第65話

「くそっ、遅かったか!」


 現場に辿り着いたときには3体の巨大な熊型生物により乗っていた人たちが蹂躙されていた。体がバラバラにされ、食い散らかされていたりもしており、生存者は絶望的であった。

 もう少し早く気付いていれば……。そんなことが一瞬頭に過る。だがそれよりも重要なことがすぐに理解できる。


 この魔物だか野獣だかわからない生物は少なくとも人を襲う。つまり自分やエイカ、リリパールも例外ではないということだ。

 島の生態系よりも己の命のほうが重要だ。双弥は妖刀を抜き、熊型に斬りかかろうとした。


 熊型も野生の勘で反応し、双弥へ反撃をする。巨体ではあるがその腕の振りは速く、受け流せないと判断した双弥は妖刀で咄嗟にガード。

 いくら破気を体内に通しているからといって体重は如何ともし難い。掬い上げるような腕の軌道は双弥をかち上げふっ飛ばした。


「くそっ」


 悪態をつきつつも足から着地し、再び突っ込もうとする双弥に気付いた他の2体も向かってくる。これで3対1になってしまった。

 破気さえあれば移動速度で上回ることができる。しかし攻撃速度は大差ない。迂闊に踏み込めばやられてしまう。


「刃喰!」

『お? 出るのか?』


 刃喰が意外といった感じで飛び出す。

 最近はなるべく刃喰に頼らず1人で戦おうとしていた。いざというときのためにそういった経験も必要だからだ。

 だが今は微かな希みとはいえ生存者がいる可能性があるため、倒すことを優先したいのだ。


「とりあえず1体頼む!」

『おうよ。来やがれクマ公!』


 熊型の周りを飛び回り撹乱する。

 まるでハエをはらうように腕を振り回す。その爪に対し刃喰は刃の部分で受ける。やはり硬いところが好きなようだ。


『おぅ?』


 刃喰の1体がそれで弾かれたことに少々驚いたようであったが、それによりまるで喜んでいるみたいな反応で飛び回った。


『活きが良いじゃねぇか。そうこねぇとな!』


 今度は刃喰から襲いかかる。3体の刃喰は細かい振動をしつつあらゆる方向から突っ込む。

 熊型は慌てるようにガードし、身を守る。多少知恵があるようだが、それは刃喰に対し一番やってはいけない愚策だ。

 牙、爪、そして背骨を一瞬で切られ、不自然な状態で後ろへ倒れる。


『ちっ。思ったほど硬かぁねぇな』


 自分の切れ味のほうが上だったことに満足した刃喰は未だ戦っている双弥のもとへ行く。


『おいご主人。もう1体もらうぜ』

「ああ。好きにしろ」


 これで双弥は1対1で戦える状態になった。


 

 相手が1体なら周囲を気にしなくて済むため簡単だ。振りかざしてきた腕をカウンターの居合で切り落とし、そのまま上段に構え、頭を叩き割る。

 刃喰のほうも熊型をなます切りにし、作業を終えていた。


 しかしこれは本題ではない。やらなくてはならないのは生存者の確認だ。

 見た限り上陸しているのは4人。足あとからして遠くへ行ったものはいなさそうなため、ここで死んでいるものが全てのようだった。


 埋葬してやりたいところだが、こんなところで埋めても臭いでやってきた野獣どもに掘り返されるため、遺体を集めボートに乗せ、海へ送ってやろうとして海面にゆらゆらと揺れているボートを引き寄せようとした。


 と、ここで中にあった毛布が動く。生存者がいたようだ。

 双弥は急いでボートを砂浜に引き上げ乗り込み、毛布を剥いで確認をする。



 双弥がまず目にしたもの。それは乳であった。

 巨乳。圧倒的巨乳。ボインである。

 実際そこまで大きくなくせいぜいFカップくらいなのだが、常日頃エイカ、リリパール、アルピナという貧乳王国で過ごしていた双弥にとって、それはとても大きく眩しいものだった。


