第200話

「YHAAAAAA!」

「HOOO! HOOOO!」


 ジャーヴィスとハリーが叫びはしゃいでいる。そしてふたりがなにか話しているが、双弥と鷲峰にはなにをいっているかわからない。ムスタファに至っては誰も聞き取れない。

 ちなみにフィリッポは不参加である。なにが悲しくて野郎同士で群れないといけないのかわからない。


「翻訳って必要だな」

「うむ……なんとかならんのか?」


 何年も一緒に過ごしてきた気心の知れた連中なのだが、こうなってしまうとなにを伝えようとしているのかいまいちわからない。


「み、ミナカたああぁぁん!」


 双弥、アキバの中心でミナカを叫ぶ。


「チュウの世界の往来でチュウを呼ぶな小恥ずかしい!」

「すみませんミナカた……は!?」


 そこに現れたのは、いつもの見慣れた天之御中主神ではなく、容姿はとても似ているがもっと親しみのある感じの少女だった。

 周囲の時間が止まっているため、天之御中主神であることは間違いない。だが目の前の愛らしい少女に違和感がある。


「なんだジロジロ見て。この姿が気になるか?」

「あ、はい」

「普段はここで生活しておると言うたであろう。これは仮の器ぞ」

「そういえばそんな話が。ええっと、女の子、ですよね?」

「レイがな、そっちのほうがいいって言うから仕方なく……貴様、発情しておるな?」

「はい」


 どうせ隠してもバレるのだ。だったら素直に言ってしまえばいい。落ちぶれたものである。


「まあそれはさておき、なんの用だ?」

「えっと、一緒に勇者やってた仲間たちの言葉が通じなくて……」

「ふぬ、なるほど。あちらでは魔力を利用していたが、チュウの世界では魔力がないから伝わらぬと」

「そういうことです」

「まあいいだろ。おい、ちょっとチュウを持ち上げろ」

「いいんですか!?」

「変な触り方をした瞬間、貴様の首から下をナナフシに変えてやるからな」


 双弥は自分の顔をしたナナフシを思い浮かべ、身震いした。帝都◯戦かパン◯モニウムさんを彷彿とさせる。これは絶対に逆らってはいけない案件だ。


 腫物を扱うような感じで双弥は天之御中主神を背後からそっと持ち上げる。そしてジャーヴィスの傍まで連れて行くと、天之御中主神はおもむろにジャーヴィスの頭へ手を突っ込み、ぐねぐねといじる。

 作業が終わったらしいところで手を引っこ抜き、続いてハリー、ムスタファ、王、そしてジークフリートへも同じことをした。


「まあこんなところだろ」

「なにをしたんですか?」

「あやつらに日本人特有の器官である日本脳を埋め込んだ。ちゃんと日本語も使えるようになっておるぞ」

「そんな器官が!?」

「うむ。そこは少々弱い部分でな。よく聞くだろ、日本脳炎という病を。そこが炎症を起こすのだ」


 双弥、天之御中主神の嘘にまんまと騙される。もちろんそんな脳はない。ちょっとしたお茶目である。

 天之御中主神がやったのは、そこらに浮遊している日本人の霊魂から言語記憶を抜き取り植え付けただけだ。

 秋葉原一帯はそういった霊がたくさん浮遊している。大抵が邪念を持った霊であることは言うまでもない。


「チュウはもう帰る……待て双弥! あれは、あれはなんぞ!?」


 天之御中主神は今ハマっているMMORPGのキャラのフィギュアを見つけた。しかも自分が愛用しているキャラとそっくりである。

 とても物欲しそうな顔でそれを眺める天之御中主神に、双弥は一計を案じた。


「……後で供物としてお持ちいたします」

「絶対だぞ! ええと、住所は……」


 双弥、天之御中主神と元破壊神の住所をまんまとゲットする。実に純な神であった。



「──だからあれはなんて書いてあるのかって聞いて……あれ!? 読めるよ!」

「おおマジだ! しかもなにを言ってるかもわかる!」

「今ミナカたんに頼んでみんなに日本脳を植え付けてもらったんだ」


「その脳がなんなのかわからないけど助かるよ! これで伝説のアキハバラをエンジョイできるね!」

「おうよ! 日本のハリウッド! エンターテインメントの終着地! それが! この……あまりハリウッドっぽくねえな」

「うむ、見たところただのオフィス街といった感じだ」


 秋葉原をがっかり観光地に認定しないで欲しい。


「そんなことねえって! あ、ほらメイドいるし! あっちにはコスプレイヤーも!」

「ハリウッドだったらトップレスのお姉ちゃんが歩いてるぜ」

「MAJIDE!?」


 もちろん嘘だ。双弥は騙されやすい。


「と、とにかくメイドカフェで迅を祝う予定だ。萌え萌えジャンケンできるぞ」

「それはグーチョキパートカゲスポ○クジャンケンみたいなものか?」


 グーチョキパートカゲス◯ックジャンケンとは、通常のジャンケンにトカゲと◯ポックが加わることであいこになりにくくなるという画期的なジャンケンだ。但しルールが若干面倒。


