第23話
「さて、どうしたものかな」
獣人を全員縛ったところで困ってしまった。
これからどうしたらよいのだろうかと。
このまま放置するのもどうかと思うし、かといって連れて行けるものではない。
荷台も無理だし、引いて歩くのも大変だ。
移動速度も落ちるし、その間に仲間が追いつき襲われてはたまらない。
「殺してしまえ! こんな奴ら放っておいたら危険だ!」
商人が怒鳴る。
「いや、でもなぁ」
できることならあまり殺しはしたくないというのが双弥の本音だ。
希少な獣人でもあるし、なにより容易く殺しができるような育ちはしていない。
「双弥、お前が決めろ」
剣士が商人の前に割って入り、そう言った。
「おい! 雇い主は俺だぞ!」
「ふざけんな! 獣人から狙われるのをわかっていて黙っていたのは契約違反だ! 町に着いたら訴えるぞ!」
「あ、いや、それは……」
護衛の場合、もし狙われる要素があるならば申告する義務がある。
それによって選ぶ側も自分の力に応じて決めることができるからだ。
盗賊が好みそうな金目になるもの程度なら申告する必要はない。だが特定の何かしらに狙われているのならば言わなければならない。
もしそれを怠った場合、訴えられる。
それがもし希少である獣人だとしても、可能性がある以上伝えなくてはいけないのだ。
とはいえ罰金や刑があるわけではない。ただ暫くの間、ホワイトナイトへの依頼ができなくなる。
その暫くというのが数ヶ月か、或いは数年かわからない。だが彼のような中堅の商人には致命的だ。
大商人ともなれば、お抱えの護衛くらいはいるため大した痛手にはならないし、追加で護衛が欲しいということは、そういうことだと理解できる。
そのため腕の立つホワイトナイトでもない限り大商人の護衛なんて受けない。
どうやら商人はこの武器を取り扱ったことにより箔をつけ、一気にのし上がろうと考えたのだろう。
獣人なんて滅多にいるものではないから、まず現れないだろうと浅ましい考えでいたのだ。それでも一応不安があるから、人数が多ければ威嚇になると一般人扱いである双弥も雇ったという経緯だ。
「よし、連れて戻ろう」
この距離なら戻ったほうが早い。
それに殺してしまうと後々獣人との間にトラブルが起こる可能性がある。ならば然るべき所へ連れて行き、正しく裁いてもらうのがベストだ。
双弥の考えに商人以外の皆が同意する。といっても商人は反対しているわけではなく、黙りこんでいる。
やれやれといった感じで縛った獣人を縄で繋ぎ、荷馬車に繋ごうとした。
「だめきゃ!」
突然少女の甲高い声が響いた。
皆辺りを見回すが何も確認できない。
「お前ら、下だっ」
ブレストプレートの剣士が叫び、慌てて視線を下げる。
「ふ……ふおおおぉぉぉぉっ!」
その姿を見て双弥の興奮は最高潮に達した。
そこにいたのは小さな少女だ。
頭と同じではないかというくらい大きな狐耳に、ふっさふさの尻尾。双弥のドストライクである。
顔は体のサイズに比例して幼い。だが目は予想を裏切りどちらかといえばタレ目に近い。
「連れていかないできゃ! アタシの仲間なのきゃ!」
「よし、置いていこう!」
双弥の決断は早かった。反射的と言ってもいい。
「いやいやいや、まてまてまて」
剣士が慌てて止めた。
確かに先ほどは双弥に決めさせた。だが他に仲間がいるのがわかっていてこの場に放置するのはあまりにも危険過ぎる。
ここから去った瞬間に解放され、すぐに準備を整え直しまた襲ってくるに決っているのだから。
「いいや、待てないね」
「せめて理由を言えよ。お前はいいかもしれねぇけど俺らが危ない目に会うかもしんねぇんだぞ」
「んなもんロリ狐たんが言うからに決まってんだろ」
「は、はぁ?」
何を言っているかわからない感じで剣士は聞き返した。
彼が一体何を意図しているのか。きっと剣士には理解できないことだろう。
「しかしな、それで何度も襲われ続けることになったらどう責任取ってくれるんだよ」
「んー……そりゃあ……」
「ならば安全な場所へ着くまでこの中から人質を見繕うってのはどうだ? それならば移動に支障は出ないし、また襲われることもないだろう」
数が少なければ連れて行くのは容易くなるし、獣人は仲間意識が強いため盾にされたら攻撃できない。確かに有効な手だ。
「そうだ! 彼らを解放する代わりにきみが人質になってくれないか?」
「嫌きゃ!」
「だよね! 許す!」
「おいコラ双弥ぁ!」
剣士は双弥の肩を掴み、強引に後ろへ引き寄せた。
突然のことに、双弥は恨めしそうな目で見ているが、剣士はそれを気にせず双弥に顔を近づける。
「お前ひょっとして公団の人間だったのか?」
「公団ってなんだ?」
この大陸にはいくつかの公団があるのだが、この場で言われているのは『ティロル公団』と呼ばれるものだ。
少女をこよなく愛し、影から支援し素敵な淑女へ成長させるのを主としている団体だ。
但し愛するといっても性的には認められず、見ているだけで満足できるような紳士にしか入団を許されない。
