第144話
「いいか、あそこに森オーガがいる。あれをお前たちだけでやってみろ」
「わかった。俺が二匹やるからエイカは一匹やってくれ」
「うん」
現在、双弥たちは町から少し行ったところにある森に居ると言われる、森オーガ退治にやってきていた。通常のオーガよりも小さめだが、その分素早く森の中でも不自由なく動ける相手だ。それなりのランクのホワイトナイトの戦闘力を計るにはもってこいの相手とも言える。
双弥とエイカは遠く離れ、互いに合図を送る。双弥のほうが森オーガと若干近い。そこで刀の鞘を木に叩きつけ、音を出す。すると森オーガは双弥へ注目する。更にエイカが槍で木を叩けば挟まれていると気付く。そうなると近い方をまず倒そうと二匹が来るという算段であった。
「しまった!」
双弥は二匹釣るつもりだったのだが、一匹しかひっかからなかった。それはつまり二匹がエイカのもとへ行ってしまう。
こうなると双弥のもとへ来た一匹を瞬殺し、エイカのヘルプへ回らなければならない。
(こいつを三秒で仕留め、ダッシュで向かえば間に合うか)
そんなことを考えている双弥の視線に、とんでもない光景が映った。
エイカが森オーガに向かって行ってしまっているのだ。
エイカはブンブンと槍を左右に振り回し、牽制しつつ接近。森オーガもオーガとはいえ、見たこともないものへ警戒しないほど馬鹿ではないため、無闇に突っ込んだりはしない。動きを見極めようとしているようだ。
それでもエイカは止まらず前進。森オーガは互いを目で合図し、左右に分かれて両側から攻める。
若木をそのまま引っこ抜いたような棍棒を、エイカめがけて振りかぶる。エイカは前に出つつそれを回避。そして森オーガの喉を槍で一気に貫く。背の低いエイカが大きなオーガの喉を突くと、それは脳をえぐり頭頂部辺りへ達する。更に回転が加わった槍先は中身をかき回す。この一撃だけで森オーガは絶命した。
そこで油断せずエイカはすぐさま槍を引き抜き、もう一匹のほうへ体を向ける。
「やあぁっ!」
エイカは威嚇の声を放つ。小さくとも目の前で仲間を一瞬で殺したエイカの叫びに、森オーガは怯む。その隙はまさに命取りとなった。ワンテンポ遅れて振った棍棒を容易く掻い潜ったエイカの槍は、背後から森オーガの延髄を砕き、勝負を決した。
「すっげ……」
荒くれホワイトナイトらも、あまりにも鮮やかなエイカの戦いに唖然とする。
まるで舞をしているかのような、美しい旋律を奏でるが如き戦いに見惚れるものまでいた。
こうしてエイカは舞姫という二つ名を得たとか得ないとか。
「よくやった……と言いたいところだが、無茶しすぎだ。何かあったらどうするんだ」
戦いが終わったところで双弥によるエイカへのSEKKYOUタイムである。何故双弥を待たなかったのか。今回は勝てたが、相手と自分の力量を把握できなければ死ぬかもしれないのだ。
「うん……、でもあれくらいならなんとかなるかなって」
「森オーガとはいえ二体だぞ。恐いとか思わなかったのか?」
恐怖心は、それだけで体が委縮してしまい動作の妨げになる。相手が一体ならばそれでもなんとかなるかもしれないが、二体となってはかなり危険だ。
「大丈夫だよあれくらいなら。ドラゴンや悪魔に比べれば」
「あっ」
エイカはオーガなど比べものにならぬくらい強大な敵相手でも、一歩も退かなかったのだ。
恐怖に震え、涙を流しながらも決して敵から目を逸らさなかった。それに比べればオーガなど100を超えぬ限り怯えたりしない。
彼女は双弥が思っているよりもずっと強いのだ。心も体も。
「──いやマジで凄かったっす! エイカの姉御!」
これはまた気持ちがいいくらいの手のひら返しだ。まだ子供と言っても差し支えないようなエイカに向かって姉御はどうかと思うのだが、彼らにとって強い女性イコール姉御と解釈すれば問題ない。
「それにしてもあんたら一体何者なんだ?」
「俺たちはセイルインメイ。破壊神信仰者さ」
ここで勧誘も忘れない。
もちろんどこぞの新興宗教みたいに囲ったり押し込んだりという品のない勧誘はしない。呪われているだの不幸になるだのという強迫めいたものなんてもってのほかだ。
ただ、自分が強いのは破壊神を信仰しているからだよ、程度の些細なものだ。
