第22話
「さてどうするか」
ブレストプレートの剣士が商人に尋ねた。
このまま進むか一度退くかを決めてくれと言っているのだ。
「まあ待て。で、相手は」
「それが……実は獣人だったんだ」
その言葉に双弥とエイカ以外の全員が緊張した。
エイカは普段通りであり、双弥は若干嬉しそうだ。
(獣人いるの!? マジで!?)
さすがファンタジー世界だと今更ながら実感してきたようだ。
なにせ今まで町や村をいくつか通ってきたが、獣人なんて1人も見たことがなかったからだ。
そんな三様の中、商人が発した言葉は
「……このまま進むぞ」
これだった。
「待て待て。獣人だったら話は別だ。ここは一旦戻るべきだ」
剣士は退くことを提案したが、商人は受け入れなかった。
依頼主の言葉が絶対というわけではない。誰でも命は惜しいものだ。
それに自分たちがやられてしまっては商人も殺され、荷も奪われる。わざわざ危険に飛び込む理由がない。
「なあなあ、獣人ってどんなんだ?」
「ん? 知らないのか?」
「あ、ああ。見たことがなかったから」
「まあ今は絶滅寸前だから仕方ないか」
双弥は堪らずよく話す剣士に聞いた。
現在獣人はその数を相当数減らし、いくつもの種族が絶滅している。
100年ほど前にあった
現在は獣人保護区域などで人の指導により細々と生活している。
そのため獣人が襲ってくるというのは考えられない。いくら保護されていようとも人に害をなした場合、殺されても文句が言えない。
「もし獣人と一戦交えるとしたら?」
「俺なら遠慮したいな。奴ら賢くはないが、パワーは魔物に近いらしい。まあ人間と魔物の中間みたいなものだと思っておけばいいんじゃないか?」
実際に戦ったことのない剣士としても、漠然としたことしか言えない。
それよりも危険があるというのならば回避すればいいものを、何故商人は進もうとするのか。
「なんで退かないんだ?」
「そりゃ俺が聞きてぇわ」
剣士は肩をすくめた。
それは他の護衛も同様で、不安と動揺が伺える。
「なんで迂回しないのか、それだけでも教えてもらえないか?」
「あっ、おい」
双弥が商人に訊ねた。
剣士も止めようとしたが、彼はホワイトナイトではない。依頼主に詮索しないというルールで縛られていないのだ。
これでもし聞けたら儲けといった感じで聞き耳を立てている。
「奴らの狙いがこの積み荷だからだ」
「つまり、退いたとしても追ってくると?」
「そうだ。ならばこちらから打って出るほうがいいだろう」
双弥はため息をついた。
それは己の不運に対してだ。
他に何人も一緒で行動できるから安全、なんて思っていたら逃げ場のない戦闘に追い込まれていた。
「双弥、お前らはホワイトナイトじゃない。逃げ出したって誰も文句言わねぇさ」
剣士がこっそりと双弥に耳打ちした。
「いや、請けたからにはやらないとな。敵が強いから逃げますじゃこの仕事は成り立たないだろ?」
「そりゃあそうだが……いいのか?」
と言って剣士はエイカに目を向ける。
双弥には守らねばならないものがある。仕事だからといって放棄できるものではない。
エイカだけどこかに隠して、というのも無理だろう。
こういう異世界もののセオリーとして、獣人は鼻がよく隠れていてもばれてしまうと双弥は知っているからだ。
だが全てがそうとも限らない。今のうちに情報を修正しておくべきだ。
「獣人って鼻が利くとかってあるのか?」
「なんだ突然。顔自体は人間と大差ないから一緒だ。ただ耳は上に付いてて大きめだからよく聞こえるらしいけどな」
双弥は思わずガッツポーズをした。
顔は人間。でも猫耳犬耳。双弥が最も望んでいたタイプの獣人だったからだ。
たまにある顔が犬で二足歩行は彼の好みではないようで、そのため双弥の興奮度はMAXである。
「よし、がんばって捕らえよう」
皆は双弥を『何言ってんだこいつ』という目で見た。
「待て」
突然声をかけられ、皆は止まった。
馬車を囲うように構え、周囲に目を配ると木陰から数人の男が出てきた。
全部で7人。服装は一般人と変わらないが、それぞれが剣や斧などを持っている。
そして頭には猫耳のようなものがちょこんとついている。
「なんだ男ばかりか……」
双弥はがっかりした。
ケモミミ少女を愛でたいという野望はここで潰えてしまったのだ。
いや、まだどこかにいるかもしれない。そう思い直し、周囲にいる男に顔を向けた。
「獣剣リクイディティを置いていけ。そうすれば命だけは助けてやる」
その言葉に護衛の騎士たちは一斉に商人を見た。なんてものを運ばせているのだという非難の目で。
「なんだそれ」
「お前は何にも知らねぇのな……あのな」
