第105話

  ──1ヵ月後、9人のゲーム廃人を載せた馬車は魔王城最寄の町付近へあと1週間というところまでやってきていた。

 港町を出発して以来、彼らは常にゲーム三昧な日々を送っていた。それこそ人としての枠が歪むほどに…………。




「────よっしゃ勝ったああぁぁ!!」


 アドホックによる協力プレイにて某アクションMORPGの上級ボスを倒したところで双弥が叫ぶ。


「よっしゃじゃないだろ」

「そうですよ」


 鷲峰とリリパールが鬱陶しそうな視線を双弥に送る。ほぼ完勝したというのに何故睨まれるのか理解できない。


「お前、なんてタイミングで撃っているんだ。少しは考えろ」

「迅様の言う通りです。双弥様はアバウト過ぎます」


「な、なんだよ。大した被害なんてなかっただろ」


「被害が少なければいいというものではない!」

「その通りです。双弥様があと2フレーム速く、そして3ドット右を撃って下さっていれば弱点に当たって仰け反りが発生したので無傷勝利だったのですよ」


「ええ~~~っ」


 彼らは一体何を言っているのかわからない。別に全員無傷だからといって特別ボーナスが入るわけでもないし、ボスを倒し戦闘区域から離脱すれば体力は回復する。つまり拘るだけ無駄なのだ。

 ゲーム廃人どもの言い分なんて聞きたくない。双弥はエイカへ助けを求めるような目を向ける。しかしエイカはエイカで呆れたような顔で双弥を見ていた。


「ええーじゃなくてさ、お兄さんは感覚に頼りすぎなんだよ。ちゃんと敵の前の攻撃から次の動作までの時間を計算してカウントしなきゃ」

「そうですね。あのタイミングを逃すなんて考えられませんよ」

「そんな、たかがゲームでさあ……」


 そう呟いた双弥の言葉に場の空気が凍った。

 とても冷たく凍てつく視線が双弥へと集中する。


「……へ?」

「なに言ってるんだ? お前」

「お兄さん。ゲームは遊びじゃないんだよ!」


 (なにこいつら……)


 エイカとリリパールは鷲峰に感化されてしまいトップレベル廃人となり、エンジョイプレイヤーである双弥は隅に追いやられてしまっている。

 ゲームが遊びでなければなんだというのだ。双弥は頭を抱えつつ先ほどから何も言わぬエクイティを伺う。


「え、エクイティはどうなんだよ」

「……下手な人と同じパーティーは嫌……」

「そんなわけだ双弥。お前は向こうの馬車へ行ってムスタファかフィリッポと替わってこい」

「ちょっと待ってくれよ。さっき向こうから出されたばかりだってのに…………」

「なら俺たちは4人用クエやるからお前は海腹●背でもやっててくれ」


 なんということだ。この馬車に双弥の居所はもう既になかった。


「俺もう誰よりも上手く川●さん使える気がするよ……」

「あ゛? ふざけんなよク双弥! ●背さんはお前如きに使いこなせるような娘じゃねえ!」

「う……うわああぁぁん」

 