 別に双弥は巨乳スキーなわけではなく、ロリコンであるためどちらかといえば貧乳王国のほうが居心地がよかった。

 だがこの目の前にある見事な立体を見てしまうとそうも言っていられない。

 谷間。肉と肉がぶつかり合う接点。ただの肉ではない。それが女性の尻か胸、太ももというだけで途端にエロスへと昇華される。



 そこで双弥は悟った。大きかろうが小さかろうがおっぱいであることには変わりがない。どちらにも良さがあり、それを比べるのは愚かなことであると。

 何故片方に拘ろうとするのか。両方好きになればいいじゃない。貧乳は撫でくり回すもので巨乳は揉みしだくもの。用途が全く異なる。それを理解した双弥は今、大人になったのだ。


 大人である双弥はいつまでも胸ばかり見ているわけにはいかない。顔を上げ、その豊満な山の上へと目を向ける。


 その正体は見た目で双弥と同じくらいの歳──17前後の少女であった。

 青黒く肩で切り揃えられた髪に銀色の目。リリパールほどではないが色白で整った愛らしい顔の子だ。


 こんな娘にワガママボディ。双弥はごくりと唾を飲み込む。無意識に正座してしまっている。

 顔と胸へ交互に目を向ける。離れれば両方一緒に見えるのだが、そんな勿体ないことできるはずがない。良いものは近くでみたいのだ。


 それにしても傍から見ると変態的な光景である。エイカとリリパールにしばかれればいいのに。



 ここまでしておいてようやく双弥は自分のやっていることが痴漢のそれと大して変わらないことに気付く。そして慌てて距離を置く。

 

 ……何かおかしい。


 普通ならばキャー痴漢くらい言って玉をむしってもおかしくない状況なのだが、この少女は何の反応も示さない。

 そこでふと前のエイカを思い出した。

 目の前で仲間が惨殺されていたことで意識を閉ざしてしまったのではないか。


「おい、大丈夫か! しっかりしろ!」


 双弥は少女の肩を掴み前後させ、胸をたぷたぷ揺らした。

 もしエイカと同じだったらどうするか。まあそのときはとりあえず散々胸を凝視し、その後考えればいい。


「……痛い」

「ご、ごめん」


 どうやら意識があるらしく、手をパッと離す。


「ええっと、きみは船から逃げてきたのかな」

「……ん……」


 多分そうだと言っているのだろう。


「乗客だったの?」

「……コック……」


 料理人として乗り込んでいたらしい。

 それにしても普段からこのような喋りなのだろうか。コミュニケーションがちゃんととれていたのか不安になる。


「そんなことよりこんなところで1人は危ないよ。とりあえず彼らを埋葬して、俺について来てくれないか?」

「……わかった……」


 知らない人にホイホイついて行くなんて本当にこの少女は普段どういう生き方をしていたのか。

 それはさておき双弥は少女と積み荷を降ろし、亡骸を海に流した。


「──さて行くか。俺の仲間も待っているだろうし」


 双弥は少女を連れ、川へと向かった。




 その道中、口数が少ない彼女からなんとか話を聞いた。

 名はエクイティ・クォンツ。親がルーメイー王国でレストランをやっており、そこで子供のころから働いていたらしい。年季の入った料理服が彼女の熟練度を表している。

 今回は親の知人から頼まれ、助っ人として乗船していたそうだ。なんという不運。


「なるほどね。俺のことで何か質問ある?」


 エクイティは少し考え、双弥のほうを見た。


「……ひとり?」

「仲間がいるよ。女の子ばかりだけどね」

「…………ハーレム?」


 だったらどれだけよかったことかと双弥は苦笑する。いい雰囲気になるとリセットされるのを繰り返しているのが痛すぎである。




 そして拠点に辿り着いた双弥は愕然とした。先ほど苦戦した熊型生物の死骸が5つも周囲にあったのだ。アルピナ恐るべし。

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