第100話
「…………本当に素晴らしいですね、この船は……」
あっという間に陸が見えなくなり、窓から外を見渡していたリリパールが感嘆の声を出す。
「なるべく部屋にいてくれ。なにせ今操縦しているのはジャーヴィスだ。あいつなら凪でも転覆させそうだ」
「そうですね。気をつけます」
リリパールは笑顔で返事し、部屋へ戻っていった。
港町に着いてから約1ヶ月半。3人の魔力総量は著しく増加し、元々多かったフィリッポならば30時間は出していられる。
その彼は今、一番離れた船室で厳選した4人の女声とうっふんあっはんしている。エイカやリリパールには決して近寄らせないようにし、青少年の健全な育成に配慮せねばならない。
といういいお兄さんみたいなことを双弥は考えている。一月ほど前にエイカと致したい妄想をしていたクソペド野郎の分際で今更なことだが、フィリッポのいる大人の世界の門は開けてはいけないような位置にありそうなため、できれば双弥自身も近寄りたくないのだ。
そして現在は出航したばかりでシンボリックを発動させた鷲峰を除き、ジャーヴィスとフィリッポの魔力は満タンでありまだ休む必要がない。むしろ元気が有り余っているのだ。
そのせいでジャーヴィスが操作をしている。皆戦々恐々としているのに1人楽しそうに操作している。
『双弥、聞こえるかい? サンドウィッチと紅茶を持ってきてくれないかな』
船内放送が響く。自分からやりたいと言い出したくせに人をこき使おうとするため、後でジャーヴィスには干し肉とコーヒーと蹴りを届けることにする。
双弥は己に課した
「ねえお兄さん」
通路の先からエイカが小走りで来る。
「お……おお!」
「この服、着ないといけないのかな」
「当たり前だ! これは軍艦なんだぞ! 軍艦といえば
必須アイテムだ。といってもこの船は鷲峰が召喚したものだし、現在日本に軍はいないため正確には軍艦ではなく護衛艦である。
しかし双弥にはそんなもの関係ない。重要なのは雰囲気なのだ。
だから下がズボンではなくとも問題ない。この世界ではまず見れない膝上スカートもまたよし。
少し恥ずかしそうにしているエイカに双弥は若干ゾクゾクしつつ、早くリリパールやエクイティにも着せようと心に誓った。
港町で1ヶ月以上の日々を過ごしている間に双弥はパーフェクトドラゴン討伐で得た莫大な金を無駄に使っていた。これもそのうちのひとつだ。
もちろんアセットとチャーチストの分もある。これを全員に着せることが双弥の仕事であると言い張っている。
「これ、お兄さんの世界の服なんだ……」
「そうだぞ。海軍以外だと俺の国では女学生が着るんだ」
「みんなこんなにスカート短いの?」
「いや、もっと短いぞ」
エイカは少し嫌そうな顔をした。
もちろん全員がそうではない。むしろ中学生くらいでは膝下が大半だし、校則で禁止されている学校もある。
それでもやはりももの見える丈のスカートは良いと双弥は深く頷く。彼のこだわりは胸だけではないようだ。
「なあエイカ。これをアルピナに着せる方法はないかな」
「そんなことしたらまた嫌われちゃうよ?」
「また……?」
双弥は首を傾げた。またとはなんのことだろうと。
「あっ、ううん、なんでもないよ!」
不思議そうな顔をしている双弥にエイカは慌てて手を振った。
双弥はあの出来ごとを忘れている、いや忘れさせられているのだ。下手なことを言って思い出させてはいけない。
「うーん、なんか釈然としないんだけど……まあいいか。エクイティは厨房にいるよな?」
「いると思うよ。お昼の用意しているはずだから」
「そっか。ありがとう」
双弥は一度部屋へ戻りエクイティ用のセーラー服を持つとそそくさと厨房へ向かった。
今双弥の部屋には何着ものセーラー服がハンガーにかかっている。ここが男の部屋だと思うとただの変態部屋だ。鷲峰は絶対に近寄ろうとしなかった。
だが鷲峰も興味があるらしく、無駄に廊下をうろうろキョロキョロしている。わかりやすい少年だ。
「エクイティいるかー?」
「……何?」
昼食だというのにエクイティはコース料理のようなものを作っていた。船内の厨房とはいえ現代日本の設備に調理意欲が炸裂したようだ。
