第201話

「──いやぁ、シナノ凄かったなぁ」

「本当だよ! 30年以上も前のアニメなのに! 僕はとても感動したよ!」

「ああ。ハリウッドとは違うがああいうのが見たかったんだぜ!」


 全員大興奮のまま、昔のアニメの展示会を去った。王とムスタファなんかはシナノのフィギュアまで買っている。


「双弥……では無理か。戻ったら・・・・迅にシナノを出してもらおう」

「うむ。我も同乗させてもらうぞ」


 あちらの世界へ戻る。つまり帰る場所が地球ではないと言っているようなものだ。彼らもすっかり異世界住人である。


 それはさておき、そろそろ馴染んだであろう鷲峰と共にみこみーランドで祝いをしようと先ほどのビルへ向かう。



「おーい迅ー。どうだー?」

「みんな撮るよー。せーのっ」

『みっこみっこみーっ』


 双弥は扉をそっと閉じた。


「どうしたんだい双弥」

「……あいつのことは放っておいてやろうか」


 まさかあの鷲峰が、デレデレした笑みを浮かべながらみこみーポーズを取っている様を見ることになるとは思いもよらなかった。馴染み過ぎだ。双弥のなかの鷲峰が崩れ落ちた。


「どうすんだよ。これじゃパーティー続かねえぞ」

「ハリー、当初の予定だとどういうつもりだったんだ?」

「あ? ストリップのことか? そりゃあ好みの娘を見つけてそれぞれ……」

「それぞれってことは、つまりみんなで一緒にやるわけじゃないだんろ?」

「あたりめえだろ!」

「ようはそういうことだ。あいつは好みの娘を見つけた。その後どうすんだ?」

「そりゃオレたちも自分の好みの……」

「あいつがいなくてもパーティーは続くってことだろ。今がそのときじゃないか」

「……やっぱおめえ屁理屈の天才だな! そうだ、オレたちゃオレたちで楽しみゃいいんだ!」

「よしじゃあ下火でどんどん消えていくなか生き残っているメイド喫茶へ……なんだよジーク」

「あのよぉ、アキバなんだからゴスロリ喫茶とかないのかな」


 双弥、ぶん殴られたようなショックを受ける。

 伝説の地秋葉原なのだ。それくらいあってもおかしくはない。いやある。あるに決まっている。双弥は慌ててスマホをいじる。



 ……そのようなものはなかった。双弥とジークフリートは崩れ落ちる。


「……なあ双弥。秋葉原ってなんでもあるんじゃなかったのかよ」

「その昔、ゴスロリキャバクラというものがあったらしい……」

「キャバクラってなんだ?」

「女性店員が隣に座って接待をしてくれる的な飲み屋だ」


 ジークフリートは倒れ、うずくまってしまった。

 何故消えてしまったのか。ここにいくらでも貢ぐ男がいるというのに。

 ……今いるだけであり、当時はいなかったのだろう。なんて世知辛いことか。


「おい双弥」

「わかってる。だがもし作るとしたらお前の大陸でだ」

「それは願ってもない。絶対にだぞ。絶対だ!」


 双弥、ジークフリートと熱い握手を交わす。あちらの大陸に作るのは、もちろん誰にも見つからないからだ。当然それは女性陣に対しての話であり……。


「だ……駄目だ……」


 双弥、不可能なことに気付く。大問題があったのだ。

 それはアセットの存在。あちらの世界の神であるアセットならば容易く双弥の追跡ができる。バレた瞬間エイカから冷たい目で見られ、リリパールからは虫扱いされる。

 やはり地球に作るしかない。双弥は宝石や貴金属の売買により地球でもかなりの金を持っている。赤字上等で建てることも簡単だ。

 もちろんどちらの経済も破壊するほどは売らない。流石にそれは怒られる。ただ今回持ち出すみこみーフィギュアと同質量の宝石を持ち込んだだけだ。

 ほんの数キロである。




 というわけで一行は、普通のメイド喫茶へ赴くことになった。


「おかえりなさいませ、ご主人様!」


 元気よく担当するメイドが入り口で迎えて来た。秋葉原のメイド喫茶は海外観光客も来るため、ムスタファやジークフリートなどを見ても怯まない。

 そして席へ案内され、メニューを渡される。


「いいね双弥! 僕はとても気に入ったよ!」

「ああ。フー◯ーズもいいが、こういうのも悪くねえ」

「どうしたムスタファ。怪訝な顔をして」

「うむ、先ほど席へ案内したメイドなのだが」

「うん」

が高くないか?」


 席へ着いたとき、店員は膝をつかず立ったままだった。ムスタファは常に頭を低くすべきだと思っているのだろう。


「ムスタファ、ここにいるのは本物のメイドじゃなければなりきりでもない。店員がメイドさんごっこをしていると思ってくれ」

「なるほど。そういうものか」


「じゃあ早速注文しようよ。僕は……」

「どうした?」

「なんか、僕の知っている料理が存在しないんだ」

「この『愛情キュンキュンのパンダさんハンバーグ』はパンダの肉なのか?」

「なんだと! 我が国が貸与してやっているパンダを食肉にだと!?」

「ちげーよ! ほら写真を見ろ。パンダみたいな形をしてるだけだ!」

「それでこれは合挽なのか?」

「知らねえって。そんな気にすることか?」

「当たり前だ! 私に豚肉を食わせる気か!」

「改宗したの忘れたのかよ!」


 双弥、プチ切れた。そんな会話を聞いていたメイドのひとりが若干苦笑いでやって来る。


「あの、もしよろしければこちらにハラールのメニューがございますが」

「そのようなものがあったか。いただこう」


 なぜこの店にそのようなものがあるのかは謎だが、これでムスタファも文句なし。


「んで双弥。愛情はわかるんだが、キュンキュンってなんだ?」

