第187話
「破壊神様! 破壊神様はおられぬか!?」
双弥は必死に叫んだ。ある程度力を失ってもいいから、とにかく少女だけでも地球へ帰してやりたいと。
『うるさいわね私の勇者よ。今隠密行動中なんだから静かになされ』
「それは悪いと思うが、ひとつお願いがござれ」
『言うてみれ』
「彼女だけでも地球へ帰してはいただけぬか」
『よきよ。ただし世田谷区よ』
「あっ」
破壊神は地球のことを世田谷区の川っ淵しか知らないのだ。彼女はテレビを見ないし、ネットで検索するのはゲームの攻略サイトばかり。出かけるのは近所のスーパーかコンビニへの買い物のみ。他国の知識はないに等しい。
「すまん……。俺の破壊神様の力では日本にしか送れない」
「俺の……? ま、まあそういえばそうだったな。しかもこんな幼気な少女では大使館へ辿り着く前に悪い大人が攫ってしまうだろう」
日本はそんなことが普通にあるほど物騒ではない。せいぜい鷲峰のような自称正義のロリコンが保護という名目で攫う程度だ。
「そもそも彼女はどこの国の子なんだ?」
「マレーシアと言っていたぞ。なんとかっていう国立公園の──」
「タマンヌガラか?」
「知っているのか、迅」
「そうそう、そんな感じの名前だったな。そこの近くらしい」
「ふむ、あの辺りは虎が出て危険なのだが……」
鷲峰が謎知識を披露する。中二な彼が東南アジアに興味を持っていたのかと双弥は意外そうな顔で鷲峰を見た。
「やけに詳しいな。行ったことあるのか?」
「ただの知識だ。テレビで見た程度のな」
鷲峰でもバラエティ番組を見るようだ。
そんな会話にギャル勇者が割り込んできた。
「えっ? 日本なら帰れんの?」
「ひょっとして帰りたい?」
「んー……、帰りたい気もあるんだけど、帰りたくない気もあるんだよね」
どっちなのかと突っ込みたい人もいるだろうが、双弥と鷲峰にはその気持ちがわかる。鷲峰はこちらに愛妻がいるのだから戻りたくない。とはいえアニメなどは見たい。ゲームもやりたい。数年経った今、ゲームはどんな進化をもたらせたのか。興味が尽きない。
「少しの間だけ戻るとかはできないのだろうか」
「それができりゃあ俺だってな」
双弥も行き来自由であったらどれほど素晴らしいかと思っている。秋葉原を往復し、常に最新のエンターテインメントをこの世界に供給できるのならば、それ自体で儲けることもできるし日本で暮らさなくても済む。
彼のエンターテインメントの基準がおかしいのは放っておこう。
「ないものねだりはやめろよ! ああクソ! そんなことできりゃあこの世界へ常に最新のユニバーサルな感じの……」
「そんなことはどうでもいい。とりあえず──」
話が長くなりそうだった為、ジークフリートは打ち切らせる。そして車内へ戻り、他の勇者たちを連れて来る。
電車から新旧勇者たちがぞろぞろと降りてきた。総勢20人を超える勇者たちの集い。まるでスー〇ーヒーロー大戦のような印象を持たれそうだが、見た感じただの一般人の集まりだ。これだけ繋がりのない多国籍老若男女が集まるということは異様であるが。
「さて、話し合いを始めようか」
ジークフリートの仕切りで2名を除く全員が頷いた。
「待ってよ! それより先に僕らを自由にしてよ!」
「そうだぞクソ! こんなんじゃ話し合いにもなりゃしねえ!」
英語圏が苦情を申し立てる。磔になっているだけなら話くらいはできるはずだ。
「ああ別にお前らは参加しなくていいから。場を引っ掻き回すだけだろ?」
「「なっ!?」」
ふたりは驚く。全体会議なのに出席しなくていいとはどういうことか。それどころか発言も許されない雰囲気まで醸し出されている。
「なんでだよ! 僕はこのチームのブレインなんだよ! 僕なしで話が纏まるわけがないじゃないか!」
「纏まるんだよ。なんのために双弥と和解しに来たと思ってんだ。落ち着いてさえいればあいつのほうがちゃんとした考えを出せる」
ジャーヴィスは呪いの言葉を吐き出した。聞くに堪えない内容の為、皆は無視する。
「さてそれじゃあ今後について話し合いたい。だが話し合いは2つに分かれてそれぞれで行うべきだと思う。残る奴と帰りたい奴じゃ求める答えが違うからな。双弥はどうだ?」
