第8話
結局あの後、夜まで武器屋の主人に技を教え、夕飯までいただいたうえに泊めてもらった。
双弥にとって舞花棍は特別でもなんでもない、知っているから使っただけで知らなくても困らない技のひとつだ。
飯と一泊、棒3本と交換してむしろ申し訳ないとすら思っている。
相手は商売人だ。義を思うなら何かその店で買うのがいい。双弥は取り急ぎ稼げそうなものを探そうとした。
土木作業などならありそうだが、折角武器を手に入れたことだし、狩りをしたいところだ。
異世界で剣と魔法があるのならば、冒険者ギルドのようなものがあるかもしれない。
町でそれらしきものを探して歩き回った。
「もし、つかぬ事を伺うが、そなたはソウヤ・アマシオ殿ではありませんかな」
「ああそうだけど──」
突然名を呼ばれ、思わず返事をしてしまう。
そしてその瞬間、男は甲高い音の笛を鳴らす。すると四方から人が集まり、あっという間に双弥を囲った。
「なっ、なんだ!?」
双弥はうろたえた。突然武装した男に囲われれば混乱するだろう。
まさか強盗かと考えたが、こんな人通りの多い道で襲うなんてありえない。
しかも自分の名を知っているのが不明だ。
「理由はわかっておろう。そなたを拘束する」
「わからねえよ! 理由ってなんだ!」
と叫んでみたものの、一応心当たりはあった。
恐らくリリパールが自分を連れ戻そうとしている。
確かに黙って出てきたのは悪い。しかしこれは少々やりすぎではないだろうか。
(うーむ、リリパールはヤンデレ系なのかな? 愛され過ぎるとミザリーみたいになりそうだ)
余計なことを考えつつも、ここをどう突破したものか悩む。
背負っている棍は、文字通り無用の長物。邪魔にしかならない。
これが鉄製でそこそこの重量があれば、地を這うように振り回し足を掬うこともできるが、木の棒でそこまではできない。
(仕方ないな……やるか)
双弥は手薄な場所を探った。
人数は6人。徐々に距離を狭めている。早いところ動かねば逃げられる隙を失ってしまう。
一か八か、双弥は妖刀を抜いた。
「ぬおおぉぉ!?」
周囲に夥しい悪気が刀より噴出す。突然のことに囲っていた男たちはおろか、近くを通っていた人々まで怯んだ。
双弥はその隙をつき、男たちが我に返る前に走り抜けた。
辛うじて町から脱出することはできた。
だがまさか指名手配されているとは思いもよらず、双弥は額に手を当てた。
(とりあえずどうするか)
町から出たものの、双弥は地理に不慣れなためどこへ行ったらよいのか全く見当がつかなかった。
せめて召喚された場所がわかればと思ったが、少なくとも目視できる範囲にはなさそうだ。
だがまだ望みはある。
話によると、召喚した場所の真裏に魔王がいるらしい。そしてここはキルミット公国──召喚された場所のある小国だ。
つまり東西南北どこへ向かおうとも、真っ直ぐ進めば魔王のいる付近に辿り着けるということになる。
さて、と双弥は考える。
まず北と南はない。別の星とはいえ、大まかなところでは共通しているはずだからだ。
どちらもまともに動くことのできない極寒の地である。科学の発達した地球ですら移動が困難なのだから、文明的に遅れているこの世界で通過できる気がしない。
すると東か西になるだろう。
別に北東や南西などでもいいのだが、太陽の出入りする位置を一定にしたほうが迷いにくい。あとはなるべく街道に沿って、しかし街道からある程度外れて動けばいい。
街道を通ると捕まる可能性が高く、外れすぎると町に辿り着けなくなる。街道とは基本的に町と町の間を繋ぐものだからだ。
それともうひとつの目論見である、魔物との遭遇。
魔物との戦闘はできるだけ早いほうがいい。
自分の武器や戦い方が通じるかを知らぬまま進むと危険だ。
町から近ければ兵士に逮捕されるかもしれないが、自分で倒せない魔物が現れても逃げて助かる可能性が高い。捕まったほうが死ぬよりはマシだろう。
恐らく牢に入れられることはないだろう。せいぜい公邸に戻されるだけだとたかをくくっている。
双弥は歩き出した。一路東へ。
東を選んだ理由は単純だ。
ファンタジー物語などでは大抵、東の国は日本によく似ている傾向がある。
日本刀のような武器があるかもしれないし、米や醤油が手に入るかもしれない。
あくまでも微かな希望であり、あるなどと思っていない。
