第104話

「……双弥。貴様はほんとクソ野郎だな」

「なんで!?」


 ロリータファッションの3人とエクイティを侍らせゲル状に近い笑顔で食事をしている双弥に鷲峰は蟯虫を見るような目を向けた。

 ようやく頭痛が落ち着き、ゴスロリ安定期に入った双弥は皆を連れ宿にある食堂で夕飯をとっているところである。

 そこへ買い物を終わらせた鷲峰とチャーチストがやってくるなり不快な思いをしたという経緯だ。


「自分の連れている少女たちにゴスロリを着せやがって、一体何を考えているんだ」

「違う! ゴスロリはアルピナだけだ! あとは赤ロリと甘ロリ! いや、白ロリ……うん、ホワイトロリータだ!」

「それは菓子の名前だ」


 双弥クソやろうに半ば呆れつつもエイカたちへちらちらと目を泳がせている鷲峰。彼も嫌いではないらしい。

 いやむしろ好きなのだろう。その顔からは侮蔑よりも嫉妬が伺える。


「大体そんなものどこで売ってるんだ」

「そこらのブティックでも扱ってるし専門店もあるぞ」


 鷲峰はそれを聞き少し驚きつつも首を傾げた。

 チャーチストと買い物には行ったが、女性ものの服の売り場まで付き合ったわけではないから見かけなかったのはわかる。だが鷲峰が引っかかっているのはその点ではない。

 そこで鷲峰はひとつの仮説を打ち立てたのだ。


「おい双弥」

「なんだよ」

「俺の勘が正しければ、魔王の中にゴスロリ好きがいるはずだ」

「なっ……なんだと!?」


 双弥は驚愕したが、考えてみれば確かにその可能性が高い。

 作りを見ればわかるが、明らかにこの世界での仕立てではない。とするとこれを作ったのは異世界────地球の人間が関わっていることがわかる。


 基本この大陸から新たに作られたものに関しては外……他の大陸には持ち出させていない。なのにロリータ系衣装だけは出回っていた。これは意図的に広めようとしているように感じられる。


 つまり魔王にも同属へんたいがいるということになる。


「くっ……」


 双弥は片手で顔を覆い、座りながらよろけるという器用なことをした。

 勇者と魔王。相反するものであるはずなのに同族。気持ち的に戦えない。倒せない。

 出会い方が違えば仲良くなれたはずだ。親友でありライバルにもなりえていたであろう。


 しかし今の立場上それすらも許されない。余計な感情を持たず殺しあわなくてはいけない。


 そんな設定で妄想を双弥は瞬時に行った。双弥がそれを行ったことを鷲峰もすぐに理解する。

 中二は中二を知る。考えることくらいお見通しなのだ。


「ともかく魔王をこちら側に引き入れるつもりなんだろ。ならばそこを切り口として抱き込めるかもしれないな」

「そ、そうだな! ゴスロリを愛するもの同士、解り合えないはずがない!」


 双弥は立ち上がった。それを見るエイカやリリパールの目の冷たいことこの上ない。


「そうとわかればチャーチ。お前もあれを着るんだ」

「なめんな」


 チャーチストに瞬殺された鷲峰はわりかしガチでへこんでいる。

 だが鷲峰にも着せたい理由がある。もちろん言い訳だ。


「いいかチャーチ。魔王がゴスロリ好きである以上、あれを着ていればそう易々と攻撃されたり襲われることがなくなるかもしれない。自分の身を守るつもりで着て欲しい」

「だったら自分で着れ」

「「ふざくるな!」」


 双弥と鷲峰は見事にハモった。言い方まで一緒だ。


「いいかチャーチ! ゴスロリは女の子のための服だ!」

「そうだぞ! 男が着るなんてありえない! 言! 語! 道! 断! だ!」

「は、はい……」


 普段クールな鷲峰の思わぬ剣幕にチャーチストは後ずさる。一体何が彼をそうさせているのか。

 必死に叫ぶ2人の男をリリパールたちは「うわぁ……」と思いながら上半身を遠ざける。


「……双弥」

「……鷲峰君……いや、迅!」


 熱き男たちはガシッと握手をする。友情が深まった瞬間だ。もはや何がなんだかわからない茶番劇を見せられている気分だ。



「やあ賑やかしいね。日本代表がサッカーでニューセインツにでも勝ったのかい?」


 そんな中、世界の空気を乱す男ジャーヴィスがアセットを引き連れてやってきた。いつもは若干不機嫌そうなアセットだが何かいいものでも手に入れられたのだろう。少しうれしそうだ。


「うげぇ、ジャーヴィス……」


 双弥は嫌そうな顔を向けた。他ならまだしもゴスロリに対して嫌味や皮肉を言われたら、いくら英国人だからといっても許されるものではない。彼とはできるだけ友好的な関係でいたいのだ。


