第24話

「じゃあ双弥、ここでお別れだな」

「えっ」


 ソブリンの町の前、入口辺りで剣士が双弥に告げた。

 商人も状況をわかっており、双弥に報酬を渡した。


「えっと、こんなところで解散するものなのか?」

「お前が獣人連れてるからだろ。厄介ごとはごめんだ」


 一般的な知識だと獣人は隔離されていて、人間の指導のもと細々と生活しているものだ。

 そのため町などに現れることなんて有り得ない。


 普通の獣人ならば防止やフードでなんとかできるが、アルピナの耳は異様なほど大きく隠せるものではない。

 だがアルピナの耳は異様にぴょこぴょこ動き、後ろへくるんと巻くようにもできる。その状態で維持してもらい、フードをかぶせればいけるのではないか。


「アルピナ、お耳を後ろにくるんってやってよ」

「いやきゃ!」

「だよね! その素敵なお耳を隠すなんて勿体無い!」


「はあ……じゃあな双弥」

「あ、ああ。またな」


 挨拶をし、一行と双弥は別れようとした。


「こらこらこら、なんでエイカがそっち行くんだよ」


 双弥は慌ててエイカを連れ戻した。


「妬いてんじゃねぇのか?」

「まさか」


 エイカはいつもの無反応だし、ここへ何故ついて来たのか未だにわからないでいる。

 そろそろ何かしらのリアクションを見せてくれてもいい頃なのだが、一向に変わらないでいる。


「まあ俺にもよくわからねぇけどよ、その狐っ娘ばかりかまってやらないほうがいいんじゃねぇか?」

「一応心がけておくよ」


 そして今度こそ本当に双弥たちは別れた。



「さてどうしようか」

「町行きたいきゃ!」

「うん行こう!」


 誰も止めてくれるものはいない。




「おいきみ、待ちなさい」


 案の定町の入口の守衛に止められてしまった。

 双弥はアルピナを抱いたまま『何か問題でもあるのか?』と言いたげな顔でその声の主を見た。


「どうかしましたか?」

「えっと、その持っている子、ひょっとして獣人か?」

「俺の子です!」

「え? は?」


 守衛は何を言っているんだといった感じで双弥の顔を見た。

 アルピナの大きさからして7歳くらいだろうか。この世界の人間からすると童顔の双弥にその年令の子供がいるとは思えない。


「本当です! こっちは妻です!」

「え? えええ?」


 エイカを引っ張りそう主張した。

 エイカは双弥より更に童顔だし、元々の年齢も低い。一体何歳で出産したことになるのだろうか。


 守衛は怪しみ、他の守衛を呼び出して話し合いをした。このわけのわからない少年をどうしたものかと。

 だが特に議論をするべくもなく、双弥を拘留したほうがいいと決まる。


「おい、お前──」

「ぐふぅっ」


 守衛が話しかけようとしたとき、双弥の腹に鈍い痛みが走った。


「お、おいどうした?」

「いや、わからねぇ。何だ一体」


「まあいい……っと、娘はどこいった?」

「あ、あれ?」


 アルピナは双弥を蹴りつけ、もの凄い勢いで走り去ってしまった。それこそ誰の目にも止まらぬほどの速さで。

 それはこの場に目を向けていた全ての人々からも、一瞬のうちに少女が消えたように見えた。




 まるで狐につままれたような顔で守衛と双弥は辺りを見回したが、何も見当たらない。

 お互い腑に落ちないといった感じで正規の手続きを行い、町へ入っていった。



「遅いきゃ!」

「ああんアルピナぁぁ居なくなったかと思ったよおぉぉぉおぶぅっ」


 街の中へ既に入り込んでいたアルピナを見つけ、駆け出し飛びつこうとした双弥の足元に何故か棍がひっかかり、盛大にこけた。

 辺りを見回しても特にこれといったものはなく、横にはエイカがいつも通りの無表情で立っていただけだった。

 油断して足元をおろそかにしていたなと双弥は立ち上がり、アルピナのもとへ歩いていった。


「ん?」


 双弥はアルピナが口をもぐもぐさせているのに気が付いた。まるで何かを食べているかのように。

 いや、実際に何かを食べている。


「アルピナ何か食べてるの?」

「アタシのきゃ! あげないきゃ!」


 アルピナは双弥を威嚇している。

 ここへ来る道中で、彼女がご飯モードになっているときは近寄ると危険だと知った。へたに手を出そうとすると食いちぎられる。

 食べ終わるのを大人しく待っていることしかできないのだ。


「てかどうしたんだ? お金持ってないでしょ」

「置いてあったのきゃ!」


 双弥は片手で顔を覆った。どうやら獣人には売買という概念はないらしい。

 置いてあったと言っていたが、恐らく店の売り物だ。


 だけど今更それを教えたところで、アルピナの性格上拒否するだろう。