ただし最近は、開設当時からの教えを守る通称『ロルコン』と呼ばれる派と、少女に関わろうとする男に容赦なく制裁を加える『ティロリスト』という派の2つに分かれてしまっている。
ティロリストは所謂過激派と呼ばれ、忌み嫌われることが多い。
「へぇ、そんな素晴らしい団体があるのか」
「……お前という奴がだんだんわかってきたよ」
エイカを連れている時点でそうではないかと思っていたらしい。
これは困ったといった感じに、双弥とエイカ以外の護衛が話し合いを始めた。双弥を含めたら話がこじれるからだ。
結局双弥に決めてもらうと言った手前、彼越しに話してもらうことになる。これで双弥の機嫌を損ね、暴れられたら余計危険な状態になってしまう。
「というわけなんだよ。きみが人質になるか、彼らが町の衛兵に突出されるかのどちらかしか選べないんだ」
「どっちも嫌きゃ!」
「うん! このまま解放──」
「まてコラさっきと一緒じゃねぇか!」
思わず剣士は双弥に蹴りを入れてしまった。
そして暫くの間、双弥を説得し、更に狐耳の少女を説得してもらうよう促した。
二重の面倒である。
「わかったきゃ……アタシが人質になるきゃ……」
狐の少女はきゅーきゅー唸りながらも受け入れた。
「おっけ! 超おっけーだよ! さあみんなを解放するぞ!」
「お前、なかなか変態だな……」
剣士は深くため息をついた。
「まだ歩くのきゃ? 飽きたきゃ!」
「ごめんね! じゃあお話をしてあげるよ」
「疲れたきゃ!」
「せ、背中に乗って下さい! 是非!」
「お腹すいたきゃ!」
「保存食しかないけどこれで許して!」
双弥は今、人質の奴隷と化していた。
他の護衛たちはもはや呆れるを通り越し、無視する方向で固まったようだ。
少女は暴君を通り越して神が如くだ。よくも怒らないどころかニコニコしながら受け入れていると、剣士たちは若干気持ち悪いものを見る目で双弥を見ている。
「そういえば名前まだ聞いてなかったね」
「アルピナきゃ」
(アルピナちゃん! アルピナちゃん! いえーい!)
双弥は今、心の中で誰かとハイタッチをしていた。
と、そのとき双弥の腕と背に、ひりつくような寒気が走った。
殺気のようなそれに対し、辺りを見回すが特にこれといった視線は……。
「なんだエイカか。脅かすなよ」
エイカがいつもの無感情な顔で双弥を見ていた。いや、見ていたのかは疑問だが、少なくとも瞳を向けていた。
「そんなことより撫でてきゃ!」
アルピナは双弥の背中から回りこみ、前に出てきて抱っこ状態になった。双弥の脳内では興奮汁が暴れまわっていたが、なんとか堪えつつ頭に手を伸ばした。
(えーっと動物は耳の付け根辺りが好きなんだよな……っ!!!)
アルピナの髪は、まるで絹のように細く柔らかかった。こんなものを触っていたら双弥がダメになってしまう。
もとい元々ダメな男が極限までダメになってしまう。
「お前撫でるのうまいきゃ。名前を言うきゃ」
「はっ、ワタクシめは双弥と申しますっ」
「覚えてやるきゃ。だからもっと撫でるきゃ」
「有難き幸せ!」
いや、もう既に手遅れだ。
「双弥よぉ。仕事さえやってくれりゃ文句言いたくねぇけどよ……」
「ああん?」
「……いや、重くねぇのかなって」
殺意の瞳を向けられ、剣士は怯んだ。
「重いはずがあるわけぐえっ」
双弥の後頭部に激痛が走った。
あまりの痛みに暫く思考が止まり、何ごとかと振り向くと棍を振り回しているエイカがいた。
「おいエイカ、なんで舞花棍やってん……」
ガスッ ゴスッ
「いてっ、いてえってば! 棍をしまえ棍を!」
エイカは言われた通り、おとなしく棍をしまった。
一体なんだと言いたげにエイカを見るが、いつも通りの無表情だ。双弥は訝しげに顔を見たが、何も察することができなかったため、顔を前に向けた。
それから大きなトラブルはなくソブリンの近くまで来ることができた。
その間双弥はアルピナの奴隷を務め、何故か突然棍を振るうエイカに殴られていた。
「おう双弥。そろそろ町に着くからその獣人を放してやりな」
「やだ」
「やだじゃねぇよ全く……」
前述の通り獣人は希少で、そのほとんどが隔離されている。
だというのに連れ回していたら役人に捕まってしまう可能性がある。
「そいつだって仲間のとこに戻りたいと思ってんだろ? お前のせいで連れ回していいのか?」
「そ、それは……」
もはやアルピナの虜となってしまった双弥が手放せるわけがない。これで別れるなんて言われたら今度は双弥が獣人の仲間になってしまうかもしれない。
「アルピナはどうしたい?」
「双弥といるきゃ」
「ふふおぉぉぉっ」
双弥は頭がおかしくなってしまった。もはや戻れる余地はないだろう。
「まあ当人たちがいいってんなら俺らはかまわねぇがよ……なんで着いてくんだ?」
「こいつごはんくれるきゃ。あと撫でるのうまいきゃ」
完全に餌付けされてしまっているようだ。
剣士はこれ以上関わってられないと両手を軽くあげて自分の位置に戻った。
こうして一行はソブリンへ辿り着いた。
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