第107話

「…………なんか、人がいないね」

「ええ……」


 エイカの呟きに、リリパールが応える。

 双弥たちと別れ町に入ってきたものの、人の気配がほとんどしない。


 門に衛兵がいないのはもちろんのこと、道を歩くものはほとんどおらず、野菜などを売っている屋台も半数以上が無人販売のように放置されており、店員らしき人物がいても全く元気がない。まるで死人の町のようだ。

 

「とりあえず……リリパール姫たちは宿の確保をしておいてくれ。ジャーヴィス、頼んだぞ」


 双弥とムスタファがいないため、鷲峰が指揮をとる。リーダーといえば聞こえはいいが、単に面倒な決断を押し付けられているだけに過ぎない。


「任せといてよ! 迅はどうするんだい?」

「俺は当初の予定通りチャーチと情報収集に出る。フィリッポも頼んだぞ」

「ちっ、しけた町だぜ。こんなところに情熱を持ったマダムはいるのかねぇ」


 寂れた町を見てフィリッポのやる気が底まで落ちている。このままでは色々と支障が出てしまう。



 これをなんとか乗り切り、様々な情報を得ることができたなら双弥はきっと鷲峰らを褒めるだろう。

 だが鷲峰は双弥から褒められたいなどと微塵も思っていない。

 では何故双弥に代わって仕切っているのか。


 それは双弥に「やっぱり俺がいないとお前ら駄目なんだな」と思われるのだけは我慢できないのだ。

 同じ日本人として双弥よりも上でありたい。鷲峰は意識の高い男なのである。



「フィリッポ、こういうのはどうだ?」

「あ~?」


 鷲峰は何か思いついたように気だるそうなフィリッポに話しかける。


「寂れた町。ここから出て行き華やかな都市で暮らしたい。だが厳格な父親がそれを許さず適齢期を過ぎてしまった。それでも都市への憧れは醒めず、誰か自分を連れ去ってくれる人はいないかと日々外を眺める女性というのは」