 これはどうしたものか。連れて町に入ることはできないし、単独で入ってしまうと食い物屋が被害に合ってしまう。


 となると暫くはなるべく町を避けて進まないといけなくなる。だがそれはかなり厳しい。

 双弥1人ならばまだしも、エイカもいるのだ。双弥としてはなるべく彼女を風呂に入れ、ベッドで寝て欲しいと思っている。

 だからといってアルピナを放置できないし、別れようとも思っていない。


 しかしこれほどダメになった双弥でも、エイカのことをちゃんと考えている辺り、まだ救いがありそうだ。


「ごはんは俺が用意するから、なるべく他のもの食べないでね」

「なんできゃ!」


「あー……、とりあえず宿に着いてから話そうね」




「うぅー、普人族めんどくさいきゃ……」

「うん。でもきちんと守らないと殺されちゃうかもしれないんだよ」

「殺られる前に殺るきゃ!」

「勘弁してください」


 宿に着き、アルピナに町というものを根気よく教え、ようやく理解してもらえた。

 が、いまいち納得はしてもらえていない模様。


 アルピナの異常なスピードがあれば殺される前に殺すことは可能だろう。だがそれを許してしまっては今後の生活に支障が出てしまう。

 町に着くたび殺傷沙汰。どこの殺人狂だというのだ。


 双弥はこれから船に乗って移動をしようというのだ。船内で揉めごとを起こしてしまったら逃げ場はない。

 そこに辿り着くまでアルピナが同行していればの話なのだが。


「なるべく食事には不自由させないからさ、お願いだよ」

「きゅうぅぅ……わかったきゃ」


 アルピナは耳を下に伏せつつもわかってくれた。

 その姿に思わず頭を撫でてしまう。が、ここでも双弥の後頭部に謎の激痛が走った。


「だ、だから部屋の中で棍を回すのはやめて」


 またもやエイカによって阻害されてしまう。


「それはそうと獣人って今保護されているんでしょ? アルピナもそうだったの?」

「違うきゃ。それは普人族の思い込みきゃ」



 アルピナの話によると、人間によって確認され、保護されているのは全体の2割程度。その他の獣人はそれぞれの種に分かれこの大陸の各地に住んでいるそうだ。


 それでアルピナたちオウラ共和国の獣人は特殊なケースで、多種で集まって集落を築いているらしい。

 場所的にはソブリンから船を乗るアイザーまでの間辺り。とはいえかなり遠回りをしなくては行けないが、中継するのは可能だ。


 双弥は次の目的地を獣人の集落とし、この日は休むことにした。





「まずいな……」


 翌日、窓の外から見た状況の悪さに双弥は思わず呟いた。

 何やら騒がしいなと宿の外を見ると、数人の守衛が待ち構えているのだ。理由は恐らく双弥たち。

 獣人を連れ込んだということにより、原因であるアルピナの有無に拘らず捕らえられる可能性がある。ならば逃げなくては今後の旅ができなくなるかもしれない。


 だとしたら1番の問題はエイカだ。彼女を守りつつ町から逃げ切らなくてはいけないのだ。

 できることなら怪我などはさせたくない。もし攻撃なんてしたら確実に周辺か国内で再びお尋ねものになってしまう。


「アルピナ、先に町の外へ行ってくれないか?」

「いやきゃ」

「うん。俺も一緒にいたい!」

「別に一緒にいなくてもいいきゃ。ごはんちょうだいきゃ」


 双弥は項垂れた。所詮は餌で懐いているだけの間柄。これには少々堪えたようだ。


「じゃあ先に町の外へ行ってくれたらおいしいものいっぱい買ってくよ」

「わかったきゃ! 急いできゃ!」


 バァン と大きな音をさせ、アルピナは消えた。


「さあどうしよう」


 これで一番トラブルを起こしそうなアルピナの問題はなくなった。だが今度は別の問題が発生した。

 外にいる守衛の目を掻い潜ったうえ、飯を買わなくてはいけないのだ。

 双弥は部屋から出て廊下側の窓の外を見る。

 こちらは出入口がないせいか、守衛の姿は見えない。だがここは3階だ。飛び降りるには些か高すぎる。


 せめて空でも飛べればなとないもの強請りを考えてみる。

 これが他の勇者だったならば、シンボリックで何かしらを出現させ逃げられるだろう。

 しかし双弥にあるのは妖刀と刃喰だけ。


 (ん? 刃喰?)


 そこで双弥はピンときた。


「なあ刃喰。俺を乗せて飛ぶことって可能か?」

『あ? そりゃ簡単だけどよ』


 先日大岩を地面から持ち上げたのだ。双弥とエイカくらいなら軽いものだろう。


「じゃあちょっと頼む。向こうの十字路まででいいから」


 双弥はエイカを抱き上げると、刃喰を並べその上に乗った。

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