 ガチギレした鷲峰に襟首を掴まれ怒鳴られたことで、双弥は泣きながら馬車を飛び出した。そして後ろを走っている馬車へ飛び乗り、扉を開けて入り込む。


 ──中にいたのは3人の修羅であった。


「ちっ、また邪魔なのが戻ってきやがったか」

「そんなこと言ったらかわいそうだよ。丁度終わったところだし双弥も混ぜてFPSやろうよ!」

「うむ、そうだな。ならば私はEU連合を選ぼう。アメリカを選びたくないからな」

「僕はイングランド人だからもちろんEUだよ! フィリッポもだろ?」

「当たり前だ。そして双弥は日本人だし当然日本・アメリカだぜ」

「えっ……あれ? チャーチストは?」

「レディなら3台目の馬車で今レベル上げしてるから4人だけだよ!」

「じゃ、じゃあ俺の仲間は……」


 涙目になっている双弥を見てムスタファは深いため息をつき、肩へ手をぽんと乗せる。


「双弥。お前は独りではない」

「ムスタファ……」

「少し意地悪が過ぎたようだ。私たちは別に双弥をいじめようとなど思っていない」

「あ、ありがとう! さすがムスタファだ!」

「お前にはちゃんと素晴らしい仲間がいる。それは3人のNPCだ」


「えっ?」


 ムスタファの言葉に双弥は固まった。

 信じていたものに裏切られた気分である。彼は味方ではなかったのだ。


「2人とも。私は双弥に3人のNPCを付けさせようと思う。問題はないな」

「ちっ、3対4かよ。……仕方ねえな」

「わあ! 双弥のほうが大人数だよ! どうしよう、僕たち負けちゃうかもしれないね!」


 ジャーヴィスが大げさに困ったようなアクションをする。

 このゲームのNPCはそこそこ強力な火器を持ち、常にプレイヤーを守るためついてくる。

 ただ物陰に隠れたりしないうえトリガーハッピーなせいでどこにいるかバレバレになってしまうという欠点があるが、初心者同士の戦いではそれなりの戦力になる。



 もちろんこの場に初心者はいないのだが。



「ヘイ! ムスタファ! 双弥がドラム缶の陰でしゃがんで隠れているよ!」

「任せろ! 手榴弾でNPCごと吹き飛ばしてやる!」


 ドラム缶の陰に潜んでいても周囲をNPCたちが立って囲っているためバレバレであった。双弥はムスタファの手榴弾によりNPC諸共吹き飛び死亡。復活位置にてリポップする。

 だがその周辺には地雷がまばらに置かれていた。


「ハッ、周囲に地雷巻いといてやったぜ。NPCが触れた途端ドカーンだ!」


 地雷は本来草むらや土の地面で隠すものであり、コンクリート床のリポップ地点だとどこにあるのか見えるためプレイヤーなら簡単に避けられる。しかしNPCはかわしてくれず、双弥の周りをランダムで動き回る。直接踏まなくても近くで爆発が起これば大ダメージを受ける。しかもうまい具合に無敵時間が切れる距離にばら撒かれていた。


 双弥は再び泣きながら馬車から飛び出した。


 おかしい。こんなはずではなかった。何故こうなった。

 ゲームにはそれなりの自信があった。Wi-fi通信でもそれなりの成績を残していた。だというのにこの状況に納得ができない。

 フレームってなんだ。ドット単位で照準なんて動かせるか。彼の今まで行ってきたゲームというものが崩れていく。



 遮隠酷音(ヒドゥン・ノイジー)というプレイヤーがかつていた。

 MMO・MO・FPS・TPS・格闘ゲーム。様々なゲームで彼の名前を見ることができた。

 精密機械のような操作に定評があり大会などでも常に上位へ名を連ね、ゲーマーだけでなくキッズからも賞賛されていた。


 その男が鷲峰迅である。

 リリパールたちは強制的に彼の弟子的な立場に置かれ、ゲームのイロハを叩き込まれた。そのせいで彼女らは既に双弥を上回るほどのゲーマーと化していたのだ。



 双弥は唯一のオアシスともいえる3台目の馬車へと足を伸ばす。


 中には丸くなって寝ているアルピナとベンチシートに寝転がりながら天井を見るようにP●Pをやっているアセット、そしてその対面で独り黙々とレベル上げをやっているチャーチストがいるだけであった。


「ど、どうも~~……」

「何よ」


 遠慮がちに扉を開けると、チャーチストがうざったそうなじと目を双弥に向けた。


「あっ、いや、俺もソロでじっくりゲームしようかなって」

「静かに」

「わかってるよ……」


 双弥はなるべく音を立てぬよう乗り込み、ゲームに一切興味を持たぬアルピナを撫でて癒される。そこへアセットがシートに座り直し双弥へ耳打ちしてきた。


「ねえソーヤ。このゲームわかる?」

「ん? ああ、これは俺も相当やりこんだからな」


 地球では大人気のモンスター育成型RPGだった。ここの連中は基本的に言葉を覚えなくてもプレイ可能なリアルタイムアクションばかりをやり、文字を読まねばならないRPGには滅多に手を出さない。

 アセットは意外と努力家で、これのために言葉を覚えたのだなと関心させられる。


「メガヒップオシリスを仲間にしたいんだけど全然合成できないんだぁ」

「どれどれ……」


 双弥はP●Pをアセットから受け取り色々見る。本体の設定により文字が英語になっていたがモンスターくらい画像で判断できる。そこで合成したモンスターを見たとき理由が判明した。


「ああ、テラバストスライムがいるじゃないか。ならこのアカウントだとメガヒップオシリスは作れないよ」

「マジかあぁぁぁ」


 アセットは深いため息をつく。アカウント毎に生成できるモンスターが異なるというシステムは知っていたがその組み合わせまでは知らなかったため、今までの苦労は無駄足であったのだ。

