第101話
「あーあー、各員に告ぐ。陸を発見。陸を発見。以上」
まだ日が昇りかけの早朝、艦内放送で双弥は皆に通達した。
水平線から上がってくる太陽が、島──おそらく山のシルエットを映し出していた。
少しして皆が次々に艦橋へと集まり、進む先を見る。
「ふむ……あれは山の頂だろうか」
「島かもしれないな」
ムスタファと鷲峰が水平線の向こうに見える陸について話し合っている。大陸の山であればよいが、島だったならばまた再び目標を認識する必要がある。
「何かとてつもなく巨大な生物の一部だったりしてね!」
縁起でもないことを言うジャーヴィスにムスタファは無言で後頭部をひっぱたき、鷲峰は脛を蹴りつける。2人は共に過ごした2ヶ月ほどで彼の扱いに慣れてきたようだ。
それでもここは異世界だ。そういったものがいるかもしれないため警戒だけはしておく。
もし生物だとしたらそれもまた吉兆とも言える。海の生物は必ず陸の近くにいるため、それがいるということは遠くない場所に陸があるはずだ。
「とりあえずあれを大陸と仮定しよう。さてどうするか」
「まずは上陸だろうな。だがそのポイントが重要であろう」
この大陸は魔王のお膝元であり、様々な町村にその影響があると見ていいだろう。ならばなるべくシンボリックを見られるわけにはいかない。
彼らを倒すために来た勇者だと知られたら最悪の場合戦争になるかもしれない。極力正体を隠したほうがよさそうだ。
「少しでも町から離れた場所を選ばねばいけない。かといって遠過ぎたら移動が面倒だな」
ムスタファの考えに鷲峰も悩む。陸に着いてからもシンボリックは使いたくないため、徒歩の移動が必要になる。
そこから町へ向かい馬車を雇う。できれば早いうちに町だけでも確認しておきたいが、こちらを見られたくない。
「一旦ここで止まろう。それでどうやって上陸するか考えるんだ」
「だったら潜水艦なんてどうかな? あれなら発見されずに近寄れるかもしれないよ」
ジャーヴィスにしてはいい案だ。接近できるだけの深さがある切り立った場所が必要ではあるが、上陸したあとはそのまま沈めてしまえるし、発見されにくい。
「今日の船当番は鷲峰君か。潜水艦は出せる?」
「ぬ……まあ知識としてはあるんだが、あまり見たことがないからな」
シンボリックで重要なのは対象物を知っているかどうかだ。電装系や機関、細かいデザインなどを詳細に知っている必要はないが、それでも固定したイメージを創り上げなくてはならない。
「なるほどなぁ。ちなみにどんな潜水艦を知ってるんだ?」
「…………伊五八とか……」
「……ああ……」
これはよくない。今彼にやらせたらきっとスク水少女が出現してしまうだろう。
とはいえ生物を出現させることはできないため、巨大な少女のオブジェクトが現れてしまいそうだ。それはそれで見てみたいものだが時と場合による。今はまだ時期ではない。
「そういやシンボリックって実在しないものを出すことはできるのか?」
「試してみたが駄目だった。恐らくは立体として認識できていないものは無理みたいだ」
「なるほど。じゃあ戦隊もののロボットやメカゴ○ラはどうなんだろうな」
「ふん……試したことがないな。機会があったら試して──」
「それは駄目だよ! 日本のロボットとかずるいよ!」
ジャーヴィスが必死に抗議してきた。
だがいざとなったら必要になるかもしれないため試してみるのもいいだろう。双弥はあとで鷲峰とロボットのチョイスを相談しようと心に決めた。
「それよりも今はどうやって陸へ行くかだろう。迅、次に出す船を縮小してみてはどうだ?」
ムスタファの提案に鷲峰は難しい顔をする。サイズを一定に保つのはシンボリックの基本だ。毎回大きさを変えてしまうと頭の中で形があやふやになってしまい、イメージするのに支障が出てしまうからだ。
曖昧なものは出現させることができない。しかし間違った記憶でもこれだと決めつけてかかれば出せるあたりはいい加減といえるのだが。
「アラブに軍はないのか?」
「あることはあるが造っているわけではない。全て他国から購入しているものだ」
別に自国で製造している必要がないのはジャーヴィスが実証させている。だが『これは他国のものだ』というイメージがシンボリックとして出現させるには邪魔のようだ。
「だったらジャーヴィスが出せばいいんじゃないか? ここから陸までくらいなら出せるだろ?」
「うーん、潜水艦の大きさ的に……いやまって! なんとかなりそうなのがあったよ!」
ジャーヴィスが何やら思いついたようだ。そのため双弥は艦内放送にて全員を荷物をまとめ甲板に集まるよう指示した。
皆集まったところでジャーヴィスが小型潜水艦『エクスカリバー』を出現させた。名前を聞きなるほどと納得しつつ、それぞれ潜水艦へと乗り込んで行く。
「狭いな」
「ああ、狭いな」
「なんだよ! 東京の道路よりは広いはずだよ!」
双弥と鷲峰の感想にジャーヴィスは憤慨する。
小型とはいえ50人ほど乗れる艦である。といっても潜水艦には快適性は皆無であり、水圧に耐えるため装甲が厚いだけでなく様々な耐圧設計がなされている。
「東京の道は知らぬが少しの辛抱だ。岩牢にいると思って我慢するんだな」
さらっとムスタファまでが毒を吐く。ジャーヴィス大憤慨。
だったら広い潜水艦出してみろよと叫んでみたところで全員そっぽを向く。
普通ならばいじめの現場だとPTAが騒ぐところだが、相手がジャーヴィスなら仕方がない。
彼には後で角砂糖でもあげるとして、一行は早速陸らしき場所へと向かった。
「それで、あの見えたものは何だと思う?」
「やっぱり山じゃないかなぁ。リリパールは何か知らないか?」
「すみません、流石に別大陸のことは……」
なんでも知っているような気がしたリリパールでもやはり別大陸のことは知らなかったようだ。
だったらあれは山なのか島なのか。それによって対応が異なるため、今のうちに情報を得たい。
「あの見えた山のことをおっしゃってるのかしら? あれはコモディティ山ですわ」
突然の言葉に双弥たちは振り返る。フィリッポが連れていた女性陣はこの大陸へ戻るため同行していたこともあり知っていたようだ。
これは思いがけぬところから手がかりを得られた。後でフィリッポを褒めてやろうと双弥は上から目線で思った。
「ぬうう、知っているのか影慶」
「ワタクシはそのようなものではありませんわ。それより早くこの狭苦しいところから出して下さいな」
それを皮切りにフィリッポの連れである女性陣が騒ぎ出す。ケーキを寄越せだのクッションのよいシートに座らせろだの。
「…………リリパール、こういう輩の相手は慣れているよな?」
「すみません、彼女たちが何を話しているのかわからないです」
頼みの綱であるリリパールはここにきて役立たずになった。
陸へ着くまでの30分。短い時間であったが双弥たちは参ってしまった。よくフィリッポは彼女たちを御することができたものだ。
そして上陸したのはいいが町が見えない。明らかに離れすぎている。この団体を引き連れて町を探すという苦行に、双弥たちは頭を抱えたくなった。
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