「これは軍艦だから軍服とも言えるセーラー服を着る必要があるんだ。だからエクイティにも着て欲しい」
「……わかった」
すぐに了承したエクイティにセーラー服を渡すと、双弥はりりパールの部屋へと向かう。すると途中でアセットが荷物を持って通路を歩いているのを見かけた。
「おーいアセットーっ」
「なんだソーヤか。どしたのよ」
砂漠の一件以来仲がよくなっている少女に話しかける。アセットもジャーヴィスより話がしやすい双弥のほうが気が合い町でもぼちぼち一緒に行動していた。
「ここは軍艦だから俺たちは軍服を着る必要があると思うんだ」
「うんうん、全く思わないわ」
「なんだと?」
双弥の理屈は通らないようだ。アセットにはアセットのルールがあり、いくら仲がいい相手だろうとそれは曲げない。
そのルールとは納得がいかないものには従わないというものだ。というかこんなものに納得いく人間がいるのだろうか。
「で、でもな……」
「わかってるわ。ソーヤはただそれを着て欲しいだけでしょ」
「……そうストレートに言われるとぐうの音も出ないぞ」
「まあよくわかんないけど、それ、ソーヤの世界の服なんでしょ? 多少は興味あるから気が向いたら着てみるわ」
「ありがとうラスカル!」
「いやワタシはアセットだって」
こうして双弥の船内女性総セーラー化計画は順調に進んでいった。
「──というわけでりりっぱさんもセーラー服を着るといいよ」
「どういうわけなのか全くわかりませんが……」
途中経過を全て省き、着るのが当然といった風にリリパールを説得しようとしたが失敗する。
みんながやってるからという小学生みたいな言い訳が通用する相手ではないのだ。
「だ、だけどね、俺の世界ではそれが決まりなんだよ。セーラー服とセンパーファイは海軍の象徴なんだ」
「そうなのですか。でも私は別に海軍というわけではありませんよ?」
「でもこれ軍艦だし……」
「軍艦だからといって軍人しか乗らないとは限らないと思いますが、軍関係者でない方もその服を着るのですか?」
リリパールは双弥の勧める服というものに不信感を持っている。以前散々な思いをしたのだ。また同じことになるかもしれない。双弥の思惑通りにほいほい進むほどリリパールはチョロくないのだ。
双弥は必死に言い訳を考える。どうすればリリパールがセーラー服を着てるれるのかと。
「俺たちは……そう、言うなれば魔王討伐軍なんだ。だからそこに加わるリリパールもある意味軍の人間であり……」
「ですが海軍の服なのですよね? 魔王は関係なさそうですよ」
双弥のひん曲がった言葉は真っ直ぐ突いてくるリリパールに届かない。もはやこの手は使えないと見たほうがいい。
「じゃあどう言えば着てくれるんだよ!」
最低である。開き直って逆ギレをかましてしまった。
「どうと言われましても……」
「俺はこれを着たリリパールが見たいんだよ! 絶対に似合うはずなんだから!」
「そ、そうでしょうか」
「そうに決まってる! まるでリリパールのためにあるような服なんだ! 相乗効果でリリパールの可愛さが際立つのは確定しているんだ!」
「えっ、じゃ、じゃあ……着てみます」
前述訂正。りりっぱさんはチョロかった。
大興奮の双弥がリリパールの着替えを邪魔せぬよう部屋から出ようとしたら丁度ドアがノックされる。
扉を開くとそこにはエクイティが立っていた。
「……昼食、できた」
その姿を見た双弥は
「ふひょおおぉぉぉ!!」
思わず奇声を上げてしまった。
巨乳、セーラー、エプロン。
今双弥の脳内では瞬時にして妄想が繰り広げられていた。
巨乳の幼馴染が親の留守を聞いて学校帰りに家へ寄り食事の準備をしてくれる。二次元ではありがちだが、リアルでは有り得ないシチュエーション。燃える。
「あの、双弥様?」
「今! 今忙しいの!」
「私も着替えたいのですが……」
「後にして! 後!」
「そぉやさまは先ほど私に似合うと……」
「ああ最高だよエクイティ! グッジョブだよ!」
双弥は甲板に締め出され、当分の間潮風にさらされた。
こうして一行は大陸を離れ、外洋へと旅立っていった。
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