 敵としてのモンスターは全種類いるが、生成できるかは実際にやってみないとわからない。しかも上位モンスターのレシピはプレイしていればなんとなくわかるが、完全に理解できるわけではないし成功率も低い。これがこのゲームの難しいところであり、勘や運より知識が重要と言われる所以であった。


「他にはクロスドアアントもできないし、アームピットアシュラも……ってどうした?」


 説明をしている双弥の顔をアセットはキラキラと輝いた目で見ている。

 そこで双弥は日本で過ごしてきた日々を思い出した。





 双弥はよく公園にあるベンチに座りP●Pをやっていた。深い意味はない。きっと部屋よりも風が気持ちよかったからだろう。

 するとどこからともなく好敵手キッズたちが集まり、双弥の周りを囲う。そして1人の少年が前に立った。


「おう兄ちゃん。いいもん持ってんじゃねえか」

「ちょっと、やめなよカズくん……」


 少年の1人がなめた目で双弥を見、横の少女がそれを止めようとし、他の少年少女はギャラリーに徹する。


「俺もそのゲームじゃ学年1なんだぜ。遊んでやんよ」

「────よかろう」


 双弥は伊達メガネのブリッジを中指で押し上げ、少年を一瞥した。

 きっと横の少女に自分は大人にも勝てるところを見せてかっこよく思われたいのだろう。そう判断した双弥はチームを設定していく。



 かくして双弥VS少年(小学3年生)の戦いが始まった。

 そして結果は双弥の圧勝。実に5対0の勝負であった。なんの盛り上がりもなかった。

 双弥は大人げないのである。



「……すっげー! アームピットアシュラにジャングルオロいんじゃん!」

「なんでそんな組み合わせできんだよ! チートだ!」


 双弥の画面を覗きこんでいた少年の叫びに対戦していた少年は苛立つように言い放った。


「…………負け惜しみか? ボウズ」

「ちっ、ちがわい! そんな組み合わせおかしいっつってんだよ!」

「特定の順番で編成すれば可能だ」


 モンスターの組み合わせによっては強くなりすぎてしまうため相性というシステムが存在し、同じチームへ入れることができなくなる。だがそれも絶対ではない。


 双弥は毎週末秋葉や中野、池袋へ出向きアドホックでしか交換できないモンスターの取引を行っていた。そこにいた猛者たちの情報も得てネットでは知られていない本来一緒に入れられない組み合わせのチーム編成も正攻法で可能であると知った。


 そこまでして知識を得ていたのは、あくまでも自らを高めるためであり、キッズ相手にお山の大将を気取るためではない。これはただの結果である。多分。



「……けどカズって口ほどにもねーんだな!」


 ギャラリーにいた1人の少年が悪態をつく。


「んだとてめぇ!」


 その言葉に少年カズは振り返り、顔を真っ赤にさせて叫ぶ。


「やめてよカズ君!」

「うっせえ! 俺だってあんなの知ってれば勝ってたんだよ!」


 その言葉に双弥は反応し、割り入ってくる。


「ボウズ。勝負ってのは一期一会。俺もボウズのことは知らなかった。条件としては互角のはずだぞ」

「くっ……」


「といってもこの組み合わせは俺も反則っぽいとは思ってる。なのに最後まで諦めず食らいついてきたその根性は素晴らしい。いいモンスターマスターになるぞ」

「兄ちゃん……」


 カズは喧嘩を売り返り討ちになった自分を褒めてくれた双弥の言葉に感動する。周りのキッズたちも最後の1匹でも投げ出さなかったカズの戦いを見ていたため、今更ながら関心した。