「そんな牛のゲップみたいな声を出さないでよ。おや、レディたちは素敵なドレスを着ているね。パーティーでもあるのかい?」

「おおっ、ジャーヴィスもわかってくれるのか!?」


 何を言われるかと警戒していた双弥だが、意外と好意的な言葉にうれしくなる。


「ははっ、レディは何を着ていてもいくつになってもレディであることには変わりないからね。もし双弥があれを着させているのだとしたらヒトラー並に軽蔑するけどさ」


 双弥の笑顔が固まる。そしてジャーヴィスの言葉を吟味する。

 いくつになっても何を着てもレディ。それは女性に年齢なんて関係ないと言っているわけだが、わざわざここでそれを言う必要はない。

 では何故この場面で言うのか。それは着ている服が歳不相応であるからだ。

 ジャーヴィスにとって日本のロリータファッションは、ピアノを習っている小学校低学年の子供が発表会で着るものと同様に見えているのだ。

 それを強要するなど例えるならば20歳過ぎの女性に園児服服を着せて喜ぶのと同列。五十歩百歩。つまり特異趣向へんたいである。暴君ヒトラーと罵られても文句は言えない。


「ま、ままままさかそんなバカなことを……」


 一瞬にして双弥の背中は汗で染まった。そして助けを求めるようにエイカたちへ顔を向ける。


「え、えーっと、一応自分から着た、かな」

「私も不本意ですが……着ろと言われたわけではありません……」


 どうにも腑に落ちない言い方ではあるが、2人共自ら着ることを選んだのである。双弥は汗を拭いつつ心の中で2人に感謝した。


「アタシ着せられたきゃ!」


 しかし双弥は忘れていた。空気は読むものではなく切り開くものであると豪語しそうなアルピナの存在を。


「のおおぉぉぉ!」


 双弥は思わず頭を抱え、俯いた。そんな彼にジャーヴィスはポンと肩に手を置く。


「ヘイ、ミスター暴君ヒトラー」 

「いやああああぁぁぁ!!」


 日本人はヒトラーに欧州人ほどの嫌悪感を持たない。同じ枢軸国だったからという意味ではなく、遠く離れた国の出来ごとであるからだ。

 せいぜい教科書などに載っている近代史を見て『ああ、なんて酷いことをする人なんだ』と思う程度のものだ。実際に被害を受けた人たちとは温度が違いすぎる。

 そんな欧州人に『お前はヒトラーだ』と言われるのは相当な屈辱である。


「ち、違うんだ! これはエイカが……」

「ミスターヒトラー、レディに責任を押し付けるのはしんしのすることじゃないよ」



 その日、双弥は独り枕を濡らした。『違うんだ……ゴスロリは女の子を最高にかわいく見せる天使の衣装なんだ……』と意味不明なことを呟きながら。





 翌朝、憂鬱な気分で目覚めた双弥が食堂へ向かうと昨日と同様のロリータファッションに包まれていたリリパールたちがおり、一瞬で元気になったうえ『もう俺ヒトラーでもいいや』と一皮向けてしまった。悪堕ちである。

 あれから鷲峰から事情を聞いたジャーヴィスは適当な謝罪をし、あくまでも『身を守るため』アセットにもロリータファッションを促した。

 元々こういったゴテゴテしている服が好きなアセットはノリノリで選び現在黄ロリファッションだ。

 もちろん双弥は飛びつこうとしたが、事前に察知していたエイカの棍によりボコられ難を逃れる。



「全く、朝から静かにできないのかお前らは」


 呆れ顔でムスタファが食堂に入ってきた。騒がしいのはいつものことだが、せめて朝くらいは慎ましやかにしてもらいたいものだと思っている。


「やあムスタファ。朝の礼拝は終わったのかい?」

「何時の話をしている。日はとっくに上がっているぞ」


 最近、ムスタファは日に5度の礼拝を再開している。

 今までは聖地がなかったためできなかったのだが、送られてきた場所──キルミットが地球と繋がっていると仮定し、そこへ向けて礼拝しようと考えた。ジャーヴィスと違い信者の鑑だ。


「それは後で話してくれ。さっき俺とムスタファで色々考えていたのだが──」


 そこへ鷲峰もやってきた。ご一行の真面目ちゃん2号である。

 話を途中で引っ掻き回されぬよう1号2号はよく2人だけで話し合う。もちろん1号はムスタファだ。


 自分がそれに含まれていないことでジャーヴィスと双弥は気を悪くする。双弥はともかくジャーヴィスのどこに自分がそこへ含まれるべきだという自信があるのか。


「それでどういった話だ?」


 少し不機嫌になりながらも双弥は訊ねた。彼の不貞腐れを中和できるゴスロリは偉大であった。


「うむ、我々はこれから魔王の居城へ行くわけだが、思いのほかそれは容易いのではないかという結論が出たのだ」

「そういうことだ。魔王が主要道路のインフラをしっかり行っているおかげで行きやすいだろう。それに輸入した品をこの港から魔王城まで運搬している業者から話も聞けた。ここから南東へ凡そ2800キロだ」


