第139話
ファルイ軍とキルミット……正しくはファルイ軍と双弥の戦闘が停止され、両軍距離を置き話し合いの場が作られた。
代表は各々最大2名ずつまで。キルミットからはリリパールと双弥。ファルイからはマリ姫だけだ。
これはファルイ側の撤退のための白旗だ。安全地帯であるこの場所に来ないということは、ファルイの2番目は隊長クラスで撤退の指揮を執っていると思われる。
あとはマリ姫がリリパールをなめているからだろう。強気に出ればどうにでもなると思っているのだ。
そうして両軍代表は顔を合わせる。頭を垂れるリリパールとそれに倣う双弥。対して偉そうに腕を組んでいるマリ姫。これではどちらが白旗を揚げたのかわからない。
「お久しぶりね、リリパール」
マリ姫は以前のようなリリパールを見下した、程度の低いものを見るような顔でそう言った。
「ええ、お久しぶりですね、マリ姫」
それに対しリリパールは笑顔で返す。
いつもおどおどびくびくしていたリリパールに余裕が伺えることで、マリ姫は驚いた表情をする。
しかしすぐ気を取り直し、再び先ほどの表情に戻る。
「ねえリリパール。私、この戦飽きちゃった。帰るから道を開けなさい」
「ええ、わかりました。そちらの軍を全滅させ、道を開けてからお帰りいただきます」
やはり全滅させる気満々のダメな姫であった。自ら継承権を放棄したのは僥倖ともいえるだろう。
そしてこんな対応をされると夢にも思っていなかったマリ姫は慌て狼狽える。
「は……はぁ? あ、あなたなにを言って──」
「あの軍は私の大切な国へ土足で踏み込んできました。許せるはずがありません。ですが安心してください。死体はちゃんと返しますから」
「いっ、いやいやいや……」
「まあ賊の死体なんて置いておくのも汚らわしいですし、疫病も懸念されます。ですが埋葬してさしあげる気なんてありませんので早々に引き取って戴きたいですね」
マリ姫は笑顔でそのようなおぞましいことをさらっと言いのけるリリパールにドン引きしている。いつも小動物のように震えていたあの子は一体どこへ。
埋葬をしないというのは、相手を人間と見なしていないと言っているのと同意だ。いくら戦争だろうと相手兵士を埋葬するのは礼儀ともいえる。ということはリリパールが無礼者であるか、相手が礼の必要がない物体であるかのどちらかだ。
兵士は使い捨ての道具という考え方もあるが、兵士は生きているから兵士であり、死んでしまえば死者になる。そこには一般人市民となんら変わりはなく、等しく葬られるべきである。
となるとやはりリリパールが無礼ということになるのだが、彼女にとって敵兵は生きてようが死んでようが排除するモノという認識でしかないため、自分ルールにより無礼ではない。
「ちょ、ちょっと勇者! あ、あなたね! あなたのせいでリリパールが!」
「いや、リリパールは最初からあんな子だぞ……」
「嘘よ! 私の知っているリリパールはいつも震えている臆病者よ! 私のほうが付き合いが長いのよ! だからわかる! あなたと会ってから変わったのよ! どうしてくれるの!」
マリ姫は双弥に掴みかかる勢いで叫んだ。
まるでこの次に『返して! 私のリリパールを返して!』と続けそうな言い方に、双弥はなんとも言い難い顔をする。この世界のクレイジーサイコヤンデレズの対処は全くわからないのだから。
もちろん地球のほうでもわからない。女性に接することもセッすることも全くなかったのだから仕方ない。
「とにかく交渉は決裂したということで終わらせて戴きます」
「ま、待ちなさい! こちらはまだ撤退準備ができて……」
「できてないうちに終わらせるんですよ。言いましたよね? 一兵たりとも生かせて返すつもりはありません」
喜々として語るりりっぱに双弥もドン引きである。国民のためとか言いつつも国民をダシにドSの本性を持ち出しているのではなかろうか。
「あなた、白旗をあげている相手に……」
「ええ。ですから話し合いの場を用意しましたし、あなたは無事に返します。なんの問題もありません。そして交渉が決裂した以上、あなたがたが再び白旗を振ることは許されません。戦争を再開します」
白旗は有利不利にかかわらず、振ったほうが下位であり上位である相手に逆らってはならない。そのうえで交渉が決裂するということは、白旗を振った分際で上位者にたてついたからだ。この制度は弱者を守るためだけではない。強者が強者たる力を見せつけるためでもあるのだ。
そして決裂した場合、再び白旗を揚げることは許されない。これは降伏、あるいは停戦の申し立てをするため一時的に戦を止めるためにあるのだ。ずっと振り続けていれば無敵の防壁になると思ったら大間違いである。
「ひっ、ひいいぃぃぃっ」
マリ姫は滅多に聞けないような情けない悲鳴を残し、逃げ帰っていった。
「さあ双弥様! 国境に敵兵の死骸を積み壁を作ってください! 二度と侵攻できぬように!」
「……えーっと、なるべく殺人はパスしたいんだけど」
「双弥様、敵兵は人じゃありませんよ! 見てくださいどう見ても甲虫の類じゃありませんか!」
「それは鎧を着ているからだ! 中身はフレッシュヒューマンミートだよ!」
エキサイトしている彼女に歯止めは利かない。しかも相手は愛する国を破壊せんと襲いかかってきたウイルスなのだ。病巣である敵国を滅ぼすまで気が晴れないかもしれない。
「では双弥様はアレらの撤退を見過ごせと言うのですか?」
「向こうは戦意喪失してるんだからこれ以上やることはないだろ」
