第102話

「町だあぁぁ!」


 2時間ばかり歩いたところでようやく港町が見えてき、双弥は叫ぶ。別大陸で初の町である。

 それに反応し、ジャーヴィスやエイカ、リリパールまでも前へ出て確認した。


 双弥たちは今更2時間程度歩いたくらいで根を上げたりしない。

 しかし今はフィリッポがたくさんの一般人マダムを連れているのだ。彼女らからの苦情は厳しい。

 だからといってシンボリックで乗り物を出すわけにはいかないため、なんとか皆でなだめつつここまでこうして来れたのだ。


「やっとですか? ワタクシ、もう疲れてしまいましたわ」

「本当ですわね。野蛮なあちらの大陸の人はこんなに歩いても平気みたいですね。まるで獣のようですわ。オホホホホ」


 始終こんな感じだ。幸いにして勇者以外に言葉が通じていないため双弥らにしか伝わっていないが、リリパールはともかくアセットならブチ切れていただろう。勇者たちのストレスがマッハだ。

 フィリッポがやんわりとご機嫌とりをしているが数が多いため言葉の通じる双弥らに皺寄せがきている。


「僕がひとっ走りして町の様子を確認スパイしてくるよ!」

「ずる……お、お前だけじゃ危険だ! 俺も手伝うぞ!」


 真っ先に逃げようとしたジャーヴィスの意図を瞬時に理解した双弥は追いかけるように逃亡した。


「ハハッ、じゃあどっちが先に町に着くか勝負だ!」

「まてぇこいつめぇー」


 楽しげに見えるが、双弥の目はマジである。ジャーヴィスだけにいい思いをさせるわけにはいかない。



「本当に双弥様とジャーヴィス様は仲が良いですね」

「ああそうだな」


 残された集団のうち、リリパールと鷲峰が話をする。まだ2人の真意に気付いていないのは幸か不幸か。


「迅様は双弥様と同郷なのですよね? ご一緒なさらないのですか?」

「俺はあんな子供じゃないからな。一緒にはしゃぐのなんてごめんだ」


 クール鷲峰は冷めた目で走る2人を横目で見る。たかが町を見つけた程度で馬鹿みたいだと見下しているようだ。彼はこの世界でたった2人の日本人だからと共に行動しようとはしない。


「ほらそこの坊や。ワタクシ、もう動けませんの。なんとかなさって」

「アタクシ、喉が渇きましたの。ワインを所望しますわ」

「あらお水しかお持ちしていませんの? これだから文化を知らぬ野人は」


「…………双弥ああぁぁ!!」


 鷲峰が気付くのに然程の時間はかからなかった。だが双弥たちが逃げ延びるには充分な時間であった。




「ふむ……」

「どうしたんだ双弥。迅にでも乗り移られたのかい?」


 双弥とジャーヴィスは鷲峰たちが追いつかないであろう距離まで離れるとペースを落とし、併走していた。そこで双弥が見つけたものは少し頭を悩ませるものであった。


「町から伸びる街道なんだけど、あれをどう思う?」

「日本人は道にいちいち考えを持つのかい? 『やあ東京道さんこんにちは。きみは一体どこまで続いているんだい?』って」


 なんかイラッとした双弥は走るジャーヴィスの足の間に妖刀の鞘を突っ込む。それにひっかかったジャーヴィスは慣性の法則に従い盛大に吹っ飛んだ。草原だったせいで滑るように遠ざかってしまう。


