第174話
「じゃあまず国のことを話すか?」
「それはいらないだろ。互いに知らないほうがいい。平等のほうがいいだろ」
ジークフリートの提案は即座に断られる。
相手を知っている同士も知らない同士なのも、片側だけ知っているよりも公平さの面では大差ない。
それにこちらは何年も暮らしている分有利な点が多いため、あちらとしても余計な情報を与えたくないのだろう。
「一理あるな。じゃあどうする?」
「簡単なことだ。まず
「おいおい、こっちから先に話させるのは不公平じゃないか? そっちから話してもいいと思うぞ」
ムスタファの提案に、代表らしきスペイン人が口を挟む。
だがこれは公平のための提案だ。それを考慮して相手から話させようというのだ。
「それはそちらがここへ来たばかりだからだ。大した出来ごともないだろうから話はすぐ終わるはずだ。対して私らは数年分の話がある」
長話は後回しにし、とりあえずすぐ済む話をしようというのだ。会話の順番としては正しいと言える。
「そう言われると返せねえな。わかった、こちらから言おう」
スペイン人は軽く両手を挙げ、話し始めた。
魔王がたくさんの人を殺しているなか、この大陸ではそれに対抗するため勇者を召喚。しかし勇者たちは魔王に取り込まれ、反旗を翻した。
だから今度は魔王と旧勇者を倒すため、新しく勇者を呼ぶことにした。倒すまでは帰れない。といった内容だった。
それを聞いた双弥たちは激怒。よくもまあそんなウソをつけるものだと。もちろんその怒りは新勇者ではなく創造神へ向けてだ。
こうなったらなにも包み隠さず全て伝えようと双弥たちは話し始めた。
魔王の正体や創造神の狙い、そして魔王を倒した以前の勇者は勇者の力を奪われ誰も来ないような雪深い山奥に捨てられたこと。
あとはそれを阻止しようと召喚された破壊神の勇者双弥のこと。
全て話をしようとする前に、双弥たちは数人の新勇者たちに掴みかかられていた。
「ほ、本当におれたちは帰れないんだな!?」
「そう興奮しないでくれ! まだ話の途中だ! ただ今まで帰ることができた人間がいないというだけで、今後もそうとは限らない。但し戻れる可能性は限りなく低いと思ったほうがいい」
創造神が行った今までの経緯から考えて、騙されている確率のほうが圧倒的に高いだろう。数値で言うならば九割九分九厘くらいか。
「……やっぱり、それを知るためにはあたいたちがあんたらを倒さないといけないわけね」
「だからそう急ぐなって! もし帰れないで人里離れた山奥に飛ばされたらどうするんだ!」
勇者の力を奪われロクな装備もなしに雪山へ置かれたら確実に死ぬ。登山用具フル装備の熟練者が慎重に行ったとしても、必ずしも生還できるとは限らないのだから。
こうなってしまうと新勇者たちはなにもできなくなってしまう。旧勇者及び元魔王たちを倒したからといって帰れるわけではない。それどころか倒した瞬間死の淵に追いやられる可能性があるため試すなんてことはできない。
それでも帰るためには今現状、双弥たちを倒すしか道がない。
いや、ひとつだけある。
「こうなったら破壊神にでも頼んでみるか?」
破壊神ならきっとなんとかしてくれる。というよりも彼女以外に頼れるものがないのだ。
旧勇者や元魔王の中で未だ誰も戻っていないが、破壊神によると帰らせることはできるというのだ。皆はそれを信頼するしかない。
少なくとも破壊神は、なにかしらあるとやって来ては双弥たちの面倒を見てくれるし、神であっても友好的だ。彼女は調子に乗っても人を欺かず、悪態をつくが傲慢でなく、働きもせずネトゲをし、フォロワーの増減で一喜一憂する。
……あまりにも俗っぽいが、そこもまた魅力であると好意的に見てもらいたい。
「待て、破壊神なんていうものに頼んだところで帰れる保証なんてどこにもない」
大柄な男が会話に割り込んでくる。彼の言う通り、破壊神なんて名前からして危険だ。
しかしこの考えは地球的なものであり、この世界では創造神信仰が主流なため邪神と呼ばれることもあるが、基本的に神は神として崇拝されている。
「それはオレもわかるが、この世界の破壊神は案外まともだぜ。信者だってム◯◯ムに比べりゃ全然マシだ」
「貴様! 今の発言は許されないぞ!」
ハリーの言葉にムスタファは大層憤慨した。
