリリパールが下賤だなんて罵るなんて余程のことである。
「双弥、僕はあの姫様が怖くて仕方ないよ」
「言うな。俺だって怖いんだから」
男性陣は戦々恐々だ。リリパールが恐ろしいのは双弥も散々知っていたが、傍から見るとそれが余計に恐ろしく感じられる。
なにせいつも怒られ役は双弥であり、他人が怒られている姿を見たことがなかった。そのせいか自分まで怒られている気分になってしまう。
「ほらこういうときは止めてやれよ英国紳士」
「それは違うよ。女性同士の問題は女性がなんとかするべきだからね」
お互いどうあってもなすりつけたいらしい。
2人はまず大人の女性、エクイティを見る。そして彼女の我関せずといった態度にため息をつく。
次にリリパールと仲の良いエイカを見る。何を言いたいのか理解していた彼女は既に両手を上げていた。
何が何でも自分からあの中に入りたくない双弥は神に祈ることにした。
まずおそなえものの干し肉を出し、よく揉む。こうすることで臭いが強くなり、更に食べやすくなって神がお喜びになられることを経験則から知っていた。
そして召喚呪文をそっと唱える。
「アルピナー。ごはんだよー」
「早く寄越すきゃ!」
皆が落ちて1人だけ助かったはずのアルピナは何故か既に双弥の横でスタンバイ。そっと渡すと奪い取り、周囲を警戒しながら貪った。
そして食べ終わったころを見計らい、双弥は願いごとを伝えた。
「りりっぱさんはアルピナの仲間だよね」
「そうきゃ」
「今あそこでね、りりっぱさんが怒ってるんだよ。なんとかしてあげられないかな」
「おけきゃ」
基本双弥の言うことを聞いてくれないが、エイカとリリパールが絡むと話は別だ。2人のためならある程度のことはしてくれる。
「ぶげぇ」
そしてアルピナがやってくれることは実にシンプルだ。今回はアセットを目にも映らぬ速度で蹴り飛ばし、気を失わせた。ワイルド系……いや、ワイルドそのものである。
あまりの鮮やかな仕事っぷりにリリパールは一瞬何ごとか理解できなかった。
完全にやりすぎ感はあるが、叱ったところでアルピナがそうそう反省することはなく、根気よく教えたところで徒労に終わる確率が高い。
仕方ないのでリリパールは苦笑いしつつもアルピナの頭を撫でる。自分(アルピナ)的にいいことをしたうえに撫でられ気分が良さそうだ。
約束通りジャーヴィスがアセットを背負い、双弥がジャーヴィスの荷物を持つ。結局荷が減らなかったエイカは少し頬を膨らませていた。
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