事実として双弥は破壊神の勇者であり、エイカは破壊神の巫女だ。勧誘にはこれ以上の適役はいないだろう。
「破壊神って邪神じゃないのか?」
「それは創造神信仰者からしてみればそうってだけだよ。俺たちからしてみれば創造神のほうが邪神だし。それでも構わないか?」
実際問題として、この世界の創造神は邪神と呼ばれても仕方がない。よその世界から人間を拉致し、戦わせ、自分への信仰を高める手段にしているのだから。
更にはスケベでハゲである。
「問題はないさ。ホワイトナイトなんてやってると、いろんな連中と会うからな。宗教の違いくらいで仕事ができなかったらやってけないぜ」
「なるほどなぁ」
ホワイトナイトにとって、強い奴が仲間になってくれることはとても重要だ。それだけ自分の生還率が上がるし、難度の高い依頼もこなせれば評価も上がる。だからこそ柔軟な対応ができることもホワイトナイトとして大事なのだ。
「興味があったらやってみなよ破壊神信仰。うちらの神は寛大なうえ信者を大切にするからな。何かしらの恩恵があるかもしれないよ」
「その前に仕事だな。オーボーオーガを倒しに行こうぜ」
「そうだったな」
オーボーオーガがどの程度か知らぬが、そこでの活躍が双弥たちに求められる。信者獲得もあるが、今はそれよりもホワイトナイトたちからの信頼、信用を得るのが先決だ。早くランクを上げてトップの連中と肩を並べ、追い抜くことで生活の基盤を築くことができるのだから。
それから一週間ほどかけ、オーボーオーガが出没すると言われている黒森までホワイトナイトご一行はやってきていた。
だが話に聞いていた黒森ではなく、そこを抜けた谷の辺りで
「なあ、あれがオーボーオーガか?」
「あ、ああ。多分そうなんだが……」
双弥の質問にホワイトナイトたちは嫌な汗を流しながら答える。
でかい。そこにいるオーガはあまりにもでかいのだ。
通常のオーガが3メートルほどで、森オーガもそれより若干小さい程度のサイズだ。
だが今目の前にいるオーボーオーガといったら最低でも4メートル、一番巨大な恐らくボス格が6メートルほどある。
更にそいつらはたくさん集まっている。近寄るだけでも危険だと誰でもわかるレベルだ。
「と、とにかく急いで数えて撤退だ!」
リーダーは慌てて撤退命令を出す。
今回の目的はあくまでも数の把握が主軸で、もし倒せるなら倒してほしいという依頼である。倒せばそれだけ金はもらえるが、無理をして死んでも意味がない。
「お兄さん、どうする?」
「23匹か。あのデカいやつは討ち取りたいなぁ」
「えっ、私22匹も倒せるかな」
「エイカにやらせるかよ。俺が半分持つ」
「それでも11匹かぁ……」
「残念だが、残りは刃喰がやる。エイカに出番はないよ」
「またそうやってお兄さんは私のこと信用しない……」
「違う、そうじゃないんだ」
双弥の作戦は至極単純なものだ。
全員が危険を感じ逃げ出すような相手を一人で倒す。そして完膚なきまで勝つ。
すると皆が驚愕する。そして思う。さすが破壊神信者。俺たちにできないことを平然とやってのけると。
そこで双弥が、今改宗すればもれなく双弥ズ・ブートキャンプのDVDがもれなく付いてくることを教えてやる。
「お兄さん、DVDって何?」
「うーん、この世界にはまだ早いか」
地球人がこれだけいるのだから、この世界でもいずれはDVDのを開発するだろう。だがまだ電気どころか蒸気機関すらないのだから生きているうちにできるという可能性はないに等しい。
「まあそんなわけだから……ってエイカ!」
双弥の話をまるで聞いていないかのように、エイカは飛び出してしまった。慌てて後を追う双弥。
だけど双弥は思いのほか冷静だった。だからこそ気付いたことがある。
追いつかない。いや、双弥のほうが速いため、いずれは追いつく。だが破気を取り込んだ双弥が、一般人を追って一瞬で追いつかないはずがない。
そして感じる。エイカから僅かに破気が漂っていることを。
「エイカ、まさか……っ」
双弥は気付いてしまった。エイカが破気によって体を強化できることに。
現在エイカは破壊神の巫女だ。その恩恵として、破壊神の力ともいえる破気を扱えてもおかしくはない。