「ここで出会ったのも何かの縁だ。この2体を入れられる特殊な順番は大したことじゃないから教えてやってもいい。ただし仲良くしろよ?」

「マジかよ!?」

「やったー!」

「すっげー!」

「いちごいちえってなんだ?」


 キッズたちの驚きとも賞賛とも言える声が辺りに響く。





 そのときの少年少女の目を思い出した。アセットは今、あの純粋な子供たちと同じなのである。

 尊敬の眼差しとでも言おうか。くすぐったくも心地いい。

 そしてこれこそ双弥がエイカやリリパールに求めていたものだった。


「凄いなぁソーヤは。なんでも知っていそうだね」

「そうでもないぞ。だけど運が良かったな。メガヒップオシリスなら俺が持っている」

「くれるの!?」

「いや、俺のアカウントで作れないモンスターと交換だ。この場合はテラバストスライムが妥当だな」

「うっ、それは……でもまた合成すればいいか……」

「そういうことだ。これで取引決定だな」


「うるさい!」


 双弥とアセットがイチャコラしているように見えたのか、チャーチストが怒鳴る。少し申し訳なさそうな顔を双弥はチャーチストへ向けると、彼女は顔を真赤にさせていた。

 ただ怒っているというわけではなさそうだ。少し涙目の彼女の表情から苛立ちもあるが焦りも覗える。何かが彼女を追い込んでいる。そう感じられた。


「ちょっと見せてくれるか?」

「あっ!?」


 双弥はチャーチストのP●Pを取り、画面を見た。先ほど鷲峰たちとやっていたアクションMORPGだ。

 戦闘履歴を見てみる。武器とレベルはそれなりだが、どうにもスコアが悪い。これだけで彼女はこれ系のゲームが苦手だということがわかる。


 みんなと一緒にやりたかったのだろう。だけど全然上手くならない。それが焦りを生み、余計プレイが雑になり上達しない。悪循環だ。


「か……返せ!」

「うーん、チャーチにこのゲームは向いてないのかもね。だったら俺たちと一緒にこれやらないか?」


 モンスター育成型RPGは焦って戦う必要もなく、誰かの邪魔になることもない。そのうえ対戦やモンスター交換で他人と遊べる。のんびりやって楽しめるのがこのゲームのいいところである。


「文字読めない」

「あー……、日本語版は難しいかもしれないから英語版にしよう。アセット、英語を教えてやってくれないか?」

「いいよ」


 こうしてのんびりRPG派閥が誕生した。




 それから2日ほど経過し、数日振りの町が見えてきた。馬と御者の交代や食料の買出し、やることは色々ある。


「双弥様、町へ到着しました」

「あっそ。いてらー」


 馬車が止まり、迎えにきたリリパールを双弥は一瞥もくれず手を振って追い返す。


「チャーチ、町へ行くぞ」

「1人で行け」


 チャーチストも画面から一切目を離すことなく黙々とプレイし鷲峰を言葉で突き返す。


「レディ、町だよ! 何か食べに行こうよ!」

「ジャーヴィスが買ってきてよ。今大事なとこなんだから」


 ゲームの大事なとことは一体どこなのだ。だが紳士なジャーヴィスは女性に対し多くを突っ込まない。


 アクション系と通常のRPGには大きな違いがある。それは集中力だ。

 常に緊迫した状態で行うアクション系は多大な集中力を必要とするため、そう長い時間はプレイできない。しかしRPGは違う。集中しなくてもだらだらとやり続けていられるのだ。

 エイカやリリパールたちは途中休憩を挟みつつ1日合計8時間プレイしているとしても、双弥たちは食事などを片手間に1日16時間やり続けられる。

「お兄さん、いつまでもゲームなんてしてないで……」

「「「うるさい! ゲームは人生なんだよ!」」」


 三人のソウルが見事に重なり、その気迫でエイカは思わず尻餅をつく。

 そこで気付いてしまった。自分の言った台詞がとてもロクなものではなかったことに。


 自分よりも酷い状態の人間を見たとき、人は大きく分類すると大抵2種類の感想を持つ。

 これよりはマシであると今まで、そしてこれからの行いを否定せず自らを慰めるもの。

 そして自分はこんなことをやっていたのか。続けていたらこうなってしまうかもしれない。だけどこうはなりたくないと自らの行いを改めようとするものだ。


 エイカは後者であった。何が「ゲームは遊びじゃない」だ、と自らの言葉を恥じる。

 フレーム? カウント? 実際の魔物が規則正しい動きをするわけではない。そしてこの世界にはそんな魔物で溢れている。今までどれだけ対峙したことか。死にそうな目にあったか。

 こんなぬるま湯に浸かって倒した気になっている場合ではないのだ。


「お兄さん!」


 エイカは双弥のP●Pを取り上げる。もちろん双弥は何をするんだと奪い返そうとする。

 しかしエイカは一気に距離をとりP●Pを思い切り投げ飛ばした。


「お兄さん! ううん、全員! 今日からゲーム禁止!」

「ふ……ふざけるな!」

「酷い! 横暴だ!」

「頭おかしい」


 のんびり派が一斉にエイカを非難する。それでもエイカは怯まず真っ直ぐ睨みつけるように見返す。


「やっぱりこういうのは良くないよ! 私たちは何のためにここまで来てると思ってるの!?」

「そ、そんなの魔王を倒すためだろ。その道中を楽しく過ごすためにこうしてゲームやってるんだし」

「それは言い訳だよ! だって私たち、ここ数週間まともに体動かしてないんだよ! こんな体で戦えると思ってるの?」

「うっ……」


 皆一斉にお互いの顔を見合い、そして急に逸らす。明らかに筋肉は落ち、ふくよか感が増している。あまりにも自堕落な生活を送りすぎた証がそこにはあった。


「いや、これはその……大事なことなんだ。魔王を倒すってのはあくまでも最終手段であってさ、話し合いがメインなんだ。その話し合いに来た連中がムキムキマッチョだったら威圧されるだろ? 筋肉外交は相手に不信感を与えると思うさ」