「バキ○ラに256発撃ちこむときの音だ」

「よくわかんねえけどいいや。んじゃこのウキウキは?」

「サルの鳴き声だよ。そういうの無視していいから料理名だけ見て決めろよ」


 とうとう雑な対応をする双弥。これでは自分が楽しめない。


「なるほど、上野でパンダが生まれたのか。それでパンダメニューが多いのだな」

「王は見に行きたいのか?」

「世間でどう見てるかは知らんが、我からしたらただの白黒の熊だ」


 身も蓋もない発言である。中国人だからといって皆パンダが好きというわけではないようだ。


「じゃあ僕はこのオムライスにするよ。なんとケチャップで怪文書を書いてくれるんだ!」

「だったらおれっちはパスタにしようか。なにか注入してくれるらしいぞ」

「私はチキンドリアだな。熱くてもメイドが冷ましてくれると書いてある」


 皆それぞれ決まり、料理を注文した。そして自分の料理が来るまで店の中を見回す。


「しかしなんつーか、いいよなぁ」

「どうしたよジーク、突然」

「パニエだよパニエ! スカートからちらりと覗くパニエとか最高じゃねえか!」

「今ごろ気付いたか。俺は店に入った瞬間から見ていたぞ」


 クソみたいな会話にジャーヴィスが顔をしかめた。


「君たちのレディに対しての見方に異議を申し立てたい」

「見えそうなときは視線を外せってんだろ紳士的に。でも生憎おれっちは紳士じゃねえ」

「それにあの服は見せるために着てるんだよ。そうやってリピーターを増やすんだから俺たちは見る必要がある。そしてメイドたちは見られていることがわかってて、よしこいつらまた来るぞと心の中で思っているんだ」

「そ、そうだったのかい?」

「ああそうだ。だからジャーヴィスも見ろ」

「ソーリィ。そういうことなら仕方ないね!」


 ジャーヴィスが鼻の下を伸ばしながらキョロキョロしはじめた。

 実は見たかったのだろう。


「でもお触りは厳禁だから。触れた瞬間YAKUZAが現れて裏に連れて行かれるぞ」


 勇者とてYAKUZAは怖い。そもそも彼らは今、聖剣を持たぬ一般人だ。ジャーヴィスも神の力を根こそぎ封じられ、ただのジャーヴィスに成り下がっている。勝ち目はない。



 暫く眺めていたところ、料理が続々とやってくる。ジャーヴィスのオムライスには怪文書が書かれ、ジークフリートのパスタには手でハートを模ったメイドが笑顔で「おいしくなーれ」と謎を注入し、終えると真顔でジークフリートを見つめていた。


「それではご主人様! ドリアをふーふーさせていただきますね!」

「待て、そのふーふーというのは息をかけるというのか?」

「左様でございますっ」

「他人の食事に息を吹きかけるとはどういった了見だ?」

「あ、あの、それは……」


 これはそういったものであり、彼女もマニュアルに従っているだけだ。了見なんてない。

 面倒くさい奴だなと思いつつも、メイドの前でやさしさをアピールできるチャンスを双弥は見逃さない。


「ムスタファ、そういうのやめてやれよ。彼女困っちゃってるじゃん」

「困らせているのだ。そういうのもまた一興かと思ってな」


 双弥は今更わかった。ムスタファこいつはかなりのSだろうと。


「さっきも言ったけど、ここはちょっと変わってるだけでただの喫茶店なんだよ。ムスタファだって喫茶店とか行って店員さんからかったりしないだろ?」

「いや、するぞ」

「……やめてやってくれよ」


 やはりドSだ。双弥は諦めることにした。



 散々外国勢が堪能し、げっそりとした双弥はようやく解放され店を出られるようになった。

 会計を待っていると、先ほどムスタファに弄ばれたメイドがひとり小走りにやって来て、双弥の手をきゅっと掴むと、素早く去って行った。

 ちょっとデレッとした双弥だが、手の中の紙の感触に気が付き、こっそりと開く。


 『さっきはありがとニャンッ』


 そしてメアドが記載されていた。双弥渾身のガッツポーズ。昔ではあり得なかった。やはり男はやさしさだと再確認できた。

 上機嫌な安い男双弥は、皆を連れて鷲峰の様子を見に行く。


「……おーい、迅ー」


 扉をこっそり開け、小声で鷲峰を呼ぶ。


「グーチョキパー◯キみこみーじゃんけんぽん!」

「らぶみこ! らぶみこ!」


 双弥は再び扉をそっと閉じた。

 いや駄目だ。今回はそういうわけにいかない。お時間なのだ。これ以上は延長料金を取られてしまう。彼女らはこの日のために集められたプロのみこみーたちであり、その報酬は口が開くほど高い。引き摺ってでも帰らねばならないのだ。


「おい迅、そろそろ時間だぞ」

「MADADA!」

「いやマダとかじゃないから。マジもう帰らないと」

「帰りたければひとりで帰れ! 俺はここで暮らす!」

「……明日チャーチになんて言うつもりだ」

「き……貴様! チャーチの名を出すな! この卑怯者!」


 なにが卑怯なのかさっぱりわからない。

 このワシミネジャストワナハヴファンをどうしたものか。双弥は顔をしかめ悩む。


「わかった。延長してやる。その代わりさっきのフィギュアは全部売っ払うからな」

「貴様! 何故そんな非道なことが言える!?」

「……予算オーバーなんだよ。彼女らに延長料金払う金がないから作らないといけないだろ」


 鷲峰は苦痛の表情を浮かべ、名残惜しそうに扉の外へ歩いた。



 元の世界へ戻り酒場に行ったが鷲峰はほとんど話すことなくそのままお開き。そして翌日、結婚式が行われる。

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