もう少しでエイカに追いつける。そんなとき、エイカは一瞬消えたかと思うほどの加速をした。
「速っ」
エイカの加速に、双弥は目しか追いつかなくなってきている。
双弥も破壊神の勇者だ。全力で追いつこうと思えばできないことではない。それでも体や目が慣れるまで多少なりとも時間がかかる。今のエイカの速度まで上げるとしたら、全てが終わった後になる可能性が高い。
エイカは減速せず飛び、オーボーオーガに襲いかかる。異常なほどの加速のまま槍を腹へ突き立てたのだ。その突きの速度は尋常ではなく、更に回転が加わっているため貫かれたオーガの背中から噴き出すようにあらゆるものが飛び散った。
しかしエイカはそれだけで止まらない。槍は突いた瞬間引き抜かれており、既に臨戦態勢だ。
オーガが事切れるのを確認することなく、エイカは次の標的へ突っ込む。あまりにも突然の出来ごとに事態を把握できていないオーガは、まだ動けずにいる。
ようやく自分たちの半分もない小さな少女が攻撃を行っていることがわかったのは、3体目のオーガに風穴が空いたとき、時間にすると4秒後のことだった。
そこでようやくオーガらは臨戦態勢を取る。しかしだからなんだと言わんばかりにエイカは止まらない。まだオーガの密度が高く、身動きが取りづらいうちに4体、5体目まで倒している。
やっとオーガが動き、それぞれ動きやすい距離を保ったときには更に6体目まで貫いていた。
そして7体目は腕のガードごと貫いていたのだが、ここで異変が起こる。
パァン!
突然の破裂音。エイカの槍は中ほどでバラバラになっていた。
槍は折れたのではなく、突きの圧に耐えられず破砕してしまったようだ。
「あやぁ」
「退いてろエイカ!」
流石に素手でオーボーオーガと戦えるだけの練功はエイカにない。双弥はすぐさまエイカと入れ替わり、オーガの前へ飛び向かう。
「うるぁ! 行くぞ、刃喰!」
『おうよ!』
双弥の背後から3枚の刃が飛び出す。それと共に双弥は槍を放り、妖刀を抜く。双弥にとって槍は地面に足がついているときに突くものであり、エイカのように飛びながら攻撃したくなかったからだ。
妖刀を抜いてしまったらもう後は時間の問題。双弥と刃喰により、オーボーオーガの群れは瞬く間に全滅していた。
「────で、エイカ。いつからだ?」
戦闘が終わり、様子を見ていたエイカに双弥は顔をしかめつつ質問した。
「いつからって何が?」
「破気だよ破気! いつから使えるようになったんだよ」
「ええっと、いつからっていうのはよくわからないんだよね」
「あ?」
エイカの話によると、破壊神が降臨するたび、体の中に残存破気が残っていたらしい。
最初は不快ですぐ出て行ってもらいたかったそれも、双弥と同じものだと理解してからは、ひょっとしたら自分でも使えるのではと少しずつ練習していた。
本来であれば、破気なんてものは人に使えるものではない。しかしエイカはリッジ家の娘という特殊な存在だ。神を降ろすことができるのだから、その力の源もどうにかなると思っていいのかもしれない。
「なるほどな。でもぶっつけ本番はよくないぞ」
「ううん、森オーガのときも使っていたよ」
だから余裕を持って挑めたということらしい。双弥はエイカをもっと評価すべきである。
「なっ……、ふ、2人だけでこれ全部倒したのか?」
オーガの死骸の処理をするため、双弥はホワイトナイトの一行を追い呼び寄せた際の一言目がこれだ。リーダー以外の面子も皆、驚愕の目を双弥とエイカへ向ける。
2階級上の双弥だけならまだ理解できる。しかし自分たちと同列であるエイカにここまでされたらたまったものではない。
しかし理由を知れば納得。他国から来たのであれば、ランクが低く見積もられるからだ。
だから双弥とエイカならすぐにでもAランクへ昇級できるだろうと皆思った。というよりも、これだけのことをしておいてAランクへ上がれなかったら彼らのお先が真っ暗なのだ。
それと双弥はすかさず破壊神アピールを始める。DVDについては理解してもらえなかったが、簡単な練功の方法を教えるみたいな感じで伝わったようだ。
こうして双弥たちは破壊神信者を増やすことに成功した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます