第106話
港町からおよそ1ヶ月と10日ほど経過し、勇者たちは予定より少し遅れたが魔王の城まで馬車なら2日程度にある町まで辿り着いた。
予想通り道はきちんと整備されており、かなり快適な馬車旅であった。
その間も魔王との戦いを想定した体作りをしていたような気がするおかげで、出発時と大差ない体型を維持している。
特に双弥はここ最近勇者からの特訓に明け暮れており、朝まで起きれぬほどぐったりしていた。皆勇者としての自覚が芽生えてきているようであった。
そんな嘘くさい妄想はさておき、ようやく目的の町である。
まずここで拠点を築き、体力と魔力を充分に回復させつつ情報を集める。
とはいえここは完全に魔王のお膝元だ。下手な動きをしたら捕まってしまう可能性がある。今まで以上に慎重さを求められるのだ。だがここで情報を得なければ完全に行き当たりばったりとなってしまう。いい加減動かなくてはならない。
「──というわけで何かいい案はないか?」
双弥は町の外で皆に問いかける。中に入ってからでは誰に聞かれるかわからぬため、前の町で馬車を引き払い徒歩での移動をしている最中のことだ。
「情報収集は迅と双弥の仕事だよ。それくらいも考えてよ」
人任せなうえに全て投げっ放しのジャーヴィスを双弥と鷲峰は無視した。このあとめちゃくちゃ折檻する。
とにかくうまいこと情報を引き出せるよういくつかの手段は持っておきたい。双弥と鷲峰だけでは限界があるのだ。
「私はフィリッポを使うのがいいと思うぞ」
「あぁ? オレかぁ?」
ムスタファの提案にフィリッポが嫌そうな声を出す。
「インフラを見る限り魔王による恩恵はかなりなものだ。住人たちは相応に感謝の気持ちがあるだろう。しかし色恋沙汰であればそれとは別の話になるはずだ」
「そういうことか。ちっ、仕方ねえな。お前らのためマダムたちに取り入ってやるとするか」
まるで感謝しろとでも言いたげな台詞だが、彼は言われなくてもやっていただろう。そこに情報を得るというオプションが加わっただけの話だ。
「ならば俺とチャーチも独自でそれとなく調べさせてもらう。双弥は?」
「俺は一度実際に魔王城を見に行こうと思う。破気を使えば往復1日もかからないだろう。ムスタファはどうするんだ?」
「私はこの町の外の動きを見るつもりだ。物資量や人の流れがわかればうまく紛れて魔王城へ行く手立てがみつかるかもしれないからな」
鷲峰とムスタファは地味だが重要な作業をし、双弥には危険であるが他人へ任せられない仕事がある。
ここで双弥はふと思ったことがひとつ。
「なあジャーヴィス」
「なんだい双弥」
「お前は何の役にも立たないのか」
ジャーヴィス以外の顔が「あっ」という顔を双弥に向けた。今まで言わないでいてあげていた。言わないのがやさしさだと思っていたのだが、とうとうバラしてしまったのか。といった顔だ。
「は、はは。なにを言っているんだい双弥は。なんで僕がなにもできないと思ったんだい?」
「え? じゃあこれからなにするんだ?」
「僕は……」
そこで言葉が止まってしまった。その続きを皆固唾を呑んで見守る。
ジャーヴィスは助けを求めるようにキョロキョロと皆へ視線を向けた。目を合わせないようにと全員さっと顔をそむける。
もうジャーヴィス涙目である。下唇がぷるぷると震えだしてきている。
「……僕は魔王を倒すため力を溜めることにするよ! みんなヘトヘトだったらいざというとき困るからね!」
そこで皆、涙を流しながら拍手喝采する。この旅で全員が一致した意見はジャーヴィスが不憫な子ということであった。それに対するやさしさが今、ジャーヴィスを包んでいたのだ。
「いや、そういうのいいから」
双弥の一言に全員顔を青くし絶句する。そしてうらめしそうな目を双弥に向けた。
ジャーヴィスは今やマスコット的存在。メインおまけでありみそっかすなのだ。
しかし双弥も別にジャーヴィスが嫌いなわけではない。追い込もうとしてこんな発言をしているわけではないのだ。
「じゃ、じゃあ双弥は僕が何をすればいいと思っているんだよ!」
「ん、ああ。ちょっと頼みたいことがあるんだ」
「なにをさせるつもりだい? 僕は……」
そこで言葉を詰まらせる。「役に立たない自信ならあるよ」とでも言って受けを狙おうかとも思ったが、状況から考えてみんな知ってたみたいな態度が返ってくることは目に見えており、そんなことがあっては生きていくのが辛くなる。知らなければよいことは世の中にたくさんあるのだ。
そんなジャーヴィスに双弥は言葉を続ける。
「チャーチストは迅と一緒だけど他の子たちは俺たちと離れることになる。アルピナがいるとはいえ不安は大きい。彼女らを守っていてくれよ」
