第51話
双弥は今、両拳に神経を集中させていた。
判断は一瞬。
目の前にいるのは一緒に旅をしてきた少女と思ってはいけない。今は敵だ。容赦をしては自分が負けてしまう。
それはエイカも同じこと。右の拳に力をこめ、双弥の動きを感じ取ろうとする。
お互いの頬を汗がつつっと伝う。相手の心を読み取ったほうが勝つ。
今は双弥のほうが不利だ。だがまだ逆転できる可能性は残っている。希望を捨ててはいけない。
双弥は大きく息を吸い、一瞬止め、エイカを見る。
エイカも双弥の動きを待つ。
勝敗は刹那的に行われる。双弥はタイミングをとり────仕掛けた。
「せーのっいち!」
双弥の両手は握ったまま。エイカの右手の親指は……立っていない。
「くっそおおおおおぉぉぉ!」
双弥は叫んだ。今の1回に全てをかけていたのだ。
「せのに!」
隙を突いてエイカの反撃。咄嗟のことに慌て、両手の親指を立ててしまった。
エイカの親指は……握られたままであった。
「はうあぅぁー」
「決まりましたね。では次の次の次の次の町でも双弥様が荷物持ちということで」
「ま、まだだ! 今度は次の次の次の次の次の町での買い出し係を決めるぞ!」
何故今そんな覚えていられるかあやしい先のことで勝負をしているかというと、ヒマなのだ。
それこそありえないほど、とことんヒマなのである。
ルーメイー王国に入ってもう4日が経過している。だというのに何も起こらず、平和なまま2つ目の町を通り過ぎたのだ。
この状況を一言で表すなら、惨状。もはや気が狂いそうになるほど退屈なのである。
人間、やることのない状態が長く続くと頭がおかしくなってくるものだ。彼らは今、その寸前であった。
遊びはもう尽きてきている。そろそろ淫靡な宴が繰り広げられてもおかしくないほど脳みそが腐ってきている。
……いや、さすがにこの面子でそのようなことは起こらないのだが。
「そういえば双弥様。まだあれを続けているようですが、エイカさんに強要させているのではありませんか?」
「あれ?」
「なんとかの稽古です」
武術の稽古のことだ。
双弥とエイカはいつも2人でいなくなる。エイカが性的被害を受けていないのはリリパールも確認しているため、他にやることといったらそれしかない。
「一応続けているけど……」
と言いつつ双弥はエイカを見る。続けるかどうかはエイカに確認してあったし、エイカ自身も愚痴はこぼしてもやめようとしない。
「リリパール様。私は自分でやりたいと思ってお兄さんから教わってるよ」
「そうですよね。それでですね……。それ、私にも教えて頂けないでしょうか」
「えっ」
突拍子もないことを言い出すリリパールに双弥は少し驚く。
「なんで?」
「だって……その……ヒマなんです」
「「あっ」」
双弥とエイカは同時に声を出した。
言ってしまった。とうとうリリパールが言い出してしまったのだ。
皆わかっていた。この旅で最も過酷なところ。それはヒマであった。
そのためわかっていても口に出さないのが暗黙の了解のようになっていたのだ。
それに気付き、慌てて口を手でおさえるリリパール。だが、全ては遅かった。
途端、3人は気だるそうに体を後ろへ倒す。
「私、旅ってもっとドキドキのワクワクがあるのかと思っていました……」
今更後悔するようにリリパールが愚痴る。
だがこれは自業自得であり、双弥に責任はない。
「そうだ! お兄さんは違う世界から来たんだよね。話、聞きたいな」
「えー」
重たくなった空気をどうにかしようとしたエイカの言葉に文句を言いたげな返事をする。
未知なる世界の知識。これを知るのは楽しいだろう。
だが双弥にとってそれを語るのは別に楽しいことではない。
そしてまた重い空気が漂う中、急に沈黙は打ち破られた。
ピシッピシッ
アルピナの片耳がはたくように動いた。
『ご主人、お客さんだぜ』
それに少し遅れて刃喰も反応する。
「数は?」
双弥はガバッと起き、臨戦態勢になる。
『10はいるぜ。武器持ちだ』
「……ったく、しょうがねぇな!」
凄いうれしそうである。
旅という物足りない
「おっ、お兄さん! 私も戦っていい!?」
「エイカにはまだ早い! 俺1人で充分だ!」
「双弥様! 私は魔法を使えるんですよ!」
「魔法はアルピナがいるからダメだ! ちっくしょおぅ、敵めぇぇ!」
「じ、自分ばかりずるい!」
「そうです! こういう場合は皆で均等にすべきです!」
そんな言い争いをしている最中、1本の矢が壁に命中。先端が室内に入り込む。
「どぅりゃあぁぁぁ! やんのかゴルアァァァ!」
「槍! 槍! 私の槍!」
「メイス! そう、メイスも使えるんですよ!」
3人は馬車から飛び出し、盗賊15人をこれでもかというくらいいじめぬいた。
この国での
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