「酷いじゃないか! 双弥のせいで買ったばかりの白い服が緑のストライプシャツになっちゃったよ!」

「そんなことより道をよく見てみろって」


 ジャーヴィスは不満そうにしながらも道をよく観察した。

 ただの道であるが、車好きであるジャーヴィスは路面の違いに気付かないわけがなく、向こうの大陸で走っていた道と違うことがわかる。


「あれはアスファルト……いや、砂利道だね。それがどうしたんだい?」

「そうだ。砂利道だ。ということは……」

「イングランドの田舎にもあるよ! あれはとても歩きにくいんだ。きっと慈悲のない議員がみんなの足を痛めつけるために税金を使って余計なことをしたんだろうね」

「お前の国のサディスト議員の事情なんて知らねえよ。だけどその通り歩きづらいんだ。でも乗り物を使う場合は別だろ?」


 砂利道は一度作ってしまえばとても整備性がいい。

 轍ができても簡単に慣らせる。水はけがよいしくぼみもできづらい。長い目で見れば経済的なインフラといえる。

 もちろんデメリットもある。先ほど挙げた通り歩きづらい。そして馬の関節にかかるダメージが大きい。

 車輪や軸の劣化が加速することに関しては車体を整備する必要が多くなり、仕事に需要ができるため全体的なデメリットとは言い難い。


 だがもし歩く必要がなく、また馬を使わず移動できる手段があったのなら……。


「なるほど! これは自動車を走らせるためなんだね!」

「多分な。だけど車なんてシンボリックでくらいしか出せないだろ? 一体何のためにこんなことをしたんだか」


 そんなことを話していると砂利道特有のゴロゴロ音と共に何かが走ってくるのがわかり、双弥とジャーヴィスは身をかがめそれを注意深く見る。



 走り去ったそれを見た2人の顔は青褪めており、町のことをすっかり忘れ慌てて皆のもとへ戻っていった。




「────で、俺たちにあの女どもを押し付けて逃げたお前らが今更のこのこと何の用だ」


 鷲峰ご立腹である。あの短時間で一体何が彼をここまで変えてしまったのか。双弥はなるべくそれに気付かぬよう努めた。


「今はそんな話をしている場合じゃない。大変なことがわかったんだ」

「ほう、そう言えば責任から逃れられると思っているのならば俺も舐められたものだな」


 鷲峰不貞腐れモードである。

 しかし一級不貞腐れ師の双弥には及ばないはずであるし、戻ってきた理由を聞けばそれどころではないことも理解してもらえる予定だ。


「2人目の魔王が判明したんだよ」


 これにはやはり反応した。鷲峰の顔は驚きが隠せぬほど目が見開かれている。そしてムスタファ、フィリッポまでも反応して双弥のもとまでやってきた。


「それで誰なんだ。もったいぶらずに答えろ」


 急かす鷲峰に一瞬怯むが、気を取り直して話を進める。


「誰かはわからないが──」

「わかってないじゃないか! やはり口から出任せだったんだな」


「話は最後まで聞いてくれって。確かに誰かはわからないが、国は判明した。それは有意義な情報じゃないのか?」


 お互いシンボリックを使う以上、相手の国がわかるというのはとても重要な情報である。鷲峰の勢いはたちまち縮小していった。


「それで、相手はどこの国のものなんだ?」


 ムスタファの問いに双弥は簡潔な答えを出した。



「ドイツだ」


 それを聞いた3人は凍りついた。



 技術大国ドイツ。


 精密な工作などは日本も負けていない。いや、むしろそういったものを手作業で行うのならば日本のほうが秀でている点が多い。

 だが工業技術に関してならばドイツというのは非常に優秀である。


 実際問題として現代の技術的にはアメリカと大差ない。むしろアメリカのほうが上回っている点も多々あるのだが、昔からの流れでどうしてもドイツへ目が向いてしまう。


「どうしてそれがわかった?」

「ベ●ツだよ! さっきそこの道でベ●ツが走っていたんだ!」


 ジャーヴィスが興奮気味に答える。


「見間違いではないのか?」

「まさか。僕はイングランド人だよ。きみたち作るだけしか脳のない日本人じゃないんだから車の違いくらいすぐわかるよ」


 ジャーヴィスはひょっとしてドMなのではないか。そんなことを双弥は鷲峰と共にジャーヴィスを蹴飛ばしつつ思った。


「痛いじゃないか! 本当のことを言われて怒るのはよくないよ! 日本人はせっかくいい車を作るのにそれを選ばず、大量の自然環境を破壊して作られることを知らず見せ掛けだけのグリーンな車に乗ったり、見栄のためだけにわざわざ高くて劣る外国車に乗るじゃないか」


 車のことについて詳しくない双弥と鷲峰は反論できないが、言いたいことはわかる。あとはこれ以上ジャーヴィスに車を語らせたくないためこの話は流すことにした。


「そ、それにしてもドイツは強そうだなぁ」

「うむ。そこへ更にアメリカが加わるのだからかなり厄介だ」


「フン、枢軸国どもなんてあっという間に蹴散らしてやるぜ。なあジャーヴィス」

「何を言ってるんだよ。あっちには連合のアメリカもいるんだよ」


 そしてこちらにも枢軸国である日本がいる。あまりにも混成しすぎだ。


「だがこれで3人中2人の存在が確認できた。こちらの戦力で知られているのはジャーヴィス……イングランドと、恐らく双弥も勇者として認識されているだろうから日本、といったところだろう。アドバンテージはこちらにある」


 双弥はハゲの勇者ではないが、日本人がいると認識されている以上鷲峰が知られていると見てもいい。


 シンボリックは同じ使い道のものも多いが、その国特有なものもある。同じものであれば対処は簡単だが、知らぬものが出てしまうと致命的なダメージを受けかねない。以前の戦いで挙げるならばグランドキャニオンがいい例だろう。


 そのため相手の国がわかり、その国の遺産などを理解すれば咄嗟の判断がしやすくなる。


「よしじゃあ早速ナ●ス野郎を素っ裸にひん剥いてやろうよ! ドイツは何が有名なんだい?」


 ※注意:現在のドイツではナ●ス政権時代を本気で嫌っている人が多いので英国人以外はこのような発言をしてはいけない。


「えっ、えーっと……、ソーセージとビール?」

「ぞ、ゾーリンゲン……」


双弥と鷲峰はロクなことを思い浮かべない。三国同盟がっかりである。


「全く2人ともダメだなぁ。フィリッポは隣国なんだから詳しいよね?」

「フン、ドイツの女性はあまり好きになれねぇんだよ」


 誰も知らなかった。アドバンテージ台無しである。


「やはり話し合いで全て決着をつけるしかなさそうだな」


 それが最も理想的ではあるのだが、そういかない場合を見据えて戦うことを考えているというのにこれでは堂々巡りになってしまう。


「誰も知らないってことはようするにロクなものがドイツに存在していないってことなんだよ! だからきっと大丈夫さ」


 むしろ有り過ぎて困るはずである。戦後4カ国統治を経てるといっても軍事的にトップ10入りをしているし、文化財として残っている城も数えるのが面倒なほどある。



 結局考えがまとまらぬまま一行は町へ到着し、行き当たりばったりで行動することにした。

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