第9話

 街道から距離を保ちつつ歩いていると、若干荒れてはいるが何度となく人が通った形跡のある道らしきものが横へ伸びているのに気付いた。

 こんなところに脇道があるということは、これを辿れば村などがある可能性が高いと踏み、双弥はそちらへ向かってみた。



 かなり進み山の中へ入ったが、人が通った形跡が消えることなく続いている。

 盗賊ならばアジトがばれるようなヘマをしないだろう。とすると、村、あるいは集落があると見ていい。

 しかしこれだけ歩いてあるのは無人の神殿、という可能性も捨てきれない。


 もう干し肉も残っていないため、双弥は祈るような気持ちで歩を進めた。


 


 途中で仮眠をして体力を回復させ、街道から外れて歩くこと15時間ほど経とうというころでとうとう道が開け、その先に村があることを確認できた。

 双弥はやっとまともに休めると思い、急ぎ足で村へ向かった。




 村は陰鬱としていた。


 山間にあるこの村の主な産業は農業と林業だろう。

 街道から大きく逸れているため外から人が来ることは滅多にないようで、店の類はない。


 しかし近くをそこそこ大きな川が流れているため、木を運ぶのにも田畑に水を引くのにも適している好立地だ。

 そのため金銭的に潤っているのだろう、家屋は修繕もしっかりしており、みずぼらしい印象はない。案外過ごしやすいと思われる。


 だというのに何故こんな沈んだ雰囲気を出しているのだろうか。

 昼頃だというのに農作業も行われず、木を切っているようにも見えない。家の庭で虚ろに天を見上げていたり、地面を見つめながらため息をつきつつ歩いていたりしている。


 (ニート村?)