「いいえ双弥様は勘違いをしています。あれは戦意を喪失しているわけではありません。一度戻り態勢を整えるためです。戦略的撤退というものです。今逃がしたら次はもっと大軍で攻め込んできます」
リリパールの意見も一理あると、双弥は自らの考えを訂正する。
ようするに町のチンピラと一緒である。『覚えてろよ!』とか捨て台詞を吐いた数日後、仲間を引き連れてやってくるのだ。本当にロクでもない。
ならばどうするか。双弥は悩んでしまう。
「…………そうだ、相手軍の武器を全部破棄させよう。数万の軍勢であれば武器はそれ以上の数になるはずだ。それならば再び武器を仕入れるのに時間がかかって立て直しに時間がかかる。これならこちらにも利があるんじゃないかなと……」
とりあえずその場凌ぎ程度のことを話してみる。守るために戦うのは構わない。だけど逃げる相手を阻み、且つ惨殺しなくてはいけないとなったらさすがに断りたい。
「双弥様は本当に甘いですね」
「性分なんだから仕方ないだろ。それに追われた兵がキレて反撃でもしてきたらキルミット軍だってタダじゃ済まないぞ」
窮鼠猫を噛むと言う。その際の反撃は必死であり、下手したらキルミットの犠牲のほうが大きくなる。
大抵のダメージなら今のリリパールであれば完治させられる。だが痛みを受けるため、そんな思いを自国の兵士にやらせるとはいつものリリパールらしくない。
「なに言ってるのですか。やるのは双弥様だけですよ」
「えっ……お、おう……」
双弥だけならば確かにキルミットの兵は誰一人傷つかず攻撃できる。答えを聞いてしまえば単純だが、さすがにやるせない気持ちになってしまう。
「……俺ってやっぱどうなってもいいのか……」
「そんなわけありませんよ。双弥様はキルミットの大切な勇者ですから」
「じゃ、じゃあなんでだよ」
「あの程度の相手が双弥様をどうにかできるとも、どうにかなってしまうとも思えないからです。双弥様の力であればファルイの兵士なんて物の数ではありません」
破気を全開で取り入れた双弥であれば、人間の兵士相手なんて芋虫の大群とロードローラーで戦うようなものだ。鼻歌交じりでも可能だろう。
「とは言え、実際に行うのは双弥様です。なので全てお任せします」
「そういってもらえると有難い。だけど素直に武器を手放してくれるものだろうか……」
『くひゃは、アホだなおめぇは。そういうときのための俺じゃねぇか』
「えっ、えっ、誰!?」
突然聞こえた声に双弥はきょろきょろと辺りを見回す。
『てめぇから先に切り刻んでやろうかぁ!』
「じょ、冗談だ刃喰!」
最近乗り物と化していた刃喰の存在意義を双弥はすっかりと忘れていたようだ。
思い出せば確かに刃喰はこういうときのためについて来たわけで、今使わずにいつ使うというのか。
だがここでふと双弥は考える。敵の武器は戦利品だ。現代兵器と違い、手に持てば誰でも使える。刃喰を放ってしまえばそれら全て使いものにならなくなってしまう。
「リリパール。向こうの武器が駄目になってしまうかもしれないんだが……」
「別に構いませんよ」
「えっ、そうなの?」
「
「お、おう」
国が違えば武器も違う。この大陸では兵の持つ一般兵装が国ごとで異なっている。一見同じような武器でも長さや重量、バランスや柄などが違っている。
弘法筆を選ばずという諺があるが、実際の弘法大師は筆を極端なほど選んでおり、お気に入りの筆でなければ書かないと駄々をこねたこともあったらしい。なんでもかんでも使いこなせるという人間なんてまずいない。
もちろんそれなりに使うことはできるだろう。だが実力が拮抗している相手と戦う場合、勝手の違う武器が致命的な結果になることも少なくない。だから大量に装備が手に入ったとしても一度崩して打ち直すのが通常である。鍛冶師大儲け。
ちなみにキルミット正式採用武器はキルミンソードと呼ばれている刃渡り74センチの中手前両刃剣である。
中手前というのは刃の中心より手前側に重量バランスがあるという意味だ。同じ重量でも奥──剣先に重心があるほど威力は上がる。その代り取り回しが悪く折れやすい。手前にあるほど威力は下がるが素早く振れる。ファルイ国の武器は奥手前両刃剣なため使い勝手が異なってしまう。
「だけど撤退しはじめている敵軍を追いかけて攻撃するのも気が引けるなぁ……。悪いうわさがたちそうだ」
相手は上からの命令で渋々撤退していくわけではない。どちらかといえばこんな無益な戦闘は避けたかっただろうし、更にアルピナから多大な犠牲を受け完全にびびりあがっている。完全に逃げ撤退だ。
この状況で追撃でもしたら、キルミットの勇者は泣き叫び逃げ惑う兵士をゲタゲタ笑いながら追い回し、先祖代々の家宝である剣を折りまくっていたという勇者魔王という称号が漏れなく与えられるだろう。
うわさとは尾ひれがつくものだ。当然双弥は笑いもしなければ相手の剣が家宝だとも知らない。だが敵国の勇者ともなれば、その所業は更に悪く伝えられるはずだ。尾ひれどころか深海に棲んでそうな謎のグロテスク生物へと変貌してもおかしくはない。
『くひゃははは、悪名上等じゃねぇか! 俺なんか魔獣だぜ!』
刃喰は破壊神の眷属であり、いわば神獣という類のはずである。
だが普段の行いのせいで魔獣扱いされているのは自業自得であり、双弥としては一緒にされたくない。
雑魚勇者の次は鬼畜勇者かと、双弥は蕭々とした気持ちで撤退しているファルイ軍を追いかけた。
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