「ふむ?」

「そういう女性のほうが内に秘めた情熱があるとは思わないか?」


「……ありだな。うっし、少しやる気出てきたぞ」

「がんばれ」


 鷲峰はフィリッポを見届けてからチャーチと共に町の中心へと足を運んだ。



 ★★★



「──あまり良い部屋ではありませんね……」

「うん。なんか埃っぽい」


 リリパールとエイカはベッドへ腰を掛けつつ辺りを見回しながらそんな感想を漏らした。

 これはリリパールが上流階級だからという問題ではない。お嬢様ではあるが大抵のところに文句は言わず寝られる。それこそ馬車の中だろうが野宿だろうが。

 といってもここは金で寝床を提供している場だ。払ったなりのことをしてもらいたいと思うことは特別ではない。

 金をケチって安宿を選んだわけでもないし、外観的にはそこそこである雰囲気がしていた。

 場所的に日当たりがよいせいかカビっぽくはない。それでも埃っぽさは清掃を怠っているとしか思えないものだ。


 思えば受付にいた人物も怪しかった。男とも女とも見分けがつかぬ老人で、あまり生気が感じられず不気味な印象があった。

 それでもジャーヴィスの「大丈夫だよ。左手が右手じゃないことは確かめたからね」というわけのわからない理屈により安全らしく、渋々ここへ決めた感じだ。

 エイカは立ち上がり埃を飛ばすように窓を開け、棍の先に黄色い布をつけて外から見えるように出す。ここを知らぬ双弥たちへの目印である。


「さてと……どうしようか」

「少し周囲を調べておきたかったのですが、大人しくしているのがよさそうですね」

「うん。雰囲気も嫌だし、何かあったらお兄さんに迷惑かかっちゃうからね」

「ジャーヴィス様にも、です」

「あっ、うん」


 一応彼女らの保護を請け負っているのはジャーヴィスであり、勝手に出歩くといざというときに対処できない恐れがあるため動き回らず固まっていたほうがいい。

 これでもしものことがあったらジャーヴィスは本格的に何もできない子というレッテルを双弥から貼られてしまう。それはあまりにもかわいそうだ。


「それじゃあさ、エクイティやアセットも一緒のほうがいいかもね。ジャーヴィスさんだけじゃ不安だし、いざとなればアルピナに守ってもらわなきゃ」

「そうですね。では部屋を移動しましょうか」


 エイカとリリパールは貴重品を持ちアセットの部屋へと向かった。


 だが中から返事はなく、恐らくジャーヴィスの部屋にいるだろうと思いドアノブに張り紙をしてエクイティの部屋へ。


 中に入るとエクイティの横でアルピナが激しく転げ回っているのが確認できた。双弥の逸品であるゴスロリが埃まみれになってしまっている。


「ど、どうしたのアルピナ!?」

「なんかむずむずするきゃ! 嫌きゃ!」

「ああもうこんな埃まみれになっちゃって……。お兄さんが見たら泣くよ?」

「関係ないきゃ!」


 埃っぽい部屋は耐えられないのかアルピナは悶えながらきゅーきゅー唸っている。そのせいで更に埃が舞い、部屋の中がまるで濁っているかのように感じられる。


 エイカは急いで部屋の奥へ行き窓を開ける。すると部屋に充満していた埃が一気に外へと吹き飛んでいく。


「うーん、あまり長居したくないなぁ」

「そうですね。これならば野宿のほうがまだ落ち着けそうです」


 ここで一晩明かすのすら嫌といった雰囲気がこの場にいた少女たちから醸し出されていた。



「……一番不安なのが、食事……」


 ぼそっと呟くエクイティの言葉に、リリパールは嫌そうな顔をした。


「確かに……部屋がこれではどんなものを出されるか怖くて考えたくありません」

「同感だよ。でもエクイティに作ってもらおうにも食材が……」


 エイカは改めて窓から町並みを見下ろす。

 一言で表すならゴーストタウンというのが一番しっくりくるだろう。活きた町という感じが微塵もしない。

 こんな場所で売られている食材がまともだとは思えない。まだ干し肉をかじっているほうがマシなのではないだろうか。


「しかし、一体何故このようなことになっているのでしょうね」

「うん。今までの感じからして魔王城から一番近いんだから一番栄えていてもいいはずなのに」


「……あっ」

「えっ?」


 リリパールが何か思いついたような顔をし、エイカが反応する。そして次に来る言葉を待つ。


「城というのは通常、守りを固めるため周囲に町を築くものなのです」

「町があると守れるの?」

「ええ。建物が増えればそれだけ動きを制限することができますから。つまり魔王もそういったことを行った可能性があるということです」

「なるほど! じゃあ近隣の町の人を自分の城の周囲に移住させたんだね!」

「はい。つまりここはその際に打ち捨てられた町という風に見ることができます」

「じゃあ今町にいる人たちは?」

「恐らく先祖代々住んでいるとか思い出のある土地という理由で離れ難い、或いは浮浪者たちが無人の建物に住み着いたのかもしれませんね」

「それにしてもちょっと元気じゃなさすぎるよね」

「ええ。まるで死人が歩いているような……」

「まっ、まさか! だってまだ夜じゃないよ!」


 そういったものが苦手なエイカは体をブルッと震わせつつ、声を大きく出した。それに驚きリリパールもビクッと体を強張らせる。怖いのならば言わなければいいのだが……。


「そ、それにしてもアセットたち遅いね! ちょっと見てくるよ!」


 気を紛らわせようとしてか無駄に元気っぽく振る舞いつつエイカは部屋を出て行く。

 リリパールは唸るアルピナの埃をはたきつつ、エクイティへ顔を向ける。


「エクイティさんは怖くないのですか?」

「……何が……?」


 まるで気にもしていない風である。そこでリリパールは少し困ってしまった。


「ええっと、もしこの町が死人の町だったらって話です」

「……死人は食材にならないかな……」


 もっと怖いことを言う人物がそばにいた。リリパールは今までエクイティが料理してきたものを思い出し、若干引き気味になる。何かとんでもないものが混じっていたりしないのかと。


「……冗談……」


 そんなこともお構いなしにしれっとそんなことを言うエクイティ。彼女なりに気を使っているのだろうが、その冗談は笑える類のものではない。



 と、そこへエイカが慌てて戻ってきた。ドアを乱暴に開け、焦った表情をしている。


「リリパール様! ジャーヴィスさんたちがいない!」

「えっ!?」


 なんということだ。ジャーヴィスは本当に何もできない子になってしまったのだろうか。このままでは双弥に怒られてしまう。


「ですが……探しに行くわけにはいかないですね……」

「うん……。行き違いになったらもっと面倒だし」


 2人の会話が沈んでいる。



 少しの沈黙の後、突然再びアルピナが暴れ出した。


「ここ嫌きゃ! 早く他に行くきゃ!」

「ま、待ってアルピナ! 私たちはこの町にいないといけないんだよ! 少しだけ辛抱して!」


 エイカはアルピナをぎゅっと抱きしめて宥めるように言い聞かせる。町の様子を見るからに他の宿へ行っても変わらないだろう。ここだけ酷いというわけではなさそうだ。そしてここへ戻ってくる双弥を待たなくてはならないため町から出るわけにはいかない。


 そんなエイカに、アルピナは信じられない言葉を発した。



「なに言ってんのきゃ! 町なんてどこにもないきゃ!」

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