「それで話し合いが駄目だったらどうするつもり? とにかく今日から全員毎日素振り1000回! 今まで駄目にしてきた体を作り直そうよ!」


 勇者おとこたちは不満そうな顔をするが、実際問題として戦えなくては意味がない。それにムスタファは基本真面目なため、今の自分を情けなく感じており、ジャーヴィスはレディに紳士としてみっともない姿を晒し続けるわけにもいかない。フィリッポはメスガキに興味がなくとも今のぷくぷくボディで女性へ愛を語ることに顔をしかめている。だから全員同意せざるを得ない。


「ふざけないでよ! ワタシらは武器なんて振ったことないんだ!」


 アセットの言葉にチャーチストも頷く。だがエイカはそれに関しての答えも用意していた。


「わかってるよ。だから勇者以外の人は素振りとかやらなくてもいいけど、せめて気が散らないようにゲームはしないであげておいてよ」


 その言葉にアセットは渋々だが納得してくれる。以前の彼女ならばそんなこと知ったことかとゲームを続けていただろうに、皆と共に過ごすことで我慢することを学んだようだ。


「仕方ありませんね……。私たちは邪魔にならないよう大人しくしていましょう」

「何言ってるの。リリパール様も素振りするんだよ」

「えっ!?」


 何故だと言いたげな声をリリパールは出したが、エイカからしたら当然のことである。

 一緒に旅をする際、自分にも戦う術を教えてくれと言い出したのは他ならぬリリパールからだ。今更一般人を装い逃れようなどとはいかない。


「ではエイカさんも?」

「もちろんだよ。その後にお兄さんの稽古も付き合うからね」

「げっ」


 素振りを終えた後も双弥にはいつも通りの稽古をやらせるらしい。今のエイカはなかなかのスパルタ精神を持っている。


「……じゃあせめてその後に夜の稽古まで付き合ってくれよ……」

「……お兄さんが……それでいいなら……」

「MAJIDE!?」


 少し複雑な表情でエイカは小声で返事をした。

 ふざけるなくらい言われると思っていた双弥には寝耳に水である。言ってみるものだ。

 だがどうするつもりだ天塩双弥。お前にはその稽古の知識も経験もないのだぞ。それ以前に妹や娘のように思っていたはずだ。今更それをなかったことにでもするつもりか。


 娘や妹に手を出す男もいると言われてしまえばそれまでなのだが。


「待て双弥。その前に俺たちの特訓にも付き合え」

「そうだよ! 僕たちの戦いの要は双弥なんだからいなくなられては困るよ!」


「ちょ、ちょっと待ってくれ! それ、夜の稽古の後じゃ駄目なのか?」

「駄目だ!」

「僕たちは何しに来たと思っているんだい!? 戦いだよ! その他のことは終わってからでいいじゃないか!」


 鷲峰とジャーヴィスが緊急発足した双弥の童貞を守る会により双弥の行動が制限される。何やらホモホモしく感じられる会ではあるが、単に双弥が自分より先へ行くのが嫌なのだ。鷲峰はプライドの高い男である。

 ジャーヴィスはからかうネタのレパートリーを守るためだ。2人ともロクでもない。


 そして破気にも似た恐ろしい波動を放つ少女がひとりいた。


「り……りりっぱさん?」

「……そぉやさま? わかっていますよね?」


 顔はにこやかだが、鷲峰たちからは感じられぬほどの殺意に似たものが発している。早いところ謝らなければ大事態になってしまう。


「違うんだ! これは……っ」

「夜、何のお稽古をなさるのでしょぉか?」

「……槍の……」

「それで私を騙せるとでも?」

「ほ、ほんとだ! 嘘じゃない!」


 双弥は嘘をついていない。ただどこの槍かは言っていないだけだ。


「では勇者様方。双弥様の特訓、相応にお願いいたしますね」

「いやあああぁぁぁ!」



 こうして万全の態勢を整えた勇者たちご一行は、魔王城までの最後の町へと向かうのであった。

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