「よくわからんけど、ただのジャンケンをなんか萌えっぽくしただけの代物だ」

「楽しいのか?」

「……冷静になって傍から見ていると、これほどおぞましいものはない」

「オオゥ」


 あれを冷静に見てはいけない。千葉にある東京のランドと同じで、中での出来ごとは夢なのだ。


「どこかわからないけど早く行こうよ! 僕はもうワクワクが止まらないんだ!」

「まあ待て」


 急かすジャーヴィスを双弥が止め、そして辺りを探すようにキョロキョロ見ている。


「あーいたいた。おひさー」


 現れたのは、以前戦った元ギャル勇者こと夕狩ゆうかり実稲みいなだった。なんだかんだで地球へ戻っており、長崎からこのためだけに出てきてくれたらしい。


「「お久しぶりです、姉御!」」

「だからそれやめてっての」


 双弥と鷲峰が頭を下げる。実稲は顔を赤くして辺りを見回す。知り合いがいるはずなくとも周囲の目は気になるものだ。


「おい双弥、わかってんのか? 今日はバチェラーパーティーだぞ」

「わかってるっての。今日は俺たちに参加するわけじゃなくて色々手伝ってもらったんだ」


 そもそもバチェラーパーティーは女人禁制というわけではない。祝う友人は男ばかりだが、別にゲイストリップへ行ったりはしない。つまり新婦やその友人たちと関わらなければいいのだ。


 というわけで実稲は双弥に紙を渡すと、早々に去って行った。


「それはなんだ?」

「旅のしおりみたいなもんだ。まあ俺たちに任せてくれ」


 双弥に任せていいものかと怪訝な顔をしつつ、鷲峰たちは双弥の後へついて行った。




「ふひょおおおぉぉぉ!!」


 あの……あのクール鷲峰が、鼻の穴を膨らませつつ奇声を発している。

 ここはとあるグッズ専門店の一角。今日はここを貸し切って鷲峰のための展示場を開いている。

 いくつもあるガラスケースの中のほとんどがみこみーのフィギュアだ。周りを飾るのはもちろんみこみーポスター。


「どうだ迅。今日のために頼んでおいたんだ」

「はぁっ、はぁっ、たまらん! はぁ……」


 駄目だこの男。魂のすべてが奪われている。

 こいついかれたなと思いつつ双弥は制服みこみーの棚の前でしゃがみ、見上げ──その瞬間、鷲峰の蹴りが顔面にめり込む。


「ってえな! なにすんだ!」

「貴様、穢れた目でみこみーを見ようとしたな! ふざけんな!」

「だ、だって気になるじゃんよぉ」

「気にしたら負けだ! この負け犬め!」


 凄まじい勢いで怒る鷲峰。今の双弥の行為は、鷲峰からすると弥勒菩薩像に唾をかけるような行為らしい。


「違うんだ、迅! これには理由があるんだ!」

「そんなものはない!」


 ばっさりと切り捨てる。屁理屈王の面目が立たない。


「い、いいから聞いてくれ。いいか、こういう見えないところまで気を遣う職人気質を感じることで、その作品のクオリティを──」

「それはただの言い訳だ! 恥を知れ!」


 最後まで言わせるつもりもないらしい。双弥は大きなため息をつく。


「なあ、もういいだろ。次行くぞ」

「MADADA! MADA終わっていない!」

「……実はこれ、同じやつ全部梱包済みなんだよ。帰ってからじっくり見ろよ。なっ」

「マジデカ!? 双弥、貴様は神か!?」


 神に近しい存在ではあるが、神ではない。

 今度はさっさと帰ろうと言い出す鷲峰を引き摺るように次の会場へ向かった。



 そして双弥は鷲峰たちを怪しいビルへといざなった。狭い階段を登り、小汚い通路を通り、到着した扉の前で鷲峰を入れと急かす。


『おかえりっ! みっこみっこみー!』

「KOREHA!?」


 店員全員がみこみーのコスプレをした、本日限定のみこみー喫茶だ。鷲峰、額に手をあてよろける。


「こんな……こんなことが許されるわけない……」

「そう言うなって。よく見てみろよ。彼女たちはリアルみこみーなんだ」


 双弥は実稲に頼み、相当な金を巻いて厳選させたプロのみこみーたち。今の鷲峰は人間と結婚する予定なんだから、3次元もいけるはずだ。


「お……おおおぉ……」


 鷲峰は憑りつかれたようにふらふらと店の中へ入って行き、双弥はそっと扉を閉じた。



「よし、俺たちは宇宙母艦シナノの展示会行こうぜ!」

「「待ってました!」」


 皆は嬉々として来た道を戻って行った。

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