だがどこへ行こうか迷うくらいならそういった可能性を信じて進むのもいいだろう。
歩き始めて3時間ほど経過したところで、目の前にある森へ街道が向かっていることに気が付いた。
これは有難いと、双弥は少し気を緩める。
今まで街道から離れて動いていたため、気を張っていた。
急に自分とは逆方面へ道曲がっていた場合、気付かずにロストする可能性があったからだ。
だが森であれば道の近くにいても人から気付かれることはない。双弥は森に入ると徐々に道へ近づいていった。
「おい」
森に入り1時間ほど歩いたところで、突然どこからか声をかけられる。声質からして女性だ。双弥は慌てて見回したが人の姿を見つけられない。
どういうことだと焦りつつ、ふと上を見上げときにそいつを確認できた。
逆さまになっているからよくわからないが、肩くらいの長さの茶髪の少女だ。睨みつけるように双弥を狙っている。
「なんだお前──」
「質問はこっちからする。それまで動くな喋るな」
向こうはいつでも矢を放てる状態。だが双弥は武器を握っていない。
暗器などの投擲武器も所持していないし、相手は上にいる。かわすにしても不安定な足場でよろけたところを狙われたらやばい。完全に不利な状態だ。
つまり双弥は黙り動かず相手の質問に答えるしかできなかった。
「よし黙ったな。お前、こんなところで何をしている」
「ま、町に向かっているんだ」
「ならば街道を通ればいい。何故街道を外れ、木々に隠れるような場所にいる」
双弥からぬめりのある汗が出る。
指名手配されているからなんて言ったら、その場で捕まり突き出されるか最悪殺される。
嘘をついてでもこの場から逃れないといけない。
自分は冒険者で、採取できるものを探していた。
これはまずい。まず、この世界に冒険者という稼業があるかわからない。
なんだそれはと言われたら、かなり不利になってしまう。
「武器を新しく手に入れたんだ。それで動物とか狩れるかなと思って探していたんだよ。だけどあまり道から離れるのも怖いから、この辺りがいいかなって」
「方向的に邸下町から来たんだよな。どこの店で買った?」
「えっと、確かイールドという人から」
「スプレッドの武器屋だな? いつ買った」
かなり細かく聞いてくるし、武器屋のことにも詳しそうだ。
「昨日の……夕方近くかな」
それを聞き、ふんっ、と鼻で笑った。
「かかったな。イールドは昨日の昼過ぎからいなかったんだよ。つまりお前は嘘をついている」
そんなはずはないと思ったが、これはただの言葉の差異だ。彼女の言う昼過ぎが、双弥の言う夕方近くより後なら納得がいく。
「いや、確かにイールドから入手した。きみが店に行ったとき、少年が店番していただろ。本人がどこへ行ったか聞いたのか?」
「ああ。じゃあ質問するが、イールドはそのときどこにいた?」
「店の裏の庭で俺と手合わせしていた」
「ん? じゃあ、あんとき接客中ってのはお前だったのか。とっさに考えたにしては出来過ぎているし、嘘はなさそうだ」
少女は弓を緩め矢を外し、背中に収めると木から降りてきた。
「おーいみんな、こいつは大丈夫だ」
少女が叫ぶと、2人が草木の陰から現れた。
背の高い男はブレストプレートをつけ、大きな剣と盾を背負っている。
もう1人は女性で、こちらも背が高い。カトラスとショートソードを腰に下げている。
少女が特別小さいわけではないが、2人のせいで親子のように見える。
「悪かったね。あたしはビス。ホワイトナイトだ」
ホワイトナイトとはどういうものか尋ねたかったが、ここで不審に思われないよう双弥は黙った。
「俺は双……ツヴァイだ。よろしく」
指名手配として名前が知られているだろうと判断し、双弥は普段ゲームやSNSで使っているHN《ハンドルネーム》を使った。
「んで、武器ってその棒っきれか?」
「ああそうだけど」
小馬鹿にした感じで大剣の男が言う。
しかし2人の間に少女が割って入る。
「そいつはイールドが寄越した武器だ。あのオヤジがまともじゃないもん売りゃしないだろ」
「ふぅん。ただの長い棒にしか見えねぇが……。ならそれじゃなくてそいつの腕がいいのかもな」
あの武器屋の主人はそれなりに高評価らしく、他の仲間も特に何かを言うことはなかった。
それに実際は売ってもらったわけではなく、譲ってもらった代物だ。まともでない可能性がある。