その言葉にジャーヴィスの顔はぱっと明るくなった。なにもなければなにもしなくていい。そしてジャーヴィスとしてもその仕事は願ってもないことだった。
「レディを守るのは紳士、そして騎士の仕事だからね! そりゃあ僕じゃないと務まらないさ!」
ジャーヴィスは誇らしげに言った。正直ジャーヴィスに任せるのも不安なのだが、彼はあれでも紳士であり、女性を見捨てて自分だけ逃げるなんて真似はしない。その点は安心できる。
双弥の見事な采配に、今度は双弥に対して拍手喝采。ジャーヴィスは守られるマスコットから守るマスコットに格上げされたのだ。どんな格なのかは知らないが。
「────よし、じゃあ俺は行くぞ。ムスタファ、気をつけてな」
「ああ。私はもう少し離れて町全体が見渡せる位置に行こうと思う」
鷲峰、ジャーヴィス、フィリッポは女性陣を連れ町へ行き中で別れる。双弥とムスタファはそのまま町外での行動へと移った。
「刃喰!」
『おうよ。久々に呼んだと思ったら乗り物扱いかよ』
「そう言わないでくれよ。もうじき暴れさせてやるからさ」
『ふん。だといいんだがな』
双弥は刃喰を並べその上に乗り、一気に加速する。
本来ならば森などに隠れつつ移動したいのだが、生憎城までの道のりは開けている。
開けた場所にある城というのは、通常の城と長所短所が逆になる。
木々や町などに囲まれた城は一気に攻め込まれにくく大型の破壊杭などが使いづらい長所の反面、敵の接近を発見しづらいという短所がある。大きく開けた場所であれば攻め込みやすくはなるが敵を発見しやすくなる。
あとはその長所を両立させた、クラク・デ・シュヴァリエ城のようなものもあるがここでは割愛する。
どんなに数が多くても迎撃できるだけの戦力が城にあるのならば敵を発見することが重要となる。魔王城はまさにそんな感じのものであった。
5時間ほど進み、城が見えてきたところで双弥は岩場を見つける。よく見ればその巨大な岩は点々と城の方角まで伸びている。なんというわかりやす罠だろうか。
岩や木に隠れながら進むのが隠密の定石だ。だがそれをわかっていれば隠れられる場所を集中させ、そこだけ見張っていれば発見できるわけだ。単純な誘導である。
だがここで双弥は考える。あまりにも見え透いていすぎのため、逆の罠なのではないかと。
こんな誘導にひっかかるかと別のルートをとったところでそこが見張られていた、なんてことがあるかもしれない。
ここで双弥は接近をやめ、暫し考えることにする。
相手の性格がわかれば罠の方式もある程度読むことができる。しかし双弥が知っている魔王はハリーだけだ。
あとはドイツ人がいるであろうという予測。そして最後の1人は不明である。それだけでは情報が少なすぎる。
あまり接近しないほうがよさそうだ。当日は一か八かの特攻を覚悟しなくてはならないがここで引き返すべきだろうとし、最後にもう一度城をよく見てみようと目を凝らす。
距離にして20キロほど先だろうか。それだけ離れていても形状がはっきりわかるほど巨大な建物である。
見える限りでは塔が2つに天守が1つ。塔の間は城壁が囲っている。
とりあえず見ることができただけでもいいかと引き返そうとしたとき、何か違和を感じる。
この場所から魔王城までの間に舗装されたわき道があるのだ。
それだけならば別のルートから魔王城へ向かう道なのだろうと思えるが、今いる道とほぼ平行にこちらの方角へ向かっている。
これはどういうことなのか。双弥はそちらの道が気になり、帰りがてらその道を通ってみようと考えた。
本道と徐々に離れつつあるが、戻っていることには間違いない。ではどこへ向かっているのか。
そろそろ戻り道で4時間ほど経過するというところで、双弥の目の前には町が広がっていた。
何故こんなところに町が? わざわざ本道から遠ざけて道を別に作る必要なんてない。
もう夜になるというのに明るく賑わっているのが遠目からでもわかる。近代化されておりそれなりに大きな町なのが伺える。
こんなところで別の道を作ってまで発展した町を作る意味がどこにあるのか。
ひとつだけ見つけた。この町の意味が。
恐らくこの町こそが双弥たちが目指していた町なのだ。途中で未舗装路、或いは手前の町にある別の出口から続いている道を辿らねば到着しなかった場所。この大陸の人は知っているだろうが、部外者は知らない。つまり選別ができている。
とすると、今リリパールたちがいる町は……。
「しまった、罠か!」
双弥は急いで本道と思っていた場所へと戻った。
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