 一瞬失礼なことを考えたが、比較的最近まで働いていた形跡がある。

 となると、何か働けなくなった原因があるはずだ。もしそれをどうにかできれば、金にはならなくても飯くらいありつけるかもしれない。

 双弥は庭で空をぼーっと眺めている中年の男に話しかけてみた。



「……何か用か?」

「俺は、えっと、旅をしているんだけど、この村は活気がないなぁと思って」


 双弥がそう言うと、男は家の奥へ引っ込み、少しした後いくつかの棒を持ってきた。


「これを見てみろ」


 地面へ乱暴に置かれたそれらを双弥は見る。


「これは……斧? それと、鍬かな。あと鎌? 鋤のようなものに……包丁?」


 双弥の見立ては合っている。しかしそれらがそうであると認識するのは難しい。

 なにせ全て刃の部分が斬り刻まれているのだから。鎌や包丁に至ってはほとんど柄しか残っていない。



「これは一体どういうことなんだ?」

「どうもこうも、1か月くらい前から刃喰ばくらいのヤツがこの辺に住みついちまってな」

「刃喰? なんだそれは」



 それから男は双弥に刃喰を説明した。



 魔獣刃喰。刃渡り30センチほどの三日月状の刃物の形をした魔物だ。

 生態はよく知られておらず、常に三位一体で行動しており、刃物であればなんでも喰らいついてくる。

 己の硬さと鋭利さに自信があるらしく、他の刃に勝負を挑んでいるのではないかと思われる。


 その存在が確認されたのは200年ほど前。普段は地中にいるらしく姿を見せることはない。

 しかし近くに刃物があると突然姿を現し、一気に襲い掛かってくる。


 刃喰自身が刃物であるため、近寄れば大怪我では済まないこともよくある。しかし持っている刃物を投げ捨てれば人に害を及ぼすことはない。



「なかなか詳しいな」

「先日討伐依頼を出してな。もちろん返り討ちにあったのだが……そのとき一緒に魔物研究しているという男がきて散々喋りまくっていた」


 男は少しうんざりしたような顔をした。

 どうやら研究したものを喋りたがる類の男に引っかかってしまったらしい。興味のない一般人が覚えてしまうほど話すとは相当なものだ。

 といってもこの男も働けず暇を持て余し、自分から聞いたのだろう。ある意味自業自得だ。


 刃物だけを狙う魔獣ということで双弥は考えた。

 このなまくら刀にも攻撃してくるのだろうかと。


 鞘越しとはいえ、勇者──ただしフィリッポ──の聖剣の攻撃を全て耐えきったのだ。威力はないかもしれないが、相当な硬さをもっているはず。

 逆に刃喰のほうがボロボロになるかもしれない。どうせ抜くこともない武器だし、試してみてもいいかと思い立った。



「なるほどな。──なあおっさん。話があるんだが」

「……なんだ?」

「そいつ退治したらさ、飯くらい食わせてくれないか?」





『おいそこのボウズ』


 誰もいない畦道で、双弥は突然何者かに声をかけられた。辺りを見回しても人──生物らしき気配はしない。

 現れたなと双弥の口許が微かに吊り上る。


『その腰にあるものは剣か? 剣だろ?』


「ああそうだ。だからなんだよ」


『くひゃははは、アソんでやるよ! 抜きな!』


 言うが早いか、双弥の10メートルほど先の地面が突然切り裂かれた。


 その空中に浮かんでいる三日月状の3枚の刃。魔獣刃喰だ。

 柄のない鎌のようなそれらは不規則に、そして高速で空中を飛び回る。


 双弥は棍を1本取り出し、回しだした。

 素早い動きに対抗するため、舞花棍にて威圧しようとする。が、刃喰はかまわず突っ込んでくる。


『なんだその棒っきれ。んなもんでどうにかできると思ってンのか!?』


 回転にも怯むことなく双弥の周りを飛び交い、双弥の棍はあっという間にぶつ切りにされた。

 恐ろしいほどの切れ味を持っている。


「ちいっ」

『とっとと腰のモンを抜けよ。それともそりゃ飾りかぁ?』


 意外と攻撃は通じると思い棍を回してみたのだが、無駄に1本減らしただけだった。

 わかっていたこととはいえ、少しショックを受ける。

 だがこんなものは余興みたいなものだ。双弥はすぐ気を取り直すと、とうとう腰にある鞘に左手をかけた。

 右手をゆっくり柄に這わせる。その姿に焦れた刃喰は襲い掛かる。

 

 その軌道が読めた瞬間、双弥は刃喰を弾き飛ばした。


『なんだぁ!?』


 突然剣先が走ったことに刃喰は反応した。だが刃と刃が合った瞬間、本来ならば刃喰が相手の刃を切り裂く。

 しかし切ることができず、弾き飛ばされてしまった。


 双弥はそんな刃喰に対し、納刀せず威嚇する。


『くひゃははは、なんだその剣。すげぇ破気を放ちやがる! おもしれぇ!』


 刃喰はランダムに飛び回り、妖刀を観察するような動きをする。


『いい破気だなぁ! うめぇ、うめぇぞ!』


 魔獣だからなのだろうか、妖刀から出ている不気味な気を受けご満悦のようだ。が、双弥は刃喰に餌をやりに来ているわけではない。


「勝負だ、刃喰」


 双弥は正眼の構えをとった。刃喰と根競べをするつもりだ。


『くひゃははは。いいぜ、見せてみろよ!』


 刃喰は一斉に妖刀目がけて襲い掛かってきた。




『な、なんだこの刃は! 斬れねぇ!』


 刃喰は刀に凄まじい衝撃を与えつつ、左右正面様々な方向から攻撃している。

 手に肉があるおかげで耐えられる。直接骨に触れていたら粉々に砕けているだろう。それほどの振動がビリビリと伝わってくる。

 ただでさえ空腹で力が入らないのだ。いつまでも耐えられるわけではない。



「なあ、そろそろ負けを認めてくれよ」


 双弥の手はじきに限界を迎える。かといって地面に置いて好きなように、というわけにはいかない。

 これは剣士のプライドだ。剣を手放すのは負けと一緒だ。


『まだだ! まだ負けちゃいねえ!』


 刃喰は3枚を重ね合わせ、まるで円月輪のような姿となった。

 それが凄まじい回転をしながら妖刀にぶつかる。


『おらおらぁ! これでどうだぁ!!』


 激しく回転しているが、火花は出ない。お互いが硬すぎて削れないからだ。



 無駄な鬩ぎ合いがいつまでも続くと思われた矢先、突然3枚の刃は地面へ落ちた。


『チクショウ! 俺の負けだ! どうにでもしやがれ!』


 刃喰は投げやるように叫んだ。


「悪いがどうにもできないな」

『どういうことだ』


「なにせ俺の武器じゃお前を破壊できない。そしてどこかに閉じ込めても出て来られるだろ?」


『まあな』

「言うことを聞いてくれるってのなら、この村じゃないとこに行ってくれないかな」


『いいだろうよ。この場所にゃあ何の旨味もねぇしな』

「頼んだぞ」


 双弥はこれで飯にありつけると満足して男のもとへ戻った。

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