一部が過激なだけで全体を悪く見るというのは失礼なことだ。例えば日本の犯罪件数は年間100万を越えるのだが、それだけ見て日本人は危険な犯罪者ばかりだと言っているのと大差ない。
そもそも歴史的に見ればキリスト教徒もかなりなものだ。信者の暴走まで教会は面倒を見てくれない。
「その話は後でじっくりやってくれ」
「迅! これは後回しにしていい問題ではない!」
「だがここで揉める話でもないだろ。この場で片付けないといけないことと混同するな」
鷲峰の言葉にムスタファはハリーを睨み付けつつ黙る。
「えーっと、まあそんなわけなんだけど、どうするんだ?」
双弥がまとめに入る。
すると新勇者たちが悩み始めた。どちらが嘘をついているか判断しかねるのだろう。
ここへ呼び出した神。召喚できたんだから戻すこともできるだろう。だがそうであるからといって嘘をつかないわけではない。
そして双弥たち旧勇者と元魔王。こちらは元々自分たちと同じ世界から来た人間だ。こんなわけのわからない世界の住人よりも信用したいという気持ちはある。
「……少し、考えさせてくれ……」
それだけを言い残し、新勇者たちは帰って行った。緊張が解け、みんなの気が緩む。
「さて、どう来るかな」
「敵対は避けたいけど、正直なところ五分五分なんだよな」
「毒ガス実験の猫かい? あんなもの死んでるに決まってるじゃないか」
「そりゃ勘違いだぞ。あれは毒が出るか出ないかの話で──」
また脱線が始まった。話を戻すためジャーヴィスは蹴っ飛ばされる。
「とにかく、向こうの話し合い如何で味方になるか敵になるかが決まる。こちらとしては受け身に回るしかないんだが、なにか案がある奴はいるか?」
「だからそういうのは双弥の役目じゃないか」
「そうだ。お前が意見を出してから聞け」
あくまでも自分で意見を述べず、双弥任せだ。いい加減ブチ切れて暴れまわってもいい頃合だが、今の双弥は最弱であり、暴れたところで逆に叩きのめされる可能性が高い。もう泣くしかない。
「うくっ……。ど、どちらにせよ残りの奴らと戦わないといけないのは決定事項だよな」
今は擦り付けあっている場合ではない。その事実が全員に圧し掛かっていた。
全員が敵対しているわけではないが、少なくとも確実に敵はいる。
恐らくその連中は、双弥らに勝ったあとのことなんて考えていないだろう。たとえ雪山へ捨てられることになったとしても殺しに来る。
王の師匠ならそれでも生きていられる……なんてことはない。たかだか中国武術を極めた程度でエベレストを無装備で登れるはずがないわけで、自然の脅威とは人間の力でどうにかできるものではない。ゆーじろーなんていなかった。
だがその事実を知ったところで彼らは攻撃してくるだろう。戦闘狂とはそういうものだ。
「じゃ、じゃあ僕から案を──」
「却下だ」
「なんでだよ! 折角双弥を助けてやろうと思ったのにさ!」
「まあたまにはそいつの戯言を聞いてやってもいいんじゃねえか?」
ジャーヴィスを真っ向から叩き切る双弥を止めるのは魔王側のトラブルメーカーであるハリーだ。どうせこいつもロクなこと考えてないんだろうと思いつつもジャーヴィスの案を聞くだけ聞くことにする。
「まずはタービュラント・シンボリックのことだよ。それぞれどういったものか調べて今後の戦いで有効に使えるようにするんだ」
「えっ!?」
驚いたのは双弥だけではない。皆驚愕の表情を浮かべた。なにせジャーヴィスの案が至極全うで、しかも重要なことだったからだ。
今のところまだハリーのハリケーンしかわかっていない。そしてハリケーンには弱点がある。それを補う力があるかもしれないのだから確認すべきだ。
今度新勇者たちが訪れたとき、敵になっているか味方になっているかはわからない。だが最悪を想定して動くのは大事なことである。
「……ということをオレが言わせた」
「さ、流石だなハリー!」
皆はハリーの案に絶賛した。ひとりだけ暴れまわっているような気もするが、見なかったことにする。
新勇者たちがいつまた来るのかはわからない。鷲峰たちは取り急ぎタービュラント・シンボリックの確認を始めた。
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