「残るから帰りたい奴のことは考えなくていいってのは気に入らない。残る奴は放っておいても残れるんだから後からでもゆっくり考えりゃいいんだし、とにかくこの場は帰りたい奴について話し合ったらいいんじゃないか?」
この意見は大多数が頷く。磔を除けば他人に興味のないフィリッポや江などが別にどうでもいいという顔をしている。
「フン、偽善だな。実に日本人らしい」
「ああ偽善だよ。俺がそれで納得したいんだ。利害が一致している以上、外野からとやかく言われたくない」
帰りたい人は帰れれば気分がいいだろう。そして帰らせてやりたいと思う人も帰らせてあげられれば気分がいい。誰も損をしていないのだから他から文句を言われる筋合いはない。偽善とは、心が偽りであっても行い自体は善なのだから。
言い返されたことに江はフンと面白くなさそうに鼻を鳴らし、立ち上がると列車へ戻る。寝るつもりだろう。
「いいのかよ双弥」
「俺だって好きにやらせてもらってるんだから好きにさせてやれよ。渋々な相手に考えてもらっても互いに迷惑なんだからさ」
「おっ、そうだな。じゃあオレも抜けさせてもらうわ」
フィリッポも立ち上がると背を向け町の中心へ歩いて行った。
「さてそれじゃ──」
「待ってよ双弥! 僕にも考えさせてくれよ!」
話の腰を折る邪ー魔スに皆は嫌そうな顔を向ける。
だが今までのことを考えると、ジャーヴィスだってまともなことを言えるときもあると双弥たちは知っている。
「考えるだけならそのままでもできるだろ」
「できないよ! 僕はホームズだからね。ゆったりと思考しないといけないんだ」
「黙れモリアーティ」
憤慨し再び呪いの言葉を吐き出すジャーヴィス。このままでは話が進まないと双弥は放っておくことにした。
まず手始めにするのは最も重要な話である創造神討伐のことだ。奴さえ倒せばこのようなことはもう起こらない。だがそれは今後、つまり500年後の話であり、ここにいる皆には直接関係がない。
「だけど創造神なんてもんを倒したらどうなっちまうんだ?」
「これは誰にもわからない」
全異世界合わせても創造神が倒されたという話はない。だから破壊神や天之御中主神もどうなってしまうかは知らなかった。
そんななにが起こるかわからない、ある意味危険なことをやっていいのかもわからぬが、やらねばいつまで経っても変わらない。
「ひとつ懸念することがある。創造神を倒すことでこの世界が消えてしまう可能性はないのか?」
ムスタファの質問に双弥は黙ってしまった。創造神が創り上げたこの世界。ならば創造神が消えてしまったら共に消えてしまうのではないかという考えだ。
もしそうなってしまったら、双弥は大量殺戮どころかワールドデストロイヤーというこの世の災厄の最上級に名を連ねてしまう。
「は……破壊神様……は今忙しいのか。ミナカたん! ミナカたんはおられますか!」
『だからその名で呼ぶな人間!』
いかにも怒ってるぞと言いたげに少し頬を膨らませた天之御中主神が双弥の前に顕現する。そしてやはり周囲の時間は止まっているようで、双弥は少し残念そうな顔をした。
『なんだその顔は』
「い、いえ。その愛らしいお姿をみんなに見せられたらなぁと」
『チュウの姿なんぞ人間が見てみろ。脳が崩壊してしまうわ』
半神となっている双弥での頭だからこそ、その美しさをなんとか処理できるのだ。人間で可能なのは恐らくチャーチストくらいだろう。
「残念……」
『で、チュウを気安く呼びおってこのタバコシバンムシめが』
「その虫はよくわからないですが、確認したいことがありまして」
『ほう? 言わせてやろう』
「有り難き幸せ。ではえっと、創造神を倒した場合、この世界は消えますか?」
『ん? 消えんだろ。そもそもあいつは純神ではないしな』
「そうなんですか」
『うぬ。だからあやつが消えたところで影響はないと思われる。壺なども製作者が死んでも残るだろ?』
「いい例えですね! ありがとうございます!」
双弥は胸をなでおろす。一番危惧していたことにはならないようだ。これで思う存分力を発揮できる。
『ではついでにチュウの質問にも答えて欲しいのだが』
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