「いっ!?」


 2800キロとはかなりな距離だ。馬車を乗り継いでも1ヶ月はかかってしまう。


「どうしよう双弥。僕のクラス395でも10時間はかかっちゃうよ」

「微妙に近そうな気がするから変なもの持ち出すな!」


 あくまでもシンボリックなしで進むつもりなのだから使えぬものを例として出さないでもらいたい。距離感が狂ってしまう。


 馬車ならば1日60~100キロが限度と考えたほうがいい。あとここは交易路とはいえ最重要というわけではないだろうから馬車に辛い砂利道であるが、大動脈とも言える本道はきちんと整備されているはずであり、馬車でも快適に移動できるはずだ。


 だが馬車に揺られ1ヶ月…………。


 双弥たちは馬車旅の辛さを知っている。発狂寸前になるまでの退屈を強いられるのだ。狂ったテンションのなか、一度しでかしているだけに注意したい。


「どうしたんだい双弥。浮かない顔をして」

「ああ。以前馬車旅で辛い思いをしてな」

「へえ、どんな?」

「暇」

「へ?」

「やることがないんだよ。何日も何日も、景色も大して変わらないし、目新しいものもないんだ」


 その話を聞いてさすがのジャーヴィスも渋い顔になった。長く一人旅をしていたためその辛さをよくわかっているようだ。

 それは人が多くとも変わらない。むしろ余計ないざこざが増えるだけだ。

 ある程度距離を詰めてから一気にシンボリックを用いて接近するという手もあるが、できることならば少しでも使いたくはない。自分たちの存在がバレるというよりも、もし話し合いで決着がつかない場合は戦闘になるため、少しでも魔力を温存したいのだ。

 これまで様々な魔力増幅トレーニングをやってきたため、以前とは比べものにならぬほど力をつけることができた。それでもまだ魔王相手には厳しいと考えている。


「昔の人は旅の退屈さをどうやって解消していたんだろうな……」

「昔の人はきっとたくさん妄想して過ごしていたんだよ。『ご覧あの星を星を結ぶと人のように見えるだろ。そうだきっとあれは昔の英雄が神様の力で星座にされたんだ!』みたいな感じでさ」


 まるで神や星座が暇つぶしに作られたようにジャーヴィスは話しているが、当時の人々がどのような思いでそれらを作ったのかわからぬためそれは違うと言い切れない。


「じゃあ俺らもこの世界で星座でも作るか?」

「嫌だよ。そもそもこの世界には人間にちょっかいをかける神様が実際にいるんだからね。適当なことをやって罰を受けるのはごめんだよ」

「まぁそうだな……」


 双弥もジャーヴィスたちもその被害者であるため、これ以上の面倒は断りたいのだ。


「双弥」


 名を呼ばれ振り向いた双弥が鷲峰に投げ渡されたものを受け取る。それは少々サイズが大きくなっているがとても見慣れていたものだった。


「こ……これはP●Pじゃないか!!」


 携帯ゲーム機だった。ゲームにもよるがこれさえあれば1ヶ月くらい容易いだろう。


「ど、どうしたんだよこれ!」

「試しにシンボリックで出してみたんだが、普通にプレイできるみたいだ。ただ俺がやり込んだゲームしかできないみたいだけどな」

「それでも全然OKだ。ちなみにどんなゲームをやり込んでいたんだ?」


「……海●川背とか……」

「……渋いな……」


「だ、だがアドホックで協力プレイや対戦ができるゲームもちゃんとあるぞ」

「それはいいな。魔力は温存しておきたかったけど魔王城の近くの町までなら大丈夫だろ。みんなの分も出せたりするか?」

「多分な。後で試してみよう」


 久々に日常で接する現代的な代物に双弥は満面の笑みを浮かべた。


「双弥様、それはなんでしょうか」


 興味ありげにリリパールたちが覗き込む。双弥はロリータファッションの少女たちをくんかくんかしつつ鼻の穴を膨らませながら興奮気味に答える。


「これは俺が地球にいたころ、ラノベと共に愛したものだ!」

「えっと……板状のものにガラス板が貼り付けられて……中に人? いえ、サイズ的に妖精ですか……わかりました。妖精の押し花ですね」

「そんな残酷な趣味はねえ!」

「潰れてる感じがしないから標本じゃないかな」

「大して変わらねえよ!」


 一体どれだけ非道な遊びなのだと憤慨しつつも、遊び方などを丁寧に教える。

 後で散々カモるにしてもまずプレイできなければ意味がないのだ。



 こうして長旅の不安を払拭した双弥たちは一路魔王城へと向かうこととなった。

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