「まあいいや。あんまこんなとこうろつかないほうがいいぞ」
「なんでだ?」
「盗賊に間違えられるからだよ。この位置を考えればわかるだろ。といっても1人で襲いかかるアホもいないだろうけどね」
「なるほど……」
道からは見づらいが、道に何かが通れば確認しやすい場所だ。しかも森は木や葉で音の広がりが阻害されるため、遠くの声が聞こえづらい。
つまり助けを呼んでも聞こえない可能性がある。襲うには格好の場所だ。
「だからこうやってホワイトナイトのあたしらがこうやって見張ってるってわけだ」
またホワイトナイトだ。双弥はそろそろそれが何なのか知りたくなり、少しかまをかけてみようと思った。
「盗賊狩りってホワイトナイトの仕事だっけ?」
「ん、まあ普通はシルバーナイトのやることだけど、公国だとあたしらみたいなホワイトナイトが雇われることが多いんだ。あんた王国の人間か?」
今のやりとりでわかったのは、ナイトは普通に騎士だろうとして、シルバーナイトというのが王国にいる騎士だということ。
盗賊狩りをやるのだからきっと警察的な組織であり、一般的なファンタジーものの騎士団であると考えられる。
そしてホワイトナイトは雇われるという言葉から察するに、恐らくフリーな騎士だろう。
ようするに冒険者みたいなものだと推測できる。
「いや俺は旅のものだ。どこの人間というわけじゃないよ」
「ふうん、孤児とかなのか。どこまで行くんだ?」
「どこまでってのはないかな。ずっと東に向かって進もうかなと」
「ははっ、おもしれぇ小僧だな。俺もガキん頃ぁずっと真っ直ぐ行ったら何があるんだろうって思ったこたぁあるわ」
大剣の男が笑う。だがそれは馬鹿にしているというよりも、少し羨ましいと感じているようだ。
子供の頃は大きくなったらやってみたいと思っても、いざ大人になると仕事や生活などに縛られてできなくなる。できる時期に行えるというのは素晴らしいことだ。
「で、聞きたいんだが、次の町までどれくらいある?」
「アービトラージまでか。そうだなぁ、ちゃんと道を歩けば徒歩なら2日くらいだ。森の出口辺りで一泊ってとこかな」
近いとはいえ街道から外れて歩いているため、草などが邪魔でそれ以上に時間がかかる。3日は見ておいたほうがいいだろう。
「待ちな」
立ち去ろうとする双弥を、大剣の男が呼び止めた。
なんらかの落ち度があったのだろうか。双弥はなるべく平然を装いつつ振り返る。
「まだ何か?」
「旅をしているわりには軽装過ぎないか?」
黙って公邸を出てきた双弥は現在、服と棒しか所持していない。
本来なら邸下町を拠点に、魔物や動物を狩って生活するはずだった。まさか指名手配されるとは思ってもいなく、なんの準備もなく飛び出してしまったわけだ。
「道を歩いてりゃ1日2日歩きゃ町か村くらいあるし、金はその場その場で稼ぐからな。食い物もほら、こうやって動物を狩ろうとしているし。だから何も持ってないほうが楽なんだ」
「長距離歩いての旅だったら確かに荷物がきついわな。でもなにかあったときのために、水と干し肉くらいはあったほうがいいぜ。ほら、持ってきな」
そう言い大剣の男は予備の水袋と干し肉が数枚入った皮袋を双弥に放った。
「ありがとう。大事に使わせてもらうよ」
「果てまで行って戻ってくるとき土産くらい買ってこいよ」
「ははっ、生きてたらな」
「アービトラージに着いたらブルーチップ亭って宿行きな。安いが飯は悪くない」
「ありがとう。また会えることを」
双弥と3人は手を振り別れた。
2日後、結局双弥は町に入ることができなかった。
日数をかけすぎたせいで人相書きまでもが各町へ届き、警戒されていたのだ。
アービトラージは宿場町としての機能しかない町のため、人が少なく顔はすぐばれてしまう。
あとは指名手配などがまだ届いていなさそうな山奥の村などを探して入り込むしかない。
水は川があるたび汲んでいるからなんとかなる。だが食料が尽きかけている。
釣りをするにも道具がないし、火もつけられない。
最終手段としてはウサギのような小動物を狩り、木を擦って火をつけるしかないだろう。
双弥は焦りつつ街道を進んだ。
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