剣士は呆れたような顔で双弥を見た。
獣剣リクイディティ。100年前の戦争で獣人の長たちが用いた珍しい片刃直剣だ。
どちらかといえば鉈に近いが、重量が手前にあり威力の割には振り回しやすい逸品である。
現存しているのは4本。そのうちの1本がこれだ。
「なるほど。つまり獣人たちとしては手に入れたい宝、というわけか」
「というより、ありゃあ奴らにとって戦いの象徴だ。ようするにあれを欲するってこたぁ……」
戦いを欲するというのと同義である。
だが絶対数を減らしている獣人が今更人間と荒立てるのはおかしい。
絶滅覚悟で特攻したとしても、人側の犠牲は大したことない。
「どうした、寄越さんのか?」
「断る!」
その言葉が開戦の合図だった。
「刃喰!」
双弥の背後から3枚の刃が飛び交った。
『くひゃははは、いっぱいいやがるなぁおい!』
「獣人の武器だけにしとけよ」
『ちっ、まあいいか』
「お、おいなんだそりゃあ!」
刃喰に戸惑ったのは仲間の剣士たちのほうだった。
これは刃喰が討伐対象になっているため、ホワイトナイトの中でも比較的有名なためだ。
そんな刃喰が凄まじい速度で滑空し、獣人たちの武器を切り落としていく。
『ぬっ!?』
だがある獣人の剣に刃喰が弾かれた。
刃同士でぶつかり合えば刃喰に切れぬものなど恐らく妖刀くらいしかない。だが今のは横っ腹を打たれたせいで相手の武器は無事だった。
「なかなか厄介なモン従えてるじゃねぇか」
その獣人は幅の広いバスタードソードを構え、不敵な笑みを浮かべていた。
短髪で金と黒の混じった、まるでトラのような柄の頭をした背の高い青年。
フィリッポと同じくらいの高さだが締まった体をしており、いかにも強そうである。
「戻れ刃喰」
『何言ってやがる。さっきのは油断しただけだ。まだ──』
「早くしろ!」
『くっ』
刃喰は言われた通り渋々だがケースに収まった。
双弥は一度妖刀を納め、一歩前へ出る。
「お前がリーダーか。余計な戦いをしたくないから1対1で勝負しろ」
「てめぇ、勝手に決めるな!」
双弥の申し出に、商人が横槍を入れた。
当然だ。1対1は構わないが、何故双弥が仕切り代表のように前へ出るのか。
だが他の剣士たちは動かない。あの悪名高い刃喰が従っているということは、倒したか認められるだけの実力があるということだ。
何人ものホワイトナイト及びシルバーナイトが討伐に向かい、追い返されているのだ。ということは双弥の実欲が一個隊に匹敵するということになる。
「負ける気はないから任せてくれ」
「……わかった。ただし負けても責任は取らんぞ」
「こっちはまとまったぞ。そっちはどうだ?」
「それは願ってもないことだ」
他の仲間の武器が破壊された以上、今不利なのは獣人のほうである。その彼らにチャンスを与えるようなものだ。
「いくぞおらあぁぁ!」
突然獣人の男は斬りかかってきた。試合ではないのだから隙がある方が悪い。双弥もそれくらいわかっており、きっちりと対応していた。
妖刀での居合一閃。獣人のバスタードソードを弾きかえした。
(破気を使えばこの程度できるか)
双弥は満足気に笑みを浮かべた。
「なんて力だ! てめぇ人間じゃねぇな!」
「人間だよ一応な」
とはいえ破気を取り込んでいる間は己でも理解できないほどの力が出せる。未だにその底が見えていない。
「ならばこれでどうだあぁぁ!」
バスタードソードを連続で振り回してくる。重量のある鉄の塊を軽々と振り回す真似ができるなど、どれだけの力があるのだ。
だが双弥はそれを全て弾いている。
捌くのではなく、力比べをするように真っ向から打ち合っている。
「くそっ、なんだってんだ!」
力のぶつかり合いで起こるのは、弱い箇所の破壊。
この場で最も弱い部分。それはバスタードソードの刃だ。
切れ味の良さと硬度は相容れない。必ずどちらかが犠牲になってしまう。
妖刀は切れぬ代わりに肉厚なため、ただでさえ欠けにくいうえ異様なほど硬い。
更にヤスリ状になっているため、ソードブレイカーのように武器を削る力がある。バスタードソードはその身をどんどん削り切られていく。
「これで終いだ!」
転じて双弥から斬りかかる。獣人は剣を構えて防御する。
だが今までの連撃で悲鳴を上げていた剣は叩き折られてしまった。
今まで力任せでしか剣を振ったことがないのだろう。力に力で対抗した結果がこれだ。
「うぐ……ご」
更に衝撃は腕まで達し、骨にヒビが入ったようだ。
「俺の勝ちでいいな」
「……好きにしろ」
初の獣人との戦闘は、双弥の勝ちで終えた。
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